プロポーズから始めましょう。




 201号室で台本を読んでいると、扉がノックされた。返事をすると一成で、「今時間平気?」と聞かれる。特に用事はなかったのでうなずくと、慣れた調子で天馬の隣に座った。流れるようにスマートフォンを取り出す。

「見て見て、テンテン! さっき流れてきたんだけど、こういう盆栽ってテンテン好きじゃね?」

 一成が向けたスマートフォンの画面には、立派な枝ぶりの五葉松の盆栽が映っている。立ち上がりも見事だし、重厚な雰囲気が漂っていて正統派の盆栽といった出で立ちだ。天馬は目を輝かせる。

「すごいな。これはかなりしっかり手をかけてるし、苔の張り方もきれいだ」
「うん、何かさ、森そのもみたいですごくね?って思って! これ、テンテンの盆栽と同じ種類のやつかな?」
「そうだな。五葉松って書いてある」
「なる~」

 こくこくとうなずく一成は、興味深そうに写真を眺めている。他の盆栽の写真もあるようで、「花咲いてるやつとかもあるんだねん」と言うので「実がついてるのもあるぞ」と教えてやる。一成は「マ!?」と楽しそうに笑っている。
 盆栽というと「おじいちゃんみたいな趣味だね」と言われるし、一成も似たようなことは言っていた。ただ、立体作品としての面白さも感じているようで、盆栽に興味がないわけでもないのだ。
 その事実に気をよくして、あれこれ盆栽についての話をすれば一成は楽しそうにうなずいている。好奇心旺盛な人間なので、純粋に面白がっているんだろうと天馬は思っているし、間違ってはいないだろう。

「はー、全然知らない世界って感じで面白いよねん。てか、テンテンわりとマジで詳しいよね」
「それはな。手入れするにも知識は必要だし、無知が原因で枯らすなんてことしたくない」
「うん。そういう真面目なとこ、テンテンのいいとこだよねん」

 やさしく目を細めて一成は言って、それは普段の明るい笑顔とは少し違っている。ハイテンションなのは間違いないし、いつでも明るく軽やかなのも確かだ。ただ、それだけでないことは天馬もよく知っている。長く付き合ってきたからこそ、よくわかっているのだ。

「――ってわけで、そんな真面目なテンテンのガチなプロポーズどう?」

 それまでの笑顔から一転して、いたずらを仕掛けるような雰囲気でそんなことを言うので。天馬は思わずといった調子で笑い出した。ここでその話が出てくるとは思わなかったのだ。どれだけ一成はプロポーズをしてもらいたいのか、と思うとおかしくなってしまった。

「別にいいんだけどな。一成、なんでそんなにプロポーズを聞きたがるんだよ」
「テンテンの成長感じたいから?」

 肩をすくめて言う様子は、明らかなからかいを含んでいる。ただ、天馬が何かを言うより早く一成は言葉を継いだ。

「あと、シンプルにかっこいいテンテン見たいんだよねん。最近、テンテンの昔のドラマ見ててさ~。ガチのプロポーズするテンテンって、絶対かっこいいじゃん!?」

 力強く言った一成は、きらきら目を輝かせていた。それは、天馬の恋愛ドラマが始まる時の様子を思い起こさせるものだ。
 一成はもともと流行りに詳しいこともあり、天馬出演ドラマはしっかり把握している。放映日にはテレビの前でスタンバイしているし、天馬のドラマが楽しみだと言ってはばからないのだ。
 さらに、最近一成は過去の天馬の恋愛ドラマを見ているらしい。口にされたタイトルは、確か結婚にまつわるもので、プロポーズめいた言葉を口にしているシーンもある。
 どうやら一成は、現在放映中のものだけではなく、過去作まで含めてあれこれと天馬演じる恋愛模様を楽しんでいるのだ。恐らく、天馬のプロポーズを聞きたいという言葉は、この延長線上にあるんだろうな、と天馬は察した。
 楽しいこと、心躍らせることが好きな一成の今のブームは、天馬のドラマらしい。その中でも、天馬のプロポーズは今最も見たいエンターテインメントなのだろう。
 リレー小説で描かれたのは、相手を抱きしめてからのプロポーズだ。確かに一連の流れはドラマチックだし、件のドラマでも似たようなことはしている。だからこそ、一成は天馬に、実際に目の前でプロポーズまでの流れを再現してほしい、と言ったのだろう。
 それは一成が、天馬のドラマを心から楽しんでいてくれることの証明だ。同時に、天馬のことを素直にかっこいいと思っていることも意味している。
 夏組として、友人として、今まで多くのことを一緒に経験してきた。一成が天馬を心から大切にしてくれていることはわかっている。一成は好意を素直に告げてくれるから、天馬のことをかっこいいと言ってくれることも多々ある。これはつまり、そういうものの系譜なのだ。
 かっこいい天馬のかっこいいシーンを見たい、というのが一成の願いである。
 夏組であり友人である一成に言われると、いっそうくすぐったいような誇らしいような気持ちになるのも事実だった。普段の天馬の姿も、弱いところもかっこ悪いところも知っている一成が、天馬のことを心からかっこいいと思ってくれているのだから。

「まあ、今なら時間もあるから別にいいが――そういえば、なんでプロポーズだったんだ?」

 一成へ答えを返しつつ、ずっと持っていた疑問を口にする。一成は「どゆこと?」と尋ね返すので、天馬は説明をくわえる。

「抱きしめたって展開から続くとして、他にもいろいろ選択肢はあるだろ。抱きしめ返すってこともできるし、プロポーズじゃない告白だって考えられる。だけど、一成はそこであえてプロポーズを選んだのはどうしてなのか、と思ったんだ」

 自分のパスを受け取って、一成は一体どんな展開につなげたのだろうか、と思ってブログを読んだ。プロポーズの言葉が飛び込んできた時は、「一成らしいな」という気持ちと「そう来るんだな」という気持ちが浮かんだのだ。
 一成は親愛を表に出すことにためらいがない。好意はすぐ口にするし、そもそも好きなものが多い人間だ。今までの付き合いから愛情深さはよくわかっているので、ラブストーリーの展開として、人生を共にする誓いへつなげるのは一成らしい、とは思った。
 ただ、その他の選択肢だって当然あるわけで、あえてプロポーズを選んだのはどんな理由なのか、と思っていたのだ。
 ラブストーリーの結末はやっぱり結婚がいいとか、はたまた単純にここから先の展開を見てみたいだとか。ただ、一成はときどき天馬の予想外の答えを出すことがあるので、もしかしたら想像もしない理由かもしれない、なんて思いながら答えを待っていた。
 すると、一成は大きな目をまたたかせて黙った。いつもみたいに軽やかな笑顔で、冗談めかした言葉が返ってくると思っていた天馬は、意外そうにその顔を見つめる。本当に想定外の理由なのかもしれない。

「――やっぱりラブストーリーなら、結婚ルートがいいよねん、とかもあるんだけど」

 しばらくの沈黙のあと、一成がゆっくり口を開いた。笑みを浮かべているものの、冗談めかした雰囲気はなかった。静かで、しんとしていて、心の内を取り出すような素振り。
 普段の一成とは違っているけれど、一成がこんな表情をすることを天馬は知っている。だから意外ではなかった。心からの言葉を返そうとしているのだとわかっているから、天馬はただ静かに答えを待つ。

「テンテンが『抱きしめた』って書いたじゃん? だから、どんな気持ちで書いたのかな~って考えてさ。小説だからイコールでテンテンってわけじゃないけど――でも、テンテンが誰かを抱きしめるって書くなら、そんなの絶対めちゃくちゃ真剣な気持ちじゃん、と思って」

 天馬からつながったリレー小説。その前に一体何があったかはわからないけれど、天馬が書いた一文を見た一成は思ったのだ。たとえ創作の一部だとしても、天馬が選んだ答えには天馬の気持ちが宿っているはずだ、と。

「テンテンなら、生半可な気持ちで抱きしめたりしないっしょ。真面目で真摯に向き合ってくれた答えを書いたんなら、オレも真剣な気持ちでつなげないとって思ったんだよねん」

 わずかに照れたような笑みを浮かべて、一成は言う。真剣に向き合ったゆえの行動を、天馬は記した。それなら、自分も同じように続こうと思ったのだ。

「――ってなったら、ただ『好き』って言うんじゃ足りないかなって。自分の持つ一番誠実で、大事な答えを考えたら、プロポーズかなって思ったんだよねん」

 そう告げる一成は、静かな笑みを浮かべている。それを見つめる天馬の唇は、自然とゆるゆる引き上がる。くすぐったいような、心が弾んで仕方ないような、そんな気持ちがあふれたのだ。
 だって一成の答えは、天馬からのパスを真剣に考えたからこそのものだ。見た目と違って真面目な人間だということは知っていたけれど。
 天馬が想像していた以上に、天馬の出した答えを、皇天馬という人間のことをきちんと考えて、次の一文をつなげたのだ。それは、人をよく見ていて誰かを大事にすることが得意な一成らしい。

「あ、ラブストーリーにはやっぱプロポーズじゃね!?とか、絶対一筋縄じゃいかないから、どうなるかな?って好奇心もあり!」

 ぱっと華やぐ笑みで付け加えられた言葉に、天馬も「まあ、確かに予想外の方へ転がったよな」と大きくうなずく。むりやり軌道修正したおかげで、ひとまずラブストーリーの体裁は保たれたものの、一歩間違えればどうなっていたかわからない。
 一成は天馬の言葉に「だよねん」と楽しそうに笑っている。予想外の事態を心底楽しんでいるのだろうし、プロポーズが順調に進まないのはMANKAIカンパニーらしいな、と思っているのだろう。それは天馬も同感だった。

「まあ、王道ラブストーリー展開にはならないだろうな、とは思ってた」
「それはオレも~。だから、むしろテンテンからのパスがちゃんと王道展開で意外だったもん。てか、前の展開からちゃんとラブストーリーっぽい展開にするのさすがテンテン」

 しみじみ言われるので、天馬は苦笑を浮かべる。完結後に全体を読むと、どう考えてもラブストーリーの展開ではないだろう、という事態になっていたことを天馬は知ったのだ。確かに、あそこからプロポーズに持って行けたのは、なかなかのファインプレーかもしれない。
 天馬が内心でそんなことを思っていると、一成が笑みを浮かべた。軽やかに、明るく、いたずらっぽい表情で口を開く。

「――ってことで、テンテンの十八番、王道ラブストーリープロポーズを所望します!」

 はい、と手を挙げて言う一成は心底楽しそうだった。王道のラブストーリードラマによく出演している天馬の、真剣なプロポーズを見たい、というのが一成の希望なのだ。
 ドラマを目の前で演じてほしい、という類の願いであることはわかっている。一成は天馬のドラマが好きでよく見ているし、天馬をかっこいいと思っているからこその発言だ。
 そう思われている、という事実が天馬にはくすぐったいし悪い気はしない。それに、天馬は一成が、真剣な気持ちで自分の書いた一文を受け取ってくれたことを知っている。
 あのプロポーズは、天馬なら軽々しく誰かを抱きしめたりはしないのだと、真剣な気持ちからの行動なのだと、一成が思ったから出てきた言葉だ。それは、一成が天馬の誠実さやひたむきさを大事にしてくれていることの証明に他ならない。
 そんな風に、天馬の持つものを大切にしてくれるのが一成だと知っている。
 一見すれば軽薄で、不真面目そうな印象を与える一成だけれど。実際は思慮深く聡明で、気遣いに長けていて人の心をすくいあげることが得意だ。寄り添うこと、やさしくあることを、ごく自然にできる。そういう人間だと知っている。
 夏組として、友人として、多くのことを分かち合ってきた。一成のためにできることがあるなら、一成が喜ぶことならしてやりたい、と思うのは天馬にとって自然だった。
 それに、今回は一成も天馬を子供扱いしてからかってはいないのだ。それなら、望みを叶えることはやぶさかではなかった。
 だから天馬は、笑みを浮かべて「わかった」と了承を返す。一成はぱっと顔を輝かせて、「マ!?」と喜んでいる。

「テンテン、マジでガチなプロポーズしてねん! 冗談とかじゃないやつ!」
「わかってる。やるからには真剣にやる」
「さっすがテンテン、かっこい~!」

 楽しそうに一成ははやしたてるし、全身からワクワクとした雰囲気を漂わせている。わざわざ誰かを呼ぶほどのことでもないと判断して、「相手役はお前でいいよな」と確認すれば、一成は「おけまる~!」と嬉しそうに笑った。
 天馬は大きく深呼吸して、芝居モードへ意識を切り替えた。
 幼い頃から役者として生きてきた。どんな時でも、どんな場面でも、自由自在に芝居ができるからこそ役者だ。見慣れた201号室で、一成を相手にした些細な芝居だとしても、一つだって手を抜くつもりはなかった。

 これからオレは、プロポーズをする。人生を共にしたい相手に、心からの気持ちを伝える。一緒に生きてほしいと、切実な心を伝えるのだ。

 ブログで自分が書いた文章と一成の文章を、頭に思い浮かべる。やるべきこと、言うべきことを確認した天馬は真剣な表情で一成へ向き直った。
 ソファに座る一成。今ここにいるのは、夏組の仲間で友人であり、これからの人生を共に歩きたい人。掛け替えのないたった一人だ。天馬は、ただ一人に向けるまなざしを浮かべて、手を伸ばす。一成の腕をつかむと、勢いよく自分の方へ抱き寄せた。
 腕の中に、一成の細い体が収まる。
 筋肉がつきにくい体質であることは知っていたけれど、いざ抱きしめるとその細さにドキリとする。折れてしまうんじゃないか、なんて思いながらも天馬は力強く一成を抱きしめた。二人の間に、隙間なんて何一つないように。わずかだって離れたくないと、体中の全てで、あふれる心を伝えるように。
 次の行動は決まっている。天馬はわずかに腕の力をゆるめて、そっと手を動かした。一成の体を抱きしめたまま、一成の耳朶に触れる。ピアスを指先でなぞり、口元を寄せた。深呼吸をすると、人生を共にしたい相手に、心からの言葉を告げる。

「――Will you marry me?」

 あふれる気持ちを乗せた、世界で一番甘やかな声だ。耳元から全身へ愛を広げていくような、皇天馬渾身の愛の告白だった。
 一成のことだ。「マジやばたん!」なんて大げさにはしゃぐだろう、と天馬は思っていた。それとも、一応相手役ということでプロポーズを受ける芝居くらい返してくるかもしれない。
 そう思って、リアクションを待っていたのだけれど。どういうわけか、一成は完全に無反応だった。

「一成、どうした? 何かあったか――」

 しばらく待っていたものの、一成からの反応はない。さすがにおかしい、と思って抱きしめていた体を離した天馬は、ぎょっとした表情を浮かべる。目の前の一成は、耳から首まで真っ赤に染めて固まっていた。

「……一成?」
「え、あ、ごめ、えっと、テンテンのガチって、マジやばすぎたっていうか! あはは、めんご~!」

 恐る恐る声を掛けると、一成は我に返ったらしい。いつものような素振りで笑みを浮かべるものの、明らかにぎこちない。顔の熱はまったく引く様子がなく、驚くくらいに赤い顔のままだ。
 一体どうして、とはさすがに天馬も思わない。恐らく――というか十中八九、天馬のプロポーズが理由だ。その事実に、天馬の心臓がドキリと大きく鳴った。まさか、一成がこんな反応するなんて思っていなかった。

「――てか、テンテンの本気って破壊力高いね……。めっちゃ照れちゃった」

 いまだに赤い顔のまま、一成がつぶやく。その表情はいつもの軽やかなものでもないし、いたずらを仕掛ける時のものとも違う。
 あざやかな赤をまとって、瞳は潤んでいる。困ったような笑みははかなげで、本気で戸惑っている様子がうかがえる。それを見つめる天馬の胸には、言いようもない感情が巡っている。

「全然顔赤いの直んないや。テンテンのガチってすげーね。オレ、今もまだ心臓ドキドキしてるもん」

 赤い顔のまま、困ったような笑みで言われて、天馬はどんな言葉を返せばいいかわからなかった。だって、そんな反応をされるとは微塵も思っていなかったのだ。
 きっと一成のことだから、大げさに面白がって笑ってくれるだろうと思った。
 一成は天馬をからかうことが好きだし、天馬のドラマを心から楽しんでいるのだ。本気を出したプロポーズを目の当たりにすれば、それはもうテンション高く反応するに違いないと思うのも当然だろう。
 楽しそうに、にぎやかに「さっすがテンテン!」「ガチのプロポーズ、めっちゃかっこいい!」なんて言う姿を想像していた。
 それとも、「大人になったね~」なんてしみじみ言われて、「子供扱いするなよ」と返すまでのテンプレートをなぞることを、予想していたところもある。
 しかし、実際は真っ赤な顔をして、潤んだ瞳で天馬を見つめるのだ。まるで、本当に天馬のプロポーズを受けたように。天馬からの愛を受け取ったように。
 そう思った天馬の心臓は、一気に速度を増した。

 だって、そんな反応をするなんて。冗談なのだと、軽く受け止めるのではないなんて。まるでそれは、真剣にオレの言葉を考えてるみたいじゃないか――。

 人生を共にするたった一人として。将来を誓い合う相手として。天馬という選択肢に現実味が微塵もなければ、きっとこんな反応にはならない。明らかに冗談だと思っていれば、ただ笑い飛ばせばいい。あくまでもフィクションなのだと、ただ面白がっていればいい。
 しかし、一成の反応はどうだ。
 顔を真っ赤にして、目を潤ませて、恥ずかしそうな雰囲気を漂わせる。冗談の気配は微塵もなく、天馬の言葉を真剣に受け取って心を動かしている。
 こんな反応は、現実の一つとして考えていなければ成り立たない。天馬からの気持ちを、実際に受け取ったら。本当にプロポーズされたら、と思ったからこその反応だ。
 だから、一成の中ではつまり、と思ってしまった天馬の顔にまで熱が集まっていく。
 夏組の大事な仲間で、大切な友達だと思っている。これから先だって、ずっとそうだと疑いなく言える。だけれど、もしかしたら、もっと別の名前を付ける可能性だって、これからの未来にはあるのかもしれない、なんて。
 薔薇色の予感を抱く二人は、どぎまぎしながら相手の様子をうかがっている。






END