ヤドリギの下でキスがしたい!



「テンテンが足りない……」

 談話室のソファで体育座りをした一成が、めそめそと泣き言をこぼす。
 左京による接触禁止令は、カンパニー全員に周知されている。それに伴って、二人が恋人同士であることも全員が知る事態になったのだ。
 となれば、天馬に対する思慕を隠す必要はない。開き直った一成は、天馬と触れ合えない悲しみを素直に表に出すことにした。
 その様子に、今日はアルバイトが遅番だという三角が「かず、元気出して~」と特大のさんかくクンを渡してくれた。

「ありがと、すみー」

 さんかくクンを受け取った一成は、しょげた顔に笑みを浮かべてお礼を言う。三角の気持ちは嬉しかったのだ。ただ、天馬と触れ合えないという事実は変わらないので、意気消沈した空気はそのままだった。
 あれから天馬と一成は、左京の言いつけをきちんと守っていた。
 カンパニーに迷惑を掛けたことは事実だし、風紀を乱した自覚もある。反省はしているし、それを証明するために必要なことだとも思ったのだ。ただ、理性で納得はしていても心までついてくるわけではない。
 天馬の仕事が忙しくて、ほとんど顔を見られないこともある。だから、接触禁止令を出されなくても触れ合えない日々なんて今まで何日もあった。
 だけれど、それは寮にいないのだから仕方ない、と思える。今のように、廊下や中庭で天馬の姿を見つけても駆け寄ってハグすることができない、なんて事態ではなかったのだ。
 別に避けろとは言われていないので、普通に会話自体はしているけれど。確かに近くにいて、手を伸ばせばいくらでも抱きしめられるのにそれができない、という事実が辛かった。

「しばらくってどれくらいなんだろ。フルーチェさん、うやむやでなかったことにしてくんないかな~……」

 さんかくクンを抱きしめた一成が、ぽつりとこぼす。明確な期限が設けられていないこともあり、一体いつまでこの状態が続くのかわからない。左京が何となく忘れ去ってくれないだろうか、と希望的観測を口にするけれど。

「左京にぃ、そういうところ厳しいッスからね……うやむやにはならないと思うけど……。でも、ちゃんとやってれば大丈夫ッス!」

 一成の隣に座っていた太一が、ぐっと拳を握りしめてエールを送る。左京は決められたことを守らない人間に容赦ないものの、ちゃんと決まりを守っていればきちんと認めてくれる。
 言いつけを守って半径一メートル以内に近づかないよう努力しているのだ、ということを納得してくれれば、禁止令も解除されるはずだ、という見通しだった。

「たいっちゃん……」

 同じ秋組の太一の言葉なので、説得力はある。一成は潤んだ瞳で太一を見つめて、「ベリサン~。頑張る……」と答えた。ただ、いつものような覇気がないので、太一は落ち着かない。

「カズくん、何かオレにできることとかある!? 天チャンも元気ないし……」

 同じ大学に通っているので、天馬の様子も太一はよくわかっている。普段通りに振る舞ってはいるものの、どことなく元気がない。
 仕事で会えないならいざ知らず、今はそこまで忙しいわけではない。いつでも触れ合える状況であるにもかかわらずそれが許されない、ということが結構こたえているのだ。
 だから、自分に何かできることがあるなら、と太一は言った。天馬も一成も大事な友達だから幸せでいてほしい。それに、恋人に対して憧れのある太一としては、身近な恋人には四六時中ハッピーでいてほしかった。

「天チャンの大学の話とかする?」

 一成が元気になりそうなこと、と言って思いついたらしい。同じ大学に通っているからこそできることだ。一成はその提案に、嬉しそうに答えた。

「ありがと、たいっちゃん。大学の話はいろいろ聞いてるけど、他の人から聞くのは新鮮かも!」

 接触を禁止されたとは言っても、顔を合わせることはできる。なので、距離は遠くてもあれこれと話はしている。大学生活についても、天馬から直接聞いてはいるのだ。触れ合えない分話は弾んで、徹夜しそうになるくらい。
 だから、天馬の大学での過ごし方についてはよく知っているのだけれど。いずれも本人の自己申告なので、第三者から話を聞いたら新しい面が見えそうだ、と一成は思う。楽しい気持ちになったし、心が弾んだのも確かな事実だ。
 とはいえ、それも応急処置でしかないことはわかっていた。太一の気持ちは嬉しいし、三角だってさんかくクンを貸してくれる。それをありがたいと思うことは事実だけれど、どうしたって思うことは一つだ。

「はあ、テンテンぎゅってしたい……」

 大きな溜め息とともに、一成はこぼす。誰かに聞かせるものではなく、心の内があふれてしまった言葉だった。
 一成はもともと、親しい人と触れ合うことが好きな性質だ。
 大好きな人の体温を感じられることだとか、近くにいることを許されているのだと実感できること。体中の全てで存在を感じて、心まで分かち合えるような、そんな風に思えるからハグも大好きだった。
 だから、大切で特別な人――天馬と触れ合う度、嬉しくて仕方がなかった。
 天馬のがっしりとした肉体を感じられること。たくましい腕、しっかりした胸板。自分とは違う香り。大きな手のひら、形のよい爪。
 それら全てを感じるとともに、同じように自分の体に天馬が触れてくれるという事実も、一成にとってはこの上もない幸福だった。
 やわらかな体も、抱き心地のいいしなやかさも、一成は持っていない。それでも、天馬は真っ直ぐと一成を求めてくれる。
 触れ合えない時間を取り戻すように、強い力で抱きしめて、いろんなところに触れてくれる。言葉やまなざしで「好きだ」と告げるように、天馬は体中の全てで愛おしさを伝えるのだ。
 触れ合うだけが恋人同士の全てではない、と一成は思う。
 だけれど、少なくとも自分たちにとって、互いに触れることは重要な意味を持っている。言葉だけでは足りなくて、こぼれだしそうな心を伝えるために、手を伸ばす瞬間を二人とも知っている。
 だからこそ、今のこの、触れられる距離にいるのに踏み込むことが許されない、という状況が辛かった。自業自得だとはわかっていたとしても。

「左京にぃも、そんなに長くは禁止令出さないと思うッス」
「もうちょっとかも。かず、がんばろ~」

 悲しそうな一成の表情に、太一も三角も励ますように言葉を送る。
 一成はそんな二人の気持ちを受け取って、いくぶん表情をやわらげた。完全に元気にはなれなくとも、気持ちが上向いたことは事実だったし、二人のやさしさを受け取ったと伝えたかった。

「うん、だよねん。そんなに長くは続かないよねん」

 左京は明確に期限を設けなかった。ただ、「少なくとも一週間」と言っていたので、恐らくそれくらいで解除するつもりでは、と思えた。裏を返すと一週間は解除されない気はしたけれど。
 現時点で四日目に突入しているので、あと三日の我慢かもしれない。

「そうッス! もうすぐカンパニーのクリパだし、楽しいこと考えよ、カズくん!」

 はっとした顔で言った太一は、きらきらとした笑顔で言う。未来に待っているいいことを考えよう、という提案は太一らしい。
 のんびりとした調子で「クリスマスはサンカクいっぱい~」と言う三角の視線が向かうのは、談話室のクリスマスツリーだ。
 装飾には三角形のものが多いので三角のお気に入りだし、ツリー以外にも手作りのリースがいくつも並ぶ。
 さらに、談話室のあちこちには団員たちがいろいろな所から入手した、様々なアドベントカレンダーが置かれていてクリスマス当日を待っている。
 一成は二人の言葉に「そだね」とうなずいた。カンパニーのクリスマスパーティーは毎回楽しみだし、一成もあれこれと張り切っている。だから、心からの言葉ではあったのだけれど、同時に思っている。
 談話室に設置されたアドベントカレンダー。そのどれも、残りは二つであり、全てが開き切った当日がMANKAIカンパニーのクリスマスパーティーだ。
 もしも一週間が期限だとしたら、パーティー当日はまだ禁止令が継続中だ。羽目を外して言いつけを破ろうものなら、さらに解除が延びそうなのでうかつなことはできない。
 となると、クリスマスパーティー当日も、天馬の近くにはいられない。
 その可能性に思い当たった一成は、内心で溜め息を吐く。クリスマス、テンテンと一緒にいたかったな。去年はあんまりできなかったから、今年は恋人的にやりたいことあったんだけど。
 どうやらそれは難しそうだ、と察した一成はいっそう気落ちしそうになるけれど。励ましてくれた太一や三角のことを考えると、暗い顔もしていられなかった。
 一成は気を取り直して、今度のクリスマスパーティーについてあれこれと話題を振った。プレゼント交換について話している内に、ミニギフト追加するのかもいいかも、なんて思っていると談話室の扉が開く。

「別にそんなに気にしなくていい」
「マジごめん! どーしてもシフト入ってくれって言われちゃって!」

 入って来たのは莇と九門の土筆高校組だった。「おかえり」「ただいま」と言葉を交わす間にも、二人の話は止まらない。
 何とはなしに聞いていると、明日二人で出掛ける予定があったものの、急きょ九門にアルバイトの予定が入った。九門はそれを申し訳なく思ってずっと謝っているらしい。ただ、莇本人はそこまで気にしていないようで「一人でも行けるし」と、淡々としていた。
 行き先は、土筆高校方面にあるショッピングモールで、放課後ちょっと寄り道をするか、という雑談程度のものだったらしい。ただ、九門は一応約束は約束だし、と気にしている。くもぴらしいな~と一成は思っていたのだけれど、ふと閃いて口を開く。
 もともと考えていたことはあったのだ。だからこれはきっとタイミングが合ったということなのだろう、と思いながら一成は言う。

「アザミン、ちょっとオレとデートしね?」










 放課後に待ち合わせをして、ショッピングモールへ向かった。
 すぐそこまで迫ったクリスマスを前に、モミの木やリース、サンタにトナカイなど、店中にクリスマス向けの装飾が躍っている。店内BGMもクリスマスソングなので、気分を盛り上げるには充分だった。
 一成は莇とともに、イベント会場でリースなどのクリスマス雑貨を見たり、密から頼まれた限定マシュマロを買ったり、目に留まった店舗に入ったり、限定コスメを充分見たりしたあとでフードコートに入った。
 冬休み前の平日ということで、あまり人はいなかった。

「クリスマス限定アイス、マジやばたん!」

 明るい声で言った一成は、手に持ったアイスクリームを嬉々として写真に収めている。
 カップに入っているのは、バニラフレーバーとストロベリーフレーバーをベースに、アイシングクッキーの帽子をかぶったサンタクロースを模したアイスだった。

「アザミンのトナカイアイスも、めっちゃ映える!」

 明るい声の一成の視線の先は、莇の手にしたカップアイスだ。モカフレーバーをベースに、チョコレートクッキーの角を持つトナカイは、確かに写真にはよく映えそうだった。
 めちゃかわなアイスがあるんだよねん、と言って連れてこられたかと思えば、一成は手早くアイスを買って戻ってきた。「オレのおごり!」と明るく笑って差し出されては、受け取る以外の道はない。
 結局、フードコートの一角で向かい合ってアイスを食べている。

「今日は付き合ってくれてベリサン~! クリパ向けのミニギフト買いたかったんだよねん」

 ニコニコとスプーンを動かしつつ言うのは、明後日に迫ったMANKAIカンパニーのクリスマスパーティーのことだ。プレゼント交換用のギフトはすでに用意しているけれど、みんなに配れそうなものがほしかったらしい。
 大きな袋に入ったカラフルなキャンディーを買っていたことを思い出し、莇は「あれのことか」と納得する。

「一人でコスメ見たかったかもしんないけど、一緒に来てくれて嬉しかったよん」

 莇は興味があれば一人でさっさと行動する人間だ。なので、「オレとデートしてくんね?」と一成に言われたところで、首を振る可能性はあった。ただ、一緒に行けなくなった九門が後押しするし、一成とコスメを見ることは楽しいので、素直にうなずいたのだ。
 案の定、莇がコスメを見ている横で、色の合わせ方について新鮮な意見をくれた。カンパニーのデザイナーとして活躍する一成の色彩センスを、莇は信用している。

「てかさ、アザミン。本当ごめんね」

 スプーンを持つ手を止めると、一成が不意にそう言った。笑顔を浮かべて、いつもの明るい雰囲気に似ているけれど、奥底に宿るものを莇は感じ取る。冗談めいた顔の裏にあるものは、心からの謝罪だ。

「めちゃくちゃびっくりさせちゃったでしょ。オレたち、もっと気をつけなきゃいけなったのに。うっかりしてたから、アザミンに嫌な思いさせちゃった。ごめん」

 何の話をしているか、わからないわけがなかった。ついこの前の倉庫での出来事だ。思い出した莇の顔は見る間に真っ赤に染まっていく。
 少女漫画のキスシーンだって直視できないのに、直に目にしたキスシーンは強烈だった。天馬の首に手を回す一成も、その背中を抱く天馬も。お互いを体中で求めるようなキスも、莇には刺激が強すぎた。

「わー、ごめん、マジでごめん! 思い出させちゃったよね!?」

 慌てた声で一成が言って、「うわどうしよ」とわたわたしている。それを目にした莇は、何だかおかしくなって息を吐き出した。
 顔の熱は引かないけれど、一成の反応を見ていたら面白くなってしまったのだ。一成は比較的いつも余裕のある態度なので、こんな風に慌てることは珍しい。
 一成はと言えば、意外そうに目をまたたかせるけれど。莇が笑ってくれたことに、ほっと息を吐き出した。

「――別にそこまで謝らなくていいし」

 ぽつり、と莇は答える。びっくりしたことは確かだし、思い出すと未だに恥ずかしい。だけれど、別にあれは莇を困らせるためにしたことではない、というのはわかっていた。
 それに、一成がわざわざ一緒に出掛けようと言った理由だって察していた。ミニギフトを買いたかった、というのも嘘ではないだろう。
 ただ、そこであえて莇と一緒に行きたいと言ったのは、謝罪のタイミングをうかがっていたからだ。二人になった時に、あらためて謝ろうと思って今日という日を設けたのだろう、と莇は察していた。
 やさしい人だ、と思う。すぐにわかるやさしさではないけれど、一成はこうして人のことを気に掛ける。それに、と莇はもう一つのことを思い出す。

 ついこの前のことだ。106号へ戻ると、中から出てきた天馬と顔を合わせた。珍しいな、と思っていると、天馬が言ったのだ。真っ直ぐとしたまなざしで、心からといった風情で。
 ――莇、この前は本当に悪かった。
 あまりにも力強い視線に、莇は一瞬たじろいだけれど。それくらい、真摯な謝罪を向けられたのだと莇は理解した。驚かせて動揺させてしまった、その原因になったことを心から悪いと思っている。
 似たもの同士って、こういうことを言うのかもしれない、と莇は思った。それとも、恋人同士ってやつは似てくるのかも。自分で思ったことに、莇はわずかに動揺する。
 恋人同士。そうだ、天馬さんも一成さんも、付き合ってるんだよな、とあらためて認識したからだ。もっとも、今は左京の言葉により不便を強いられているけれど。

「――その、俺も悪かった。俺が騒いだせいで、一成さんたちに我慢させてる」

 一成が落ち込んでいて、天馬も元気がない、ということは太一から聞いて知っていた。そもそも、自分が騒がなければ――騒いでも段ボールを中庭に落とすなんてことをしなければ、こんな事態にはなっていなかったはずだ、という気持ちからそう言った。
 しかし、一成は莇の言葉に勢いよく首を振った。ぶんぶん、音がしそうなくらいだった。

「待って待って、アザミンは悪くないっしょ! マジで悪いのはオレらで、アザミンは一個も悪くないかんね!」

 圧さえ感じる勢いに、莇は思わずひるんだ。気圧されて「あ、ああ」とかうなずいてしまう。一成は莇の言葉に「そそ、アザミンのせいじゃないから!」と念押しをして、莇が気にすることなんて一つもないのだ、と言い切った。

「アザミンがピュアピュアなの、めちゃくちゃいいところだかんね」

 少女漫画でさえ、ハレンチだと赤面になってしまうのだ。それは、莇の純粋さのあらわれだし、決して悪いだなんて思う個所ではない。そう思っての言葉だった。

「だからさ、ちゅーしてるところ見たらびっくりしちゃうのは当然だし……。しかもあれ、久しぶりだったからめっちゃ盛り上がっちゃったんだよね。ごめんね」

 若干照れながらの台詞に、莇の頭には当時の光景がよみがえる。頭を振ってどうにか散らすものの、普段と違った表情の二人はどうにも強く刻み込まれていた。
 一成はいつもの明るい笑顔なんてかけらもなく、熱っぽい表情をしていた。天馬は真昼のまばゆさではなく、夜に潜む獣のように本能をむき出しにして唇を重ねていた。

「もっと軽い感じのキスだったらよかったかな~とも思うんだけど」
「か、軽いとかじゃなくて、そもそもそういうのは、まだ早いだろ……」

 軽いとか重いとかの話ではない、と思ってそう言った。すると、一成が数秒してから突然笑い出した。一体何がツボにはまったんだ、といぶかしんでしまうくらいの大爆笑である。
 そんなに俺は変なことを言ったのか、と気まずそうに莇が視線をさまよわせると、一成が「めんご、めんご~」と口を開く。目の端に浮かんだ涙をぬぐってから、言葉を続ける。

「アザミンを笑ったわけじゃなくて、ちょっと思い出しちゃったんだよねん」

 すっかりやわらかくなったアイスにスプーンを入れた一成が、しみじみした口調で言う。釣られるように莇もモカフレーバーをすくい取って、「何をだよ」と尋ねた。一成は、声を潜めて答える。

「去年さ、ちゅーしようとしたらテンテンに『まだ早い!』って怒られちゃったんだよね」

 内緒話をするような素振りの言葉。そわそわと莇が落ち着かないのは、キスの話をされているからだ。
 一成は気にすることなく、去年のクリスマスの話を口にする。二人が座る席の周りに人影はない。それでも、天馬の話をするからなのか、それとも話の内容的になのか、小さな声で一成は言った。
 曰く、付き合い始めて二か月ほどが経っていた。天馬もわりと初心なので、ファーストキスはまだだった。ただ、クリスマスといえばロマンチックな雰囲気もばっちりだ。あわよくばこの機会にもう少し進展しないだろうか、と一成は思っていた。
 実際、中庭で二人過ごしている内にいい雰囲気になったのだ。このままキスをしてもおかしくないんじゃないかな、と思った一成は素直に行動した。しかし、キスの気配を察した天馬は「まだ早い!」と叫んだのだ。

「付き合ってすぐとかじゃないし、別によくね!?」
「いや、そういうのは結婚してからするもんだろ……」

 一成の嘆きに、莇は心から答える。キスだなんて、きちんと結婚してから行うものである、というのは莇にとっての常識である。一成は「まあ、アザミンならそう言うか~」と呑気だ。
 ただ、莇としては、結局二人がキスをしていることを知っているので、天馬の決意もどこかで水泡に帰したことも理解していた。実際、半年経つ頃にはファーストキスを果たしたらしい。
 教えられた莇は顔を赤くして固まるものの、一成は気にすることなく言葉を続ける。

「オレ的には半年でも結構待った方なんだけどな~。むしろ、ヤドリギあったから去年のクリスマスにちゅーしたくて頑張ったのに! 結局だめだったけど!」

 一成の言葉に、いまだ赤い顔のままの莇は「ヤドリギ?」と首をかしげる。一体何の話だ、と思ったからだ。一成は軽やかな口調で答えた。

「そそ。去年、つむつむがヤドリギのリースもらってきたじゃん?」

 一成の言葉に、莇は去年の記憶を思い出す。そういえば去年のクリスマスの頃、見慣れないリースを紬が持ってきていた。
 濃い緑色をした細長く丸い葉に、小さな白い実。知り合いからもらったというそれが、ヤドリギだった。あまり馴染みのない植物に対して質問が行き交い、紬は丁寧に答えていた。
 ヤドリギは名前の通り、他の樹木に付着して成長する植物だ。高木に寄生する姿は、成長すると鳥の巣のようにも見える。クリスマスの植物というとポインセチアやヒイラギが定番だけれど、欧米ではヤドリギがポピュラーだという。
 そして、高木に寄生することから、根がないように見えるにもかかわらず、冬でも緑を保ったまま、という姿に古代の人々は神秘的な力を感じたのだろう。結果として、ヤドリギにまつわる伝説がいくつも誕生する。

「『ヤドリギの木の下でキスをすると、永遠に愛が続く』って伝説があるから、テンテンとちゅーしたかったんだよねん」

 あっけらかんと言う一成の言葉に、莇は再び固まる。唐突にキスとかそういう単語を出さないでほしい。一成は莇の反応に、面白そうに笑った。

「去年はだめだったけど、今年はできるかな?って思ってリース探してたんだよねん。去年のはつむつむ、カテキョの子にあげちゃったって言ってたし」

 その言葉によみがえるのは、クリスマスのリースをあれこれ見ていた一成の姿だった。寮には手作りリースがいくつもあるのにまだ必要なのか、と思っていたけれど。あれはどうやら、ヤドリギのリースを探していたらしい、と悟る。

「クリスマスっぽくて面白いし、せっかくなら体験してみたいし!」

 明るい口調で告げられる一成の言葉に、恋人同士のイベントだからだろう、と莇は思った。そういうことが好きな人間だと知っているから、一成らしい言葉だと言えた。だけれど。

「――永遠を願いたいなって思ったんだよねん」

 ぽつり、と一成が言葉を落とした。さっきの明るい口調に似て、ほんの少し違う雰囲気が混じっている。普段のにぎやかさは影を潜めて、漂うのはしんとした静けさ。声の端々には、真剣な響きがにじむ。
 莇が思わず一成を見つめると、慌てた様子で言葉を添えた。

「オレはずっとテンテンのこと好きだし、テンテンのことも信じてるけど! でもほら、結婚の誓いの代わり的な?」

 笑いながらの言葉は、あくまでも軽い。冗談の一種のようにも思えるけれど、莇は直感で違うのだと理解する。さっきの言葉は、どこまでも真剣だった。一成は、心から永遠を願いたいと思ったのだ。
 どうしてなのか莇はわからなかったけれど、続いた言葉に察するものがある。結婚の誓い。その代わり。どうして代わりが必要なのか。簡単だ。だって、二人は現状結婚することができない。
 近い形を取ることはできるし、勝手に自分たちで名乗ってしまうという選択肢はある。ただ、法律上許されていないことも事実だった。
 いくら将来を誓い合ったところでその関係は望んだ形を得られない。法律によって守られた、確固としたつながりではなく、不安定な関係を受け入れるしかない。
 だからきっと、永遠の伝説を持つヤドリギの下でキスをしたいと願った。イベントとして楽しみ、というのも嘘ではないのだろうけれど。
 ヤドリギの持つ伝説を果たすことで、少しでもいいから永遠を――確かなものを自分たちのものにしたかったんじゃないか、と莇は思った。

「まあでも、何か今年は無理っぽいから来年またがんばろっかな!」

 大きな口を開けて、一成は何てことのない顔で言う。
 本当に何とも思っていないのかもしれないけれど、一成がそういう笑顔に本音を隠すことのできる人間である、ことは莇も薄々理解していた。そして、今目の前の笑顔は恐らく、何かを覆い隠すためのものであることも。

「――別に、左京の言うことなんか無視すればいいだろ」

 一成の笑顔に、何だか落ち着かない気持ちが拭えない。その感情のまま、ぶっきらぼうに莇は言う。
 天馬と一成が、律儀に左京の言葉を守っていることは知っている。だから一成は、今年のクリスマスも伝説を果たすことは無理だろうと諦めようとしている。近づくことが許されなければ、とうていキスなんてできないからだ。
 だけれど、そんなものは無視してしまえばいい。結婚という形を選べないからこそ、伝説の確かさにさえすがりたいと言うなら、ヤドリギを見つけて、望んだように伝説を叶えてしまえばいいのに。

「うん、まあ、それもできるけどさ。でも、オレたちが悪いのは本当だかんね」

 莇の言葉に、あっさりと一成は答える。
 事実として、左京の言葉にはどんな拘束力もないのだから無視することは難しくない。
 だけれど、一成はもとより天馬もそれを選ばない。迷惑を掛けたことも風紀を乱したことも事実だと思っているから、甘んじて受け入れようとしている。

「――それに、こういうのでズルしちゃったら、みんなの顔見られないっしょ」

 冗談めいて茶化した言葉だけれど、一成は真剣な目をしていた。みんな、というのがカンパニーのメンバーのことだというのは、莇にもわかった。だからもう、何も言えなかった。
 口にはしないけれど、莇だってカンパニーのメンバーに胸を張れないことはしたくないし、できない。一成が――恐らく天馬も同じ気持ちで、左京との決まりを守ろうとしているなら、これ以上どうすることもできないのだ。
 何かを言いたいと思った。他でもない自分は、一成に言わなくてはいけない気がした。だけれど、上手く言葉が形にならない。莇がきゅっと唇を結ぶと、一成は明るい声で言った。

「やっば、アイスめっちゃ溶けちった! アザミンのトナカイは無事!?」

 弾けるように笑って、莇のカップをのぞきこむ。案の定形を失っているので、一成は心底楽しそうに笑った。莇はかろうじて「別に溶けても食べられる」と答えながら、伝えるべき言葉を探している。