シークレットフレーバー






「クリスマス限定パッケージ、売ってるといいよねん!」

 コンビニまでの道を辿りながら、一成が楽しそうに言った。
 椋に欲しいものを尋ねれば、天馬がCMをしているココアを挙げたのだ。ただ、それは通常のものではなく、クリスマス限定パッケージの缶だった。
 通常缶であれば、CM放映後に夏組を筆頭にしてMANKAIカンパニーメンバーがこぞって購入している。ただ、クリスマス限定パッケージは何種類かあるので、まだ全ては手に入れていないのだ。
 それゆえ、見かけたら買ってきてほしいな、というのが椋のリクエストだった。
 もちろん一成は快くうなずいて、天馬と連れ立って夜道を歩いている。
 椋への謝罪という意味はもちろんあるけれど、何だか離れがたかったしもう少し二人でいたいと思っての行動だ。
 ハッキリと口にしたわけではないけれど、天馬は一成の気持ちを汲み取って一緒にコンビニまで来てくれた。
 ふわふわとした気持ちのまま、足取り軽く一成は進む。
 冬の夜は凍えた空気が辺りを覆うけれど、好きな人と歩いているという事実はすっかり一成の心を温めていて、寒さなんて気にならなかった。

「椋が欲しいのってどれなんだ」
「んーとね、サンタクロースとクリスマスツリーは持ってるって言ってたから、雪だるまのやつかな~?」

 椋が持っていたクリスマス缶を思い浮かべながら答えれば、天馬がうなずいている。自分が宣伝している商品のことは把握しているので、どれを指すのかはすぐに理解したのだろう。
 それから天馬は、わずかな沈黙を流したあとで口を開いた。

「……一成、お前は、その、何か欲しいものないのか」

 ぶっきらぼうな言葉だけれど、怒っているわけではなく、照れくささゆえの言葉であることは、一成もよくわかっている。おどけるように答えた。

「なになに~? テンテン、何かおごってくれる系? この時期のコンビニ、クリスマスパッケージいっぱい売ってるから、欲しいものめっちゃあるよん!」
「別にコンビニ限定じゃなくてもいい」

 一成の言葉に答える天馬は、やけに重々しく言った。
 一成が思わず目をまたたかせたのは、てっきりコンビニで何か買ってやる、という意味だと思っていたからだ。実際おごってもらう気はなかったけれど、その気持ちが嬉しかった。

「――クリスマスは、お前とはいられそうにないからな」

 ぼそり、と落とされた言葉に一成は悟る。
 なるほど、天馬は恐らく恋人同士としてクリスマスを過ごせない事実を気にしているのだ。そういえば、一応オレたち恋人同士なんだった。思い至った一成の頬が赤くなる。
 一応とか言うとテンテンに怒られそうだけど。ちゃんと恋人同士だとか言われそう。あ、だめだこれ、改めて自覚するとめちゃくちゃ恥ずかしい。

「だいじょぶだよん! オレもクリスマスはイベントあるし!」

 赤くなった顔をごまかすように、努めて明るく言い放つ。
 クリスマスを天馬と過ごせたら幸せだろうなとは思っていた。ただ、一成にとってそれはあり得るはずのない現実だったので、クリスマスは普通にイベント開催日である。
 MANKAIカンパニーのクリスマスイベントとかぶらない日程にはしているものの、天馬と共に過ごす予定はこれっぽっちもなかったのだ。

「今年だけの話じゃない。これから先も、クリスマスはお前と過ごせるとは限らないから、好きなものくらい贈らせろ」

 申し訳なさそうな雰囲気半分、揺るぎない決意半分。天馬の力強い言葉に、一成は思わず笑ってしまった。天馬がわずかに眉を跳ね上げて一成を見るので、「めんご~」と言ってから言葉を続ける。

「テンテン、これから先もオレと一緒にいてくれるんだな~って思って」
「当たり前だろ。何言ってるんだ?」

 心底意味がわからない、という顔で答えられるので、一成の胸の奥はふわふわと温かくなる。顔に集まった熱とあいまって、冬の夜道に関わらず何だか体がぽかぽかしてきた気がした。
 天馬は当然のようにこれから先の話をしてくれた。
 天馬の職業上、クリスマス近辺に仕事が入るのは仕方ないことだろう。だけれど、そうなれば恋人同士としてのイベントを共に過ごすことはできない。
 それを申し訳なく思うということはつまり、これから先恋人の位置に一成がいることを疑っていないのだ。

「うーん、でも平気だよん。クリスマスだけがイベントってわけじゃないし!」

 確かに一緒に過ごせたら嬉しいと思うだろうし、恋人として天馬と過ごすことができたなら――という想像は何回だって繰り返した。だから寂しいとか残念だとか思うことは、嘘ではない。
 だけれど、それよりも天馬がこれから先も、一成と共にいることを疑っていないという事実が一成の胸を満たしていた。
 だから、強がりでも何でもない言葉だったのだけれど、天馬は納得していないようだった。
 一成の言葉を疑っているというより、何もできない自分への不甲斐なさを感じてるんだろうな、とは一成も察しがついた。なので、天馬にしてほしいことを伝えるのが最善だ、と一成の頭は答えを導き出す。

「じゃあさ、テンテン。一緒にイベントできない代わりに他に何かやろうよ。プレゼントとかじゃなくていいからさ――そうだ、美味しいココア淹れてほしいな~」

 天馬からのプレゼントが要らないわけではないけれど。何か贈り物をされるよりも、一緒に何かを共有することができたなら、と一成は思った。
 そこで思い浮かんだのは、天馬にココアを淹れてもらった時の記憶だ。
 ピカピカと星みたいに光っている。ささやかな日常が、途端に全ての意味を変えるような、そんな一瞬だった。天馬は一成の言葉に、意外そうな表情を浮かべる。

「そんなのでいいのか」
「そんなのがいいんだよん」

 天馬にとっては大したことではないのかもしれない。だけれど、一成にとっては大切な、宝箱に仕舞いたいような記憶なのだ。

「オレ、あの時めちゃくちゃ嬉しかったんだよ」

 少し気恥ずかしいけれど、天馬にきちんと伝えたくて一成は言葉を並べた。
 天馬が淹れてくれたココアを飲めること。最初に飲んだのが自分だということ。CMの話を一人だけ先に教えてもらえたこと。
 そういう全てが、自分を特別なもののように思ってもらえるようで嬉しかったのだ、とはにかみながら一成は伝えた。
 すると、隣を歩く天馬が自分の顔を左手で覆って呻いているので。

「なになに、テンテンどしたの?」
「――何でもない」
「何でもないわけなくない?」

 明るく笑って答えれば、天馬がそっと左手を外した。
 その顔は見事に赤く染まっているので、理由がわからないにも関わらず、一成の顔もつられて赤くなった。ようやく熱が収まってきたと思ったのに、さっきから赤面し通しだ。
 顔を赤く染めたままの天馬は、そのまま沈黙を貫くかと思われた。しかし、同じように顔を赤くしている一成へ視線を向けると、強いまなざしで口を開いた。
 素直に自身の気持ちを口にした一成に、ちゃんと答えてやりたいと思ったのだろう。

「あれは、そもそもお前に淹れてやるために作ってたんだよ」

 一成が何やら行き詰まっている、ということは椋から聞いていた。色々忙しい人間だということはよく知っているけれど、最近はさらに忙しさに拍車がかかっていることは、傍目から見てもわかる。
 だからこそ、何かしてやりたいと天馬は思った。

「美味いココアの作り方聞いた時、真っ先にお前の顔が思い浮かんだ。だから、一成に持って行ってやろうと思って作ってたら本人が来るから驚いた」

 ただ、結果として一成は喜んでくれたので最終的な目的を果たすことはできた。天馬はひとまずほっとして、嬉しそうな一成の笑顔に疲れも何もかもが吹き飛ぶのを感じていた。

「別にCMにココア淹れるシーンはない。どっちかっていうと、お前に作ってやりたいほうがメインだ」
「そういえば、ココア淹れるとこないんだな~とは思ってたんだよねん……」

 放映されたCMを見て、一成は「あれ」とは思ったのだ。ただ、カットされただけで収録はしてるんだろうな、と何となく納得していた。
 しかし、そもそも最初からそんなシーンはなかったらしい。ということはつまり、あれは純粋に一成のためだけの行動というわけで。

「――え、でも、テンテンみんなにココア作ってあげてたじゃん」

 そういえば、という顔で一成が口を開く。だからこそ、あれは自分だけじゃなかったんだな、と凹んでいたのだ。
 別にそれを恨みがましく思いはしないけれど、純粋に疑問だった。天馬は決まり悪げにぼそぼそと言葉を吐き出した。

「まだ好きだって言ってないのに、一成のことが特別だってバレそうだったからだよ……」

 一成に何かをしてやりたいと思った。だからこその行動だったけれど、あとになって天馬は気づいたのだ。一成にだけココアを作ってやるなんて、お前だけが特別だと宣言するようなものじゃないか、と。
 想いを告げているならまだしも、単なる友人という関係でしかない。一成に気味悪がられたり不審がられたりするかもしれない、と考えた結果が全員にココアを作ることだったらしい。
 その言葉を聞いた一成は、盛大に笑い出した。天馬が不機嫌そうに「何だよ」と言うので、「めんご~!」と謝罪を向けるけれど笑いの気配はまったく消えていない。

「オレら、お互い何やってんだろねって感じじゃん?」

 一成は当然天馬にふられると思っていたし、天馬だって一成が同じ気持ちを抱いているなんて欠片も思っていなかった。だからこそ、お互い変に気を遣って行動して何だか妙なことになっているのだ。
 天馬は一成の言葉に一つ息を吐き出すと、「確かにな」と答えた。それから、わずかに視線をさまよわせながら言葉を続ける。

「でも、多少遠回りはしたけど、その、今はちゃんとわかってるからいいだろ」

 お互いの気持ちなら確認した。大事な夏組の一人で、友達であることに変わりはない。だけれど、互いだけに抱える感情を、欲を、望むものを、許し合ったのだと知っている。

「――そだねん」

 そっと告げられた言葉に、一成はやさしくうなずいた。心からの気持ちが声になってあふれたような、そんな言葉だ。天馬は一成の答えに、ゆっくりと口を開いた。

「だから、お前が望むなら、いくらだって美味いココアを作ってやる」

 きっぱりと天馬は告げる。それは実際にココアを一成に作るという行為だけを指すのではなく、これから先、一成を特別だと思う気持ちで行われる様々なことを含んでいるのだろう。
 一成は嬉しそうにうなずいたあと、軽やかに続けた。

「てか、あのココア、マジで美味しかったんだよねん。メーカー直伝レシピってすごくね? それとも、テンテンやっぱりココア淹れる才能ある系?」

 茶化すような口調だ。天馬はこの前も聞いた言葉に、呆れたように肩をすくめて「どんな才能だよ」と同じ答えを返したのだけれど。
 すぐに、閃いたといった顔で言葉を継いだ。面白そうな、楽しそうな、イタズラを仕掛ける笑みを浮かべて。

「まあ、一成だからな。特別な相手に作ってやる特別な一杯なんだ、美味くもなるだろ」

 真夏の太陽にも似た、まぶしいほどの笑みだ。青空を駆けていく少年の純真さに、焼き尽くすほどの情熱を潜ませて浮かべられた笑顔だ。
 前触れもなく、突然それを真正面から受け取った一成は、言葉を失くす。だってこれは、一成を特別だと告げる、この上もない告白と同じなわけで。

「――隠し味入れた的な?」

 それでもどうにか一成は言葉を絞り出す。
 特別な人が作ってくれるものを、とびきり美味しく感じる理由。あの時天馬は、誰にも見つからないようにと隠してきた心を、そっと取り出してくれたのだ。言葉ではなく、声ではなく、だけれど確かに。
 体中全部が心臓になったみたいに、ドキドキしながら紡いだ言葉。天馬は嬉しそうに「まあな」とうなずいた。








END

ラブコメを目指しました。お互いにとんでもないことを言っててほしい