夜明けまでのエトランゼ 07話
昼休みになると、当然のように隣のクラスから椋と九門がやって来る。部活仲間と昼食を取ることもあるので毎日ではないものの、クラスを訪れれば天馬の机を中心にして、昼食が始まるのだ。最初は戸惑っていたものの、今はすでに慣れた。
「カズさんの写真見せてもらったけど、想像してたのと違っててびっくりした~!」
口いっぱいの白米を飲み込んだ九門が、「そういえば」という顔で言ったのは養護教諭である東が持っていた写真である。一成の姿が見られない九門や椋、幸は気になって見せてもらったらしい。
「もっとチャラい感じかと思ってた。言動的に」
「すごく真面目な生徒だって、雪白先生言ってたよね。笑顔もあんまり見たことないから、見られると嬉しいって言ってたし……」
「――いや、あいつ今金髪だし眼鏡かけてないし、大体いつもテンション高くて基本的に笑顔だぞ」
三人の言葉に答える天馬は、旧校舎の一成を思い浮かべて言った。幸の想像通り一成の外見はわりとチャラい。ピアスも開けたいな~と言っていたし、どう考えても優等生然とした面影はない。
「全然違うじゃん。写真見たって別人だと思わない?」
コンビニのサンドイッチを行儀よく食べる幸が、ぽつりとつぶやく。よくあの写真で同一人物だとわかったなと感心しているらしい。
「元はもっと地味な外見だった気がするとは言ってたから、一応予想はしてた。それに、多少雰囲気が違ってても、毎日見てればさすがに顔はわかるだろ」
「ボクたちもカズくんのことが見られたらよかったな……」
お弁当の卵焼きをつまんだ椋が、悲しげにつぶやく。筆談でコミュニケーションを取れても、その顔を見ることはできない。試しに写真を撮っても、一成が写ることはなかった。どんな風に笑っているのか、表情を知る術はないのだ。
「やっぱり、カズさんが起きないとオレたち見られないのかな!?」
「どうにかして目を覚まさせないとだめか」
「うん。がんばろうね!」
三人は互いの顔を見つめると、あらためて一成の目を覚まさせよう、と誓い合っている。天馬からすればありがたい事態ではあるものの、しみじみ不思議な気持ちになる。
天馬にとって一成は、味気ない日々をあざやかに色づかせた相手だ。真っ直ぐとした慕わしさで、天馬のことを大事にしてくれる。同じくらいに一成を大事にしたかったし、できることなら何だってしてやりたかった。だから、一成のためにできることをしようと思うのは当然だったけれど、三人は必ずしもそうではないはずなのに。
「一成にはもっとデザインの話聞きたいんだよね。結構センスあるし、夜だけじゃ時間足りない。オレのデザイン見て、フィードバックしてほしい」
淡々と言う幸は、勉強会の合間に一成とデザイン談議に話を咲かせていた。絵画とも通じる部分があるのか、一成は幸のデザインを嬉しそうに見ていたし、スケッチブックいっぱいに「すごい、めっちゃ最高じゃん!」やら、心からの賛辞を書き連ねていた。幸もまんざらではなさそうに受け取っていたのだ。
「オレは勉強めっちゃお世話になってるし――いつも山口とかに迷惑かけちゃってたからさ。みんなの勉強時間取らなくて済むようになったし、いっぱい恩返ししたいから、目覚ましてくれないと困る!」
力強く言う九門は、勉強面で連日一成に面倒を見てもらっている。一成は勉強自体好きだから教えるのも楽しいよ、と特に苦には思っていなかった。野球部メンバーは毎回頼ってくる九門が何も言わないことを不審がって「大丈夫なのか」としきりに心配していたけれど。マンツーマンとも言える一成のおかげで、今までよりもしっかり試験対策ができているので問題はなかった。
「うん。カズくんにはこれからもたくさん絵を描いてほしいなって思う。それに、カズくんと話をすると落ち着くっていうか……気持ちがすごくあったかくなるんだ」
おだやかな笑みを浮かべた椋が、一成を思い浮かべて言う。椋は一成の絵のファンなので、目を覚ましてくれたら新しい絵が見られる、という期待もあった。しかし、今はそれよりただ純粋に、一成の人柄に触れたことが大きかった。
姿も声もわからない。意思疎通の手段はスケッチブックの文字だけ。それでも、一成がどれだけ真っ直ぐ、ぴかぴか明るい言葉を掛けていてくれるのか三人は理解していた。幸のデザインを心から褒めて、九門の力になりたいと本気で思って、椋の気持ちにそっと寄り添う。伝えられる言葉だけでも充分だった。過ごした時間の中で、三人は三好一成という人間のことを知っていったのだ。
だからこそ、ただ真っ直ぐと一成のために動くことを誓っているのだと天馬は思う。
椋はともかく、幸と九門が協力を申し出たのは恐らく椋がきっかけだろう。それから一成と過ごす時間を心地いいと思うようになり、集まりも積極的に参加するようになった。そして今では、一成の人となりを知って一成のためにできることをしようと決めた。
見えなくても、聞こえなくても。生きているとはいえ幽霊のような存在だとしても。普通の人とは違っていても。一成を大切に思っている人たちがいる、という事実が天馬には心強い。一人ぼっちで旧校舎に取り残されるなんてこと、絶対にさせたくない。どこにも行けないまま、旧校舎と一緒に消えてしまうなんて、絶対に嫌だった。
必ず一成を目覚めさせてやるのだ、とあらためて天馬は決意する。そのためには、もっと多くの情報が必要だった。天馬の活動範囲で調べられることは調べ尽くしてしまった。教師陣にも一成の話を聞いてみたけれど、学校では友達もいなかったようで「さんかくの友達」に該当する相手はてんで予想がつかなかった。
「――そういえば九門は、何か心当たりがあるとか言ってたよな」
思い出したように総菜パンをかじった天馬は、九門へ質問を投げる。九門は野球部のつながりを活かして、広範囲に声を掛けていた。そこで「もしかしたら知ってるかもって人いた!」と言っていたのだ。九門は唐揚げで頬を膨らませながら、こくこくうなずく。
もぐもぐ口を動かしつつスマートフォンを取り出して、何やら文字を打ち込んでいる。「慌てなくていいからゆっくり食べろ」と声を掛けると、大きく首を縦に振った。
「先輩たちの噂なんだ。野球部だけじゃなくて、運動部全体の話なんだけど。部活に入ってないけどめちゃくちゃ運動神経のいい人がいて、困ったら助っ人に来てくれるって噂で、呼ぶ方法が『三角形ものを用意する』なんだって」
唐揚げを飲み込んだ九門の言葉に、天馬たちは反応する。三角形が鍵になるなんて、まさしく「さんかくの友達」じゃないか、と思ったのだ。
「ただ、去年ちょっとだけそういう人がいたらしいっていうくらいでさ。一時期からいなくなっちゃみたいなんだよね。でも、うちのクラスのやつかもって言ってる人がいたって先輩に聞いたから、その人に詳しい話を聞いてほしいって頼んでたんだ」
さっきスマートフォンを操作していたのは、なかなか答えが返ってこないので、状況を尋ねるメッセージを送ったらしい。伝聞の伝聞といった形なので、どうしても情報に辿り着くまで迂遠になってしまう。ただ、今までで一番有力な話であることは違いない。
「カズくんの友達なら、同じ学年の人かな?」
「でも、それなら話題になってもおかしくないんじゃない。三角形に反応する変人とか」
椋と幸が言葉を交わし合い、天馬や九門も「それもそうだな」「学校だと隠してたのかも」と話にくわわる。現状、「さんかくの友達」につながりそうな情報はほとんどないのだ。ひとまずこの路線を確かめてみる必要があるし、次の手も考えなくてはいけない。
そんな話をしていた時だ。九門のスマートフォンがメッセージの受信音を鳴らした。流れるように手に取った九門は「あ!」と声をあげる。
興奮した面持ちで「先輩から返事だ!」と告げる。先ほどの進捗確認のメッセージにすぐ反応してくれたのだろう。天馬たちが「何て言ってる?」「さんかくの友達のこと、何かわかった?」「新しい情報あったわけ」と尋ねると、九門はスマートフォンを目前に掲げて言った。
「えっとね、その助っ人の人はオレたちの一個上で斑鳩さんって言って、名前は――さんかくって書いてみすみって言うんだって!」
ぱっと明るい笑顔で告げられた言葉。あまりにも出来すぎた名前に、これはもう答えじゃないか、と誰もが思っていた。