最後の苺はきみにあげたい



Scene:02――Tenma


 バレンタインが近づくと、スイーツ関係の仕事が増える。
 女性誌はもちろん、最近では多様なメディアでスイーツ特集が組まれるので、必然的に天馬のもとにも甘いものに関する仕事が舞い込みやすくなるのだ。
 最近のバレンタインは、恋愛的な意味だけでなく、感謝の気持ちを込めた贈り物だったり自分へのご褒美だったりといった側面も大きい。
 今日の取材先でも、「女性からもらって嬉しいスイーツは?」なんて質問もあったけれど、どちらかと言えば「このスイーツを贈りたい人を選ぶなら」「頑張った時のご褒美はどれ?」といった質問が多かった。
 一つ一つ答える天馬の頭には、自然とMANKAIカンパニーのメンバーの顔触れが浮かんでいる。
 カンパニーには、十座を始めとした甘党がそろっているし、夏組の椋はチョコレートが大好きだ。この前はデパートのバレンタインイベントへ出掛けていたくらいだし、きっとこの店も気に入るだろうな、と天馬は思う。

 最近評判のパティスリーは、パステル調の色彩で形作られたお洒落な店だ。色味はメルヘンチックで椋が好きそうだとは思うけれど、全体的に落ち着いた色合いでまとめられていることもあり、かわいらしすぎるということもない。
 今回のバレンタイン特集で用意されたのは、チョコレート細工のリボンと花でデコレーションされたザッハトルテだった。繊細な飾り付けとつややかな表面があいまって、芸術品のような雰囲気がある。一つ一つ、丁寧に飾りつけられたことがわかるケーキだった。
 このザッハトルテだけではない。今回訪れた店の菓子は、どれもが見た目にこだわっていた。ケーキのフルーツは飾り切りされていたり食べられる花でデコレーションされていたり。焼き菓子一つとっても、動物の形を模していたりチョコレートやナッツで飾りつけされていたりと、どれもが華やかだ。
 味が美味しいことは当然として、目を楽しませることも重要視しているのだ、と取材の過程で店のオーナーは語っていた。事実として、店に並ぶどれもが心躍るような見た目をしていて、天馬はただ素直に思った。
 一成を連れてきたら喜ぶだろうな。うるさいくらいにはしゃぎまわって、あっちこっち写真を撮るに決まってる。
 自然と頭に浮かぶ姿に、天馬は知らず知らず微笑んでいた。それから、はっとしたように真面目な顔になると、誰に言うともなく胸中で言葉をこぼす。違う、これは単純に見た目にこだわってるから一成が好きそうだって思っただけで他意はない。
 そう言い聞かせて、緩みそうになる口元を引き締めて天馬は一通りの取材を終えたのだ。

「お疲れ様です! 天馬くん、ケーキを持って帰ることもできるそうですが、どうしますか」

 取材陣と挨拶を交わし、今日の仕事が完全に終了したことを確認したあと、井川はそう言った。どうやら、店側の好意で天馬にケーキをプレゼントしてくれるつもりらしい。
 遅い時間の取材であるにもかかわらず、ショーケースにはそれなりの種類のケーキが並んでいる。取材のために用意してくれたのだろうということは察したし、ここで天馬が断ってしまうとケーキも行き場がなくなってしまうのかもしれない。事情を理解した天馬は、きっぱりと答えた。

「ありがたいな。でも、ちゃんと買うと言っておいてくれ」

 店側の気持ちは嬉しい。ただ、店に並んだ商品が誠意を込めて作られたものであることはわかる。それなら、好意に甘えてしまうのではなくちゃんと価値に見合ったものを渡したかった。だからそう告げると、井川は心得たといった表情で「わかりました」とうなずいた。
 天馬の答えは予想していたのだろう。特に何かを言うことなく、オーナーへその旨を伝えに去っていった。
 
 それから天馬は、いくつかスケジュールを確認したあと、ショーケースの前に立ってケーキを選ぶ。オーナーが一つ一つ説明をしてくれるので、ありがたく話を聞きながら、あれやこれやと見繕っていく。
 ザッハトルテはホールで買ったから、椋にはガトーショコラ。幸には生クリームと苺がかわいらしいイチゴタルト。三角には三角形が一番キレイなショートケーキ。九門は甘さ控えめのシンプルなチーズケーキ。それなら一成は――。
 何を選んだって喜ぶ人間だと知っている。嘘や愛想ではなく、どんなことからでも楽しみを見つけるのが上手いから、どんなケーキだって心から笑ってくれるだろう。
 だからこそ、何を選べばいいのかわからないなんて困りものだよな、と天馬は苦笑を浮かべた。ただ、それは本当に困っているわけではなくて、何だかひどく大事なものを見つめるような雰囲気を宿していた。

「もしも迷っておいででしたら、こちらの商品もおすすめです」

 天馬が黙り込んだからだろうか。オーナーが、そっとうかがうような調子で声を掛けた。曰く、いつも出ているわけではない期間限定の品があるという。定番商品の説明を先に聞いていたから、そこまでは気にしていなかった。
 ただ、期間限定なんていうのは一成が好きそうだな、と思う。視線を向けると、オーナーはショーケースからケーキを取り出した。
 それは、天馬が予想するようなカットケーキではなかった。
 土台はパンケーキではあるものの、間にはこれでもかというほどクリームが挟まれている。パンケーキ部分はほとんど見えないし、クリームとともにはみ出しそうなのはカットされた苺だった。てっぺんに一つ乗った苺は大きく赤く、つややかな輝きを放っている。

「こちら、中はエディブルフラワーや苺でデコレーションしておりまして、見た目のボリュームにも見合う華やかなケーキとなっております」

 オーナーの言う通り、存在感は圧倒的だ。他のケーキと比べても確実に目を引くし、それに見合うデコレーションともなれば、たいそう華やかなのだろうと予想できた。
 パーティーの席にあってもおかしくないような、にぎやかなケーキだ。テンション高く写真を取る一成の姿は、容易に想像できた。きらきらと目を輝かせて、「すげーね!」なんて言ってくれるだろう。
 その様子を思い浮かべた天馬は、すんなりと思った。――このケーキは、一成に似合うな。
 人を楽しい気持ちにさせること、笑顔を連れてくること。いつだって一成はそうあろうとしてくれた。バラバラになりそうな時も、暗く落ち込んでしまいそうな時も、立ちすくんで怯んでしまいそうになる時も。
 一成はいつだって、楽しみを見つけて笑顔の種を拾い上げる。そうやって、軽やかに笑って、明るくいてくれたことに、何度だって助けられてきたことを天馬は知っている。
 だから、こんな風ににぎやかな、見ているだけで心を躍らせるようなケーキは、一成にぴったりだと思ったのだけれど。

「――これは、この一つだけなんですか」
「ええ、もともとあまり数を出していないものなので……。あいにくと、この一つになります」

 天馬の質問に、オーナーは恐縮しきりといった顔で答えた。期間限定と言っていたし、恐らく取材のために用意したのだ。一つしかない、というのも充分うなずける。
 だからこそ、天馬はケーキを買うことをためらった。なにせ、目の前のケーキは圧倒的な存在感を誇っていて、他とは明らかに雰囲気が違う。一つだけ飛び抜けているし、何も言わずとも特別だと主張しているようなものだ。
 もしも、「これは一成の分だ」なんて買って行ったら、一体何を言われるか、と天馬は思った。にぎやかなことが好きな一成にはぴったりだ、と周りの人間は言うかもしれない。一成だって、単純に見た目の華やかさが自分らしいと思って買ってきてくれた、と思うかもしれない。
 だけれど、一成の分だけ明らかに他と違うケーキを買っていくなんて、自分の本音を大々的に吐露するようなものではないか、と天馬は思った。
 もしも同じケーキがいくつかあったなら、それに紛れて一成に渡してやることもできるけれど。たった一つだけを一成に用意したなんて知られたら、聡い人たちはすぐに気づいてあれこれ言ってくるだろう。
 だから天馬はひとまずオーナーに礼を言ってから、他のケーキを選ぶことにした。











 井川の運転する車に揺られる天馬は、ケーキの箱を持っている。
 カンパニーメンバーのために選んだケーキは大量で、箱もずいぶん大きい。ただ、それとは別に天馬は小さな箱を一つ持っている。

(――買ってしまった)

 何とも言えない顔をしてしまうのは、手に持った箱の中身を理解しているからだ。中には、期間限定だという一つきりのケーキが入っている。苺と生クリームがたっぷり詰まった、華やかなケーキ。きっと一成が喜ぶだろう。
 最初天馬は、他のケーキを選ぶつもりだった。実際、一成にはカラフルな見た目のフルーツタルトがいいだろうと、箱に詰めてもらったのだ。それ以外のメンバーにも、ぴったりのケーキを選んで、これで充分だろうと思ったのに。ショーケースに陳列された、期間限定のパンケーキがどうにも気になって仕方がない。
 だってあんなに、一成によく似合うのに。きっと一成は、心から喜んでくれるのに。嬉しそうに、楽しそうに、とびきりの笑顔を見せてくれる。わかっているのに、知っているのに、なかったことにしてもいいのだろうか。
 焦燥のような気持ちを抱えて葛藤していると、オーナーは最後の確認として箱の中身を天馬に向けて唱和する。一つ一つ間違いがないことを確かめて、「それではこれでよろしいでしょうか」と尋ねられて天馬はとっさに口を開いた。
 ほとんど衝動で、瞼の裏に浮かぶ一成の笑顔に背中を押される気持ちで。「あのパンケーキもください」と言っていたのだ。
 そういうわけで、天馬の手には例のケーキが入った箱が一つある。高さもボリュームもあるので、必然的に別の箱へ入れられていて、特別感をこれでもかと演出する。大量のケーキの箱に加えて、別で小さな箱を持っているなんて、「これは特別な分だ」と主張しているようなものである。

(今日の帰りは遅くて助かったな)

 せめてもの幸いとして、天馬は一つ息を吐いた。
 今日は朝から晩まで、ずっと仕事が入っていた。上手く行けば今日中に帰れるかもしれない、と思っていたけれど、結局日付をまたぐことになってしまったのだ。
 もっとも、こうなることを見越して、鍵は預かっている。帰宅が遅くなりそうな時は、わざわざ起きていてもらうのも悪い、というわけでそういう措置を取ってもらっている。
 夜更かしの団員はまだ活動しているだろうけれど、それも自室での話だ。談話室は恐らくすでに明かりが消えているはずだし、寮全体が眠りについたような静けさだろう。おかげで、ケーキの箱を抱えた姿を目撃されなくて済む。団員たちのいる時間に帰っていれば、矢継ぎ早の質問攻めに遭うことは想像に難くない。
 そしたらきっと、うっかり本音をこぼしてしまう。一成に対して抱えている気持ちが、ただの友情じゃないのだと気づかれてしまう。
 大事な友人であることは間違いないし、夏組の一人として大切にしていこうと思っている。だけれど、いつからか一成に向ける気持ちに別の感情が混じり始めたことを、天馬は理解している。
 ただ、一成に告げることはためらわれた。一成はやさしい人間なので、天馬の気持ちを切り捨てることはないだろう。それに、友人として大切に思われていることは疑っていない。
 だからこそ、もしも自分が思いを告げれば、一成はきっと困ったように笑う。友人だとしか思っていない人間に、違う感情を向けられることに困惑してしまう。天馬は一成に笑ってほしいとは思うけれど、むりやり笑みを浮かべてほしいわけではないのだ。
 いつか思いを告げるとしても、もっと二人でいる時間が必要なのだと天馬は思う。それまでは、少なくとも大勢の人の前で気持ちを吐露するような真似をしてはいけない。
 一成は困るだろうし、冗談みたいに茶化されたいわけではない。だから、このケーキが特別なのだと、他の団員にバレることがなくてよかった、と天馬は心から安堵している。

(まあ、夏組のやつらで分けてもいいしな)

 ほとんど衝動で買ってしまったので、渡し方はさっぱり考えていなかった。上手いこと一成を呼び出せるならいいとして、それができないならみんなで食べるという手もある。天馬の意図とは違うけれど、一成が喜んでくれることは間違いないだろう。
 カットケーキだけでも充分はしゃいでくれそうだけどな、と思った天馬はそこではた、と気づく。

(ケーキを買ってあるって連絡しとくか)

 いそいそと、天馬はスマートフォンを取り出した。
 MANKAIカンパニー全体のグループトークを選び、取材先でケーキを購入した旨を伝える。冷蔵庫に大量のケーキが入っていたら何事かと思われるのは確実なので、事前に連絡をしておかなければならない。ただ、果たしてこの量が冷蔵庫に入るだろうか、という危惧はあった。
 どうやって冷蔵庫に入れたらいいのか、と考えているとスマートフォンの画面が光る。見れば、グループトークに新しいメッセージがある。表示される名前に、天馬の心臓がドキリと高鳴った。一成からのメッセージだった。

――りょっす! てか、全員分って結構な量なんじゃね?

 今まさに受信したことから考えて、どうやら一成はまだ起きているらしい。宵っ張りの人間なので、何もおかしくはないけれど。

――オレまだ起きてるから、テンテンお迎えついでに一緒に仕舞っとくねん♪

 返事を考えている間に、続けてメッセージが届く。これはカンパニーメンバーへの言葉だろう。恐らく、まだ起きている団員はいるだろうけれど、ケーキに関しては自分が手伝うから心配しなくて大丈夫、というメッセージだ。
 他の団員が、このメッセージを見るタイミングがいつになるかはわからない。あとで気づいた時に、ちゃんと一成が手伝ったのだ、ということを伝えておく必要があると判断したのだろう。
 一成らしいな、と思いながら天馬はメッセージを打ち込む。簡潔に「助かる。よろしく頼む」とだけ返せば、すぐさまにこにこ笑顔のスタンプが返ってきた。
 それを見つめながら、天馬は小さな箱の持ち手ぎゅっと握りしめる。もしかしてこれは、チャンスなんじゃないか、と思ったからだ。
 恐らく談話室に他に人はいない。一成が手伝ってくれるなら、二人になることができる。それなら、このケーキはお前のためのものなのだ、と伝えることができるはずだ。