今日の佳き日に




▼ 指輪交換


 しばし劇場は拍手に包まれ、誓いの余韻に浸っていた。ただ、まだ式は終わっていないのだ。感極まった表情の椋が、拍手を惜しみつつもゆっくり口を開く。

「二人の誓い、とってもすてきでしたよね……! でも、まだまだすてきなことはいっぱいあって……次は指輪交換です!」

 熱っぽい瞳で宣言すると、三角が舞台袖へと走っていった。それを見送る椋は、「結婚指輪はオーダーリングなんです」と言う。二人の婚約指輪を作ったお店で、天鵞絨町商店街を通り抜けた裏通りにあるのだと続く。

「いろんなデザインのアクセサリーあるよね! かっけーデザインのもある!」
「かわいいのも多くて……カズくんに紹介してもらったんだ」
「たいっちゃんとかアズーもよく行ってくれてるよねん」

 九門と椋の言葉に、一成も続く。名前の挙がった太一や東はうなずいて、件のアクセサリーショップには何度か訪れている、という答えが返る。デザインの種類が豊富で見ているだけでも楽しい店だ、なんて話をしている間に、三角が舞台袖から戻ってきた。
 その手には、六角形のガラスケース。中にはクリーム色がかかったビロードのクッションやサテンのリボンが台座となり、全体的にナチュラルな雰囲気だ。そこに、色あざやかなヒマワリとハイビスカスが飾られ、デザインのアクセントになっている。中央には、銀色に輝くシンプルな指輪が二つ収まっていた。
 三角は手のひらの上にうやうやしくガラスケースを乗せて、舞台中央まで歩いてきてぴたりと立ち止まる。それから、にこにこ嬉しそうに言う。

「このケースは幸が作ったんだよ。すっごくかわいいね~」
「素材にもこだわったし、デザインも二人らしいのにしたから」

 淡々とした言葉ながら、奥底には確かな自負が宿っている。幸が適当なものを作るわけはないけれど、二人の結婚式ということでそれはもう気合いを入れて作ったことは想像に難くない。もっとも本人はそう言わないだろうけれど。

「めっちゃテンアゲすぎて、家に飾って毎日見てたもん!」
「毎日写真撮ってたからなこいつ……。まあ、確かにそうしたくなる気持ちはわかる」
「当然」

 二人の言葉に、幸はきっぱり答える。唇には確かな笑みが刻まれていて、うきうきした空気が漂うのは、幸にしては珍しい。ただ、それほどまでにこの時を楽しみにしていたのだ、ということはここにいる人間なら誰もがわかっていた。
 天馬と一成、二人の結婚式。共に生きていくのだという誓いが、指輪という形で確かなものになる瞬間をカンパニーのメンバーはずっと待っていたのだから。

「てんま、かず、準備できた~?」
「もち!」
「とっくにできてる」

 三角の問いかけに、力強い答えが返る。これから何をするかはわかっているので、天馬と一成は舞台の中央で向かい合う。手をつないだまま指輪は交換できないので、手は離している。
 二人の両脇には椋、幸、九門が立っていて、天馬と一成の真ん中に立つのは三角だ。準備ができたことを確認すると、三角はにっこり笑ってケースから指輪を一つ取り出す。
 表面にカービングが施されていて、ライン状の飾りになっているものの、宝石の類はない。シンプルなデザインの結婚指輪だ。天馬へ差し出すと、こくりとうなずいて受け取った。
 天馬は大きく深呼吸すると、一成を見つめる。真正面から向かい合った一成は、緑色の目をきらきら輝かせている。唇には確かな笑みが浮かび、心からの喜びにあふれていることが見て取れる。こんな風に、これから先の未来までずっと幸せでいるのだ、と天馬は思う。自分の持てるものの全てで、一成と幸せになるのだ。
 その誓いを指輪に込める気持ちで、天馬は一成に手を伸ばす。一成はすぐに察して、左手を天馬に差し出した。
 天馬の手のひらの上に、一成の左手が重なる。プロポーズした時にも、こんな風に手を重ねた。あの時は一成が泣き出して慌てたな、と思いながら天馬はゆっくり薬指に指輪を通す。何度も調整を重ねた指輪だ。スムーズに動いて第二関節まで滞りなく入った。そのまま根元までゆっくりはめると、左手の薬指に鈍い銀色が光る。
 劇的に何かが変わったわけではない。それでも、一成の指に指輪が光っている、という事実に天馬の胸は高鳴る。二人で相談しながら作った指輪が結婚の証として輝いている、とあらためて思い知ったからかもしれない。本当に結婚するんだな、なんて言ったら一成は笑うだろうか、と思いながら天馬はただ光る指輪を見つめていた。
 視線の意味を、一成は察したのだろう。嬉しそうな笑顔で天馬を見つめて、重ねた手に力を込めた。温みが伝わり、いつまでもこうしていた気持ちに駆られるけれど、そうも行かないことは天馬もわかっている。

「――今度はオレに指輪はめさせてね」

 天馬の気持ちを見透かしたように、いたずらっぽい表情で一成は言うので。天馬は離れがたさを感じつつも、「ああ、頼むぞ」と答えた。二人の手のひらがゆっくり離れる。遠ざかる温みに天馬の胸に寂しさが募るけれど、一成に指輪をはめてもらいたいという気持ちも本当だった。
 三角はにこにこ笑顔で、「今度はかずからてんまだね」と言って、もう一つの指輪を取り出した。受け取った一成が天馬に向かって手を差し出すので、素直に左手を重ねた。
 二つの手。一成はじっと見つめながら、これから先ずっとこんな風に手を取り合っていくんだ、と思っていた。いつか放さなくちゃいけないと、一緒に歩いてはいけないと信じていた。だけれど、たくさんの人の力を借りて、お互いの気持ちを確かめあって、これから先も手を取り合うことを選んだのだ。
 もう二度と離さない。何があってもお互いの手をつかんでいる。宿った決意をなぞった一成は、深呼吸をしてから天馬の薬指に指輪を通す。大きな手のひら。骨ばった指。自分とは違う形が、自分ではない人の全てがこんなにも愛おしい。爪の先も指の関節も、何もかもが宝物みたいだ、と思いながら一成はゆっくり指輪を通していく。
 こんな風に近くで手を取り合えるのは、決して当たり前ではないと一成は知っている。本当ならこんな場面は訪れないはずだった。だって一成は、天馬と別れることが正しいとずっと信じていた。天馬が一成を選ぶことで失うものは数えきれないほどあるし、大多数とは違う道を選んだのは単なる事実だ。
 その選択をさせたくなくて、一度は逃げ出すことを選んだのだ。その道を突き進んでいたら、今この瞬間はなかった。
 第一関節を通って指輪をさらに進める。厚い手のひらを感じながら、骨ばった指を辿り、第二関節を通った。薬指の根元まで進み、ぴたり止まる。まるで最初から、ここにあることが当たり前みたいに。左手の薬指に、自分と同じ指輪が光っている。
 その事実に一成の胸はいっぱいになる。左手の薬指の意味なんて、よく知っている。今まで天馬は芝居の上で結婚指輪をしたことはあるから、初めて見るわけではない。だけれど、これは芝居ではないのだ。皇天馬の人生において、ここに指輪をすることを選んだ。他の誰でもない三好一成と同じ指輪を選んで、今ここに天馬はいる。
 たくさんの選択肢の中、この道を歩くと決めた。一度は逃げ出した一成も、天馬と生きると誓った。何があっても、全てが薔薇色ではなくても。二人なら何だって乗り越えられる。手を離さなければ、二人一緒にいれば、何もかも分かち合って生きていける。
 この指輪はその誓いだ。これから先の約束で、他の誰でもないこの人が特別だという宣言だ。一成はきゅっと唇を結んで、指輪をはめた天馬の手を見つめる。もう二度と、手を離さない。この手を取って、これから先も二人で生きていくんだ。
 ひたひたと満ちていく気持ちがあふれて、泣いてしまいそうだった。天馬はすぐにそれを察したのだろう。空いた右手を伸ばすと、一成の髪の毛を撫でる。大丈夫だと伝えるように。一成の気持ちを何もかも受け止めると告げるように。
 ああ、本当にテンテンってばかっこいいな。天馬の大きな手で頭を撫でられて、一成は自然と思った。同時に唇にはふわりと笑みが浮かぶ。天馬も、一成が笑っているという事実を噛みしめるようにほほえんでいた。
 そのまま甘い空気が流れて、二人の世界に突入しそうになるけれど。指輪交換の最中であることを思い出して、ゆっくり手を離した。名残惜しい気持ちもあるものの、誓いの指輪をはめた姿をみんなに見てもらいたい、という気持ちも確かだった。
 二人はお互い向き合っていた体勢から、観客席の方へ体を向ける。隣同士肩を並べて、集まったメンバーへ左手の薬指を掲げれば、拍手が起こる。
 ひっそりと気持ちを育み続けた二人が、紆余曲折を経て今こうして、未来の約束を確かな形にしたのだ。ずっと見守ってきたMANKAIカンパニーのメンバーだからこそ、指輪の意味を強く知っている。それを形にするように、心からの祝福を込めて拍手を贈る。