神様には誓わない




 一成の家を訪れたことは何度かある。だから、まるで知らない場所ではないのだけれど、あくまでもそれは友人という関係性の上でだ。
 隠れて付き合い始めてからも訪れたことはあるものの、その時はあくまで天馬は「夏組の仲間」でしかなかった。少なくとも、一成の家族にとっては。
 だけれど、今の天馬は違う。
 すでに、将来を誓いあったことは知らされているし、家を訪れた理由だってよくわかっている。だから緊張しきりで自宅を訪れたのだけれど。
 玄関を開けてくれた一成の家族は、いたって朗らかな調子で天馬を出迎えてくれた。
 それは、今まで何度も夏組の友人として天馬と接してくれた時と何一つ変わらない。にこにこと嬉しそうに「天馬くんの顔が見られて嬉しいよ」だとか「ずいぶん忙しそうね」だとか声を掛けてくれるのだ。
 一成の妹はおずおずと顔をのぞかせてぺこり、と頭を下げるとすぐに部屋へ戻ってしまったけれど、少なくとも腰を抜かされることはなかった。
 いくぶん肩の力を抜いて挨拶すれば、一成は「大丈夫だったっしょ?」と言いたげな視線を天馬へ投げて寄越した。

 それから和室へ通されて、手土産を渡したり出されたお茶に口をつけたりして、なごやかな時間を過ごす。一成の妹も同席して、部屋にはわきあいとした空気が満ちていた。
 もともと初対面という間柄ではないのだ。一成は夏組のことをよく話すし、天馬だって一成の家族と会話を弾ませたことは何度もある。
 十年以上の付き合いともなれば、お互いの家族とも親交は生まれるし、何よりもずっと舞台を見てきたのだ。天馬がどんな人間であるかなんて、一成の家族はよく知っていた。
 だから、結婚相手が天馬だと知らされても、すんなりと受け入れた。
 今までそんな素振りはかけらもなかった、という意味での驚きはあったけれど、天馬という人間の誠実さや愛情深さなら、今までの付き合いからよくわかっている。
 あまりにも有名人すぎる、という点で多少の心配はあるけれど、天馬の人間性については不安になることはなかったのだ。だから、結婚の報告といっても一応の一区切りをつけておく、というくらいの意味合いだろうと思っていた。
 天馬は一成の家族の考えを、おおよそ察していた。
 一成がそこまでかしこまらなくて平気だよ、と言っていた通り、単なる雑談の延長のような雰囲気もある。それが天馬への信頼であることはわかっていたし、ありがたいとも思う。
 格式ばったことを強く望むような人たちではないし、挨拶の有無すら気にしないのだろう、ということもわかっていた。
 それでも、これは天馬なりのけじめだ。
 一成をずっと大事にしてくれた人たちに、人生を共にするのだという決意を自分の言葉で伝えるのだ。そのために今日は一成の家を訪れた。だからこそ、すべきことは一つだった。

「――今日は、時間を取っていただいてありがとうございます」

 話が途切れたあたりで、天馬は大きく深呼吸をする。それから、ゆっくりと言葉を吐き出した。舞台に立つ時のような、はきはきとした声ではなかった。どこか上ずったような響きは、天馬の緊張を如実に表している。
 一成の両親と妹が、一成自身が、天馬へ視線を向ける。何を告げようとしているのかくらい、全員がわかっていた。誰もが静かなまなざしで、次の言葉を待っていてくれる。
 天馬はごくりとつばを飲んだ。
 ここは板の上でもないし、カメラだって回っていない。五人しかいない和室の一室だ。
 普段の天馬は、今とはとても比べ物にならないくらい数多くの視線を受け止めている。だから、たった四人分のまなざしくらい大したことがないと言ってもよかったはずなのに。
 天馬は正座した腿の上で握った手に力を込める。いつもはもっと大勢の前で芝居をして、思ったように声も言葉も取り出せるのに。ひとたび芝居が始まれば、どんな役だって演じられるのに。堂々した雰囲気で、一つだって不安や緊張のかけらも見せず、自信たっぷりの言葉を告げられるのに。
 今の天馬には、そんな面影はどこにもなかった。
 初めて舞台に立った時のように、視界が暗く塗りつぶされてしまいそうだ。喉がからからに乾く。
 一成の家族のことはよく知っている。やさしくておだやかで、天馬の言葉を受け止めてくれる人たちだ。だから、失敗を恐れる必要もないし、心のままに言葉を取り出せばいいとわかっている。それでも緊張が解けないのは、簡単な理由だ。
 だって、一成の家族なのだ。
 この世界でたった一人、共に人生を歩むと決めた。傷つく痛みも傷つける恐れも知って、それでも手を取って進む。いつか終わりが来る日まで、二人で生きていくと決めた、特別な人。
 そんな相手を育ててくれた人たちは、同じくらいに唯一無二の存在だった。この人たちがいたからこそ三好一成が形作られた。根幹に根差す存在であり、一成が心底大事に思う人たちだ。よくわかっているからこそ、どうしたって気負って緊張してしまう。
 ただ、ずっと黙っているわけにはいかない。天馬はしどろもどろになりつつ、どうにか声を発した。

「その、話はすでに聞いていると思います。今日うかがったのは、一成――」

 そこまで口にしたところで、天馬は固まった。いつもは「一成」と呼んでいるけれど、家族の前で呼び捨てにするのはいかがなものか、と思ったからだ。
 こういう時は普段の呼び名ではなく、ちゃんと敬称をつける、というのは事前にあれこれ調べた時に知っていた。だから、慌てて「一成さん」と言い直した。その瞬間だった。

「めっちゃレア呼び名! テンテン、録音したいからもう一回言ってくんね!?」

 隣で神妙にしていたはずの一成が、軽やかな笑い声を立てる。さらに、嬉々とした調子でスマートフォンを取り出して天馬へ向けてくるので。

「今それ言う場面か……?」

 思わず言うと「えー、だって初めてじゃん!」と楽しそうな答えが返ってきて、それはそうだろ、と天馬は思う。わざわざ「一成さん」なんて呼ぶような機会なんてなかったし、こういうあらたまった場面だからこその呼び名だ。

「録音したらめっちゃリピするから、もう一回言って!」
「あとで好きなだけ呼んでやるから、今はしまっとけよ。大事な話するところなんだぞ」
「りょっす!」

 鼻歌でも歌いそうな雰囲気で答えた一成は、スマートフォンを机の上に置く。その様子を見つめる天馬の唇には、思わず笑顔が浮かんでいた。
 一成のうきうきとした空気が伝わってくれば、同じように心が弾むのだ。笑っていてくれて、楽しそうで嬉しい。そう思うと、今までの緊張が嘘のように溶けていることに気づく。
 いつもみたいな会話をしたからだろうか。それとも、一成が笑っているからだろうか。もしかして、一成はオレの緊張を察して普段みたいな物言いをしたのかもしれない。そう思うと、天馬の胸には自然とあたたかいものが満ちていく。
 一成本人の資質として、面白いことがあれば何だって楽しくしてしまうということもある。ただ、そこに気遣いを紛れ込ませるのが上手い人間であることを天馬はよく知っている。何度だってそういう一成に助けられてきたことも。

「天馬くん。そんなにかしこまった席でもないからね。いつも通りの呼び名で構わないよ」

 二人のやり取りを眺めていた一成の父親は、楽し気に目を細めてそう言った。堅苦しい場にしたいわけでもなかったし、普段の彼らのことならよく知っているのだ。わざわざ、いつもとは違う呼び名をする必要はない、という判断だ。
 天馬はその言葉に、一つ瞬きをした。ただ、すぐに真意は読み取って「ありがとうございます」と頭を下げる。ここは厚意に甘えてしまおう、と思ったのはこの場に自分がいる意味をあらためて認識したからだ。
 たいそうな台詞や、かしこまった言葉を告げるために訪れたわけではない。ありままの心を、自分の言葉で伝えたい。そのためには、きっと普段の呼び名のほうがきちんと届くような気がした。
 天馬は一つ息を吐き出した。未だに緊張は残っているけれど、ずいぶんと落ち着いていた。
 一成が隣にいる、という事実をようやく思い出したみたいな気持ちで、天馬は口を開く。言いたいことなら、ずっと前から決まっていたのだ。

「オレは一成が好きです。ずっとずっと好きでした。だから、同じ気持ちでいてくれるとわかった時は嬉しくて仕方なくて、毎日がとても幸せでした」

 きっぱりと告げて、天馬は一成の家族を順繰りに見つめた。三人は静かに天馬の言葉を受け止めてくれている。
 一成を好きになって、思いが通じてからの日々。それがどれだけ幸いに満ちあふれていたか、思い出しながら天馬は言葉を続けた。伝えたいこと。言いたいこと。心の全てを明け渡すみたいに。

「これから先の未来にも、隣には一成がいてほしい。何があっても手放したくない。オレの人生には一成が必要です。オレはオレの人生全部で、一成を大事にします。だからどうか、一成との結婚を許してください」

 そう言って頭を下げると、隣で一成も同じように頭を下げる気配がした。だけれど、それもほんの短い時間だった。一成の父親がすぐに答えを返したからだ。

「ありがとう。天馬くん、一成のことをよろしくお願いします」

 顔を上げれば、一成の父親はおだやかな笑みを浮かべていた。真っ直ぐと天馬を見つめると、「天馬くんのことはよく知ってるからね」と続ける。

「一成からも話は聞いていたし、自分の目で天馬くんのことは見ているから。どんなに誠実に人と向き合ってくれるかは、わかっているつもりだよ」
「そうね。天馬くんなら、一成のことを大切にしてくれるだろうし――それに、一成も天馬くんなら宇宙で一番幸せになれるからって、しょっちゅう言ってるのよ」

 一成の母親もにこにこと笑みを浮かべて、父親の言葉に同意を返す。隣の一成は「事実だかんね!」と力強かった。一成の妹は、ただひたすら首を上下に動かして、全員の言葉を全力で肯定しているようだった。
 天馬はその反応に、どんな言葉を返せばいいかわからなかった。
 一成の家族が、二人の結婚に好意的であることは知っていた。一成からも事前に様子は聞いていて、心から祝福してくれていることはわかっていた。
 だから、結婚の許しを請う言葉に肯定が返ってくることは想定通りだ。天馬が意外に思う要素は一つもない。
 それでも、すぐに言葉が出てこなかった。何てことのない顔で、当たり前みたいに言ってくれたけれど。どんな時もフラットに物事を見てくれる一成を育てた人たちだ。きっとこの答えは、そこまで奇異なことではないのかもしれない。
 だけれど、それでも、自分たちの選択が一般的に受け入れられるものではないことを知っている。
 男同士で人生を歩む。しかも、天馬は世界中に名前を知られた存在で、付いて回る困難や厄介事も段違いだ。
 懸念すべきポイントはたくさんあって、息子の幸せを思えば別々の道を歩くことを促してもおかしくはない。親密な友人のままで構わないではないか、と説得される可能性だってきっとあった。だけれど、一成の家族はそれを選ばなかった。

「――ありがとうございます」

 天馬はどうにか声を絞り出した。当然みたいな顔で告げられた答え。だけれど、それは決して当たり前ではない。数えきれないほどの覚悟と信頼で発せられた言葉だ。不安や悩みを乗り越えて、そうして導き出された答えだ。
 それならオレは、この人たちにちゃんと誠実でいたい、と天馬は思う。だから、さらに言葉を続けた。

「今日は時間を取っていただいて、本当に感謝しています。ただ、挨拶が遅くなってしまってすみません。本来なら、プロポーズの時点で挨拶にうかがうべきでした」

 ずっと気にしていたことだったので、謝罪の言葉を口にして頭を下げる。すると、一成の両親が慌てたように「天馬くんは忙しかっただろう」「休みを取るのは難しかったんでしょう」と言ってくれた。

「マジであの時期、テンテンめっちゃ忙しかったかんね。一切オフなかったもん」

 一成も口を添えてくれるし、一成の妹もあれこれと出演作を並べ立ててどれほど忙しかったかについて援護射撃をしている。顔を上げた天馬が視線で感謝を示すと、一成は笑顔でうなずいて一成の妹は固まっていた。

「そう言ってもらえるとほっとします。ただ、挨拶が遅くなったのは事実だし、オレのほうが先に話を通してしまっています。その点についても申し訳ないと思っています」

 一成にプロポーズしてから、半年近くが経過している。天馬の仕事が忙しくて挨拶の時間が取れなかったため、こうして今日一成の家へ訪れるまでどんな説明もできなかった。にもかかわらず、天馬の両親や事務所側とはすでに話がついている、ということは天馬にとっての気がかりだった。

「本来なら、並行して話を進めるのが道理です。こちら側で先に話を通してしまってすみません」
「うん。一成からその辺りの話は少し聞いてはいたけど……天馬くんは仕事のことがあるからだね」

 落ち着いた口調で一成の父親は言って、母親や妹も同意を示す。
 皇天馬とは、日本に住んでいれば誰もが存在を知る有名人だ。最近では順調に海外進出を果たしており、スターへの道を歩んでいる。
 そんな天馬が結婚をするにあたっては、ビジネス的に今後の対応を決定する必要がある。だからこそ、皇事務所の経営陣である両親に話が到達するのは速かった。
 一成の家族は、その辺りの事情をしっかり汲んでくれたようで、天馬の行動は必要なものだったと判断しているらしい。

「こちらを蔑ろにした結果ではない、ということはわかっているよ。忙しいだろうに、こうして挨拶にも来てくれたしね」

 非難されるとは思っていなかったけれど、案の定天馬の置かれた状況をちゃんと理解して、受け入れてくれる。一成の家族らしいな、と心から思う天馬は「ありがとうございます」と告げる。
 相手の事情を慮って、おだやかに受け止める。それは一成の性質としてもよく現れるものだ。この家族と育ったからこそ、今の一成がいるんだな、と思う天馬の胸にはじわりとあたたかいものが広がった。そのあたたかさを抱えながら、天馬は言葉を続ける。

「今はそれぞれ別の家に住んでいますが、いずれ一緒に暮らすつもりです。仕事も一段落してますし、夏頃には引っ越したいという話をしています」

 おおむね事前に説明はしている、と一成からは聞かされていた。だから、目新しい報告でないことはわかっていたけれど、ちゃんと言おうと思っていた。同じ家で暮らす、ということは、二人の人生が交わっていく何よりの証でもあるから。

「そうそう。今はまだ、どういうところがいいかな~って探してるとこ! 一応、都内で何個かピックアップしてるよん」

 楽しそうに一成も言葉を添えて、いくつかの地域を挙げた。一成の生家と行き来することも可能な距離だ。一成の妹が嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。遠くに行くわけではない、ということに安堵しているのだろう。

「一緒に住んでくれるなら安心ね。最近はそうでもないけど、根を詰めすぎるところがあるでしょう、この子」

 一成の母親が溜め息を吐きつつ、天馬へ視線を向ける。やたらと実感のこもった言葉に、天馬は心からの言葉を返す。

「そうですね。オレもそこは心配なので、ちゃんと食事と睡眠は取らせます」
「待って、オレの生活監視する話になってない?」
「前科があるんだ。諦めろ」
「テンテンが言うとガチなやつじゃん!」
「ガチのやつなんだよ」

 緊張もだいぶほぐれてきているので、気づけばいつものような軽口の応酬が始まる。肩の力が抜けるような、何でもない話が心地いい。
 それを聞く一成の両親たちも、楽しそうな笑みを浮かべている。二人の仲の良さが伝わってくる雰囲気だからだろう。

「そうだ。せっかくだから、一成はいくつか料理を覚えるのはどう?」

 良い思いつきだ、という顔で言ったのは一成の母親だ。一成自身は器用な人間なので、ある程度の料理なら作ることができる。ただ、本格的に習ったわけではないことも確かだった。

「あ、それめっちゃいい! マミーの味、覚えちゃおっかな!」

 すっかり乗り気で一成が答えれば、一成の妹まで「私も料理教えてほしい」とそっと手を挙げる。一成の母親は心底楽しそうに「それじゃ決まりね」とうなずく。一成は、きらきらしたまなざしを天馬に向けた。

「テンテン、おいしい料理いっぱい作るかんね!」

 期待して待ってて、と言いたげな表情。素直に嬉しかったし、一成の手料理が食べられる、という事実は天馬を幸せな気持ちにさせる。
 ただ、少しだけ複雑な気持ちになってしまって微妙な表情を浮かべたのを、一成は見逃さなかった。軽口めいた冗談に似せて尋ねる。

「オレが料理すんのいや?」
「嫌なわけあるか。嬉しい。ただ、お前に家事をさせたくて一緒に住みたいわけじゃないって言っただろ。無理してまで作らなくていいからな」

 真剣な顔で告げられた言葉に、一成は目を瞬かせる。
 まあ、確かに天馬が喜んでくれるなら、と多少の無理をしてまで食事をしようとする自分は簡単に想像できるな、とは思った。釘を刺されないと、うっかり無理をしそうになる自覚はある。しかし、それも当然だ、とも思ったので一成は答える。

「――だって、テンテン喜ばせるのってオレの趣味みたいなもんじゃん? そりゃまあ、ぶっ倒れるまではどうかと思うけどさ、テンテンのための無理くらい、ちょっとはさせてよ」

 天馬が心から一成のことを思って、言ってくれたことはわかる。だから一成も、曖昧に笑って誤魔化すことはしなかった。冗談めいた言葉だけれど、どこまでも真摯な気持ちで答えたのだ。それから、少しだけ声の調子を軽くして続けた。

「あと単純に、オレのほうが在宅率高いから、オレが料理したほうが効率いいじゃん。もちろん、外部サービスとかも使うけど!」

 単なる事実として、天馬に比べれば在宅仕事も可能なのは一成のほうだ。一日のリソースにおいて、家事に割ける割合が天馬に比べて大きいのだから、これは純粋な役割分担の話なのだ。

「まあ、テンテン喜ばせられるっていうのが一番だけどねん。オレの手料理、絶対喜んでくれるじゃん」
「それはそうだろ」

 真顔で答える天馬に、一成はくすぐったそうに笑う。一成の手料理を喜ぶことは絶対的な事実だ、という顔をしているものだから、胸が高鳴ってしまうのも仕方ない、と一成は思っている。その気持ちのまま、一成は「だから、いいんだよ」と言った。
 天馬はまだ若干いぶかしげな空気を流してはいるけれど、一成が本音を伝えていてくれることは察したのだろう。とりあえず、という雰囲気ではあるものの「まあ、わかった」と答える。
 そんな二人に声を掛けたのは、一成の父親だった。本人たちに自覚のなさそうな惚気を聞きながら、面白そうに口を開く。

「天馬くん。一成は、天馬くんのためにできることがあるのが嬉しいんだよ。もちろん無理は禁物だけど」

 一成はただ天馬を喜ばせたいだけなのだ。それを疑ったわけではないけれど、一成の父親からまでそう言われてしまうと、何とも言えない表情を浮かべてしまうのも仕方ない、と天馬は思う。
 困惑だとか不快だとかではなく、照れくささと湧き上がるような愛おしさで立ち往生してしまいそうな気持ちになる。
 一成の父親はそんな天馬の様子に、ますます笑みを深める。おだやかな表情にイタズラを仕掛けるような雰囲気が閃いて、ああ、これは一成が時々浮かべているな、と天馬は思った。
 とっておきの言葉を口にする時のような、全ての瞬間を目に焼き付けておきたくなるような。そんな一成の表情に似た笑みで、一成の父親は言う。

「天馬くんと一緒なら、一成は幸せになると確信しているんだ。何度も言われたから、本当に天馬くんのことが好きなんだなと、毎回思うよ」

 一成の父親が一旦言葉を切った。その沈黙を察したのは、一成の母親と妹だった。一成に何度も聞かされた言葉。幸せになると確信している。そこから導き出される一成の言葉を、三人はそろって口にした。

「『宇宙一幸せになる自信はある』」

 天馬と一緒なら。他の誰でもない、特別で大切な、世界でたった一人となら。天馬とこれから先の人生を共に歩むなら。宇宙で一番幸せになるのだと、一成は何度も言っていた。
 一成の父親も母親も妹も、揺るぎなく伝えられた言葉がどれほど心からのものであるかを理解している。だから、しかと刻みつけられているのだ。こんな風に、すぐに口に出せるくらいに。
 わきあいあいとした様子で「本当に一成はしょっちゅう言うものね」やら「うん。覚えちゃった」やら言い合う家族の様子に、一成は「あらためて言われるのは恥ずかしいんだけど!」と慌てている。
 それを聞く天馬は、宇宙一幸せにしてやると答えたいのと、力の限りに抱きしめたい衝動で、身動きが取れなかった。