マイディア、マイレディ!



 事情を説明された一成は、「なにそれ、めっちゃ楽しそう!」とノリノリで申し出を受けた。二人のストレス解消になるなら――というより、単に面白そうだったからだ。
「今ちょうど時間あるし、テンテンもいないし!」と言って、すぐにでも始められる、と至極乗り気である。最後の言葉に若干引っかかったものの、幸も莇もハイな気分が抜けきっていなかったので、大したことじゃないだろうと流した。
 話はとんとん拍子に進み、諸々の準備を終えたら201号室へ集合、ということになった。
 天馬はロケのため明日まで寮を空けているので、201号室は現在幸が一人で使っている。ある程度散らかしても騒いでも怒られることはないので、好きにできるのだ。

「それじゃ、まずこれ着て」
「おけまる~!」

 幸が渡したのは、落ち着いたブルーグレーのワンピースだった。
 ハイウエストでミモレ丈、スカートは裾にかけてゆるやかに広がっている。全体的にシンプルながら洗練された雰囲気で、品の良さが漂う。襟付きで長袖ということもあり、首や手首がしっかり隠れる。
 特に抵抗もなく一成は着替えを始めるので、さすがは一成、と幸は思う。
 劇団員ゆえ、ということもあるだろうけれど、一成の気質によるものが大きいということはわかっている。何だってフラットに物事を見る人間だから、女性の服だとかそういうくくりは大した意味を持っていない。
 てきぱきと服に腕を通した一成は、まじまじとワンピースを見つめてから、嬉しそうに言った。

「手首とか裾のとこ、レースがアクセントになってていい感じ! もしかして、ゆっきープレゼンツ?」
「まあね。そのままでもよかったけど、ちょっと遊んでみたくて」

 言いながら、背後に回ってボタンを留めた。それから、肩や背中のラインなどを確かめる。
 華奢な体格であることはわかっていたけれど、案の定女性ものでも問題はなかった。むしろ、胸がない分スカスカになってしまいそうだ、と判断して安全ピンで調節することにした。
 全体的に体のラインと服を合わせて調整し、適度な位置でピンを留める。あつらえたように、体にぴたりとフィットする。特に、今回はエレガント系ファッションを目指すのだ。オーバーサイズは適当ではないだろう。

「よし、オッケー。動きづらいところとかは」

 幸の言葉に、一成はその場でくるり、と一回転する。ゆるやかにスカートの裾が広がって、ふんわりと舞う。特に問題はなかったようで、「大丈夫だよん!」と明るく告げた。幸はこくりとうなずくと、椅子へ座るよううながす。
 一成が素直に従うと、幸は「なら、あとはこれつけるから」と言って、細長い一枚の布を取り出した。
 ボウタイだというそれは灰色がかった青ではあるものの、ワンピースより少し青みが強かった。一成はすぐに察する。

「ゆっきーお手製?」
「そう。シンプルなワンピースもいいけど、こういうのもアリでしょ」

 もとのワンピースは、リボンやレースなどの装飾のない、シンプルなものだったらしい。そこへ幸なりのアレンジを加えた結果が、手首や裾のレースに胸元のボウタイだった。
 かわいらしさを前面に押し出すというより、ささやかな華を添えるような趣で、ワンピースに優雅さを与えている。

「本当はくるみボタンも作るつもりだったんだよね。まあ、でも、今回はとりあえず全体の様子も見たいし――うん、いい感じ」

 ワンピースに使われているのは、シンプルなプラスチックのボタンだ。もう少し装飾性を高めたい、ということで、くるみボタンを作ろうと幸は手芸屋に寄っていた。
 ただ、一成というモデルを獲得できたため、急きょ予定を変更して、今の段階でどんな風に見えるのか確認することにしたのだと言う。
 なるほど、とうなずいている間に、幸は一成の胸元でボウタイを結ぶ。手際よく、きれいな形のリボンができあがる。
 ただ、大きすぎず落ち着いた色合いということもあり、リボン結びとはいっても派手さや可憐さは抑えられていて、そっとたたずむ一輪の花のような風情だった。
 幸は「よし」とつぶやくと、椅子に座った一成から距離を取り、全身に視線を走らせる。一成はぴしりと背筋を正して、真剣なまなざしを受け取っていた。

「一成に着せるつもりで作ったわけじゃないけど、レースとかリボンつけて正解だったかも。エレガント系でも、クールっていうよりフェミニン要素ありの方が似合うよね。一成、目大きいし」

 納得したようにうなずいた幸は、今まで黙って様子を見守っていた莇へ視線を向けた。
 莇はその意味を充分理解しているので、無言で立ち位置を交換する。手にはいつものメイクボックスを持って、一成を真っ直ぐ見つめる。

「やっぱり、実際に服着てるところ見るのはでかいよな。雰囲気がつかめる」

 言いながら、てきぱきとメイクボックスを広げて道具を展開させていく。いつも使っているヘアクリップを手に取ると「それじゃ、始める」と言うので、一成は「りょっす!」と明るく返した。
 メイク前のスキンケアもきっちり行ってから、本格的なメイクに入る。舞台前にもさんざん世話になっているので、一成も慣れたものである。
 幸い、最近は夜を徹するような制作がなかったおかげで、肌の調子も悪くはない。莇チェックも無事通過し、小言を言われることはなかった。

「今回は清楚系メイクに挑戦する。まず、つや感のあるベースメイクからだ」

 淡々と言った莇は慣れた手つきで化粧下地を手に取り、一成の顔に乗せていく。基本となる下地から、トーンアップ効果のある下地まで数種類を使い分けて、やわらかく伸ばす。
 丁寧でやさしい指の運び。ぶっきらぼうとも言える態度が多い莇だけれど、指先はいつだってやわらかい。莇のやさしさに触れられるようで、一成はこの瞬間が好きだった。
 莇は淡々とメイクを進める。ファンデーションとブラシを取り出したところで、幸が口を開く。

「それってこの前買ったファンデ?」
「そう。幸さんと東さんにも意見もらったけど、これ粉感出ないんだよな」

 あれやこれやと言いながら、莇はブラシでファンデーションを乗せていく。
 一成は目を閉じて、そのブラシを受け入れている。詳しいことはよくわからないし、莇の腕なら信用しているのだ。アザミンに任せたら、めっちゃいい感じになるっしょ、と当たり前のように思っている。
 その間にもブラシを操る手はよどみがない。迷いなく動き、手際よくメイクは進んだ。
 莇が一つ息を吐き、「よし」とつぶやいたので、どうやらファンデーションは完了したようだ、と一成は察する。ただ、これで終わりではない。莇はすぐにパウダーハイライトを取り出すと、ブラシを持って一成と向きあう。
 ブラシが動くたび、ふんわりとした立体感が増していく。真剣な表情で慎重にブラシを置いていけば、内側から光を放つように、透明感のあるつやが生まれる。
 莇は何度か一成の様子を確認したあと、一つ息を吐いてブラシを置いた。ベースメイクが完成したのだ。
 続いて莇は別のブラシを手に取って、眉を整える。今回のメイクはナチュラルを目指すということで、自眉を活かすと言う。
 パウダータイプのアイブロウで立体感を出したあとは、「次はアイメイクだ」と言って、アイライナーを手に取る。

「がっつりめにすると、派手になりすぎる。だから今回は落ち着いたブラウン系にするけど、ちょっとパール感あるやつな」

 手慣れた調子でアイラインを引いたあとは、アイホールへグラデーションを描いていく。目を閉じる一成に全容は見えないけれど、キャンバスに色を乗せていくみたいで、毎回何だかわくわくしてしまう工程だった。

「アザミン、絶対着色センスあるから絵描いてほしいんだよねん」
「一成さん、毎回言うよな、それ」

 唇の端に笑みを浮かべた莇は、アイシャドウを塗りながら答える。メイクのたびに誘われているので、すっかり馴染んだ言葉でもある。
 心から言ってくれていることは莇も理解しているし、一成のセンスには一目置いている。だから、そんな風に誘われることは何だかくすぐったくて誇らしかった。
 全体の様子を確認しながら、莇はアイメイクを進める。アイシャドウを塗り終えたあとは、軽くビューラーをしてからマスカラをつけた。ナチュラルメイクを目指すためつけまつげは使わないつもりだったし、一成のまつ毛は比較的長い。マスカラだけでも充分映えると踏んだのだ。
 主張しすぎることはないものの、ふっさりとしたまつ毛に仕上げたあと、莇は何本かリップを取り出す。色味を確認したあと、幸に向かって言葉を投げた。

「ピンク系とレッド系で一成さんに合うやつはこれ。ただ、どっちがいいかっつーのはちょっと悩む」
「まあ、確かに。どっちでも似合いそうな気はする」
「そうなんだよな。完全なフェミニンだったらピンク系にするけど」
「だよね。うーん、でも、ここはもうちょっと落ち着きがほしいかも」
「ってなると、レッドか。これ、どぎつすぎないやつだから、落ち着いた感じにはなると思う」

 言いながら、くるくるとリップを繰り出す。現れるのは、じんわりとした赤だ。はっと目が覚めるというより、落ち着いた風合いを宿している。
 莇はしばしじっと見つめていたけれど、何か納得したらしい。一成に向き直ると、きっぱりした口調で言った。

「――それじゃ、リップの前にまずグロスな。先にグロス塗った方が、自然なつや感が出る」

 そう言って、ペンシルタイプのグロスを取り出した。縁取りから始めて、丁寧に内側を埋めて全体を仕上げていく。見る間にぷるりとした唇が現れた。
 莇はそれを確認すると、リップを手に取った。ブラシに色を乗せると、一成の唇を丁寧に彩っていく。
 じんわりとした赤色は、色気やセクシーさというより、落ち着きのある大人の雰囲気を漂わせる。目立ちすぎることのないよう、気をつけながら莇は色を乗せる。グロスのつやとあわさって、ふっくらとした血色感のある唇が完成した。
 最後の仕上げとして、莇はチークとブラシを手に取る。大きめのブラシは、最近莇が新調したと言っていたものだ。全体にパウダーを含ませたあと、余分な粉を落とす。
 真剣なまなざしで一成に向き直り、なでるようにブラシを滑らせていく。高発色で微細なパールが入ったチークによって、白い肌は淡くきらめき、ふんわりと色づいていった。

「――こんなもんか」

 何度か手を止めて全体を確認したあと、莇はことりとブラシを置いて言った。一成はゆっくり目を開く。
 メイクの様子を見守っていた幸が「いい感じ」と声を掛ければ、無邪気な笑顔で莇が「だよな」とうなずいているので、会心の出来なのかもしれない。
 二人はそれから、あれこれ言いながら一成の背後に回った。ヘアアレンジも行うようで、一成はおとなしく従う。一体どんな風になるのか、純粋に楽しみだった。
 ドライヤーやヘアアイロン、ワックスまで出てきて、跳ねた髪を抑えていく。全体を染めているけれど、マメに手入れはする方なので髪質も悪くない、と褒められたので一成はにこにこしながら二人の手を受け入れている。
 そこまで凝った髪型ではなかったことも手伝って、ヘアメイクにかかる時間は短かった。サイドを流して、ハーフアップでまとめる。全体をワックスで整えたあとは、ボウタイと同じ布でできた幸お手製のリボンを結べば完了だ。
 一成の正面に戻ってきた幸と莇は、やり遂げた顔をしていた。普段はクールな二人が晴々とした表情を浮かべていて、疲れなんて全てが吹き飛んでしまったようだ。
 ここに至るまでの経緯なら、一成も聞いている。連日の疲れによるストレス解消のため、徹底的に誰かを飾りつけたい、と思っての現在だ。それに協力できたのだ、ということは二人の顔を見ればわかる。
 その事実が嬉しくて誇らしかったし、同じくらい純粋に今の自分がどうなっているか、とわくわくした気持ちにもなっていた。なので、鏡が見たいと言えば、莇が愛用している大きな鏡を一成の方へ向けてくれた。
 そこにいたのは、まさしく深窓の令嬢といった風情を漂わせた一成である。
 落ち着いたブルーグレーのワンピースに身を包み、椅子に腰掛けている。ワンピースは華美すぎずシンプルながら、深い色合いが豊かで決して地味ではない。袖口のレースは愛らしさを、胸元のボウタイは楚々とした風情をたたえている。
 透明感のある白い肌は、なめらかな陶器のようでありながら、確かな血潮を感じる薔薇色を頬に宿す。大きな緑色の目は朝露に濡れる新緑を思わせ、引き結ばれた唇は深みのあるじんわりとした赤。ぷるりとつややかで、一点花を添えるようだ。
 流れるような金髪は丁寧にくしけずられ、真っ直ぐ首元へ垂れ落ちる。リボンを結ぶため、サイドを少し後ろへ流しており、顔周りがよりはっきりと見えた。
 色もパーツも、全ては見慣れた自分のもののはずだった。だけれど、幸と莇の手によって飾りつけられれば、全てがきらきらと輝くのだ。よく知った顔が、今までずっと見てきた全てが、まるで違った表情を見せる。
 金髪のつややかさも、濡れたように光る瞳も。光を弾くような肌も、きらきらと色づく頬も、つやめく唇も。深い色合いとワンポイントの愛らしさ、楚々としたリボンを持つ、品のあるワンピース姿も。
 一成にとってはみんな初めて見るものだ。自分だけど自分じゃない。だって、こんな姿は、こんな装いは。

「めっちゃ美人じゃん!?」

 心からの言葉が思わず口から飛び出る。ハイテンションで「テンアゲ! 写真撮っていい!?」と騒げば、鏡の中の令嬢も同じようにきゃっきゃっと騒ぐ。幸は呆れたように肩をすくめて「台無し」と言うけれど、唇は笑っていた。

「てか、マジで二人天才すぎ! オレだけが見てるんじゃもったいないっしょ!」

 一通り自撮りして満足したあと、一成は言う。二人の手による合作とも言えるのだ。自分だけの内に留めておくわけにはいくまい、という顔の一成は「思いついた」という顔で言葉を続ける。

「むっくんに見せにいこ!」

 ぱっと笑顔を咲かせて、一成は言う。幸が最近疲れていることや、だから一人で寄り道をしたいのだろうと察して先に帰宅してきたことは、一成も知っている。出掛ける予定はないと言っていたので、部屋にいるはずだ。

「確かに、椋さん喜びそうだよな」

 莇がしみじみ言うので「でしょ~!」と一成も大いにうなずく。幸と莇のモデルをしてくる、とは言ったものの具体的な姿については何も言っていない。特に意味はなかったけれど、結果的にサプライズができそうだ、と一成はわくわくした表情を浮かべる。
 幸も莇も、椋へ見せることに特に異論はない。というか、女装姿を見られたくないと言うわけでもなく、むしろ本人が一番乗り気なのだ。止める意味も必要もなかった。