0センチの幸福
日課のSNS巡回をしていると、LIMEに新着メッセージが届いた。ベッドに寝転んでいた一成は、すぐさま飛び起きる。差出人は天馬で、内容は「今から出てこられないか?」だったからだ。
天馬はこの前、高校を卒業した。ただ、受験が終わってからは今までセーブしていた仕事が怒涛のように入っており、春休みに入ってからは忙しさにいっそう拍車がかかっている。
二人きりでどこかへ出掛ける時間など取れるはずもなく、どうにか時間を見つけて寮内で二人になるくらいだ。もちろん、どこへ行かなくたって天馬がいれば一成はそれだけで嬉しいのだけれど、デートがしたいという気持ちはいつだって持っている。
だから、天馬のLIMEに心が踊った。曰く、雑誌の撮影が予定より早く終わりそうだから、夜に時間ができた。一成が出てこられそうなら、外で夕食でも食べないか、という誘いだったのだ。
一成はすぐに「もち、出られるよん!」と返事をして喜びのスタンプを送った。それから、臣に夕食は要らないと伝えておく、という旨のメッセージを送れば、天馬からは「悪いな。助かる」という返事がすぐに届いた。スマートフォンの向こうには天馬がいるんだ、と思うとそれだけで一成の心は弾む。
メッセージのやり取りも充分楽しいけれど、早く会いに行きたいと気持ちがはやって、一成は思わず笑った。同じ寮に帰ってくるし、毎日顔を合わせているのに。それでも、デートできるという事実が嬉しいのだ。
天馬からは待ち合わせ場所として、撮影場所付近を指定するメッセージが届いていた。所要時間を計算しながら、一成はバタバタと準備を済ませる。身だしなみには細心の注意を払って、だけれど出来得る限りの速さで。全ての準備を終えた一成は、玄関へ走った。
すると、タイミング良く帰宅してきた臣と鉢合わせたので一成は内心でガッツポーズを決めた。
誰かに伝言を頼むため談話室へ寄ろうと思ったのに、当の本人と会うことができたのだ。ささやかとは言え、時間の短縮につながったことは間違いない。今日のオレ、めっちゃツイてるんじゃね!?と神様の類に感謝してから口を開く。
「おかえり、おみみ! 突然でごめんなんだけど、オレとテンテン、今日夕飯なしでお願い!」
「わかった。出掛けるのか?」
朗らかに答えた臣は、一成の装いから外出することを察したらしい。一成は抑えきれない笑顔のままで、軽やかに答えた。
「うん! テンテンとデート!」
浮き立つ心がそのまま形になったような声だった。嬉しくて、このままどこまでだって走っていけそうな。はち切れそうな喜びが抑えきれないのは、天馬とのデートが楽しみだということはもちろん、隠す必要もなくその事実を伝えることができるからだ。
通り魔事件に端を発する一連の出来事が落ち着いたあと、天馬と一成はMANKAIカンパニーのメンバーへ、交際している旨を報告した。
そうしなければいけない義務があるわけではないけれど、大事なカンパニーの彼らに隠し事をしたくなかったのだ。傷ついた一成を、夏組を、心から大事にしてくれた人たちだからこそ。
もっとも、二人の予想通りカンパニーメンバーはほとんどが察していたので、報告といってもあまり改まったものにはならなかった。
最初に伝えようと決めた監督は、にこにこと「報告してくれてありがとう」と言ってくれたけれど、案の定天馬と一成が恋人同士であることには気づいていた。談話室にそろったメンバーに「話したいことがある」と告げた時も、大部分が何の話であるかはわかっていたので、温かく見守られる形になったのだ。
それ自体は何だかくすぐったくて恥ずかしくて、若干いたたまれない気持ちになったものの、きちんと伝えようと二人は決めていたから、言葉を確かめるようにして自分たちのことを告げた。
恋人同士として付き合っていること。これから先の人生を共に歩むたった一人であること。大切で仕方ない宝物であること。これからずっと守っていくのだと誓っていること。
一つ一つの言葉を、カンパニーメンバーはきちんと聞いてくれた。二人の心を余すところなく受け取るように耳を傾けると、最後に「おめでとう」と言ってくれたのだ。
特別なたった一人の手を取って、人生を共に分かち合うと決めた二人だ。伝える言葉は、祝福以外にないのだということくらいよくわかっていた。
誰かが「婚約会見みたいだった」なんて言い出したおかげで、あれよあれよとパーティーの準備が始まったのは、もはやMANKAIカンパニーとしては当然の事態なのかもしれない。全てを知っていた夏組が率先して準備を始めて、結局その日はおめでたい雰囲気でパーティーが開催された。
色恋に興味津々な団員や、年若い二人を見守ってきた大人組からあれこれと質問が飛んできて、天馬も一成も照れることになったけれど、同時に大きな喜びが胸を満たしていた。
誰一人、奇異な目を向けるものはいなかった。嫌悪を示したり拒絶したりする人間がいるはずないと信じていたけれど、実際にカンパニーの誰もがただ真っ直ぐに祝福してくれたことが嬉しかった。
二人が男同士であることは単なる事実だし、現状として同性の恋人は広く受け入れられているとは言い難い。だけれど、カンパニーメンバーはそんなことは大したことではない、という態度でただ祝福してくれた。
恐らく、彼らは本当に何とも思っていない。天馬が高校生であるとか一成が大学生であること、はたまた髪の色だとか目の色だとか、そういう単なる事実の一環として「二人が恋人同士で将来を誓い合った仲である」ことを認識しているのだ。だから、ただ素直に祝福の言葉を口にした。
特別なつながりを結んだ、MANKAIカンパニーのメンバーだ。その二人が心を通じ合わせて、互いを特別な一人だと思い定めたのなら。これから先の未来まで共に歩むと誓い合ったなら。贈る言葉は心からの祝福しかないのだと、当然のように思っているからこそ。
「そうか。楽しんできてくれ」
おだやかな笑みを浮かべて、臣は答えた。天馬とデートだと告げる一成が心底嬉しそうで、思わずほほえましい気持ちになったのだ。
一成はその言葉に大きくうなずくと、「それじゃ、いってきます!」と告げて玄関の扉に手を掛ける。大きく開け放つと勢いよく外へ飛び出して、天鵞絨駅まで全速力で走っていく。