Sunny Today UpDate You






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 大学帰りの天馬と落ち合って、都内にある大型書店へ向かった。普段は天鵞絨町の本屋で事足りるけれど、今日はあれこれ見比べながら選びたかったので、有数の蔵書を誇る店に行きたかったのだ。

「晴れてよかったよねん。最近、雨多かったし!」

 複数路線が乗り入れる主要ターミナル駅から、書店までの道を歩きつつ一成が明るく言う。天馬はサングラス越しに空を見上げて、「そうだな」とうなずく。

「雨降ってると、本が濡れるんじゃないかって気を遣う」
「だよね~。テンテンとデートだから、晴れますようにってお願いしたのが効いたのかも!」

 冗談めかした言葉に、天馬はおかしそうに「そうかよ」と笑った。一成も楽しげに「テンテンもオレとデート楽しみだったっしょ!?」と言えば、天馬は肩をすくめるだけだ。もっとも冗談の雰囲気をまとっているから、本気で否定しているわけではないことは一成もわかっている。
 大きな書店へ行くことにした。カンパニーには本が好きなメンバーも多いし、今日行く店は雑貨の取り扱いも豊富で、催事スペースでは様々な企画が展開されている。ちょっとしたお祭りのような雰囲気は、カンパニーメンバーも興味を惹かれるはずだ。
 だから、誰かを誘うという選択肢だってあった。しかし、今ここにいるのは天馬と一成だけだ。予定が合わなかったわけではなく、今日の目的はこの二人が妥当だとお互い自然と思っていた。

「まあ、一成がいろいろ詳しそうなのは事実だからそこは期待してる」
「任せて任せて~☆ でも、チカちょんの出題傾向はテンテンの方が詳しいよねん」
「お前よりはな」

 一成の言葉に、天馬は自慢げに胸を張った。何せ、千景に勉強を教わってきた年月にかけては天馬が一番長いのだ。
 紬にもかなり世話にはなっているものの、千景入団当初からこっそり世話になっていたのは天馬である。後々、他のメンバーも千景へ教えを請うようになったものの、先生と教え子といった関係の長さなら天馬が一番長いと言える。

「勉強見てくれる以外に、ときどき問題出してくれるの嬉しいし、ちょっと捻ってるから解き甲斐あるんだよね~。だから傾向と対策要るけど!」
「最近の口頭課題、英語面接みたいになってきたんだよな……」
「あ、オレも志望動機聞かれた~! 何の!?って思ったけどエチュードで乗り切ったよん」
「オレはこの前、クマに遭った時の撃退方法聞かれたんだが。日本語ですらわからない」
「チカちょん面白すぎない!?」

 しみじみ言う天馬の言葉に、一成は笑い声を弾けさせる。

 天馬が千景から勉強を教わっていることは、一成も知っていた。
 特に天馬は英語に関して千景を頼ることが多い。さすが商社勤務というべきか、本人の資質や興味の問題か千景は語学に堪能である。英語を身に着けたい天馬にとっては、この上もなく最適な教師なのだろう。
 一成自身はコミュニケーションが得意ということもあり、海外に行っても知っている単語や身振り手振りで意思疎通を図ることはできた。しかし、大学卒業後本格的に働き始めるにあたって、もっときちんと勉強したいと思うようになったのだ。
 仕事の相手は、日本語を母語とする人ばかりではない。付け焼刃で身に着けた知識だけでは、伝えたいことの半分も伝わらない気がした。世界を視野に入れて活動していくなら、英語は武器というより必要最低限取得しなければならないスキルだろう。
 何より、英語は世界で最も話されている言葉なのだ。もしも自由自在に扱えるようになったら、それだけ多くの人とコミュニケーションが取れる。知らない人と楽しいことを分かち合えるチャンスが、もっとたくさん巡ってくる。
 そう思えば一成の胸は弾むし、英語を勉強したいという気持ちに拍車がかかったのだ。

 そういうわけで、あらためて英語の勉強を始めた一成も千景へ教えを請うようになった。
 天馬の英語能力が上達していく様子を見ていたので、千景という教師の能力を高く買っていたということもあるけれど。恐らく一番は、天馬が活き活きとした様子で、いつだって真剣に取り組んでいることを知っているからだろうな、と一成は思っていた。
 天馬の見据えるまなざしが、真っ直ぐ未来を見つめる明るさが、一成は好きだった。
 胸の奥まですっと光が入り込むような、力強い希望が降り積もるような。未来への信頼が形になったような天馬の瞳の輝きを、一成はよく知っている。その光に惹かれて、自然と天馬と一緒に勉強する道を選んだのだ。

 千景は当然一成の勉強も見てくれるし、質問をすれば的確に答えてくれる。
 もっとも、忙しい人間である。時と場合によっては、千景の取り合いになることもしばしばだ。「千景さんに教わるのはオレだ」「いつも教わってるんだし、たまにはチカちょん譲って!」と言い合いしてると、千景は大体面白そうに眺めていて、最終的にはまとめて教えてくれるのがいつものパターンである。
 もちろん、千景がいない時でも勉強は欠かさない。語学の勉強は継続が大事ということで、アプリや動画を使って勉強している内に、自然と天馬と情報交換するようになった。このテキストが良かっただの、アプリのミニテストがいい感じだとか、あれこれ教えあっているのだ。
 その過程で、天馬が「新しい参考書が欲しいんだよな」と言った。隙間時間にアプリを使ったり移動中に動画を見たり、様々なメディアで勉強しているものの、本という媒体も捨てがたい。それに、天馬は電波も届かない場所にロケへ行くこともある。必ずしも充電が確保できるとは限らないし、オンラインに頼らないテキストの需要があるのだろう。
 それを聞いた一成は、ぴかぴかの笑顔で「オレに任せてよん!」と言って、天馬を大型書店に誘った次第である。
 一成はデジタルデバイスを日々駆使しているものの、アナログの良さも充分わかっている。紙の手触りや自分なりのデコレーションなど、五感に働きかけるのはアナログならではだ。媒体によって記憶の定着には違いがあるとも聞くし、紙のテキストだってあれこれ購入している。
 それに昔取った杵柄もあり、参考書選びにも詳しい自負があったのだ。だからこその言葉を、天馬はすんなり受け取った。
 そういうわけで、今日二人は連れ立って書店へやって来た。

「到着~! えっとね、参考書とか語学の本は七階だよん」

 ちらり、とフロアガイドを確認した一成が言う。天馬はこくりとうなずいて、周囲に視線を向けた。エレベーターとエスカレーターと階段を見比べたことを、一成は瞬時に察する。意図はわかったものの、とりあえず尋ねた。

「どれで行く?」
「階段に決まってるだろ」
「やっぱり~! テンテンこういう時、絶対階段使うよね」
「体動かすのにちょうどいいんだよな。バテるなよ」

 にやり、と楽しげに言われて一成は「体力ついたし!」と答える。入団当初の一成は、夏組でも体力のある方ではなかったため、すぐ疲れ果てていたのだ。軽口が一切封印されて言葉少なになる貴重な場面だったので、天馬はときどき当時のことを思い出してからかっている。

「てかさ、筋トレ趣味のテンテンと比べたら大体みんな体力なくね?」
「椋と三角はついてきただろ。九門も行ける」
「元運動部じゃん! すみーも現役運動部みたいなもんだし!」
「確かに三角は、日常生活がトレーニングっぽくはある」
「ゆっきーとオレはインドア派だから仕方ないってことに」
「なるか」

 軽やかに会話を交わしながら、二人で階段を上っていく。




◆ ◆ ◆




 途中で口数は減ったものの、軽口は維持しつつ七階に辿り着く。天馬は「黙らなかったし、体力ついたな」と笑っていて、一成は息を整えつつ「そこで確認する?」と答えていた。
 七階のワンフロアには、語学や参考書などの本が並んでいる。一成はフロアマップを眺めてから、天馬に向かって言った。

「新しく買うなら、受験英語より実用的なやつがいいっしょ?」

 語学フロアに向かいつつ尋ねると、天馬はこくりとうなずく。受験時の勉強も当然役に立っているし、必要な本はそれなりに所持している。だから、天馬が今回購入するとしたら、受験用の参考書よりも語学フロアに並ぶ実用的な本が妥当と考えたのだろう。

「参考書なら紬さんがいろいろ教えてくれたしな。持ち運びしやすい英単語本とか、隙間時間に確認できる文法書とか」
「その辺はつむつむが強いよねん。参考書選びトーク、めっちゃ盛り上がったもん」

 楽しそうに答える一成は、中学までのがり勉時代のことを思い出す。出版社ごとの特徴を把握した上で、必要な参考書を選んでいたのだ。当時の知識は今も通用するようで、紬とは参考書あるあるでおおいに話が弾んだ。

「テンテンはどういう系統がいい感じ? じっくり腰据えて長文読みたいならこの辺おすすめだし、英会話中心ならこっち、視覚的な解説がわかりやすいのはこれかな~」

 本棚を前にして、一成はいくつかの本の表紙を指し示していく。事前の情報収集として口コミや試し読みを行った結果である。一緒に勉強している関係で天馬のレベルはおおむね把握しているので、適切なものは選べているはずだ。
 天馬は興味深そうに一冊ずつ手に取っている。

「ちな、出版社的にはこっちがわりと硬派だからガチのビジネスに向いてて、ここは流行キャッチが速くて内容が柔軟。こっちはマイナーな出版社なんだけど、解説がすげー丁寧でわかりやすいんだよねん」

 本棚を見渡した一成は、いくつかの本を手に取って天馬へ解説を行う。
 一冊ずつのテキストにも特徴はあるけれど、くわえて出版社ごとにもカラーがあることは中学時代の経験から理解している。もちろん、それぞれの本にコンセプトがあるので必ずしも出版社の特徴に沿うとは限らない。ただ、骨子となるものの傾向は軽視できないと一成は思っている。

「やっぱ、目的っていうかどこ重視するかって大事じゃん? 出版社的にも得意分野ってあるし、どんな読者を想定してるかっていうのがあるんだよねん」
「確かに、ターゲットを意識するのは大事だよな。漫然とした芝居より、目的を持った芝居の方が強く印象を残せるのと同じだ」

 きっぱり言った天馬は、一成が示した本にも興味を持ったようだ。受け取って中身を見比べている。
 真剣な横顔を見つめる一成の唇には、思わずといった調子で笑みが浮かぶ。
 天馬が一成の言葉を真剣に受け取ってくれたことが嬉しい。確かにと納得して、必要なものを見極める手段になれたことが嬉しい。そして、何にでもすぐに芝居へとつながっていく天馬らしさを感じられたことが嬉しかった。
 いつだって、天馬の頭には芝居のことがある。幼い頃から役者として活躍してきた天馬にとって、芝居することは生きることと同じだった。今こうして英語を学ぼうとしているのだって、役者として世界に大きく羽ばたくためだ。
 真っ直ぐ揺るぎなく、未来に向かって歩いているのが天馬なのだ。世界で活躍する役者になることは、単なる夢物語ではなく、全てはいつか確かな現実になる。すぐ近くで天馬を見てきた一成にとって、それは単なる事実でしかない。
 そんな天馬の情熱を近くで感じられたことが嬉しいし、同時に胸の奥には火が灯る。
 天馬が大事にしているのは、一成にだって大事なものだ。だからオレも、と一成は思う。天馬が大切なものを真っ直ぐ大事にするように、掲げる未来へ向かっていくように。自分の前に広がる未来へ駆け出したくなるのだ。

「あとね、音声データついてるやつとか連携して動画見られるのとかもあるよん。電波届かないと配信は無理だけど、動画ならダウンロードで保存できるし、アナログデータなら持ち込みとかできるし」

 選択の手助けになるだろうと、一成はさらに言葉をくわえた。一成も書籍を手に取るのは、この機会に自分も新しく買うつもりだったからだ。もっと勉強をしたいのは、一成だって同じだ。

「ああ、それは助かる。やっぱり、音でちゃんと聞けた方がいいよな。耳が慣れない」
「リスニングはね~。やっぱいっぱい聞くのが一番っしょ」
「そうなんだよな……。そういえば、一成からすすめられたショートドラマ見てるぞ。あれ、五分とかで終わるからちょうどいい」
「わかる。隙間時間にぴったりだし、繰り返し見られるのもいいよねん」
「長すぎなくて、見返すのにちょうどいいんだよな。あと、だんだん役者の芝居もわかってきて面白い。オレならこう演じるって思って見てる」

 あまりにも天馬らしい答えに、一成は「さすがテンテン!」とけらけら笑う。英語の勉強をしていても、芝居に着目してしまうのは役者の性分なのだろう。天馬は真面目な顔で答えた。

「でも、一成だって思うだろ」
「それな~」

 結局のところ、一成だって役者なのだ。芝居を見れば大なり小なり分析が始まってしまうのは仕方ない。英語力云々ではなく、表情の作り方や体の動かし方など気になってしまう。
 一成は、そういうのってオレらならではだよねん、と一通り笑ってから「ひらめいた」という表情を浮かべる。

「ショートドラマのトレースしてみたら面白くね? カフェの客シリーズなら、ちょうどいい気がするんだよねん。やっぱ、アウトプットも大事だし」
「面白そうだな。聞き取りの勉強になるだけじゃなくて、実際のフレーズを使うにもちょうどいい。リアルなやり取りが体験できるのも面白そうだ」

 一成の提案に、天馬は大きくうなずく。乗り気であることを察した一成は「それじゃ、ちょっと考えてみよっか!」と、うきうきした表情で答えた。純粋に英語劇というものが楽しみだったし、天馬と新しいことができるのも嬉しかった。

「これできるようになったら、チカちょんとかみんなにも見せたいよねん!」

 二人だけで練習して、みんなに見せたら面白いんじゃないか、という気持ちでそう言う。きっとカンパニーのみんなであれば、楽しんで受け入れてくれるに違いなかった。

「一個できたら他にもいろいろできるようになるし――。やっぱ英語でお芝居もできるようになりたいっしょ!」
「ああ、そうだ。英会話だけじゃなく、ゆくゆくは芝居だって英語で挑戦したい」
「だよねだよね! 英語話せるようになったらさ、もっとたくさんの人にお芝居届くし、それってめちゃくちゃ楽しいよねん!」

 天馬の芝居が世界に羽ばたく様子を想像して、自分の芝居が多くの人に届く姿を想像して、一成は嬉しそうに言う。
 英語ができるようになるというのは、世界が少しずつ広がっていくことだ。伝わる言葉を増やすことは、つながる相手が今よりもっと多くなるということだ。それは胸が弾む出来事で、そんな未来はきっとどこまでも明るく開けている。
 きっと天馬が思い描く未来も、同じような明るさに満ちている。確信しながら「でしょ?」と言葉を向ければ、天馬はまぶしそうに笑ってうなずいた。