ラブレターフロム




 日本での短い面談の様子を思い出したのは、簡単な理由だった。三好さんからの手紙を受け取ったからだ。
 常に日本にいるわけではないので、必要に応じてその時の拠点先に皇事務所経由で手紙は届けられる。とは言え、仕事関係のものはメールで済んでしまうものがほとんどだし、ファンレターは専用便を使うので、別途送られてくる郵便物の数はあまり多くなかった。
 その中の一つに、三好さんからの手紙が加わったのはあの面談以降のことだ。

 あの日は、もっと長く三好さんと話をしたかったし、天馬がこちらへ戻ってくるのを待って食事の席でも設けたかったのだけれど。
 スケジュールの合間を縫って日本を訪れていたものだから、あまり時間を取ることはできなかった。結局、事務所での数時間だけで私は三好さんと別れることになった。
 最初は緊張していたものの、終わり頃にはすっかり打ち解けてくれたようで、私はいくぶんほっとしていた。すると、三好さんは連絡先を交換してもいいか、とおずおず切り出してきた。
 特に断る理由もないので了承して必要な手続きを行ったあと、三好さんはさらに言ったのだ。手紙を書いてもいいですか、と。
 意外な申し出に、思わずその顔を見つめ返す。連絡先ならたった今交換したのだし、わざわざ手紙を書く理由があるのだろうか、と思ったからだ。ただ、三好さんは私の沈黙をどう受け取ったのか、迷惑なら書きません、と付け加えるので。
 迷惑ではないけれど、と前置きをしてから尋ねた。一体どうして手紙なのか。伝えたいことがあるなら、それこそたった今交換した手段で充分ではないか。手紙より、よっぽどレスポンスは速い。
 三好さんは私の言葉にひとしきりうなずいたあと、これはオレの都合なんですけど、と言い置いてから続けた。

(テンテンのことを書きたくて。それなら、一文字ずつちゃんと、自分の手で書きたいなって)

 はにかんだ三好さんは、うっすらと頬を染めてそう言った。どうやら、と思う。どうやら三好さんは、何か伝えたいことがある、というより天馬のことを私に知らせたいらしい。

(もちろん返事は要らないし、読む気がなかったら見なかったことにしてください。オレの勝手でワガママだから……。でも、テンテンがすごくオレを大切にしてくれることとか、オレがテンテンのこと大好きってこととか、そういうことだけ伝えられたらなって思って)

 真っ直ぐとした目で告げられる言葉に、私は悟る。三好さんは、私が急きょ日本に戻った理由を正しく察していた。
 男同士であるとか、そういう点についてはもう問題視していなかった。一つだけ気になっていたのは、二人がちゃんと上手くやれているのかどうか、という点。顔を見てそれを聞きたくて帰ってきたことに気づいたらしい。
 だから三好さんは言う。
 お互いがどれくらい、相手のことを思っているのか。大切で、大事にしたくて、心の全てで想っているのか。常に日本にいられるわけではない私には、近くでそれを見守ることができない。だからそれなら、自分が伝えようと思ったのだろう。
 気遣いのできる人だと知っていた。相手のことを慮って、望んだものを差し出せる人だ。
 それでいて、あくまでも全ては自分のワガママなのだと言う。こちらの負担にならないよう、自身の望みを叶える素振りでほしいものを与えようとする。
 天馬が好きなのは、共に人生を歩こうと決めたのは、そういう人なのだ。あの子が大事にする理由がわかる気がするわ、と思いながら私は三好さんの申し出をありがたく受け入れた。


 そういうわけで、ときどき三好さんから手紙が届くようになったのだ。
 自宅への手紙ではすぐに受け取れないから、事務所の専用住所を教えた。これはファンレターの宛先とは違っているので、適宜拠点先へ送ってくれる。
 事務的な郵便に一通り目を通してから、三好さんの手紙を手に取る。
 今日は比較的時間があるので、拠点先の事務作業に費やすつもりだった。エージェントが訪れるのは午後だから、それまでは一人で過ごすことができる。
 三好さんからの手紙は、白い封筒と便せんであることがほとんどだ。そこに、彼本人の絵が添えられていることが多い。今回は、春らしい桜の一枝。
 日本画家として活躍しているのだから当然なのかもしれないけれど、やわらかなタッチで描かれる絵には見るものを惹きつける魅力がある。やさしさの底に、凛とした力強さを潜ませるような、そんな絵だった。

 便せんを開けば、読みやすい丁寧な文字が綴られている。
 三好さん本人は、明るさと軽い雰囲気の持ち主だ。会話をすれば頭の回転の速さを理解するけれど、いかんせん最初の印象が強い。なので、一体どんな手紙なのかしら、と初めは思ったのだけれど。
 手紙はいつも、時候の挨拶から始まっていて、結びまできちんと書かれている。もっとも、そこまで格式ばったものではなく、彼らしい明るさが失われない言葉選びだったので、その点でも感心してしまった。
 手紙に書かれるのは、天馬と三好さんの日常だ。読んでいて気持ちが軽くなるような、胸の奥まで光が差し込むような。そんな内容なので、私は密かに三好さんの手紙を心待ちにしている。
 なので、時間が取れずにちゃんとした返事を書けないことは心苦しかった。せめてものお詫びとして、メールやメッセージアプリで手紙を受け取ったことや、内容についての返事はしているけれど。
 三好さんは恐縮して、私の負担になっているのではないかとしきりに心配している。ただ、返事がもらえることは嬉しいと言うので、気にしないでほしいと伝えている。
 三好さんは、本当に負担であれば私がリアクションを取らないだろう、ということもわかっているようなので、ゆるやかなやり取りは細々と続いている。
 ちなみに、天馬はこのことをまったく知らない。私はわざわざ伝えることではないし、と黙っていただけなのだけれど。三好さんは「サプライズで面白いかなと思って」と言っていた。いつかこのことがわかった時、天馬が驚く顔を見るのが楽しみらしい。
 他愛のないイタズラを忍ばせるのが好きなことは、三好さんの手紙から知っていた。二人の日常はささやかで、何でもない毎日が過ぎていく。
 だけれど、三好さんはあちこちに笑顔の種を仕掛けるのが好きだし、天馬も天馬で三好さんが笑っていることが嬉しいようで、何かと喜ばせようと工夫を凝らしている。
 
 手紙の向こうに見える、天馬と三好さんの過ごす日々。特別な事件が起きるわけでもなく、ただおだやかな時間が流れる。
 取り立てて書くこともないような、そんな毎日だと言うこともできるけれど、三好さんは一つ一つを切り取って手紙に記すのだ。
 好きなパンを朝食に買ってきたら喜んでくれた。家の近くの桜のつぼみがふくらんで、いつ花が咲くか予想をしている。プレゼントだと言って、今度出演するドラマで演じる役柄にちなんだネクタイピンを贈られたこと。近所のスーパーまで、一緒に夕飯の買い物に行くのが楽しい。
 ささやかな何でもない毎日も、三好さんの手紙の中では特別な日々になる。そこかしこから、にじみだすようにこぼれるのは、お互いへの慈しみや愛情だ。
 手紙にそっと閉じ込めて、開いた瞬間からあざやかに飛び出すように、私の元へと届けられる。
 一つ一つの文字を追いながら、私は自然と笑みを浮かべている。二人で過ごす毎日は、今日も愛にあふれている。読んでいるだけで、何だか心が弾んでくるような気がする。
 あの子は本当に幸せ者だわ、と思いつつ最後まで目を通して、私は丁寧に便せんを封筒へ仕舞った。
 それから、専用ケースへ保管しようと思ったのだけれど。ふと手を止めたのは、今日ならまだ時間があることに気づいたからだ。
 プライベートな時間だから、部屋には入らないよう指示をしている。一人で考え事をするには充分だ。レターセットは何かあったときのため、常備している。
 もしかしたら、三好さんの悪戯心に感化されたのだろうか。今までちゃんと返事を書くことはしなかったから、きっと手紙が返ってくるなんて想像もしていないだろう。住所はわからないけれど、事務所に伝えれば恐らく適当な手段で送り届けてくれるはず。
 だから、それなら。何も言わないままで、返事を書いてみようかしら。一度その考えが閃いたら、素晴らしい思いつきのように思えた。だから私は、レターセットを取り出して向き直る。
 手紙を書くのだ。伝えたいことを一つずつ、文字にして。届けたい人を思い浮かべながら、心の内を取り出すように。三好さんの手紙にはとうてい及ばなくても、私から二人への限りない愛を込めて。









END



「Million-Dollar Darling!」でちょっとだけ書いた、天馬側と一成が面談した際のあれこれ。具体的には考えてなかったんですが、どんなこと話したんだろう……と考えてたらできました。天馬のお母さんは昭和の大女優(概念)みたいなイメージがあります。一成と仲良くなってくれたら嬉しいな~って思ってた。