僕らの日々には愛が降るのだ




 そんなこんなで雑談をしていると、玄関のほうが騒がしい。ようやく家の主が帰ってきたのだろう。数十秒経ってから、天馬が部屋に入ってくる。一成は嬉しそうに後ろからついてきた。
 それぞれが天馬の苦労をねぎらえば、天馬も軽い調子で言葉を返す。忙しくはあるものの、そこまで疲労困憊といった様子はなかったので、夏組メンバーはほっとしていた。
 天馬は一成と並んでクッションに座り、軽い近況報告が始まった。しかし、途中でソワソワとした様子の一成が天馬の服のすそをひっぱる。
 何の気なしにその様子へ視線をやった椋は、一成の左手に目が釘付けになった。さっきまでは何もなかったはずの薬指に、指輪が一つ光っている。
 ぶわああっと顔を輝かせた椋に、一成が気づいた。照れくさそうに笑ってから、ちょっと待ってて、とでも言いたげな視線を向けたあと、一つ咳払いをした。

「それじゃ全員集まったから、さっそくオレたちから報告したいことがあります」

 一成はやけに真面目な顔でそう言うけれど、すぐに崩れる。口元に笑みが浮かんでどうしようもない、といった様子だった。
 天馬が呆れたようにも見える顔で、「しゃんとしろ」と言うけれど、その口元には似たような笑みが浮かんでいた。恐らく天馬も、笑い出しそうなのだろう。

「ごめピコ~。てかまあ、みんなにはすでに報告してるけど!」

 明るい笑顔で一成が言う。耳をほんのり赤く染めて、隠しきれない喜びをたたえながら。それから言葉を発しようとしたところで、隣に座る天馬が不意に一成の右手を握った。
「え」と声を発した一成に構うことなく、天馬は言う。目の前に集まった四人へ真剣なまなざしを向けて。

「一成にプロポーズした。当然答えはイエスだ」

 きっぱりと言い放った天馬は、それから笑った。照れくさそうに頬を染めて、何かとてもまばゆいものを見つめるような表情で。
 それは、俳優皇天馬でもなければ夏組リーダーとしての顔でもなくて、どんな肩書もないただの皇天馬が浮かべる笑みだった。

「これから先の人生、こいつと一緒に生きていく」

 宣誓のように告げられた言葉は、実際天馬の誓いだったのだろう。他でもない夏組の、大事な彼らに自分の決意を聞き届けてほしいと願ったのだ。
 一成にも当然それは伝わったし、同じ思いを抱いてもいた。だから、握られた手に力を込めて口を開く。

「うん。オレたち、二人で一緒にいーっぱい幸せになるよ」

 照れくさそうに、だけれどその実どこまでも力強い笑顔で。きらきらとまばゆい輝きと、静謐な決意を宿して紡がれた言葉。四人はしかと、二人の誓いを受け取った。

「――おめでとう、天馬くん、カズくん!」

 最初に答えたのは椋だった。頬を赤くして、目に涙を浮かべて叫ぶように言う。続いたのは九門だ。

「天馬さん、カズさん、おめでとー! すげえ嬉しい!」

 明るい笑顔にほんの少しの涙を混ぜた九門は、喜びが爆発したようだった。泣き笑いの表情でそう言う。

「かず、てんま、おめでとう~! 二人が嬉しいと、オレたちも嬉しい」

 そう言う三角はやわらかな笑顔を浮かべている。二人をやさしく見守って、抱きしめるような微笑だった。

「おめでと。散々振り回されたし、これ以外の結末なんて絶対許さないけど」

 澄ました顔で言う幸だけれど、その唇には間違いのない微笑が浮かんでいたし、まとう雰囲気はどこか浮き立っていた。しかし、それを一瞬で掻き消すと冷ややかに言い放つ。

「にしても、プロポーズまで時間かかりすぎでしょ。なんでさっさとホテルでプロポーズしないわけ?」
「っていうか天馬さん、プロポーズした日って休み取れたの? 普通の日?」
「あ、そうだよね。天馬くん忙しいもんね……」
「てんまはできる子だよ~」

 四人それぞれの言葉に、天馬は気恥ずかしそうな表情を浮かべる。一成は心底楽しそうな笑顔で「テンテン、やばたんかっこよかったからね!」と言って、プロポーズに至るまでの経緯を説明する。
 いきなり天馬から旅行に誘われたこと。別荘のような戸建てのホテルに泊まったこと。夕焼けの海辺でのプロポーズだったこと。

「プライベートビーチとかマジですごいし、部屋にプールとかついててマジでテンアゲだったし! そんで、めちゃくちゃ綺麗な夕焼けの見える海とか、さすがテンテンって感じじゃね!?」
「うわあ~さすがは天馬くん……素敵だなぁ……!」

 概要を聞いた椋が、尊敬と憧れの混じったようなまなざしを天馬に向ける。少女漫画が大好きな椋からすれば、完璧なシチュエーションすぎた。もっとも、幸は心底呆れたような顔をしていたけれど。

「もしかして、その状況狙ってたからホテルでプロポーズしなかったわけ?」
「そういうわけじゃない。ただ、あの時は、その、一成から言われたから、ちゃんとオレから仕切り直ししたかったんだよ」
「そういえば、テンテンそんなこと言ってたね~。オレそんなつもりなかったけど、何かオレのほうからプロポーズしちゃったみたいな感じっぽくて」

 明るく笑い飛ばす一成だけれど、天馬としては重大だった。
 一成からの言葉は嬉しかったし胸に来たけれど、自分からプロポーズしたかったというのも本当だ。
 あの時点で、互いの気持ちなんてとっくにわかっていたので、もしかしたらわざわざそんな場面を設けなくても良かったのかもしれないけれど。
 やっぱり天馬としては、自分からちゃんとプロポーズしたかった。

「でも、テンテンからプロポーズされたのめちゃくちゃ嬉しかったな~。見て見て、これマジやばたんでしょ!?」

 喜びを隠しもせず一成は言い切る。その事実に、天馬はほっとするようなむずがゆいような気持ちになるけれど、悪い気はしなかった。というか純粋に嬉しかった。
 キラキラとした笑顔で左手を掲げる一成の姿も、自分と歩む未来をこの上もなく喜んでいることがわかるので、その事実は天馬の心を甘く満たす。

「すげー! 宝石キラキラしてる!」
「この中、サンカクある~!」
「へえ、いい色じゃん」
「カズくんの目の色と同じだね」

 四人はそれぞれ指輪に対して素直な感想を漏らす。それを聞く一成はずっとニコニコしていて、嬉しくてたまらないらしい。
 天馬から贈られた指輪。それを大事な夏組の彼らに見せられること。全てが一成にとって、幸せの象徴みたいな光景だったのだ。

「そそ、ペリドットって言って、オレの目の色で、8月の誕生石だから選んだんだって。誕生石とかテンテン知ってたんだなって思ったけど、そういうのバッチリとかマジで王子様じゃね!?」

 さすがテンテンだわ~と感嘆する一成は、愛おしそうに指輪を撫でる。
 思い出しているのは、あの夕暮れの海辺で届けられた言葉や光景だ。天馬の思いを形にして、いつでもそばで存在を感じられる。同時に、あの美しい時間の全てがここには詰まっていた。

「そんな感じで、カズナリミヨシただ今ウルトラハッピーです!」

 きっぱりと一成が言えば、「カズくんが幸せでボクたちも嬉しいよ」と椋が答える。
 幸は「浮かれすぎ」と言うけれど笑っているし、三角は「オレもはっぴーだよ~」と言って、九門も「うん! すげー良かった!」と少し泣きそうになりながら答えた。

 一成は唇に笑みを刻みつつ、ちらりと天馬へ視線を向けた。一成のことをじっと見ていた天馬と、ばちりと目が合う。瞬間、一成が浮かべたイタズラっぽい微笑。その意味を、天馬は受け取る。
 テンション高く幸せいっぱい、といった調子で一成は夏組に指輪を見せたけれど、一つだけ隠していることがある。
 指輪の内側にある、オレンジサファイア。いつだって天馬の存在を感じられる。一成一人だけが知る秘密は教える気がないらしい。
 その小さな独占欲が、天馬にはたまらない。
 そもそも、内側に宝石を潜ませたのは天馬の独占欲ゆえだ。それを受け取り、同じ気持ちを返してくる。
 たった一つ、たった一人。あなたと自分だけが知っていること。そっと隠して、だけれど確かに握りしめているのだと告げられているようで、今すぐ一成を抱きしめたい衝動に駆られる。しかし。

「そうだ、てんまとかずに、サンカクあげるね~!」

 思い出した、といった調子で三角が声を上げるので、彼方へ追いやられかけていた天馬の理性がどうにか戻ってくる。
 まあ、いきなりここで一成を抱きしめたところで、夏組のメンバーは気にしないだろう、という気もしたけれど。

「え、なになに、すみー」

 興味津々、といった調子で一成が問えば、三角はごそごそと自分の鞄を探り、中から手のひらに乗る三角形を二つ取り出した。その様子に、九門も自分の鞄へ手を伸ばしていた。

「美味しいサンカクだよ~!」
「ねね、カズさん、天馬さん! オレからはこれ!」

 九門は九門で、少し皺になった紙袋を差し出す。天馬と一成は、とりあえず自分たちに用意されたものだと察して、二人からのプレゼントを受け取った。

「えっとね、すみーさんのは紅茶で、オレのはケーキ! 兄ちゃんおススメだから絶対美味しいよ!」

 キラキラとした笑顔で言う九門曰く、三角が用意したのはテトラ型のティーバッグで、九門の紙袋はベイクドカップケーキだという。
 ティーバッグはアンティーク切手風の装飾がほどこされており、レトロなパッケージがお洒落だった。紅茶を飲むわけではなく、純粋に形に惹かれて三角が買ったらしい。

「お祝い要るかもって思って、兄ちゃんに教えてもらったんだけどさ。そしたら、すみーさんもどのサンカクがいいかな~って言ってて、それじゃオレがケーキだからすみーさん飲み物にしたらぴったりじゃんって思って!」
「くもん、ナイスアイディア~! くもんのケーキも、とっても美味しそうだよ」
「でしょ! 上に飾りも乗っててかわいいんだ!」

 そう言い合う二人に、一成と天馬がお礼の言葉を口にすれば、203号室の二人は嬉しそうにハイタッチしあっていた。

「それじゃ、オレからはこれ」

 そんな様子を眺めていた幸がいつの間にか取り出していたのは、シックな黒い箱だった。淡々とした調子で「評判のいいバスソルト。お風呂くらい入れるでしょ」と言う。

「あ、これ知ってる! 和風柄がめちゃかわなやつ! 気になってたんだよね、ゆっきーマジでありがと! テンテン絶対これ匂いとか好きだよ」

 嬉々として報告する一成だけれど、天馬はそういった類のことがまるでわからない。なのでそういうものなのか、とうなずくに留めたのだけれど。

「いつも忙しいテンテンに、リラックスバスタイムプレゼント~!って、ゆっきーマジやさしいね!」
「そんなこと言ってないし」

 心底嫌そうに幸は言うけれど。恐らく、一成の言葉は間違っていないのだろうな、とその場にいた全員は思う。
 天馬だけではなく、一成も忙しい人間だということはわかっている。だから、それならせめて日常生活のどこかで、バスタイムくらいはリラックスして過ごせるように、という彼なりの願いだ。
 それを受け取った天馬が「ありがとな」と言えば、幸は「別に」とそっけないけれど、唇には笑みを浮かべていた。

「――あの、ボクはみんなみたいに、美味しいものでもないし実用的なものでもないんだけど……」

 おずおずとした調子で言いながら椋が紙袋から取り出したのは、小さな花束だった。星のような形をした青い花があざやかで、部屋に彩りを増やす。

「これ、ブルースターっていうお花で……花言葉が『幸福な愛』『信じあう心』って言うんだ。だから、二人にはぴったりかなぁと思って」

 もしも二人をお祝いするなら花がいいと椋はずっと思っていた。
 だから今日、婚約報告の会ならば花を用意しようと思って、ここへ来る途中にある花屋で花束を頼んでいたのだ。あまり大きなものではないけれど、二人には充分伝わるだろう。

「カズくんと天馬くんが、これからの人生を共に歩くこと、ボクたち本当に嬉しいんだ。だから、おめでとうってたくさん言わせてね。天馬くん、カズくん、本当におめでとう」

 やさしい笑み浮かべた椋はそう言って花束を真っ直ぐと差し出す。
 受け取った一成は、何かを言おうとしてしかし上手く言葉にならなかったらしい。そのままぎゅっと椋に抱きついた。

「むっくん、マジで王子様じゃない!? ありがとうめっちゃ嬉しい!」
「カズくんが喜んでくれて嬉しいな。でも、カズくんの王子様は天馬くんだし……」
「それはそうなんだけど! でもむっくんイケピコすぎてもうこれ王子様じゃん!?」

 興奮仕切りで一成が言うと、「確かに」と幸がうなずいた。真顔で続ける。

「ポンコツよりは椋のほうが王子様でしょ」
「お前な……」

 椋が王子様という点について異論を唱えるつもりはない。ただ、自分を蔑ろにされるのもシャクだったので思わず顔をしかめると、九門が力強く言った。

「天馬さんもカッコイイよ!」
「二人とも王子様だよ~」

 さらに三角のフォローまで入るので、天馬は苦笑を浮かべた。
 椋は椋で「ボクなんかが王子様を名乗るなんておこがましいよね天馬くんのほうがずっとずっと王子様なのにボクがいきなり出しゃばっちゃって……」とネガティブモードに突入していたので、天馬は口を開いた。

「いや、椋ありがとな。花言葉も考えて用意してくれるあたり、さすが椋だ。オレも嬉しい」

 心からの言葉を伝えれば、椋は感極まった表情で「うん……!」とうなずいた。その様子を認めた一成は、椋から体を離すとテンション高めに声を発する。

「てか、わざわざプレゼント用意してくれたとかマジでめっちゃ嬉しいんだけど! ありがとねん」
「別に。各自勝手に用意しただけだし」

 あっさりと幸が言えば、九門も「そうそう」とうなずいた。

「オレもたまたま、ケーキのこと教えてもらった時に、すみーさんが二人にお祝いのサンカクどうしようって言ってたの聞いたんだ」

 二人が言う通り、夏組の四人は示し合わせてプレゼントを用意しわけではなかった。報告されるという確証がなかったので、各自「もしかしたら」という気持ちで贈り物を用意していただけだ。
 結果としては大正解だったわけだけれど、逆に打ち合わせが一切ないのに同じ思考回路で動くのが夏組たる所以なのかもしれなかった。