夜明けまでのエトランゼ 03話
自信たっぷりに引き受けたものの、「さんかくの友達」を探す当ては特になかった。一成の望みを叶えるという決意だけは確かだっただけで、ヒントすらないのだ。
ひとまず、一成と会える日没までは情報収集に努めることにした。
手始めに、「三好一成」や幽霊になった原因を探ろうとスマートフォンで検索をかける。しかし、同姓同名が引っかかるものの当人につながりそうな情報はない。旧校舎から動けないということは、学校に関係する事件や事故かもしれない、と四季崎学園に関する報道にも目を通した。すると実験や部活中の事故、熱中症の記事が出てくるものの幸い死者は出ていない。
事件であれば、被害者として名前が出てくる可能性が高い。一成はスマートフォンも理解していたから、そこまで古い人間ではないはずだ。あまりに昔のことならいざ知らず、もしも事件に遭って命を落としたなら、Web上に残っていてもおかしくはない。しかし、どこにも引っかからないのだ。
そうなると、病気か何かかもしれない。こうなってくると、どうすれば一成の情報にアクセスできるのかわからなかった。病気や入院の情報なんて個人情報として保護されているに決まっている。
唯一の手掛かりは、もはや一成が制服を着ていることくらいだろう。四季崎学園に在学していたことだけは確かなのだ。在籍していた生徒の情報を得るため、天馬は学校の図書館を訪れていた。
四季崎学園の図書館は、校舎の一部に併設されるのではく、一つの建物として独立している。十万冊以上の蔵書数に視聴覚資料も充実しており、授業でも多く活用されていた。郷土資料の類も収集しているし、四季崎学園の歩みとして校内活動をまとめた資料が存在することは、図書館案内で聞いていたのだ。
一成は絵を描くのが好きで、素人の天馬の目にもずいぶん上手いことだけはわかった。だから、何かしらの功績を残しているんじゃないか、と思ったのだ。検索で名前は引っかからなかったので、賞やコンクールの類ではないだろう。ただ、校内でのイベントや行事なら名前が出ている可能性はある。在学していた年代がわかれば、現在の年齢もわかるしそこから情報を集めていくことはできるはずだ。何でもいいから、とにかくとっかかりが欲しかった。
そういうわけで、天馬は校内活動資料を片っ端から調べている。貸出不可の資料なので、他の一般蔵書の閲覧席とは区切られた部屋だ。利用者が誰もいないおかげで、一人で集中できるのは幸いだった。気が散ることなく、好きなだけ資料を調べられる。
(一冊読み終わるまで、思ったより時間がかかるな)
年代別にまとめられたファイルに最後まで目を通して、天馬は大きく息を吐き出した。右側に確認済みのファイルを積み上げる。十年分を目途にしてファイルを確認しているけれど、思いの外量は膨大だ。歴史がある名門校で、校内行事に力を入れているおかげで対象の資料は案外多い。さらに、データになっているわけではないので一つずつ中身を確認しなければならないのだ。データだったらキーワードを打ち込めばそれで終わりだけれど、そうも行かない。
果たしてこの調子で、情報は見つかるのか。最終的な目標は、一成と「さんかくの友達」を会わせてやることなのに、一成について知るというスタート地点にすら立てていない。自分が進んでいる道が正しいのか、と天馬の胸にはじわじわと不安がにじむ。
本当はもっと上手いやり方があるんじゃないか、と薄々天馬は気づいている。どう考えても、アナログ資料に一冊ずつ目を通すなんて、効率が悪すぎる。もっと別の角度からアプローチすべきだ。Webで情報を集めた。アナログ資料にも目を通している。それ以外に何ができるか。学校や生徒のことを知りたいなら、もっと効率的な方法がある。単純な話で、教師や生徒に聞けばいいのだ。
公立高校と違って、私立高校には転勤や異動がない。それこそ、古くからいる教師は生き字引のような存在で、報道には出てこない話だって知っているかもしれない。幽霊になるきっかけになりそうな事件だって、思い当たるかもしれない。
生徒だって、転入してきたばかりの天馬に比べればこの学校には詳しいはずだ。人の噂は案外あなどれないから、何か一成にまつわるような話が出ていてもおかしくない。実際、「旧校舎の幽霊」の噂話を天馬は耳にしている。
誰かに話を聞くのは、情報収集の一つとして有用だ。わかっていたけれど、同時に天馬は思っている。一体何をどう言えばいい? いきなり一成の話をしたところで、とうてい信じてもらえるとは思えない。旧校舎に出る幽霊の正体を知りたい、その友達を探しているなんて、どうせ馬鹿にされて終わりだ。大体、何の前触れもなく「三好一成について知りませんか」と尋ねるなんて、単なる変なやつじゃないか。
それに、今までだってオレは一人でどうにかしてきたんだ、と天馬は思う。頼らなくたってどうにかなる。今までだって誰の手も借りずにやって来られた。他人を頼るなんて、困っているところを見せるなんて、弱い人間のやることだ。オレはずっと一人で壁を越えてきた。誰に頼らなくたって平気だ。オレにはそれだけの能力がある。
自分自身に言い聞かせるように、天馬は心の中でつぶやく。誰かに聞いた方がいいのはわかっている。だけれど、それを選ばない理由ならいくらだって思い浮かぶのだ。わざわざ誰かを頼る必要はない。そんなこと、今までだってしてこなかった。やり方もわからないし、どうせ上手く行かないなら、最初から選ばない方が効率的じゃないか。
ひとまずそう結論を出したところで、天馬は壁際の時計を見上げる。すると、十八時三十分を過ぎたところで慌てて立ち上がった。日没の時間である十九時には旧校舎へ行きたいのだ。その前に夕食を済ませる必要があるので、早く帰らなくてはいけない。
慌てて資料を片付けたあと、天馬はカウンターに向かった。貸出不可の資料を閲覧するためには、学生証の提出が必要だった。用事が終わったら返却してもらう手はずになっている。カウンターに座っていたのは、アシンメトリーの髪形をした教師――有栖川誉だった。誉は天馬に学生証を返しながら、よく通る声で言う。
「ふむ、皇くんは連日ずっと調べ物をしているようだね。必要とあれば、私が手を貸すこともできるよ」
願ってもない話だ。誰かから情報を集めるのは有用だと、頭ではわかっているのだからうなずけばいいのに。誰かに頼るなんて、助けてほしいなんて、言ったことがないからだろうか。天馬の口は慣れた調子で「大丈夫です」という言葉を吐き出していた。
◆
急いで夕食を済ませた天馬は、十九時を少々過ぎてから旧校舎へ向かった。行き先を告げる手間も惜しいし詳しく聞かれるのも面倒で、いつも通り窓からの脱出だ。
一成にいい報告はできそうにないし、これからどう動くべきか、と考え込みながらいつものように教室へ入る。すると、一成が満面の笑みを浮かべていた。
毎晩天馬を出迎える一成は嬉しそうだけれど、今日はそれより数倍輝いているように見える。何かいいことでもあったのだろうか、と思ってまじまじ見つめた時だ。一成がスケッチブックを開いて言った。
「テンテン、ハッピーバースデー!」
そう言うとバースデーソングを歌い始めるし、スケッチブックいっぱいに描かれているのはホールケーキの絵だった。
つやつやの苺にふんわりとした生クリーム、「てんまくん たんじょうびおめでとう」と書いてあるプレート。「1」と「7」のナンバーキャンドルにはしっかり炎が躍っている。
「テンテン、ほら、ふーってして! ほらほら!」
歌い終わった一成にうながされて、天馬はスケッチブックのキャンドルに息を吹きかける。もちろん炎は消えないけれど、一成はきらきら目を輝かせて「テンテンおめでとー!」とテンションが高い。天馬はぽかん、とした表情で一成を見つめた。その様子に、一成は焦った声で尋ねる。
「あれ!? テンテン、今日誕生日だよね!? 六月二十一日、テンテン十七歳!」
「え、あ、そうだが」
あらためて言われて日付を思い出して、「そういえば」と思う。六月二十一日。せいぜい書類に書く時くらいしか意識していなかったけれど、確かに今日は天馬の誕生日だった。雑談の一つで誕生日を口にしたような気はするものの、まるで認識していなかった。
天馬の返答に、一成はほっと胸を撫で下ろして「よかった~」と笑う。
「ほんとだったらケーキ買いに行きたかったんだけどねん。ここから出られないからさ~。でも、サプライズ成功したからおけまる!」
いえーい、とブイサインを出す一成は心底楽しそうだった。外灯の明かりしか届かない夜の旧校舎なのに、まるで夏の日差しを受けたような。きらきら、きらきら。まばゆい光が辺りに散るようで、天馬は思わずつぶやいた。
「なんでお前、そんなに楽しそうなんだ?」
サプライズが好きな人間であることは知っているけれど、それにしたってこんなにテンションが高くなるだろうか、と疑問だった。だからそう尋ねたら、一成は心底不思議そうな顔で答えた。
「え、だってテンテンの誕生日だよ? テンテンが生まれた日とか、めっちゃ全力でお祝いしなきゃじゃん!?」
この世の真理を語るような力強さで、一成は言う。テンテンの誕生日は祝日になってもおかしくないし。テンテンの誕生を祝って銅像とか作った方がいいと思う、なんて。冗談で言っているのはわかっているけれど、あまりにも壮大な言葉に天馬は思わず笑ってしまう。
「なんだ、それ。オレはどれだけ偉人なんだよ」
「カズナリミヨシの歴史的にはめちゃくちゃ偉大な人物だし」
天馬の言葉に、一成も軽口で答える。オレの歴史紐解いたら、テンテンのページめっちゃ分厚くなっちゃうかんね、なんて言葉も軽やかだ。天馬も面白がって壮大な話を聞いていたのだけれど、不意に一成は口をつぐんだ。沈黙を流すと静かに言う。今までの雰囲気とは違って、冗談めいた響きはなかった。
「テンテンがいてくれてよかったって、本当に思ってるんだ。オレの中で、テンテンが大事な人なのは冗談じゃないんだよ」
やわらかく目を細めた一成は、スケッチブックを閉じて言った。ぎゅっと腕で抱きしめて続ける。
「気づいたらここにいて、どこにも行けなくて、誰もオレのことが見えなかった。いくら呼んだって誰も気づいてくれなかった。だけど、テンテンだけがオレを見つけてくれた」
一体いつからここにいるのか、一成はわからない。気づいたら旧校舎で目を覚まして、外へ出ようとしても中に戻される。助けてほしいと道を通る人に訴えても、誰も気づかない。誰もが通り過ぎていくだけの日々で、天馬だけが足を止めてくれた。
「テンテンが毎日来てくれるのが嬉しい。テンテンがオレの名前を呼んでくれることが、今日はこんなことがあったって話をしてくれることが、どうしようもなく幸せなんだ。毎日、明日もテンテンが来てくれますようにって思ってる」
もしも天馬が来てくれなかったら、と考えると一成は怖くてたまらない。天馬はみんな自分の幻覚なんじゃないか、と思うことだってある。そんな時はスケッチブックを取り出して、これはテンテンがくれたものだ、確かにここにあるから、テンテンは嘘じゃない、と自分に言い聞かせる。そんな風に過ごしているのだと、静かに告げた一成は、困ったような笑みを浮かべて言った。
「重くてごめんね。でもオレ、毎日テンテンがいてよかったって思ってるよ。テンテンがいてくれるのは、当たり前じゃないってわかってるから」
やさしいまなざしで告げられた言葉に、天馬の胸は引き絞られるようだった。
旧校舎で一人きり、誰からも存在を認識されていなかった一成。過ごした時間の重さと苦しみは、とうてい天馬の想像だけでは及ばないのだ。一成は人が好きで話すことだって大好きなのに。誰も一成の存在を認識しなければ、言葉を交わすことだってできやしない。届かない声で、一体何度叫んだのだろう。どれほどの苦しい夜を過ごしたのだろう。
「テンテン。オレと一緒にいてくれて、ありがとう」
やわやわとにじむ光で紡いだような。一成の中にあるきれいなものを集めて形にしたような。世界中どんな宝石も敵わないようなまばゆさを宿した声で、まなざしで。天馬の心を抱きしめて、やわらかく包み込むような笑顔で。告げられた言葉に、天馬の胸はどうしようもなく震えた。
こんなにも真っ直ぐと思われていた。大事なのだと、大切なのだと、一成の全てが告げている。皇天馬という存在を、何より尊いものだと思っているのだと何もかもが伝えている。愛おしさの全てを向けて、一成は天馬のことを全身全霊で大事にしてくれている。雷に打たれるような衝撃で天馬は思い知る。
同時に、オレはなんて馬鹿なんだ、と思っていた。
一成にできることなら何でもしてやりたいなんて。望みを叶えるために、できることは何でもしてやろうなんて。本気で思っているつもりで、だけど覚悟すらできていなかった。だって、一成のためになるなら。一成がここに縛り付けられないようにするためなら。誰にも頼らないとか一人でどうにかできるなんて、そんなのくだらないプライドでしかないじゃないか。
はっきりと理解した天馬は、ゆっくり口を開く。全身全霊の気持ちを受け取ったのだと、確か伝わったのだと言いたかった。
「――ありがとな」
こんなにも、心の全てで天馬がここにいることを喜んで、大事にしてくれる。そんな一成にできることがあるなら、なりふりなんて構っていられないのだ。
馬鹿にされたって、変なやつだって思われたって、かっこわるくたっていい。一成が突然消えてしまわないように、心残りがなくなるように、できることなら何だってやるのだと天馬は決意を固める。