アラカルト・キス




―Scene:2―

 初日の評判は上々だった。
 SNSでは配信に伴う公式タグが大いに盛り上がりを見せて、終演後もひっきりなしに感想が投稿されている。
 公演前から高い注目を集めていたこともあり、配信チケットは想定を上回る売り上げだったけれど、初日のあとには翌日のチケットがさらに売れたくらいだ。
 全ては、夏組が圧倒的な熱量で舞台を駆け回り、全力以上で公演をやりきったからだろう。初日のマチネから「千秋楽が始まるのか」というくらいの意気込みで幕が上がったのだ。
 劇場の観客はもちろん、画面越しに舞台を見ている配信組すらも巻き込んで、夏組は上へ上へと駆け上がる。一つ公演を終える度、最高を更新していく舞台だと誰もが理解していた。
 たった二日しかない公演の一日目が終わり、残すところは明日のみ。
 しかし、夏組としての活動は舞台を降りても終わっていなかった。今回は、全力を尽くすと全員で決めていた。だから、各種媒体での宣伝も欠かせないのだ。

「――それじゃ、また明日、千秋楽後の配信もよろしくねん☆」

 MANKAI寮のレッスン室で、各種機材を持ち込んだ一成が配信終了ボタンを押した。これで配信は切れているはずだけれど、念のためアプリケーションを終了させ、そのままパソコンもシャットダウンした。
 背後へ視線を向けて「おつかれーしょん!」と声を掛ければ、集まっていた夏組がめいめい言葉をこぼす。

「みんな楽しんでくれたかな!?」
「早く寝ろって、保護者じゃないんだから」
「ふふ、明日も公演あるからだよね」

 今回の公演を成功させるため、できることは何でもやると決めた。その内の一つが、一成の本業とも言える配信による宣伝だ。
 元々そういうのが大得意な人間がいるのだから、使わない手はない。公演開始前から、「カウントダウン配信」と称して毎回夏組からゲストを迎えて本公演への機運を高めたのだ。

「やっぱり夏組全員そろうとめっちゃくちゃ見てくれる人多いんだよねん」

 スマートフォンで、たった今終えた配信についての解析を見ている一成がつぶやく。
 カウントダウン配信は基本的に、一成と誰か一人、という形だったけれど公演前日は夏組が全員集合した。
 その時も相当人数は多かったけれど、今日の一日目終了配信も全員集合していたので、かなりの人数を記録していた。
 ファンはもちろん、ちょっとあの人が気になるな、くらいの人や、誰かのファンではなく純粋に舞台を見ていただけの人ものぞきに来てくれたのだろうと察する。

「天馬くんと三角さんの時も、たくさん来てくれてたよね」
「サンカク星人はほぼ事故だったけど」
「サンカク探し楽しかったね~!」

 キラキラと目を輝かせて三角が言うのは、三角をゲストにした時の配信のことだ。最終的にサンカク探しで終わったので、一切公演の話はしていない。
 一成もノリノリでサンカク探しを始めるし、傍から見れば配信事故だった。ただ、斑鳩三角ファンには妙に評判が良かったのも事実で、夏組ファンに至っては通常営業すぎたので普通に受け入れられていた。

「天馬さんはさすがだよね! 配信も慣れてる感じ!」
「収録と似たようなもんだろ。ただ、一成相手にしてるとただの雑談みたいになるけどな」

 系統としては生放送のテレビ収録のようなもの、と認識しているので天馬は比較的すんなりとなじんだ。
 ただ、収録と違ってスタッフに囲まれているわけでもないし、よく知ったレッスン室だし、相手は一成だし、というわけで気分的に仕事という感じがしなかった。
 単なる雑談に近いので、これを流してどんな需要があるのか、と思ったものだ。

「ボクも、カズくんと部屋でおしゃべりしてるみたいになっちゃったよ」
「オレも! レッスン室だし、休憩中みたいな感じ!」
「そういうの結構みんな好きだからね~。収録とかじゃなくて、素に近い感じ?」
「近いどころか100パー素でしょ」
「ゆきも、衣装の話楽しそうだったね~」

 わきあいあいと夏組が言い合うように、一成のゲスト配信回はおおむね寮内の雑談に近かった。
 三角のサンカク探しはいつものことだし、幸と交わされるデザイン談義も公演前にはよく見られるものだ。
 九門とはマリンスポーツの話で盛り上がり、椋が語るおススメの少女漫画について一成は楽しげに相槌を打っていた
 ほぼ完全に、MANKAI寮でよく見られた光景だけれど、一成は「そういうのがいいんだよん」と言っていた。実際、流れるコメントも好意的なものばかりだったのだ。

「テンテンとかは、オフっぽくて特に貴重~!ってめっちゃ評判よかったからねん!」

 楽しそうに一成が言って、天馬ゲスト配信回は特に視聴者数が多かったのだと語る。
 ただでさえ、天馬のファンは桁違いに多いので視聴者は増えると思っていたけれど、想像以上だったのだ。
 それは恐らく、天馬に至るまでのゲスト配信で「ほぼオフ状態の夏組」が見られるという情報が周知されていたからに違いない、と一成は考えている。
 だから、それを期待した天馬ファンが多く視聴したのだろう。もっとも、それ以外に理由があることはわかっていたけれど。

「――アンタたちの場合、それだけじゃないでしょ」
「にゃははは、まあね~」

 幸の指摘に、一成は肯定を返す。一成自身も思っていたし、天馬も何かを言いたげなのは、天馬ゲスト回の視聴者数が格段に多かった理由に思い当たるものがあるからだ。

「オレら、色々期待されてるからねん」

 何を、とは言わなくてもわかる。
 今回の公演が始まる前から注目を集めていたのは、ストリートACTの存在があるからで、ストリートACTで何が評判になったかと言えば天馬と一成のキスシーンだった。そんな二人がそろうのだから、いやでも注目度が高くなる。
 実際に二人が恋人同士である、と考えている人間はそういないだろう。
 ただ、恋人同士を演じている二人であることは違いない。どんな会話をするのか、やはり特別な雰囲気になるのか、など好奇心を刺激された人たちが多いこともうなずけるのだ。

「さすがに恋人っぽい雰囲気とかは出せないけど! ガチになっちゃうし!」

 一成が軽やかに言う通り、期待はされてもさすがに配信で恋人のような雰囲気になるわけにはいかない。
 ノリでやってくれたのだろうと思われるだろうと予想はできたけれど、事実恋人同士ではあるのでうっかりすると洒落にならない事態になりそうだった。そんなうっかりをするつもりはないけれど。

「でも、二人とも仲良しなんだなっていうのは伝わって良かったと思うな」

 のんびりと椋が言った。
 もちろん、恋人同士だということがわかるような雰囲気になったわけではない。天馬と一成の仲の良さは、SNSやインタビュー記事などで周知はされている。
 その延長線上としての親密さは、配信でも充分に伝わったのだ。

「カズさんが意外と静かで、天馬さんが意外と雑、とか言われて面白かった~!」

 その時の配信を思い出した九門がニコニコと告げる。
 二人の配信ならば、一成はさほどテンションを上げる必要がなかったし、天馬も一成相手なら気を張らなくていい。
 結果として、落ち着いた一成と若干適当な天馬が見られたわけである。少し意外な二人の様子は、普段と違う顔が見られるということで、視聴者からの評判も良かった。

「役作りの話とかもしてたしね。結局、アンタたち二人が一番そういう話してたんじゃない?」
「稽古の話とかもしてたね~」

 ほとんど雑談に近い配信ではあったものの、元々天馬と一成の雑談内容には稽古や芝居の話が含まれる。
 必然的に、今回の公演における稽古や役作りの話が展開されたので、結果としては一番公演に向けた配信の内容になっていたはずだった。雰囲気としては、談話室で交わされるものとほぼ変わらないけれど。

「そだね~。役作りで基本的に距離取ってるからこの近さで話すの久しぶり、って言った時めっちゃ盛り上がったもん」

 配信の様子を思い出しながら、一成が言う。
 配信を開始した一成は、いつもの通り夏組公演カウントダウンの配信であると説明を述べた。それから、本日のゲストとして隣に座る天馬を紹介したのだけれど。
 その際、一成は「テンテンが近くて変な感じだねん」と笑って、「実はオレら今、役作りでなるべく距離取ってるんだよね~」と解説を加えたのだ。
 天馬も「この近さで話すの、稽古入った時以来じゃないか」と答えていた。
 二人の発言に、コメントはおおいににぎわって「他にどんな役作りしてるんですか」だとか「そういうのってどんな風に効果ありますか」だとか「距離を取るように変わったことって何ですか」だとか、それはもう大量の質問が流れていた。

「やっぱり、舞台裏って感じで結構興味持ってくれるっぽいんだよねん」
「そういう話をする機会はそうそうないしな」

 天馬も一成の言葉にうなずく。役者としての側面を見せることならずっとしてきたけれど、そこに至るまでの道のりを大勢の前で開示するというのは、天馬にとっても新鮮なことだったのだ。
 それぞれのゲスト回を思い出した一成は、改めて、といった調子で言葉を発する。

「みんなゲスト出てくれて、マジでありがとねん! おかげで今日もめっちゃたくさん見てくれたし、明日とかもっとすごいっしょ!」

 明るい輝きを放つ笑顔で一成が言うけれど、これは夏組全体に関わる話なのだから礼を言われることではない、とそれぞれが言葉を返す。
 本公演を大成功させるために必要なことだと全員で決めたことなのだから。一成は嬉しそうに「うん、そだねん!」とうなずく。

「でも、MANKAIカンパニー総出って感じで拡散してくれたのはマジ感謝だよね~」

 しみじみとした口調で言うのは、至や千景といったSNSに強いメンバー以外も配信情報を拡散してくれた件に関してだ。
 フォロワー数は多いけれどほとんど発信のない丞や、宣伝はあまりしない咲也などがこぞって協力してくれていた。
 だからこそ、ここまでたくさんの人の目に触れて、夏組公演が話題になったのだと全員が理解している。

「あと、何か結構演劇ファンの人とかが話題にしてくれてるっぽいよね」
「単純に面白がってるって感じの人も多いけど――まあ、楽しんでるんならいいんじゃない」

 九門の言葉を受けて、幸も答える。
 MANKAIカンパニーによる宣伝効果か、SNS上ではカンパニーとは特に接点のない人たちの間でも、それなりに話題になっていることは夏組も把握していた。
 演劇ファンたちが歴代夏組公演の見どころなどをまとめた画像を作成したり、例のストリートACTから興味を持ち始めた人たちが配信実況を企画したり。
 もしもそこにあるのが、天馬や一成の演じる恋人同士への揶揄であれば警戒する必要がある。しかし、SNSではどちらかといえば温かく見守る方向性だった。

「二人のこと、応援してくれてる人たちもすごくたくさんいるよね!」

 SNSでの感想をいくつか見ている椋が嬉しそうに言う。二人というのは、天馬と一成が演じる恋人同士のことで、幸せを願う声が圧倒的多数なのだ。それは、他の夏組もよく知っている。

「応援っていうか何か期待してるでしょ、あれは」
「かずとてんま、もっと仲良くなってほしいって言ってる~!」

 幸の言葉に三角も続き、椋も「そうだよね」とうなずく。九門は楽しそうな表情で「だから、二人ともキスシーン長くなったんでしょ?」と、一成と天馬へ言葉を向けた。
 SNSでの感想が全てではないことはわかっている。
 誰もが必ず感想を投稿するわけではないし、自分の中だけでひっそりと思いを育み続ける人もいる。だから、何もSNSで語られる言葉だけに反応したわけではない。
 ただ、劇場に満ちる空気や熱、観客から返ってくる形にならない思いの片鱗。そういうものから拾い上げたものたちがSNSでの感想と似た形をしていたのは事実だった。
 だから、それなら受け取ったものを舞台の上で返したいと思った。こんな時、すぐに作品へ反映することができるのは生の舞台こその強みだろう。

「いつもより、ちょっと台詞速いなって思ったんだ。キスシーン長くするからだったんだね!」

 椋がまぶしそうな顔で言えば、幸が「いきなり何かと思った」と続けて、三角が「でも、大好き!って気持ちがいっぱいでオレ好きだよ~」と笑った。一成が「ありがとん、すみー!」と答える。
 それから、面白そうな顔で天馬へ視線を向けて口を開いた。

「でも、想定外に盛り上がってびっくりしたよねん、テンテン」

 天馬演じる遼一郎が、一成演じる蒼生に対して、自身の心を示すキスシーン。
 物語でもクライマックスにあたる場面だけに気合いは入っているし、観客もそれは察しているので重要なシーンだということはわかっている。だから、アドリブを入れればそれなりの反応があるだろうとは思っていたけれど。

「空気が動くっていうのを、あそこまで実感するとは思わなかった」

 天馬が重々しく言う通り、いつもより長いキスシーンに、観客の空気がざわりと揺れたのだ。しかしそれは、戸惑いというよりも興奮や期待の類だったので、構わずそのまま進行した。
 舞台の上にいた夏組は全員それを肌で感じて、求められているものをしかと理解した。

「今日はオレと一成のアドリブだったけどな。明日はちゃんと監督に許可を取ってある」
「そっか! じゃあ、台詞のタイミングは大体今日の感じでいいのかな」
「いや、たぶん少し後ろにずれこむ」
「ええ?」

 天馬の言葉に、九門が独り言を漏らす。答えを求めるものではなく、単純に自分の確認事項を口にしただけだろう。
 しかし、それを聞いた天馬が答えを返し、さらにその意味を理解した九門は思わず声を漏らした。台詞のタイミングが後ろにずれるということはつまり、その前のシーンが延びるということで。

「なに、まだ長くなるわけ、キスシーン」

 片眉を上げた幸が、呆れたような口調で問う。答えたのは一成だ。

「その予定~。どうせならそこも日替わりにしちゃおっか~!ってカントクちゃんと決めたよん。めっちゃ盛り上がるポイントなら、しっかり見せ場にしたほうがいいっしょ」

 軽やかに一成が肯定を返し、天馬も「そういうわけだ。よろしく頼む」と続いた。
 ただ、それくらいの誤差は許容範囲内だし、アドリブなら慣れている夏組メンバーなので、あまり気負いはなかった。長台詞が追加されるわけでもないのだ。対応はできるだろうと判断した。

「わあ、みんなきっと喜ぶね!」

 椋は純粋に嬉しそうにそう言うし、三角も「サンカクの気持ち~!」と喜んでいる。
 実際、今日の客席の様子から察するに、キスシーンが長くなることに関しては喜びのほうが大きいだろうということは夏組全員実感している。
 ついでに言うなれば、配信を見ているSNSでも相当盛り上がるだろうな、とも思うし、つまりこの決定はよりいっそう観客を喜ばせるためのものだ。
 たった二日の公演だ。残すところは明日一日だからこそ、全速力で駆け抜ける。
 今日よりもっと最高の舞台を観客に届けるために、できることなら何だってするのだ。