マイディア、マイレディ!
とにかく、幸も莇も疲れていたのだ。
立て込む学校行事に、次々とやって来る課題の締め切り、毎日の授業に、試験期間まで重なった。くわえて、カンパニーでのあれやこれや、劇団つながりで依頼された仕事など、やることが山のように積み上げられていた。
学生として、やるべきことはきちんと果たさなくてはならないし、依頼だって手を抜くことはしたくない。一つ一つを丁寧に、真剣に取り組んだ結果、どうにか全てを終えることはできた。
ただ、その代償としてすっかり疲れが溜まっていた。体力的というより、主に精神的な方面で。そういうわけで、疲れ切った顔で寮までの道を歩いていたところで、見知った顔に出くわした。
「――莇か」
「幸さん」
道の真ん中で顔を合わせた二人は、ともに制服姿だ。時間から考えても、お互い学校帰りであることは察しがついた。二人は数秒沈黙を流したあと、自然な調子で連れ立って歩き出す。帰る場所は同じなのだし、わざわざ別行動する理由もなかった。
二人とも、積極的に会話を広げる性格でもないので、沈黙が流れる。もっとも、お互いそれを気にすることもないため、特に気まずさもなかった。
ただ、莇はちらりと幸の様子をうかがう。何だかいつもより、顔色が悪いような気がしたのだ。やつれているというか、ぐったりしているというか、そんな雰囲気がある。
幸は美意識が高いので、肌の手入れもきちんと行ってくれるけれど、今日の幸は調子が悪そうだった。
だから、よけいな世話かもしれない、と思いつつ莇は口を開く。
「幸さん、もしかして具合悪かったりするのか」
幸はその言葉に、ぱちぱち目を瞬かせたあと「別に」と言ったのだけれど。苦笑を浮かべて、そっと言葉を続けた。
「――まあ、少し疲れてるかな。最近忙しくて。でも、それって莇もじゃないの」
寮内であれこれ作業をしている現場なら、幸も目撃していた。だからそう言うと、存外素直に莇はうなずいた。
「俺もちょっといろいろやることが多かった。一応全部終わったけど」
「オレも。ようやく全部終わったから、服のリメイク再開しようって思ってるとこ」
幸はそう言うと、手持ちの袋を掲げてみせた。行きつけの手芸屋のものであることはわかったし、告げる幸は心底楽しそうだった。ウキウキとした調子を前面に表すのは、幸にしては珍しい。ただ、莇はつられて心が浮き立つような気分になる。
お互い、恐らく連日の疲労が溜まっていた。だから、何だか若干ハイになっていたのだ。双方自覚はなくても。
「リメイクしてた服があるんだけど、全然取り掛かれなくて。ようやく再開できるし、ストレス解消にぱーっとやりたいかも」
「あー、わかるかも。ストレス溜まると、すげーメイクしたくなるんだよな」
幸の言葉に莇も大きくうなずいた。ストレスが溜まった際、思いっきり好きなものに没頭したい、という気持ちは莇にもよくわかる。
気になっていたコスメを試して、思い描いた通りにメイクを仕上げるのは、莇にとって有効なストレス解消法だった。
それから二人は、今どんな服が作りたいかだとか、どういうコスメがしたいか、なんて話で盛り上がった。
「かわいいのもいいんだけど、ちょっとエレガント系挑戦したいんだよね。古着屋で買ったの、そういうワンピースだったし」
「へえ、そういうのも古着屋にあるんだな」
「万里に聞いた。ほんと、いろいろ知ってるよね」
感心した素振りで、秋組リーダーについてあれこれと言い合う。自身の範疇外であろうレディース系の古着、しかもエレガント系にも詳しいのはさすがだった。
「エレガント系か……。ごてごてしすぎないメイク、俺もやってみたいんだよな」
普段莇がカンパニーで披露する舞台メイクとは、ずいぶん趣が違うことは確かだ。ショーでのメイクや特殊メイクとも違った系統で、ナチュラルさが求められる。莇が今まであまり挑戦したことのないジャンルなので、興味があった。
「まあ、エレガント系ってあんまり試す機会ないよね。舞台だとどうしても映えないっていうか、目立たないし」
「だな。わりと、はっきり目立つ感じのが多くなる気がする」
「だから、エレガント系ってあんまり機会なくて。オレも、どっちかっていうとかわいい方が好きだし。莇もちょっとジャンル違うよね」
じっと莇を見つめる幸は、ファッションとして全体のコーディネートを考えているらしい。もしも莇に女性ものを着せるとしてもエレガント系ではない、と結論を下して先を続ける。
「莇はモード系とかゴシック系似合いそう」
「幸さんは、それこそ何でも似合うんじゃね」
「どうにでもきるけど――オレだとエレガント系の魅力を最大限に引き出せないでしょ」
エレガント系のファッションは、品の良さと優美さが肝要だ。幸とてそういった要素を着こせないわけではないけれど、どちらかといえば自身の顔立ちはキュート寄りだという自覚はあった。
「もっと大人っぽい感じの人がいいと思う。華奢な雰囲気があって、肌も色白であんまり筋肉ついてなくて、でも背はそれなりにあってすらってした感じ。かわいいよりは美人系でしょ。イメージ的には深窓の令嬢なんだよね」
「あー……何となく言いたいことはわかるかもしんねえ」
「でしょ。せっかくだから、カンパニーの誰かで試してみたいかも」
そう言う幸は、前方へ視線を向ける。その先には、見慣れた寮の姿がある。
二人がそろって帰る場所。一つ屋根の下でたくさんの時間をともに過ごした。二人にとっての家族でもあるメンバーが住む寮までは、もうすぐだ。
「まあ、誰かはいるだろうし――結構協力してくれそうだよな」
「案外乗り気かもね。とりあえず、今寮にいる人に声掛けてみようかな」
そんな話をしている間にMANKAI寮へと到着して、幸が扉を開いた。ただいま、と連れ立って中へ入るのと同時に、明るい声が弾ける。
「おかえり~! 珍しい組み合わせじゃね!?」
マグカップを持った一成が、きらきらと笑顔を輝かせて言う。恐らく、飲み物でも取りに来て、たまたま通りかかったのだろう、と察せられた。
幸と莇は「ただいま」と返してから、思わずといった調子で一成を見つめる。
脳裏に浮かぶのは、直前まで交わしていた会話である。エレガント系ファッションが似合うのはどんな人間か、と話していた。
大人っぽくて、華奢な雰囲気。肌は白く、筋肉はあまりついていない。背はそれなりで、すらりとしている。かわいいよりは美人系。
笑顔で「どしたの?」と首をかしげる一成は、気を抜くとすぐ体重が落ちる人間で、カンパニーでも特に細身と言える。筋肉もつきにくいので体格は華奢だし、日に焼けない体質なのか色白だ。
背の高さと細さから、全体的にすらりとした印象がある。大きな目といつもの明るくにぎやかな様子は子供っぽくも思われるけれど、真剣な顔をしている時は落ち着いていて、大人びた雰囲気を宿す。
それに、黙っていれば単なる美人であることは、今までさんざんいろんな姿を見てきたから知っていたので。
「いた」
二人で声を合わせれば、一成は「なになに?」と興味津々で聞き返す。