シークレットフレーバー




 一成は自室の机でノートパソコンを開いている。椋はラグの上でお気に入りの少女漫画を読み返しているし、二人だけの空間は無言ながら心地良い空気で包まれている。
 ただ、一成のノートパソコンは未完成のデザイン案が表示されたままで、立ち上げた当初から何も変わっていない。
 それもそのはずで、天馬から「あとで部屋に行く」というLIMEがあったからだ。一体いつ天馬が来るのかと落ち着かなくて、何一つ作業は進まなかった。

 寮の夕飯時間を過ぎてから、天馬は帰宅した。少し遅めの夕食を食べてから、天馬は部屋に来るはずだ。
 ただ、その前に着替えとかもあるだろうし、どこかに連絡を取る可能性だってある。諸々の用事を済ませてから来るとしたら、何時ごろになるのかわからない。
 いつ来るのか、まだ来ないのか、そもそもどんな顔をして天馬を迎えればいいのか。あれやこれやと取り止めのないことばかりが浮かんで、一成はずっとそわそわしている。
 すると、突然202号室の扉をノックする音が響いた。心臓が一センチくらいズレたような感覚を味わいつつ、一成は極めていつも通りの声で答える。

「はいはーい!」

 答えとともに扉は開いて、案の定そこには天馬が立っていた。椋がぱっと顔を輝かせて「天馬くん!」と名前を呼ぶ。天馬も微笑み返したものの、すぐに真顔になって言った。

「椋、ちょっといいか。一成と二人で話したいことがあるんだ」

 その言葉だけで、椋はすぐに事態を理解した。ふわりと笑うと「それじゃ、ボクちょっと九ちゃんのところに行ってくるね」と言うので、天馬は「悪いな」と頭を下げる。
 一成も「むっくん、マジめんご~」と謝罪を加える。椋は慌てたように首を振った。

「ううん! 全然大丈夫だよ! ボクのことは気にしないで、ゆっくりお話してね」

 漫画を数冊抱えた椋は、ニコニコと笑顔を浮かべて部屋を出ていった。

 ぱたん、と扉が閉じられると残されたのは天馬と一成の二人だけだ。沈黙が支配しそうになり、一成は笑顔を浮かべて天馬へ視線を向けた。

「えーと、テンテン、座ったらどうかな~?なんて」

 共有スペースを示して言えば、天馬が「そうだな」とうなずいて一成の言葉に従う。一成はしばし考えたあと、椅子から立ち上がった。
 話したいことがあるというなら、自分も近くに行ったほうがいいだろうと思ったからだ。ただ、どこに座ればいいのかわからなくて、最終的に向かいに座った。
 いつもなら、天馬の隣にでも座っただろうけれど、今この状況ではとてもできそうになかった。
 むしろ、今までのオレ片思いしながらよく隣座ってたな、頑張ってたな、と一成は遠い目をして思ったくらいだ。
 結局二人はローテーブルを挟んで向き合う形になる。
 天馬は何も言わないし、一成も普段のように軽口が出てこない。重苦しい空気と妙な沈黙が流れて、一成はどうしたらいいのかと思う。何だろうこれ。面接か何かかな。

「――お前も今日、何か仕事だったんだろ」

 最初に口を開いたのは天馬だった。一成はぱちりと瞬きをしたあと、「え、あ、まあ、仕事ってか、イベントの最終確認?」と答えた。
 天馬からのLIMEを受けたあと、一成は散々心配されたけれどちゃんと仕事は果たしてきたのだ。体調不良ではないので、早退するような理由はなかった。

「友達と企画してるイベントで、細かいところの確認終わったから、あとは当日待ちって感じ! テンテンこそ、今日仕事遅くまで大変だったんじゃね」

 顔合わせだとは聞いていたけれど、それ以外にもいくつか仕事をこなしたからこそ、今日の帰宅時間なのだろう。まったく働きものだ、と一成は思う。天馬は重々しい口調で答える。

「まあな。少し想定外のことがあって終わりが長引いたんだ。本当ならもっと早く帰る予定だったから、その、待たせて悪かった」

 真顔で頭を下げられて、一成は素で驚いていた。え、なんでオレ今テンテンに謝られてんの? 謝るポイントあった?

「テンテンが謝ることなくね?」
「いや、本当ならもっと早く言いたかったんだ。その、告白してくれて嬉しかったって」

 真面目な顔で言う天馬は、ぼそぼと「オレから言おうと思ったのに、まさか先に言われると思ってなくて焦ったけどな」と続ける。その言葉を聞く一成の顔は、次第に赤くなっていく。
 告白。好きだと言った。それに対する答え。全てが現実であるとさすがに一成も認めてはいたけれど、本人から直接言われるのは衝撃が違う。
 テンテンはオレの気持ちを知ってて、テンテンも同じ気持ちだって言ってくれて――うわ、改めて考えるとやばい。
 湯気でも出てるんじゃないか、というくらい一成の顔には熱が集まっているし、よく見れば天馬の耳も赤くなっている。

「でも、もう少しムードとか考えろよ。なんで玄関なんだ」

 照れ隠しのような口調で天馬が言い放つ。実際そこまで不満に思っているわけではなく、単純に不思議がっているといった雰囲気だった。
 一成は困ったような笑顔を浮かべて「それはまあ」と言葉をこぼす。

「ふられる予定だったんだよねん。ふられるのわかっててロマンチックな場所にテンテン誘うとか、その後気まずすぎるでしょ……」

 周囲には恋人同士があふれかえる場所だ。ふられた相手と過ごすのは一成もいたたまれないし、天馬だって居心地が悪いだろう。
 だからこそ、雰囲気など欠片もない場所を選んだのだ。天馬は一成の言葉に眉をしかめた。

「今朝も思ったんだけどな。なんでお前、オレにふられるの前提なんだよ」

 不服そうな響きで聞かれるけれど、答えなんて決まっている。一成は何当然のことを聞いてるんだ、とでも言いたげな雰囲気で言った。

「普通に考えて、テンテンがオレのことそういう意味で好きとか思わないじゃん」

 だってどう考えても、天馬が一成を選ぶ理由が思いつかないのだ。
 確かに夏組として、友達の一人として特別な位置に置いていてくれる。それは間違いないけれど、恋愛対象となれば話は別だ。
 一成は同性の男であるし、天馬の身の周りにいるような華やかな人間とも違う。至って普通の大学生でしかないのだ。
 改めてそれに思い至ると、一成は心底不思議になってきた。怪訝な顔で口を開く。

「え、待って、テンテン。オレのこと好きなの?」

 玄関での出来事は現実だと思っている。だけれど確認をせずにいられなかった。天馬は思いきり顔をしかめた。
 ただ、ここできちんと伝えないと、一成が全てを事実ではないと判断するかもしれない、ということは察したらしい。

「だから、好きだって言ってるだろ」

 照れ隠しのためにぶっきらぼうに放たれた言葉。嘘や冗談でこんなことを言う人間ではないと知っているから、確かに一成を好きだと言ってくれているのだとは思った。思ったけれど。

「友達としてとかじゃなくて? テンテン、マジでよく考えて。夏組のみんな特別に思うのと混じってない? オレが一番スキンシップ多いから勘違いしてるとか――」

 思わず問いを重ねてしまったのは、天馬の「好き」が本当は友達の延長線上にあったらどうしようと思ったからだ。
 天馬が同じ気持ちでいてくれて嬉しかった。天にも昇る気持ちだと思った。
 だけれど、あとになってそれが「友情と勘違いしていた」と言われたら、と思うと確認したくてたまらなかったのだ。
 天馬は一成の言葉に、ハッキリとした苛立ちを顔に浮かべた。照れ隠しの類ではなく、純粋にイラっとした様子で、ぴしゃりと言葉を叩きつける。

「お前、オレの気持ち疑ってるのかよ」
「そういうわけじゃないけど――」

 テンテンを怒らせてしまった、と一成の心が冷える。とっさに違うと言ったし、それは嘘ではない。天馬の気持ちは信じている。本当に心から好きだと言ってくれた。
 だけれど、その好きの種類が違っているかもしれないという思いが拭えないのだ。

「だって、テンテンだよ。世界で一番カッコイイじゃん。そんなテンテンがオレのこと好きとか思わないっしょ」

 心からの本音だった。
 一成は天馬ほどカッコイイ人間を知らないのだ。単純な顔の作りという意味でもそうだし、スタイルだって抜群で、全てが奇跡的なバランスで作り上げられたと思っている。

「神様がめっちゃ本気出して作ったらテンテンになるって感じじゃん。こんなめちゃめちゃカッコイイ人がオレを好きとか、信じらんないんだもん」

 切々と言葉を落とすと、天馬は「お前何言ってるんだよ……」と呆れたように言った。呆れられてしまった、と恐る恐る天馬を見つめると、盛大な溜め息を吐いて口を開く。

「お前な、自分の顔が整ってる自覚ないのか。一成こそ相当綺麗な顔してるだろ……。言動がうるさすぎてわかりにくいだけで、美人ってこういうことだなってしょっちゅう思ってる」

 きっぱり言われるし、天馬が嘘を吐いているとは一成も思わない。
 それでも素直にうなずけないのは、どう考えても芸能界で活動している天馬なら、もっと美人を知っているはずだという確信があるからだ。なので、ついついそれを口にする。

「テンテンの周りの人のほうが絶対美人だって。芸能人ばっかじゃん!」
「なんでそこは頑ななんだよ。確かに美人もいるかもしれないけど、オレの好みの問題だからお前が一番でいいんだよ」

 疑う余地はない、といった雰囲気の言葉は天馬らしいし、そう言ってもらえることを嬉しいと思うのは確かだ。
 それでも、まだ一成は素直に喜べない。天馬の愛情深さを知っているからこそ、友情としての好意ゆえの発言という可能性は残っている。それに、何よりも。

「だって、テンテンだよ……。努力家でめちゃんこ努力できるし、向上心すげーあるし、すごくやさしいし、いつだって真正面から向き合ってくれる。中身もめちゃくちゃ魅力的なんだよ。そんなテンテンがオレのこと好きとか、思えるわけないじゃん……」

 だからもしかしたら、友情としての好意を勘違いしているんじゃないか、と一成は思っている。
 どうしたってその気持ちが拭えない。恋愛対象として特別な気持ちを向けてもらえるなんて、自分にそんな価値があるとは到底思えないのだ。
 奥底にあるそんな感情を、天馬は察したのだろう。「お前な」と低い声でつぶやく。明らかな苛立ちを含ませた声に、一成の肩はびくりと震えた。今度こそ天馬を怒らせてしまったと思ったからだ。

「さっきから聞いてれば何勝手なこと言ってるんだよ。どう考えても、お前のほうがよっぽどやさしいだろ。お前がいつも明るく笑いかけて、オレたちのこと気にかけてくれて、どれだけ救われたかわかってるのか」

 苛立つように告げられた言葉に、一成は「でも」と答えようとするけれど。その前に、天馬は強く言葉を重ねた。

「お前のやさしさに救われたし、誰相手にしても合わせられるところは尊敬してる。誰かを否定しないところも、いつだって楽しいことを探してるところも、相手を傷つけないようにって気遣えるところも、全部お前の長所で、大切にしたいところだ。胸張ってろよ」

 傲然とも言える態度は、いかにも天馬らしいと言えた。そういうところも一成は好きだったけれど、簡単にうなずけなくて「だけど、テンテン」と口にすれば苛立ちをにじませた天馬が顔をしかめた。

「まだ認めないのかよお前」
「だって、テンテンだよ!? テンテン、自分がどれだけカッコイイか自覚足りなくない?」
「お前が自分を過小評価しすぎなんだよ」
「世界一カッコイイ人相手にしたら過小評価するのも仕方ないじゃん」
「開き直るな。お前は自分の価値をわかってないだけだ」

 売り言葉に買い言葉といった調子で、二人の間で言葉が行き来する。ここに他の人間がいたら突っ込んでくれたかもしれない。しかし、幸か不幸かここには二人きりだ。
 双方ともに苛立ちと不安が先に立っているため、自分たちが何を言っているかいまいち自覚が足りていなかったし、それを気づかせる人間もいなかった。

「だって、テンテン以上にカッコイイ人この世にいないじゃん!」
「なら、そのオレがお前のこと魅力的に思ってるんだから、さっさとうなずけばいいだろ!」

 思わず一成が強く言い切れば、つられるように天馬の声も大きくなる。口論めいた雰囲気ではあるけれど、内容は全くの正反対だ。
 ここに幸がいれば、呆れたように突っ込んでくれたことだろう。今の発言をもう一回頭から言ってみろ、と。
 しかし、当の本人たちは至って真剣だった。いつもは察しのいい一成も、あまりにも全てが予想外の事態なので頭が追いつかないらしい。理性ではなく、心があふれた言葉をこぼす。

「テンテンのこと信じてないわけじゃないけど――でも、あとになって友達の好きだったって言われたらって思っちゃうんだよ……」

 泣きそうな顔で一成が言うので、天馬はぐっと言葉に詰まる。
 一成に対する感情はいくつもあれど、決して傷つけたいとか泣かせたいだとかは思っていないし、笑っていてほしいのだ。こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに、と思う。

「テンテンは夏組のことすげー大切にしてくれてるからさ。そういうのの一つかもしれないじゃん」

 寂しげに、だけれどほのかに笑顔を浮かべて一成が言う。笑っていてほしいと思う。だけれど、こんな風に悲しみをこらえて笑ってほしいわけじゃないのだ。天馬はぎゅっと拳を握り締めて、口を開く。

「確かにオレは夏組を大切に思ってるし、お前のことだって夏組の一人として大事に思ってるのも間違いじゃない。だけど、一成を好きだって気持ちはそれとは違う」
「うん、テンテンが嘘吐いてるなんて思ってないよん。いつだって、ちゃんと本当のこと言ってくれるってわかってる。だけど、友達の特別と混じっちゃって、わからないだけかもって――」

 こぼされる言葉は一成の本心だろう。天馬の言葉を何一つ疑わない。だけれど、天馬が心から告げた言葉が勘違いの上に成り立っているんじゃないかと一成は思っている。
 そんなことないのに。友情としての好きなのだと、天馬だってずっと思っていた。夏組の一人で、初めて友達だと言ってくれたから友達として特別に思っているだけなのだと。
 だけれど違うのだと、ハッキリと自覚している。
 それを上手く伝えられない自分へのもどかしさと、結局一成から告白されるまで思いを告げられなかった不甲斐なさ。
 諸々が合わさった天馬は、自分への苛立ちのまま、ほとんど反射で一成に答えを叩きつけた。

「オレは! 友達相手にキスしたいなんて思わない!」

 友情なのだとずっと思っていた。だけれど、自分自身の欲求を自覚した時天馬は悟ったのだ。
 キスがしたい。一成に触れて、自分だけが知っている顔が見たい。知らないところなんて何一つないと言えるくらい、一成の全部を知りたい。そんな感情、友達相手に抱くわけがない。

「――テンテン、オレとキスしたいの……?」

 理性を飛ばして口にした言葉だ。天馬がようやく自分の発言を認識したのは、呆然とした調子で一成に問い返されてからだった。目を丸くして、心底不思議そうな顔で尋ねられて天馬の顔が赤く染まっていく。
 今オレは一体何を、と思ったからだ。完全に要らないことを言ってしまった。墓穴を掘った。思わず頭を抱えかけるけど、天馬の動きは途中で止まった。

「――そっかぁ」

 一成の唇からこぼれた声が、何だかやけにやわらかい。視線を向けると、天馬に負けずとも劣らないほど顔を赤くした一成が、ふにゃりと笑っている。
 いつもの明るい笑顔でもないし、夏組のみんなを見つめているような穏やかさでもない。
 幼い子どもがただ真っ直ぐと喜びを表すような。嬉しい、という感情が体いっぱいに詰まっているのだとはっきりわかるような、そういうほほえみだった。
 その笑顔に、天馬は腹をくくった。オレの言葉でそんな風に笑ってくれるなら、それなら。
 余計なことを言ったと思ったけれど、きっとそうじゃなかったのだ。一成がこんな風に笑ってくれるなら、これはきっと必要な言葉だったし、もっときちんと伝えてやりたい。

「そうだよ。お前とキスしたいと思ってるし、もっと近くに行きたい」

 向かいに座る一成へ視線を向けて、天馬は告げる。
 キスがしたいし、あわよくばその先だって望んでいる。己の欲を表に出すのは気恥ずかしい。だけれど、一成はこの欲を望んでいるのだともわかっていた。

「お前だけだ。触れたいって思うのも、色んな顔が見たいって思うのも、キスしたいって思うのも」

 確かに一成は夏組の一人だし、大切な友人であることは間違いない。だけれど、一成だけに感じる気持ちが、抱く感情がある。それを伝えれば、一成は照れくさそうに笑って口を開いた。

「――うん。オレも、テンテンとちゅーしたいなって、思ってたよ」

 秘密を打ち明けるような素振りで言うので、天馬は己の選択の正しさを悟った。
 一成は天馬の気持ちを疑っていたわけではない。だけれど、どうしたって友達の枠組みの中の感情なのではないかと思っていた。
 だからこそ、ハッキリとした欲の形を向けられたことで、一成は理解したのだ。
 天馬の中で、きちんと特別な場所に自分がいるのだと。勘違いでも思い違いでもなく、友達とは違う感情で想っていてくれるのだと。
 沈黙が落ちる。しかし、それは最初の時のような重苦しさではなかった。
 ほのかに色がつくような、甘酸っぱい雰囲気が周囲を包んでいる。向かい合った二人の視線が混じりあい、どちらかともなく手を伸ばしかけたところで。
 
 ノックの音が鳴り響いた。
 
 反射的に立ち上がったのは天馬で、一成は上ずった声で「なになに!?」と扉に向かって声を投げた。すると扉が開いて、申し訳なさそうな顔で椋が部屋をのぞきこむ。未だ赤味の残る顔で、一成は問いかけた。

「どしたの、むっくん。何か忘れ物とか?」
「ううん。あの、言い争ってるみたいな声が聞こえたって言われて――ちょっと心配になっちゃったんだ」

 そう言った椋は、部屋の様子を見渡してから「勘違いだったかも」と続けた。二人の間に険悪な空気は少しもないのだから当然だろう。
 椋からすれば、天馬が立ち上がっているのと、一成の顔が赤いのは謎だけれど、言い争っていたような気配は欠片もない。
 ごめんね、と告げる椋に一成は首を振った。全然そんなことないよん、と言うのは心やさしい椋の気遣いをなかったことにしないためだ。
 それに、椋の心配はきちんと否定しなくては、とさらに言葉を続ける。

「言い争いとか全然してないから心配しないで平気だよ、むっくん! ね、テンテン、オレら仲良しだよねん!」

 力強く声を掛けると、一瞬面食らったような顔をした天馬が、「ああ」とうなずいた。確かに仲良しではある。間違いではない。
 椋はほっとしたような顔で「よかった」と笑った。その顔を見つめていた一成は、再度謝罪を口にしてから思いついた、といった顔で言葉を続けた。

「そだ。今からコンビニ行くから、むっくん何か欲しいものない? 心配かけちゃったお詫びだよん!」

 明るく言えば、椋は恐縮したように首を振るけれど。「いーから、いーから! オレのこと助けると思って~!」と続ければ、最終的には希望を口にしてくれた。
 満足そうにうなずいた一成は、それから天馬へ視線を向けると「それじゃテンテン、一緒にコンビニ行こっか!」と言葉を掛ける。
 至っていつも通りの表情に見える。突然の思いつきに天馬を付き合わせようとしている、イタズラっぽい表情に似ている。
 だけれど、奥底に宿るのはもっと別の感情だ。
 ただの友達としての言葉ではなく、たった一人の特別な相手へ向けられるものだと、言葉はなくても理解する。だから、答える言葉なんて一つしかなかった。