僕らの日々には愛が降るのだ
勝手知ったる天馬の家。
都内の超高級マンションに構えられた天馬の自宅は、夏組にとってよく知った場所である。24時間常駐のコンシェルジェとは顔見知りだし、セキュリティーをパスする手つきも慣れたものだ。
なので、その日も終業後に息を切らしてやって来た椋は、コンシェルジェに挨拶をしてから、いつものように天馬の自宅を訪れた。
すると、出迎えてくれたのは天馬本人ではなく一成だった。
まあ、一成から「ホームパーティーのお知らせ♪」として日程確認の連絡が来ていた時点でおおむね予想はしていた。天馬の忙しさならよくわかっていたということもある。
「いらっしゃい、むっくん! 待ってたよん♪」
「もうみんなそろってるかな? 待たせちゃってごめんね……!」
「大丈夫だよん。テンテンはまだだから!」
明るい笑顔で言われるけれど、つまり天馬以外は全員そろっているということなのだろう。恐縮しながら、広い廊下を進んでリビングへ到着する。
「わあ、すごいね……!」
思わず椋が感嘆の声を上げたのは、リビングがパーティー仕様に飾りつけられていたからだ。
部屋中の壁にはカラフルな三角形のガーランド。ふわふわと浮かぶバルーンは、白やピンクでかわいらしい。
さらに、色とりどりのハニカムボールやペーパーフラワーが天井からつりさげられていて、空間をにぎやかに彩っていた。
天馬の誕生日パーティーに夏組が贈った等身大ラクダもパーティーハットをかぶせられて、ご機嫌なサングラスをかけている。
そして、中央のローテーブルにはこれまたカラフルなお皿やコップが並び、その上には料理が並んでいる。
すでに食事は始まっていたようで、お皿の上にはだいぶすっきりしているものの、おにぎりやサンドイッチ、カット済みのピザなど、主に三角形の食べ物が選ばれていることはすぐにわかった。カットフルーツも見事に全て三角形だ。
それ以外にも、一口サイズのミニハンバーガーやカラフルなお寿司など、見た目に気を配った料理が並んでいる。
用意されたクッションへ座った椋に、四方八方から労いの言葉がかけられる。どうやら椋以外のメンバーはずいぶん前に到着していたらしい。
日程の都合上平日となってしまったけれど、会社員である幸・九門は定時退社ができたようだし、三角もどうにか調整がついたのだろう。ある程度食事を終えてめいめい歓談中、といったところだ。
「むっくんお腹空いていない?」と一成が食事をすすめれば、お腹がクウ、と鳴る。一成が笑ってお茶を持ってきてくれたので、椋はありがたくお礼を言って、食事をしながらそれぞれの話を聞いていた。
「それで、ポンコツは今日帰ってくるの」
「帰ってくるよん。遅くはなるけど、時間はあんまり前後しないって言ってたからそろそろじゃないかな~」
幸の言葉に答えた一成がスマートフォンを取り出す。メッセージの類がないことを確認してから、ニコニコと言う。
「じゃなきゃ、みんな呼ばないって! 全員集合してほしかったからねん!」
輝かしい笑顔で言う一成は、彼らを招待した時点から「全員集まれる日にしたい」とずっと言っていた。だからこそ、会場が天馬の家で平日夜なのだ。
天馬が多忙なスケジュールをこなしていることは、夏組の誰もが理解している。時間を見つけてどこかへ行く、というのはどうしたって困難だ。
それならば、確実に家に帰ってくる日に全員集合すればいい。天馬が来られないなら自分たちが行けばいい、という判断だった。
理由については特に説明はされていないけれど、全員予想はしていた。なので、特に何も言わずに日程をすり合わせてこうして天馬の家へと集まった。
「天馬さん、めちゃくちゃ忙しそうだよね!?」
ただでさえ忙しい天馬だけれど、さらに多忙ぶりに拍車がかかっていることを知っているので、九門が心配そうに言う。
三角も肩を落として「てんま、無理してないかな~?」とつぶやく。そう言う三角もそれなりに多忙なのだけれど。
「あんまり無理しないように気をつけてるけど……まあ、ちょっとは無理しちゃうよね。テンテンだし」
困ったように言う一成は、憂いを含んでいるようでもあり、どこかに小さな覚悟を秘めたような表情でつぶやく。それは恐らく、今までの一成が浮かべなかった類の表情だ。
天馬を心配していることは変わらない。だけれど、その中にもう少し別の、一歩踏み込んだような感情が含まれていた。まるで、自分もその重荷を引き受けるのだというような。
「だから、今日みんなに会えるのめちゃくちゃ楽しみにしてたよん! 最近はあんまり家に帰れてなかったけど、今日はちゃんと帰ってこられるし、テンアゲのテンテンかわいかったし!」
「ポンコツはかわいくない」
「えー、めっちゃかわいかったよ?」
一転して明るい笑顔になった一成が言えば、幸が呆れたように言葉を返す。
それを受けた一成はスマートフォンを操作して「オレのめちゃかわテンテンコレクション見ちゃう!?」などと写真を吟味していたのだけれど。
「あ! テンテン今着いたって連絡来た!」
どうやら天馬からのメッセージが届いたらしく、一成が立ち上がる。ソワソワとした調子で、今にも駆け出しそうだ。
「かず、てんま迎えに行く?」
迎えに行くも何も、恐らくマンションの一階にいるのだから待っていればすぐに上がってくるだろう。わかっていても三角が尋ねたのは、一成の気持ちを読み取ったからに他ならない。
一成はその言葉に少しだけ考えてから、「いいの?」と尋ねるので。
「天馬さん、待ってるかも!」
背中を押す意味で九門も言えば、一成がへらりと笑った。それからすぐに明るい笑顔を浮かべて「それじゃ、カズナリミヨシちょっとお迎え行ってきます!」と言って部屋を出ていった。
「……カズくん、嬉しそうだね」
一通りの食事を終えた椋が、消えていった背中を見送ってからそうつぶやく。盛大な溜め息は幸のものだ。
「嬉しそうっていうか、完全に浮かれてるでしょあれ」
元々テンションの高い人間である。しかし、今日は常を上回るほどにハイだった。
楽しくて仕方がなくて、走り出しそうな心をどうにか抑えているだけで、本当は今すぐにでも駆け回りたい、みたいな雰囲気。
「かずが楽しそうでオレ嬉しい~」
ニコニコ笑顔の三角は心から言うし、大きく同意するのは九門だ。無理をしているならいざ知らず、心から楽しそうなのだから、それは喜ばしいことだ。
椋も「うん、ボクもだよ!」と言って、幸は肩をすくめて「ま、悪くはないんじゃない」と返した。
「――てかさ、これってやっぱり報告会みたいなやつだよね?」
やや声を潜めた九門が、三人の顔を見渡して尋ねる。
わざわざ全員が集合していること。何かを祝うにふさわしいパーティー仕様の部屋。そして、あれだけテンションの高い一成。
婚約報告はとっくに受けているという前提がそろえば、これはもうお披露目か報告会かだろうと判断するのも妥当だった。
「一成の場合、単純にパーティーしたかったって可能性も否定できないけど」
ぼそり、と幸がこぼすと何となく「まあ確かに」といった空気が流れる。一成の人となりはよく知っているので、純粋にパーティーがしたいという動機で集められたと言っても納得はできる。
「でもまあ、たぶん報告会なんじゃないの。オレたちがずっと報告待ってたのは二人とも知ってるし」
肩をすくめた幸が何を頭に浮かべているのか、他の三人は理解している。
幸が思い出しているのは、天馬の突撃取材が行われ、夏組全員でストリートACTを行った時のことだ。反響が反響を呼び、MANKAI寮へ帰ることは難しいとの判断により、ホテルで一晩を過ごした。
その際、ちゃんと話し合いをしろということで天馬と一成を同じ部屋にしたので、さすがにプロポーズなり何なりするだろう、と思ったし、その暁には報告があるはずだと彼らは考えていた。
「オレたち呼ばれた時は絶対報告だと思ったよね、あれ!」
九門が明るい笑顔で言う。
あの日四人は、何となくソワソワした気持ちで時間を過ごしていた。とりとめのない雑談をしていると、一成からグループメッセージが届いたのだ。
すわ何らかの報告かと思った四人の目に飛び込んだのは、「肉と魚どっちがいい?」という言葉。全員ハテナマークを浮かべたのは仕方ないだろう。
――テンテンが夕飯おごってくれるって! だからどっちか好きな方選んでいいよん!
続いたのがそんな文面で、四人は本格的に首をかしげた。意味は分かる。だけど、今言う話はそれか?
とは思ったものの、もしかしたら食事の席で何か言うのかもしれないし――というわけで、多数決で肉を選んだ。
すると、時間指定でホテル内のレストランへ来るよう言われたのだ。これはきっと、夕食で何か報告にあるに違いない、と四人は思ったのだけれど。
「みんなでご飯、美味しかったねぇ」
しみじみとした調子で三角が言う通り、確かに食事は美味しかった。
聞き慣れない名前の肉だとか説明されても理解できない料理などが出てきたけれど、どれもが抜群の味で素直に舌鼓を打ったのだ。
「結局、あの日は何もなかったんだよね」
遠くを見つめるまなざしで椋は言う。あれから結局、夕食の席で何か報告されることはなかった。ただ、一成からはちゃんと仲直りしたからね、とは言われていた。
しかし、そんなことを言われなくても、天馬と一成の様子から二人がきちんと話し合いを行って、何らかの結論を出したことはわかっていた。
お互いのまとう空気や、交わされる視線、声の響きからは相手をどれほど大切に思っているかがあふれだしそうだったし、お互いがそれをきちんと受け取り合おうとしていたので、四人とも安心はしていたのだ。
その手を離そうとした二人は、きちんと手をつなぐことを選んだのだと、言葉ではなく理解できたから。
だからそれなら、プロポーズの報告があってもおかしくはないのでは、と四人は思ったのだけれど。恐らくその疑問を読み取っていたのだろう。一成は困ったような、面白がるような顔で続けた。
――ちなみに、まだ言質取られてないからねん。
その言葉に思わず幸は「ヘタレ」とつぶやいた。天馬もその自覚はあったのか「タイミングとか準備とか色々あるんだよ」とぶつぶつ言っていた。
そういうわけで、ホテルではプロポーズの仕切り直しが行われなかった、ということを四人は把握していた。
ただ、天馬と一成も四人が報告を待っていることは重々承知していたので、プロポーズが成功すれば報告があると思っていたし、実際その通りだった。
「きっとカズくんたちなら、直接報告したいって思ってくれるよね」
グループトークで報告があった時点で、目的は果たされたと言える。
ただ、天馬と一成の人となりを知っているからこそ、顔を見て報告したいと思ってくれるのではないか、と予想していた。だからきっと、このパーティーはそのためのものだろうと思ってはいたのだけれど。
「でも全然違うパーティーでボクの勝手な勘違いかもしれないし……!」
「そしたら、みんなでさんかくパーティーしよう~! サンカクいっぱいだよ~!」
椋が不安そうにオロオロすれば、三角がニコニコと笑顔で椋の背を叩く。
九門も「パーティー楽しも!」と椋を元気づけている。幸はそんな様子を呆れたように眺めていたけれど、唇には隠しきれない笑みを浮かべていた。