プロポーズから始めましょう。




「ね、テンテン! プロポーズしてよ!」

 遅い夕食を取っていた天馬の前に、颯爽と現れた一成。流れるように向かいの席に座ると、満面の笑みで言った。天馬はビーフシチューをゆっくり咀嚼しながら、一成を見つめる。

「あ、全然食事のあとでいいからねん! 急いでないし!」

 撮影が長引いて帰りが遅くなり、ようやく夕食であるということを一成は理解しているのだろう。ぐいぐい距離感を詰めてくるタイプに見えて、そういうフォローを忘れない人間だということはよくわかっていた。

「――まだ言ってたのかそれ」

 臣特製のビーフシチューをしっかり味わってから、天馬はそう返す。一成の突飛な言動にはとっくに慣れているから驚きがない、というより何の話かはよくわかっているからだ。一成は楽しそうに「もちろん!」と答えた。きらきらと目を輝かせて、頬を紅潮させて。

「ブログ読んだ時から思ってるもん。テンテンのプロポーズとか、絶対聞きたいっしょ!」

 一成が言うのは、一月恒例になっているMANKAIカンパニーのリレーブログである。
 今年は以前好評だったリレー小説が企画され、劇団員たちはそれぞれ自分の当番と完成する小説を心待ちにしていた。今回は、前回と違って「ラブストーリー」というテーマが設けられていることもあり、一体どんなパスが渡されるのか期待半分不安半分といったところで、自分の担当を待っていたのだ。
 順番はくじ引きで決まったのだけれど、天馬からつながる相手は一成だったのだ。くじの結果がわかった時から一成は、「恋愛テーマでテンテンのあととか、めっちゃ楽しみ!」とテンションが高かった。
 そして、いざ天馬のバトンを受け取った一成が書いたのはプロポーズの言葉だった。
 ブログを読んだ天馬は、「ここからプロポーズにつなげるんだな」と思ったのだけれど。それより、「テンテンに言ってほしい~!」と書かれているのが、一成らしいな、と思っていた。天馬が出演するラブストーリードラマを嬉々として見ている人間だけのことはある。

「みんなでブログを読んでる時から、ずっとカズは言ってるね」
「そういえばそうですね」

 面白そうに言ったのは、ダイニングテーブルで優雅にお茶を飲んでいた東だ。答えたのは、天馬に夕食の給仕をしたあと、東に誘われて席に着いた臣である。同じようにお茶を飲んでいる。
 しみじみとした風情で思い出しているのは、全員の番が終わって全てのブログが公開された時のことだろう。

 ビーフシチューを口に運びながら、天馬は当時のことを思い出す。


 ついにブログの全容が明かされる、ということでカンパニーメンバーは談話室に集まってブログをチェックしていたのだ。
 結局どんな流れになったのかだとか、自分の書いた文章がどうつながったのかだとか。スマートフォンやパソコンをのぞきこんで、わいわい盛り上がっていた。そんな中、ソファで隣に座っていた一成が「ね、テンテンのプロポーズ聞きたい!」と言ったのだ。

「ねえねえ、テンテン言ってよ~! 皇天馬のガチなプロポーズめっちゃ聞きたい~! テンテン大人になったな~って実感したい!」
「……いや目的がおかしいだろ」

 なんでオレが大人になったって実感するんだよ、そもそも子供扱いするな、と天馬は憤る。しかし、一成はまったく気にせずあっけらかんと答えた。

「え、だってテンテン高校生の時から知ってるからさ~。あのテンテンがプロポーズできるようになったなんて!って感動したいじゃん」
「お前はオレの保護者か?」
「似たようなもんじゃん」
「絶対違うだろ」

 騒がしい談話室で、軽口を交わしあう。お互い本気で言い合っているわけではないので、じゃれつくような会話ではある。ただ、一成が本気で天馬を子供扱いしていることはわかったので、天馬も意固地になって簡単にはうなずけなかった。
 そういうところが子供っぽいと言われるのはわかっていたけれど、一成がからかうのも悪い、というのが天馬の結論だ。
 もっとも、本気で怒っているわけではないし、それは一成も充分理解していた。だから特に険悪な雰囲気になることもなく、そのまま話は流れたと思っていたのだけれど。


「ふふ。最近は聞いてなかったから、もうカズはプロポーズをしてもらったのかな?って思ってたんだけど。二人とも忙しかったしね」

 艶やかな微笑を浮かべる東は心底楽しそうだった。一成も「そうなんだよね~! 仕事もイベントもあったし、テンテンも最近ずっと寮にいなかったし!」と答える。

「ああ、天馬はここ最近ずっと帰りが遅かったし、一成も部屋にこもりきりで心配してたんだが――めどはついたのか」

 気づかわしげな様子で、臣が尋ねる。カンパニーの食事を手掛ける関係で、臣は団員の状況を把握しやすいのだ。だからこその問いだとわかっているから、天馬も一成も一段落ついた旨を伝える。臣に心配を掛けたくない、という気持ちは全員共通である。
 それから四人は、天馬の仕事や一成が打診されたイベントのことだとか、今度の公演についての話で盛り上がった。ただ、東と臣はそれぞれ呼ばれて席を立ったので、結局テーブルには天馬と一成の二人だけが残される。

「一応一段落ついてよかったよねん。テンテンもずっと忙しかったし」
「まあ、一成はわりとずっと忙しそうだよな。寮でも仕事してるから」
「どこでも仕事できるかんね~」
「オンとオフの切り替えはちゃんとできると思うが――あんまり無理するなよ」

 一成は何だかんだ言いながら、根を詰めがちであることをよく知っているのでそう言う。一成は一つ瞬きをしたあと、やわらかく笑って「ありがとねん」と答える。
 ただ、それも一瞬だった。すぐにぴかぴか明るい笑みを浮かべると楽しそうに言った。

「テンテン、昔はこんな素直に言えなかったのに成長したよねん。テンテン、大きくなったね~ってしみじみしちゃうかも!」

 はつらつとした表情で、「立派に育って、お兄ちゃんは嬉しいよん」なんて続けるし、完全に子供扱いされていた。お前はオレの兄じゃないだろとか、なんでお前がしみじみするんだよ、とか。いろいろとうずまく気持ちを抱えながら、天馬は口を開く。

「だから、子供扱いするなって言ってるだろ」

 不満を前面に押し出して、天馬は答える。一成が自分を貶めるつもりがないことも、じゃれあいの一環であることもわかっているけれど。素直にうなずけないのは仕方ない。一成もそれはわかっているのだろう。肩をすくめて、笑みを浮かべて言った。

「でも、ニンジン残してるのはお子さまじゃね?」

 ビーフシチューの端に寄せられたニンジンを指摘されるので。天馬は言葉に詰まって、黙り込むしかなかった。