神様には誓わない




 夕飯を食べていくことになった。本当ならそこまで長居するつもりはなかったけれど、是非にと請われたし、幸い時間ならあった。それに今までの経験から、共に食卓を囲むのが楽しい、ということは充分に知っていた。
 準備は一成の母親が中心となり、一成と一成の妹が担うという。天馬も手伝うつもりだったけれど、「テンテンはパピーの相手しててねん!」と朗らかに言われたので、素直に引き下がった。
 自分の家事能力的に大して役に立たないことは理解していたということもあるし、一成の気遣いを察したからでもある。
 最近忙しかった天馬には休んでいてほしい、と思っているから「父親の相手をしてくれ」だなんて言ったのだろう、ということくらいわかっていた。あくまで別の役割があるから手伝いはしなくていい、と言うのだ。
 一成の父親もそれは理解していただろうけれど、「私の相手をしてくれると嬉しいな」と朗らかだった。

 最初に通された和室で、一成の父親と二人きりになる。おだやかな笑顔を浮かべていてくれるし、威圧感の類はまるでない。雰囲気もなごやかだけれど、いささか緊張してしまうのは仕方ないだろう。
 今までも、一成の父親と二人になるシーンがなかったわけではない。ただ、それは当然夏組の仲間であり、仲の良い友人として相対していたのだ。まさか、息子の伴侶としての立場ではない。
 まあ、恋人同士になってからそれを隠していた時の後ろめたさよりはマシかもな、とも思っていたけれど。今は大手を振って一成のことが好きだと言えるのだから、ある意味では楽かもしれない。緊張感はぬぐい切れないとしても。
 一成の父親は、おだやかに仕事の様子を尋ねた。最近の忙しさを心配しつつも、出演したドラマや映画、コマーシャルに至ってまであれこれと尋ねてくれるので、天馬はほっと息を吐く。
 仕事の話なら、あまり気負うことなく話ができるからだ。一成の父親は、職業柄芸能界についてもそれなりに熟知していることもあり、話はしやすかった。

「最近では、少し落ち着いてきたならよかったよ。体調管理はしっかりしてるだろうけど、疲れは溜まってしまうだろうから」

 怒涛のような忙しさはピークを越えたところだ。一般的には多忙と言われるスケジュールではあるものの、天馬にとっては慣れたものだ。こうして時間を取ることもできるし、落ち着いていると言える状況だろう。

「そうだ。実はね、天馬くんに見せようと思っていたものがあるんだ」

 話に一区切りがついた頃、一成の父親が言った。何だか楽しそうな雰囲気で、天馬が首をかしげていると「少し待っててくれるかな」と言って部屋を出て行った。しかし、すぐに戻ってくる。その手に、何冊かのアルバムを携えて。

「一成のことだから、写真はいろいろ見せてると思うけど――小さな頃のものはそんなにないかなと思って」

 一成の幼少期のアルバムである、と察した天馬の表情が輝く。昔の写真は見せてもらったこともあるけれど、大体は高校時代のものばかりだった。中学時代は、あまり写真は撮らなかったと言うし、もっと幼い頃のものは実家に置いてあって一成の手元にはない、と言っていたからだ。

「勝手に見せたとわかったら、一成に怒られるかな」

 困ったように眉を下げてはいるものの、口調はおだやかだった。恥ずかしがるとしても、本気で嫌がることはないとわかっているからだろう。
 天馬は「そうですね」とうなずきつつ、「見たことないので見たいです」と言葉を添えた。自分も共犯になるので、という気持ちで。
 一成の父親は天馬の真意を察して、「それじゃ、あとで怒られることにしようか」と言ってアルバムを渡してくれた。

 天馬はゆっくりとアルバムを開く。表紙をめくれば、産着に包まれた赤ん坊の写真が一枚。その下には名前と誕生日が丁寧な文字で記されている。胸の内にあふれるのは、不思議な感情だった。
 生まれたばかりの、まだ何も知らない姿。天馬のことも、絵を描くことも、芝居の道へ進むことも知らないで、この世界に生まれた。だけれど、道の先で大切なものに出会う。
 絵を描くことを知り、カンパニーへ入り、夏組に所属して、天馬と同じ思いを抱いて、これから先の人生を共に歩むと決意する。その最初の一ページがこの写真だ。
 一枚ずつ、丁寧にアルバムをめくる。
 ベビーベッドで眠る姿や、ハイハイを始めた時。お気に入りのおもちゃを持って笑うところ、離乳食を口に運ばれている様子。本人も覚えていないだろう光景が、輝くように天馬の前に現れる。

「一成はあんまり手のかからない子供でね。初めての子だから試行錯誤はしてたけど、静かでいてくれることが多かったかな」
「集中力のある子供だった、というのは一成から聞いたことがあります。砂遊びが好きで、一日砂場にいたこともあるって」

 そういえば、という気持ちで告げれば、一成の父親は嬉しそうに一枚の写真を示す。つなぎ姿で砂場に立っているもので、澄んだ緑色の目がこちらを見つめている。
 頭も大きく手足も短い幼児特有の体型ではあるけれど、緑色の目は変わることがない。この瞳で、何もかもを見つめてきたのだ。

「これは家族旅行へ行った時かな。一成が珍しく、何度もブランコに乗りたいとねだっていて、ずいぶん長居したよ」

 帽子をかぶった一成が、ひかえめな笑顔で写った写真を示して一成の父親は言う。
 天馬は「もしかして」と思う。以前一成から聞いた、一番古い記憶。家族旅行で訪れた場所で、ブランコへ乗った。その時に見た空の青さをずっと覚えている、と言っていた。
 オレの知らない一成。だけど、知らないお前をオレは一つ一つ見つけるんだ。
 胸が詰まるような苦しさが天馬を襲うけれど、それは苦しみや痛みの類ではない。呼吸すら忘れてしまいそうな、嵐のような感情は、愛おしさと呼ばれるものだ。
 ページをめくるたび、幼い一成の姿が現れる。天馬の知らない一瞬は、だけれど確かに一成の重ねた時間で、今の一成の姿とつながっていく。
 幼稚園の入園式。遠足。誕生日プレゼントの包み。親戚の集まり。小さな一成が笑っているのが嬉しい。いろんなことを知って成長していく姿を見ていられることの、たとえようもない喜びが胸に満ちていく。

「これはふたばが生まれた時だね。一成は本当にふたばのことをかわいがってくれて、ずっといいお兄ちゃんでいてくれる」

 赤ん坊と一緒に映る一成は、目をきらきらと輝かせている。妹がかわいくて仕方がないのだと写真からも伝わってくるし、それは今の一成の言動からもよくわかっていた。
 だから天馬は「そうですね」と相槌を打った。妹のことを語る一成はかわいいので、思い出して笑みをこぼしながら。
 一枚ずつの写真を見つめて、天馬と一成の父親はささやかな話をしている。
 一成の写真に、絵にまつわるものが増えていく。妹とお絵描きをしている姿。リビングでスケッチブックを開いているところ。賞状を持っているのは、初めて絵で賞をもらった時のものだという。
 絵と出会った一成の世界が豊かに広がったことを、天馬はよく知っている。その頃の話が聞けるのは、純粋に嬉しかった。

「中学時代になると、あまり写真を撮ることがなくなってしまったんだ。だから、入学式と卒業式と、旅行へ行った時と――ふたばの学校行事くらいかな」

 少しばかり寂しそうに言って、アルバムを見つめる通り。小学生までに比べて、写真は格段に減っていた。さらに、映る写真はどれもが静かにたたずむものばかりだ。髪を染める前なので、黒髪姿ということもあり、よりいっそう落ち着いた雰囲気がある。

「だから、高校に入って一成が楽しそうにしてくれることが嬉しくてね」

 にこにこと笑みを浮かべた一成の父親が示すのは、高校の入学式の写真だった。髪の毛を金色に染めて、大きな口を開けて笑う姿は出会った頃の一成そのもので、天馬にとっては馴染み深い。
 今の一成の面影が強いので、天馬にとっては慣れ親しんだ姿だと言える。ただ、それまでの様子とは百八十度違っている。生まれた時からの写真を追っているだけに、余計に変化が顕著に思えた。
 だけれど、一成の家族は心からこの変化を喜んだのだ。一成が笑っていられるなら。変わりたいと望んで、それを叶えたなら。一成の家族は、心からの祝福を贈ってくれる。

「この頃からは、一成自身がよく写真を撮っていたから天馬くんも見たことがあるかもしれないね。高校時代の写真は自分でアルバムにしていたはずだから」
「はい。一枚ずつ詳細な説明つきで見たことあるし、何ならプレゼン大会みたいになってました。資料作って、プロジェクターで一枚ずつ写真出すんですよ」

 話の流れで、昔の写真を見ることになった時の話だ。一成はやたらと張り切って、わざわざ資料を作るだけに飽き足らず、プロジェクターまで持ち出したのだ。
「テンテンは資料作る暇ないと思うから、オレが厳選しておいたよん!」と言って天馬の写真まで流し始めた時は素直に感心した。プライベートではなく仕事関係のものだったのは、天馬に秘密で写真を集めたからだろう。幼少期からメディアに露出しているので、やろうと思えば収集はできる。
 ただ、手間がかかることは確かなので、「お前すごいな」と感心したのだ。一成は「ちっちゃいテンテンかわいいからめっちゃ楽しかった~!」と言っていた。
 一成の父親は、天馬の言葉に「一成らしいな」と嬉しそうだった。それが何だか天馬にも嬉しくて、自分の知る一成の話をあれこれと口にした。一成を大切に育ててくれた人に、心から大切に思う人の話をしているのは何だか不思議で、だけれど心地のよい時間だった。

「天馬くんは夏組やカンパニーの人たちを、とても大切にしてくれると一成からよく聞いていたんだ。愛情深い人なんだとは思ってたけど、本当に一成を大事にしてくれて嬉しいよ」

 にこにこと一通りの話を聞いていた一成の父親が、感慨深そうに言う。天馬は一瞬どんな反応をしていいかわからなかったけれど、「ありがとうございます」と礼を口にする。
 ただ、もしかして今自分は盛大に惚気を話していたのでは、と気づいて顔に熱は集まっていた。あまり自覚はしていなかったけれど、どうにも気持ちが浮ついているらしい。

「一成が選ぶ相手なら、きっと素敵な人なんだろうと思ってはいたけど。相手が天馬くんでよかったと思っているよ」

 ほんのりとした笑みに、どこまでも真摯なまなざしで告げられた言葉。天馬は思わず姿勢を正した。何かとても大切な言葉を口にしようとしている雰囲気を感じ取ったからだ。

「天馬くんなら、これから先何があっても一成と一緒に乗り越えてくれると思う。天馬くんをずっと見てきたから、それは心配していないんだ」

 一成の父親は、静かに言った。落ち着いて、丁寧で、確信めいた響き。それは、天馬の人間性を信頼するものであると同時に、具体的な出来事を想定しているものだ、と天馬は察した。
 結婚にあたっての定型句ではない。これから先何があっても、という言葉に含まれているのは、二人が歩む道が平坦なものではないことを理解しているからこそだ。
 天馬はぎゅっと拳を握った。一成の家族は、二人の門出を祝福してくれる。同じ道を歩むという決意を、心から喜んでくれた。だけれど、それが順風満帆な道のりではないことも理解していた。何か言葉を返さなくては、と天馬は口を開く。だけれど、その前に一成の父親の声が飛び込む。

「天馬くん。一成はね、天馬くんとのことを告げた時『普通の幸せをあげられなくて、ごめん』と私に謝ったんだ」

 天馬を見つめるまなざしが揺れていた。唇に笑みを刻んでいるけれど、瞳は翳りを帯びていて、天馬の胸は苦しくなる。
 これから共に人生を歩む相手が天馬だと、同性なのだと告げた時、一成は言ったのだ。普通の――異性と結婚して一般的な道を歩むことができなくてごめん、と。天馬と共に人生を歩む決意したことを、申し訳ないと謝った。
 一成がそんなことを思っていたなんて、というショックはなかった。
 だって一成は、とても聡明な人間だ。天馬の手を取ったことを後悔していないことはわかっている。だけれど、一成は自身の選択がマイノリティであること、それゆえに周囲の人間に及ぶ影響を、よく理解している。
 普通であれば負わなくてもよかった気苦労。要るはずのない気遣いや嘘を吐く必要に迫られること。得られるはずの一般的なものを手放したこと。それは、紛れもないただの事実だった。

「一成はやさしい子だから、そう言ってくれる。そんなこと、思う必要はないのにね」
「――はい。一成がやさしい人間だってことは、オレもよく知ってます。それにずいぶん助けられたし、一成の好きな所でもあります」

 だからそんな風に、自分のせいで起こる出来事を申し訳ないと思うのは、当然だと天馬は思う。真剣なまなざしでうなずくと、一成の父親は翳りを帯びた目を細めた。やわらかな光がきざして、複雑な陰影が落ちる。

「一成と天馬くんが選んだのは、決して一般的な道のりではない。それは確かだ。最近ではずいぶんと理解も広まっているとはいえ、少数派であることは間違いない。幸い、私や家族に嫌悪や拒絶の感情はないけれど、これは運がよかっただけだろうね」

 一成の父親は、落ち着いた調子で言う。
 自分自身や家族は、同性愛に対して嫌悪感は特に抱いていなかった。一成に告げられた時も事実として受け取っただけで、忌避だとか拒絶だとかの感情は起こらなかったのだ。けれど、それは特段自分たちが優れているわけではなく、育った環境や周囲の状況だとか時代に恵まれていたからだ、と理解していた。
 もしも何かが違っていたら、気持ち悪いと感じていた可能性だってある。結婚なんて認めないと断固反対していたかもしれない。そうならなかったのは幸運が重なっただけなのだと、一成の父親はよく知っていた。

「二人の歩く道は、普通とは少し違っている。世間の目は、少数派には決してやさしくはない。だから、これから先の道には人よりも多くの困難があると思う」

 淡々とした調子で、一成の父親は続ける。
 受け入れる土壌が広まっているとは言え、嫌悪を抱く人はいるだろう。誰にも彼にも告げられる関係ではなく、簡単には公にできない。告げる相手は選ばなくてはならないし、普通であれば問題にもならなかった出来事にも向き合わなくてはならない。

「普通とは違う道を選ぶことで周囲に及ぼす影響も、一成はよくわかっている。だから私に謝ったんだろう。だけど、一成が謝る必要なんて一つだってない」

 力強い響きで、一成の父親は言う。
 やさしい子だ。だからこその言葉だとわかっている。申し訳ないと思う心を殺してほしいわけではない。だけれど、『ごめん』なんて言わなくてよかった。大事な人と生きていくという選択には、どんな罪もない。
 だから、と一成の父親は続けた。天馬を真っ直ぐ見つめて、悲しみの奥底に確かな意志を宿したまなざしで、天馬に言った。

「どうかもう二度と、一成に『ごめん』なんて言わせないでほしいんだ」

 おだやかな声に似て、どこか緊張感をはらんだ空気をしていた。それは一成の父親の、怖いくらいの真剣さを伝えている。天馬の覚悟を問うような、すっと切り込むような言葉。
 天馬が思わず息を呑むと、一成の父親は言葉を継ぐ。目を逸らさず、天馬を見つめて。静かな声で、強いまなざしで、心の全てを取り出すような、耳を打つ響きで言う。

「天馬くんなら、きっとできるだろう?」

 揺るぎのない言葉だった。疑い一つなく、一成の父親は思っているのだと言葉の端々が伝えていた。
 たった一人、この人だけが特別だと一成が選んだ。そんな天馬であれば。申し訳なさや罪悪感にも、きっと別の意味を与えてやれる。悲しみと苦しみは分け合って、喜びと幸福は何倍にもして。
 そんな風に、一成と二人で寄り添って、手を取って共に歩いていくのだと、確信しているような声だった。
 真正面から受け取った天馬は、思わず拳を握りしめた。
 だって、この言葉は、込められたものは、これはどれほどの信頼だろう。胸が震えるのは、一成に今日までずっと愛を注いでくれた人からの言葉だからだ。
 大切に、宝物みたいに慈しんできた。愛情をたっぷりそそがれて、花開くように美しく育った人を、天馬は愛した。何一つ傷つかないようにと願ったはずだ。世界中に祝福されるような道を歩んでほしい、と心から思ったはずだ。
 だけれど、一成が選んだのは、天馬と共に生きるという、平坦とは言えない道だった。反対することだって、他の道を選ぶよう諭すことだってできた。だけれど、一成の家族はただ素直に祝福してくれた。一成の心が望むならと、当たり前みたいに受け入れてくれたのだ。
 大事な、大事な存在が歩く道が決して簡単なものではなくても。息子の選んだ道を、選んだ人を信じて、背中を押してくれた。
 それは、何よりも強い信頼の証だ。わかっているから、天馬が口にする言葉は一つだった。目の前の人に、誰より愛した人を今日まで慈しんでくれた人に、誓う言葉はこれだけだ。

「――幸せにします」

 真っ直ぐと瞳を見つめて、天馬は言った。
 一成が大事です。オレの人生には、ずっと隣に一成がいてほしい。楽しい時も苦しい時も、辛い時も嬉しい時も、一成の一番近くにいるのはオレがいい。一成が好きです。オレの人生全部で、一成を大事にします。
 淡々とした言葉だった。どんな情熱もないような、落ち着いた響き。だけれど、それがどれほど心からのものであるか、一成の父親は理解する。
 一時の情熱ではない。地に足の着いた、覚悟と信念に裏打ちされた言葉だ。そういう風に自身の心を形にできる人間だと、よく知っていた。皇天馬という人間は、真っ直ぐとした心を言葉にする人だと、今まで彼を見てきたからこそわかっていた。
 天馬は静かに言った。一成の父親に答えたくて、自分自身の決意を、心を、余すところなく伝えたくて。熱に浮かされるのではなく、降り積もってゆく気持ちを取り出すように。

「普通とは違う選択をしたのは確かです。オレは一成に、普通の幸せをあげられない。それならオレは、あいつを特別幸せにします」

 普通の幸せとは違う形を選んだ。それは単なる事実で、少数派を多数派にすることはできない。だけれど、それはマイナスな意味を持つことではない。
 強がりでも何でもなく、天馬は思う。だって普通ではないなら、数が少ないなら、それはこの世界で特別だって意味じゃないか。

「普通なんて言葉じゃ収まらないくらい、特別な幸せをあいつにやります。オレならできます。これから先の人生まで、ずっと隣にいるから」

 そこで一度、天馬は言葉を切った。この決意は確かな意志で、天馬の間違いない本音だ。だけれど、天馬は思ったのだ。
 人生を共に歩く。それなら、一成はオレの決意に何と言うだろうか。目を細めて、やわらかな光をこぼして嬉しそうに笑ってくれる。だけど、きっと。
 天馬は大きく深呼吸をする。それから、ゆっくりと告げた。一つ一つの言葉を、丁寧に形にする。揺るぎのない声で、心の全てを取り出して届けるように。

「一成と一緒に、幸せになります」

 宣誓するように天馬は告げた。きっと一成は、オレ一人だけじゃなくてさ、と言う。オレたち一緒に生きるんだよ。それなら、一人だけじゃなくて、二人で幸せになるんだよ。ここにはいない一成の言葉が聞こえる気がして、天馬は言ったのだ。
 真っ直ぐとしたまなざしで、決して目を逸らすことなく。紫色の瞳に、たとえようもない光を宿して、力強く、未来まで照らすようなまばゆさで。天馬は一成の父親へ告げた。
 目の前の道が平坦ではないことは知っている。立ちはだかる壁も、超えるべきハードルも、きっといくつも並ぶだろう。
 それでも、天馬は言うのだ。一成を幸せにすると。これから先の人生で、ずっと隣を歩くのだと。二人で手を取り合って、幸せになるのだと。
 一成の父親は、思わずといった調子で笑みを浮かべた。
 一成のことだって、天馬のことだって信じている。だから、たとえ何が起こるとしても大丈夫だとは思っていた。それでも、不安がなかったわけではないから、あらためて尋ねたかった。天馬の言葉で、彼の口からこれからのことを聞きたかった。
 きっとどんな答えでもよかったのだ。だけれど、返ってきたのは想像していたよりももっと強い宣誓で、揺るぎのない愛の言葉だ。
 ああ、本当に天馬くんは、一成のことが好きなんだな、と思うには充分だった。疑っていたわけではないけれど、どれほどまでに全身全霊を懸けて、一成という存在を愛おしんでいてくれるのか、強く理解したのだ。
 だから何だか嬉しくて、一成の父親は口を開く。宝物みたいに大切にしてきた息子を、同じように大事にしてくれる人に向けて。心の奥からあふれる喜びが形になったみたいに、自然と声になっていた。

「それはやっぱり、宇宙で一番?」

 軽やかな声で尋ねられて、天馬はぱちり、と目を瞬かせる。一成の父親が浮かべた笑顔は、天馬の大切な人が見せるものによく似ていた。弾む心をそのまま取り出すみたいな、きらきらとした笑み。こんな風に笑う顔を知っている。
 一成のことを思い浮かべた天馬は、泣きたいような気持ちで重なる面影を見つめた。よく似た表情は、同じ時間を過ごしてきたことの限りない証明だ。親子として積み重ねた時間を、何よりも如実に語っている。
 慈しまれて育った一成は、歩き出した先で天馬と出会って、新しい道へ踏み出そうとしている。親子で重ねた時間が、今度は特別なたった一人と過ごす時間へと変わっていく。
 今までの人生に寄り添ってくれたのが家族なら、新しく彼の人生に寄り添うのは自分自身の役目なのだ、と天馬は改めて思う。
 だから、天馬は心からの答えを返した。一成の父親に返す言葉は、これ以外にないと知っていた。

「もちろん、宇宙で一番に」








END



皇天馬が誓うのは神様ではなく、大事な人であったり自分自身だろうなと思います。過去も未来もひっくるめて大事にする、という決意を一成の家族に誓う天馬はかっこいい。天馬、一成のお父さんとは普通に仕事の話できそうだし意外とちゃんと雑談してそう。
一成の過去エピソードは「星の数ほどキスをして」で書いたあれこれです