ヤドリギの下でキスがしたい!
倉庫の片付けが終わった。頼まれていた段ボールを運んで、空いている箇所を作りながらどうにか収納を完了させたのだ。
天馬と一成は立ち上がり、倉庫を見渡す。片付けの残りがないことを確認して、一成は明るい声で言った。
「おつかれーしょん!」
「物を溜めすぎなんだよ……」
ぶつくさと天馬がつぶやくのは、談話室に向かおうとしたところ、大量の段ボールを抱えた支配人に出くわした時のことを思い出したからだ。
他に用事ができてしまったので、これを代わりに倉庫に運んで片付けておいてください!と、半ば押しつけられる形で段ボールを渡された。もっとマメに整理していれば、こんなに大量になることはなかったし、時間もかからなかっただろう、と天馬は思う。
「でも、おかげで二人っきりになれたじゃん?」
一成はイタズラっぽい光を宿して言うと、そっと天馬に体を寄せる。するりと腕を滑り込ませてぎゅっと力を入れた。天馬は一瞬びくりと反応するものの、拒むことはなかった。
その事実に一成はますます笑みを深くして、腕を組んだままもっと体を密着させる。
天馬と一成が恋人同士として付き合い始めてから、一年ほどが経っていた。ただ、あらためて告げるのも気恥ずかしくて、カンパニーメンバーに公言はしていない。
察している人がいることには気づいているものの、天馬も恥ずかしがるし一成もその気持ちは尊重したいので、まあ黙ったままでもいいか、と思って今日までを過ごしていた。
ただ、そうなると二人きりの時間を確保することが難しい。黙っている手前、他のメンバーの前では恋人らしい振る舞いができないからだ。
最近天馬は仕事で寮を空けていることが多くて、久しぶりに一緒に過ごせる休日だった。恋人との休日、ということで双方密かに浮かれてはいたものの、寮には他の団員もいるし、各自の部屋にはルームメイトが在室している。人の目があるところでは、恋人らしいこともできない。
そんな時に、倉庫の片付けをしてほしいと言われたのは渡りに船だったのだ。片付け先が二階の倉庫だったことも幸いした。一階に比べて、いっそう人が来ない。期せずして二人きりという状態になれたのだ。その事実は、天馬も理解しているのだろう。
「――まあな。それはオレも嬉しい」
ぼそり、と答える天馬の耳は赤い。恋人同士としての付き合いは一年にもなるのに、未だにこんな風に照れるところがピュアでかわいいなぁ、と心から一成は思う。
だけれど、「嬉しい」と素直に言ってくれるようになったのは、一年という歳月の結果だろう。最初の頃は一成の言葉に赤くなって固まっているだけだった。それはそれで、一成は「かわいいなぁ」と思っていたので、つまるところ天馬なら何でもかわいいのだ。
「――テンテン」
ささやくように名前を呼んだ一成は、組んでいた腕を解いてするりと天馬の左手を握った。手のひら同士を合わせるものではなく、指を絡み合わせるように。
お互いの熱が手のひらから、指の一本ずつから伝わっていく。天馬がそっと吐き出した息は、受け取った熱を吐き出すように熱かった。
その熱さを確かめた一成は、天馬を見つめた。
体を寄せ合って、互い違いに指を絡めて寄り添っている。吐息の温度も感じられる距離だ。震えるまつ毛も、瞳の奥に宿る色さえわかるくらい、近い場所にいる。何がしたいかなんて、手に取るようにわかった。
天馬はつないだ手に力を込める。それが合図であるかのように、一成が瞼を閉じた。天馬は息を呑むような気配を流したあと、ゆっくりと顔を近づける。わずかに震える閉じた瞼。こぼれる吐息が鼻先をくすぐる。高鳴る心臓の音を聞きながら、天馬は一成の唇に自分の唇を押し当てた。
やわらかさと、少し湿った感触。弾力が、伝わる温みが心地いい。合わせた唇を堪能するように、二人はキスを続けている。
「――っ、は、テンテン……」
長いキスのあと、唇は離れる。だけれど、とてもそれだけでは足りなかった。久しぶりに一緒に過ごせる休日で、ようやく二人きりになれたのだ。たった一度のキスだけで満足できるはずもない。
「一成」
熱のこもった声で名前を呼んだ天馬も、それは同じだった。むしろ、久しぶりに唇を味わってしまえば、いっそう飢餓感が募ってくる。もっと触れたい。もっとキスしたい。もっとほしい。
衝動に突き動かされるようにして、天馬は再び一成の唇をふさいだ。勢いよく噛みつくような、さっきよりも強い力の口づけに、一成の体が後ろへかしぐ。天馬がとっさにその体を支えようと、背中に腕を回した。
引き寄せる形になり、二人の体がさらに密着する。一成はそのまま天馬の首に手を回した。
いっそう口づけが深くなる。唇を食むように、呼吸さえ奪い取るように、重なる箇所から互いを感じ合う。熱に浮かされた頭で、恋人の唇に酔いしれていた時だ。
「天馬さん、一成さん、これも追加でって――」
倉庫の扉が開くのと同時に、莇が固まった。それはそうだろう。扉の先では、見間違いようもなく確かなキスシーンが繰り広げられているのだから。
天馬と一成はとっさに体を離したけれど、もはや手遅れだった。莇の顔は見る間に真っ赤に染まっていくし、硬直が解けたあともひたすら口を開閉させている。二人はひとまず何か声を掛けよう、と思ったのだけれど。
「なっ、なに、なにしてんだよっ!」
見事な赤い顔のまま、上ずった声で叫んだ莇は一歩後ずさる。混乱したままの調子で「ハレンチだ!」と叫びつつ踵を返し、とにかく倉庫から退避しようと思ったのだろう。しかし、思った以上に莇はパニックに陥っていた。
少女漫画のキスシーンすら赤面して直視できないのが莇である。突然目の前にキスシーンが飛び込んできただけでも動揺するには充分だった。
加えて、交わされていたのは挨拶のような軽いものではなかったし、相手は天馬と一成という莇のよく知る二人なのだ。
あらゆる全ての要素が、莇を混乱のるつぼに叩き込む。体の動きもぎくしゃくして、足がもつれてうまく動けない。
どうにか踏み出した一歩もぐらりとかしいで、続いた二歩目も同様だった。いつもなら障害になるはずもない、二階の手すりに思い切りよくぶつかった。
ぐ、と呻いた莇の手から、ずっと持っていた段ボールが離れる。廊下に落ちるならまだよかった。しかし、莇は全力で倉庫を飛び出していたので、勢いは前方に向かう。ぐらり、と前に落ちていくその先は、吹き抜けになっている中庭だった。
あ、と莇が思ったのも一瞬だった。とっさに「よけろ!」と出した声は、果たして形なっていたのかいなかったのか。次の瞬間、盛大に何かが割れる音が寮の全てに響いた。
突然の音に、寮のあちこちから団員たちが顔を出す。何かが割れる音、というのは緊迫した雰囲気もあるので、すわ事件か、と「今の音なに?」「どうした」「何かあった?」やら口々に声が飛び交う。
そして、呆然とした様子の莇が二階に立ち尽くしているのを見つけて、事情を説明することになったのは自然な流れだった。
◆
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
談話室で正座中の天馬と一成は、ひたすら頭を下げている。その先には、仁王立ちした左京。周囲にはカンパニーメンバーが複数。完全に面白がっている顔と、心配そうに事態を見守っている顔が混じっている。
あれから、莇はしどろもどろになりながらどうにか事態を説明した。ただ、それは自分の行為の正当性を主張するだとかそういったものではなく、ほとんどパニック状態で見たものをそのまま口にしただけだった。
結果として、天馬と一成のキスシーンについてはあっという間に寮内に伝わり、そのまま左京の雷が落ちたのだ。恋人同士として付き合うこと自体はいい。ただ、寮内の風紀を乱すな、というわけで。
左京の言うことはもっともだったので、二人はおとなしく説教されるしかなかった。もはや羞恥など消し飛んでいる。付き合っていることがバレただけではなく、キスシーンについてもわりと詳細にバレているのだ。
しかもご丁寧に談話室で公開説教なので、寮にいた団員全員に。ここにいないメンバーにだって、今日中には伝わるだろう。
知ってるメンバーもいるだろうな、とは思っていたけれど、今では事実としてカンパニー全員の共通認識事項である。まあ、全ては自分たちの身から出た錆なので、完全に自業自得だった。
「てか、夏組には言ってるんだと思ってたわ」
爆笑しながら二人が説教されている様子を動画撮影していた万里が、ようやく笑いを引っ込めて言う。左京の説教はそろそろループタイムに入ったので、いい加減飽きてきたのかもしれない。
「別にわざわざ報告する義務はないでしょ。大体、見てたら気づくし」
クールに言い放ったのは幸だ。「オレたち付き合い始めました!」なんて報告をされても「あっそ」としか返しようがないので、別に言われなくてよかった。というか、見ていれば関係性が変わったことには気づくので、報告の必要性がなかったとも言える。
「ボクは報告してもらえても嬉しかったけど、秘密の関係も素敵だなって思って見守ってたよ」
椋はにこにこと笑みを浮かべて言う。ルームメイトの変化には敏感だし、少女漫画大好きセンサーも優秀なので、二人が付き合っていることは何となく察していた。ただ、何も言われていないので見守ることにしたのだ。
「うん、オレも~。てんまとかずが内緒にしてたから、オレも黙ってたよ~」
ふんわりと三角も続いた。恋人とか付き合うだとかには疎そうに見える三角だけれど、そもそも人の感情の機微には聡い。加えて、四六時中一緒にいる夏組メンバーともなれば、二人が特別になったことには気づくのだ。ただ、二人の心情を慮って黙っているやさしさも当然あるので、口にはしなかった。
「ええ!? みんな気づいてたの!? オレ、天馬さんも一成さんも普通に仲良いんだなって思ってた!」
素っ頓狂な声で九門が叫び、全然わかんなかったよな~、と莇に同意を求める。気づいていなかったのは自分だけではなかった、という事実を確認したかったのだ。
こくりとうなずいた莇は「そんなこと思うわけないだろ……」とつぶやく。九門は快活に「だよな~!」と笑った。
ちなみに、莇はさっきからずっと咲也の傍に引っついたまま離れない。カンパニー内でそういった話題から縁遠そうな聖域だと思っているらしい。
冬組を筆頭として、カンパニーの大人たちは全員アウト判定だし、大学生組は、自分の知らないところで合コンとか行ってるかもしれないからだめだ、とか言っていた。夏組は平気そうだけれど、そもそもの発端が夏組にいるので何となく避けたらしい。
左京のループ説教が、そろそろ素通りしそうな天馬と一成は周囲のやり取りを何となく耳に入れていた。なので、夏組の「ずっと気づいていた」発言に内心のたうち回りたかった。
まあ、二人とも薄々思ってはいたのだ。たぶん、夏組にもバレてはいるんだろうな、と。ただ、あらためて本人たちの口からそれを聞かされるのは、恥ずかしさが違う。長い時間を一緒に過ごしていたからこそ、端々で気遣われてたんだろうな……という事実を認識してしまうからだ。
唯一、九門だけは気づいていなかったのが救いだった。くもぴにマジ感謝。お前がいてよかった。二人はしみじみ思う。
「付き合い始めたのは、去年の秋からだよね。秋組公演の少し前くらいかな」
たおやかな笑顔で、さらりと東は告げる。ぴったり時期が合っているので、天馬と一成は内心、なんで知ってるんだと思うけれど。「東なので」が答えだった。
左京の説教の間、カンパニーメンバーは好き放題にあれこれと語っている。咲也などは気づいていなかったけれど、大半は薄々察していたものの黙っていてくれたらしい。
ただ、完全にバレてしまえば、口をつぐんでいる必要はない。ここにはいないメンバーにもいずれ事実は伝わるだろうし、もはやカンパニーにとっては公然の秘密である。
天馬の仕事のこともあるので、ことさら吹聴することはないだろうけれど、カンパニー内であれば好きに話題にしても問題ないのだ。
そういうわけで、「時々二人の世界に入るよな」やら「見つめ合ってる時はドキドキしちゃいます」やら、楽しそうに恋人同士の二人について話している。
それが耳に入ってしまう本人たちは、どうにも身の置き所がない。
全ては自業自得だとはわかっているけれど、普段の自分たちを指して恋人らしいポイントを挙げていくのだ。盛り上がっている状態を冷静に指摘される事態は、ものすごくいたたまれない。
「おい、聞いてんのかお前ら」
談話室の会話に意識が向いていることを、左京も察したらしい。低い声で言うので、天馬と一成はぴしりと背筋を正した。聞いてます、とうなずくしかできない。
「――いいか。お前たちが好き同士でいること自体は構わねぇ。だが、寮には未成年もいる。影響を考えろ」
心から、といった調子だった。確かに寮には莇を最年少として、まだ成年に達していない団員がちらほらいる。彼らを念頭とすれば今回のような事態は避けられたはずだ、といった雰囲気で左京は言葉を続ける。
「今回の坊がいい例だ。幸い、中庭には誰もいなかったから怪我人は出なかった。中身も大したもんじゃなかったから、損害はほぼゼロだったのも幸運だったが、場合によっては酷いことになってたはずだ」
ぴしり、と強い口調で左京は言う。確かに、今回は運がよかっただけで状況によっては大事故につながっていた。わかっているので、二人はただ身を縮こまらせてうなずくしかなかった。
「大体、皇も未成年だろうが。三好、その辺りはわかってるんだろうな」
「大丈夫! テンテンの嫌がることはしないし真剣な交際だし、十八歳ばっちりすぎてるからえっちなこともできるし!」
いきなり話題を振られて、一成はとっさに答えた。ほとんど反射だったので、思ったことをそのまま口に出して「やべ」と思ったが遅かった。天馬が隣で頭を抱えて、左京の眉がつり上がる。
「お前らまさかと思うが――」
「キスだけ! キスだけしかしてないから! 服はちゃんと着てました!」
莇の動揺を思い出した左京が、よもやキス以上のことをしていたのではないか、という疑いの目を向ける。なので一成は、盛大に首を振って身の潔白を訴える。まあ正直、何かちょっとなだれこみそうな雰囲気はあったけれどそこは黙る。
「あ、ああ、そうだ。キス以上のことはしてない」
慌てたように天馬も言葉を添えて援護射撃してくれる。事実として、二人はキスをしていただけなのだから、嘘は一つもなかった。天馬は懸命に言葉を募る。
「さすがに倉庫では何もしてない。ちょっと危なかったし正直押し倒したいと思ったが、倉庫では何もしてない。キスだけだ。それ以上は触ってない。莇が来るのが遅かったら危なかったもしれないが、何もしてない」
「テンテン、ちょっと口閉じよ?」
一生懸命言ってくれていることはわかった。しかし、ストップをかけた判断は間違っていない、と一成は思う。
天馬は一瞬ハテナ、という顔をするものの、完全に顔を赤くしている一成と青筋を立てる左京を見て気づく。ついでに、腹を抱えて大笑いする万里と「熱い二人だね」とほほえむ東に、自分の失言を悟る。
弁解するつもりで口にした言葉ではある。しかし、結果としてキス以上のことがしたいし、うっかりその先まで進みそうだった、という告白だった。
寮内の、しかも誰が来るともわからない場所である。そんな場所で、ついつい衝動に流されそうになりました、なんて事実を左京が許すはずがなかった。
「――皇、三好」
ドスの効いた、低い声だった。地獄の底から響くような、処刑人が執行用の名簿でも読み上げるような、そんな調子。眼光鋭く、一にらみで人を殺せそうな剣呑な雰囲気で、左京は言った。
「お前たちはしばらく接触禁止だ。少なくとも一週間、半径一メートル以内に近づくな。頭を冷やせ」
きっぱり告げられた言葉に、一成が「ええ!?」と声を上げる。もともと、親しい人間とはパーソナルスペースが狭いし、恋人ならばくっついていたい、という人種だからだ。
天馬とて、口にしないだけで一成に触れたいと思っているから、同様に抗議の声を発するけれど。
「あぁ?」
ヤクザの本気で返された声に、二人は黙る。怖い。絶対逆らったらだめなやつだこれ。本能的に察した結果、天馬と一成は左京の言葉を受け入れるしかなかった。