今日の佳き日に
▼ 結婚証明書
拍手が落ち着いたところで、「次は結婚証明書だね!」と元気よく言ったのは九門だった。同時に他の三人が舞台袖へ駆けて行って、九門は天馬と一成に「この辺に立っててね!」と告げる。舞台の最前列ではなく、二歩ほど後ろに下がった位置だ。観客と向き合う形になる。
「えっとね、ここに机持ってくるから……あ、すみーさん、こっちこっち!」
舞台袖から机を持ってきた三角を手招きして、一成と天馬の前に机を設置する。元々は棚か何かだったものをリメイクしたものらしい。サテンのリボンやファブリックで装飾され、造花のヒマワリとハイビスカスが彩りを添える。立ったままでも書けるほどの高さと広い天板と持つ机が、天馬と一成の前に用意される。
続いて、幸と椋も舞台袖から戻ってくる。幸は真っ白の羽根ペンを、椋はA3サイズの紙を一枚持っていた。紙はしっかりした作りで、ずいぶん厚手だ。ただ、裏を向いており、表は見えない。
幸は机に羽根ペンを設置していて、椋は紙を持ったまま、いそいそと観客席の方へ進み出る。
「これ、カズさんがデザインした結婚証明書! めちゃくちゃおしゃれだよね」
「うん。これは、MANKAI劇場がモチーフなんです。上が舞台で、下のところが観客席になってます!」
九門の言葉にうなずいたあと、椋は目を輝かせて表面を観客席へ掲げた。
A3サイズの用紙に描かれるのは、ヴィンテージな雰囲気を感じる劇場だ。
上三分の一ほどが四角く区切られ、両脇や奥に見える赤い緞帳や、床の柄など見覚えのあるデザインになっていた。MANKAI劇場の舞台を模していることは一目瞭然だった。そこには凝ったレタリングで「MARRIAGE CERTIFICATE」と記されており、さらにその下には今日の日付や式場の場所としてMANKAI劇場の名前がある。
一番下の部分は署名スペースとなっていた。今日結婚式を挙げる当人である、天馬と一成二人の名前が記される個所だろう。
「この観客席のところは、招待状のチケットの半券! 天馬さんとカズさんに貼ってもらったんだ」
にこにこ笑顔で九門が言うのは、下三分の二のスペースだ。観客席を模した箇所で、そこには今回の結婚式の招待状半券が貼られている。舞台チケット風の招待状は、半券部分に直筆で名前を書いてもらっている。今回、結婚証明書に貼られているのはその半券だった。
それぞれが自分の手で記した名前は、まるで当人そのもののようである。だからこそ、二人の証人として、手書きの名前が必要だった。劇場へ入る時、椋が回収した半券は適宜舞台裏に届けられた。天馬と一成は、一枚ずつ心を込めて証明書に貼り付けていったのだ。重ねた思い出をなぞって、カンパニーメンバー一人ずつに思いを馳せながら。
そうして今、結婚証明書には十九人分の名前がそろっている。ただ、まだ全員分ではない。座席を模した半券が並んだ一番下には、四人分の署名欄がある。主役である天馬と一成に、幸・椋・三角・九門。夏組六人の名前が記入されて、初めて結婚証明書が完成するのだ。
「――まずは天馬さんとカズさん!」
きらきらとした輝きを放って、九門が言う。椋が紙を机にセットして、幸が羽根ペンを取る。目配せをしたあと天馬がうなずいて、幸からペンを受け取った。
「このペンも、幸が作ったんだよ~。羽根はね、知り合いのガチョウさんにもらいました!」
にこにこ笑顔で三角が言って、幸が肩をすくめた。「さすが三角、ガチョウにも知り合いがいるとは」と続けて、面白そうに笑う。
三角からもらった羽根に市販品のボールペンをつなげて、上品な白でまとめた羽根ペンだ。椋や九門もくわわって完成させた、ということは天馬も一成も聞いている。だからこれは、夏組四人の想いが込められたペンだ。
理解している天馬は、大切に羽根ペンを握って結婚証明書に向かい合った。舞台を模したスペースの署名欄。何度も書いてきた自分の名前を、まるでたった今初めて書き記すような気持ちで、丁寧に記した。
最後の一文字を書き終えて、天馬は大きく息を吐く。それから一成へ視線を向けると、羽根ペンを手渡した。夏組の気持ちに自分の思いを乗せて、丸ごと贈るように。当然一成は天馬の気持ちを理解しているから、両手でペンを受け取る。みんなの心を手のひらで抱えるみたいに。
天馬と場所を入れ替わって、机の前に立つ。やさしい手つきで羽根ペンを握ると、一成は結婚証明書に相対する。天馬の名前が記された署名欄。その隣にある空白へ、自分の名前を書き記す。ゆっくり、丁寧に、決して消えない気持ちを込めるように。皇天馬の隣に、三好一成という名前を並べる。
最後まで書き終えた一成は、じっと署名を見つめた。天馬と一成。二つの名前が隣り合う。これから先もこんな風に、二人で並んで生きていく。象徴のような光景で、これだけでも充分胸は弾むけれど、まだこれで完成ではないのだ。
「書いたよん!」
ぱっと明るい笑みを浮かべて言えば、幸が動いた。一成から羽根ペンを受け取ると、机の前にやって来る。主役二人の名前が記されれば、あとは自分たちの番だとわかっていた。
今日の結婚式は、天馬と一成のものだ。招待状の半券によって、出席者の名前はすでに結婚証明書に記されている。だから、最後の証人である夏組が名前を書けば、証明書は完成する。
さらさらと名前を記した幸は、椋へペンを渡す。椋は重大任務を仰せつかった顔で証明書に向かって、丁寧に名前を書く。続けて三角にペンが渡り、三角は楽しそうに署名欄へ名前を並べた。最後に九門がペンを持ち、勢いよく字を走らせる。
今日の主役である、天馬と一成。春組、秋組、冬組、監督の十九人。それから、夏組の四人。二十五人分の名前が、MANKAI劇場を模した結婚証明書に記された。
天馬と一成が人生を共にすると誓うのに、これほどふさわしい場面はないと誰もが理解していた。
この場所で出会い、この場所で心を交わし合って、今までとこれからを大事にしていくのだと誓い合った二人だ。これまでの歴史を刻んで、これからの未来を見守っていくことを、MANKAI劇場そのものが証人となってくれるだろう。
全員の名前がそろったことを確認して、椋が結婚証明書を机から外した。胸の前で広げて持ち、観客席へ掲げるように提示する。そのまま、前へ踏み出して舞台の最前列に進む。幸、三角、九門が続いて、四人は舞台の最前で一直線に並んだ。
舞台の中央では、机を前にした天馬と一成が四人の背中を見つめている。何をするかは知っていたから、ただ黙って事態を見守るつもりだった。
二人のまなざしを背中で受け取った夏組は、あらたまった雰囲気を流した。空気がぴりりと変わる。真剣な表情で、凛とした気配を身にまとったまま観客席を見渡す。しばらくの沈黙の後、まず口を開いたのは幸だった。結婚証明書へ目を向けてから、再び観客席へ視線を移して、厳粛な雰囲気で言う。
「お集まりいただいた皆様にご署名いただき、誠にありがとうございます」
結婚証明書に並んだ、春組・秋組・冬組・監督の名前。二人の結婚の証人であることを意味しているのだと、あらためて告げる。二人の気持ちに気づいた時から、全員が味方だなんてことわかっていたけれど。今ここで、きちんと形にするのだ。
「MANKAI劇場という特別な場所にて皆様に見守られ、今日のこの瞬間を迎えました」
続いたのは椋だった。感動の面持ちを浮かべながらも、凛とした空気を崩さずきっぱり言う。MANKAI劇場がどれほど特別な場所であるかは、全員周知の事実だ。その場所で、今日二人は式を挙げた。大事な場所で、大事な人に見守られて今日を迎えたのだ。
「これからの未来と永遠を誓う約束が、確かに交わされた瞬間を見届けていただきました」
厳かな調子で言ったのは三角だった。しんとした表情を浮かべて、どこまでも真剣な声をしている。天馬と一成が交わした約束を、この場所にいる全員が受け取った。MANKAIカンパニーの誰もが、これからの未来への祈りと確かな誓いを胸に刻んだのだ。
「あらためて、二人の結婚にご賛同の方は、盛大な拍手をお願い申し上げます」
強く真っ直ぐした声で、九門が言う。名前を記入し、特別な場所で見守られ、未来の約束を交わした。そんな二人の結婚を認めるか否かなんて、答えはわかりきっているけれど。結婚式という場所で、きちんと形にすることを夏組は選んだ。だから今、こうして再度問いかけるのだ。
九門の言葉を聞き届けた瞬間、誰もがすぐに動いた。だってずっと待っていた。密やかに想いを育み続けた二人が、こうして未来を共にすると言ってくれることを。みんなの前で何一つ隠すことなく、この人が大切だと言ってくれる日を。だから、万感の思いを込めた拍手が観客席から沸き起こる。
誰も彼もが華やかな表情で、心からの喜びをたたえて。舞台の上へ気持ちを丸ごと送り届けるように手を叩く。拍手を鳴らして、声にならない声で心を伝えることなんて、何度だってしてきた。観客席から起こった拍手は、祝福の響きでMANKAI劇場に満ちていく。
これが全員の答えだ。参列するMANKAIカンパニーのメンバーが、心から天馬と一成の結婚に賛同している。だからそれなら、夏組四人がすべきことは決まっている。
一列に並んだ四人はそれぞれが目配せをしあう。それから、大きく口を開くと声を合わせて言った。舞台で培われた声量で、どこまでも遠くへ響く声で。厳かに、凛として、力強く、どこまでも明るい響きで。
「ここに、皇天馬・三好一成、両名の結婚が成立したことを宣言いたします」
告げた瞬間、拍手はひときわ大きくなる。劇場のあちこちに反響して、まるで降り注ぐようだ。カンパニーメンバーの気持ちがハーモニーとなって、人生を共にすると誓った二人を包み込んでいく。