「百円狂騒曲」七尾太一:ショッピングモール(10代・学生)
自販機に百円入れようとしたら、落ちて転がっていった。「あ!」って思ったのも一瞬で、気づいたら自販機の下にコロコロ入っていった。
「マジかよ」
思わずつぶやいたけど、それで百円が出てくるわけじゃない。百円は自販機の下にあるまんまだ。一円とかだったら、仕方ねーなって諦めたかもしれないけど、百円だとそうも行かない。百円諦められるわけなくない?
オレはちょっとだけ考えたあと、しゃがみこんで自販機の下をのぞいた。ショッピングモールの中だし、そこまで汚くはないだろってわけで。もしかしたら、すぐの所に落ちてるかもしれないし。手入るかもしれないし。
そう思って、ちょっとだけ空いてる隙間から見てみたけど暗くてよく見えない。外だったら昼間だし、太陽出てるから見えるかもしんないけど、室内じゃだめなのかも。大きな通路からちょっと外れたところにある自販機だからっていうのもある。
まあ、そうじゃなかったらしゃがみこんで下見てるの、ちょっと恥ずかしいからラッキーだったのかもしんないけど。
「うーん……どうすっかな……」
ぶつぶつつぶやきつつ、一応スマホで自販機の下を照らしてみた。でも、ライトってわけじゃないから、そこまでちゃんと見えない。一応手前の方は明るくなったけど、そこには何にも落ちてなかった。たぶん、もっと奥の方に転がっていっちゃったんだろうと思うけど、どこにあるかはよくわからん。
一応手は突っ込んでみた。見えなくても、カンでどうにかなるかなって思って。でも全然お金っぽいものとかないし、ゴミしか拾えなかった。マジでどうしよう。諦めちゃえばいいんだろうけど、百円はでかい。もう一回自販機の下に手を突っ込もうとしたら、いきなり後ろから声がした。
「どうしたんスか? 具合悪いとか?」
しゃがみこんだまま、びっくりしながら振り返る。そしたら、心配そうな顔でオレを見てる人が一人。赤い髪に、ちょっと黒が入った髪型。青いロンTに金色のネッレスみたいなのつけてて、ストリート系?って感じの人だった。服装と髪型だけだったら、怖い人なんだけど。全然そんなことなかったのは、その人がわりと小柄だったのと、同じ年くらいかなって思ったのと、何かすげー心配してる感じだったから。怖い雰囲気とか全然なかった。だからオレは普通に言った。
「百円、たぶん自販機の下に落とした」
「ええ! 百円はでかいッスね!」
でかい目をまん丸くしてそう言うから、「だろ!?」とオレはうなずく。諦めらんなくてどうしよって言ってたの、やっぱおかしくないじゃん?って思って。
「暗くてよく見えないんだよな。だから、適当に手突っ込んでたんだけど」
「なら、俺っちいいもの持ってるッス!」
その人はめちゃくちゃ嬉しそうに言って、ポケットをごそごそしている。それからすぐに「じゃじゃーん!」と取り出したのは、小さいペンみたいなもの。何だこれ、と思ったらペンライトらしい。
「こういうの持ってるのかっこよくないッスか!?」
この前見た映画でどうのこうの、と言いながらスイッチを押した。先っぽのところがぴかぴか光る。その人はオレの隣にしゃがみ込むと、ペンライトで自販機の下を照らした。
「どうッスか?」
「えーと……ゴミばっか……え、あ、もうちょい右!」
「こっち?」
「あった! たぶんあれ!」
ペンライトの光は結構明るくて、自販機の下もよく見えた。そしたら、それっぽいのを発見。大声で叫んだら赤髪の人も「よかったッス!」と喜んでた。やった、オレの百円諦めなくてよかった。
って思ったんだけど。自販機の下から取り出そうと思って手を入れても、全然百円に届かない。つーか、さっき手入れたけど何もなかったんだから、それはそうかも。たぶんこれ、手だと届かないところに落ちてる。どこまで転がってるんだよオレの百円。
うんうん言いながら、頑張って手を奥に入れようとするけど。隙間が大きくなるわけじゃないし、オレの手は途中でつっかかって終わり。もうちょい入ったら取れそうな気はするんだけど、手が小さくなるとかしないと無理っぽい。
「えー……マジかー……」
百円はあるのに、手が入らなかったら取り出せない。諦めるの嫌なんだけど、こういう時ってどうしたらいいんだろ。全然わからん、と思ってたら赤髪の人が動く。オレがさっきしてたみたいに、ライトで照らしたまま自販機の下を見ている。
「――ちょっと奥の方にある感じッスね。手……ああ~、俺っちもだめッス」
自販機の下に手を突っ込んでるけど、やっぱりだめだったっぽい。地面に座り直してた。オレより小柄だと思うけど、それでもだめなのか、と何かガックリする。そしたら赤髪の人が、「大丈夫ッスよ!」と笑った。
慰めるとかテキトーに言ってるとか、そういう感じじゃなくて。めちゃくちゃいいこと思いついた、みたいな顔で言う。
「たぶん、長い棒みたいなものあれば取れそうじゃないッスか?」
「あー……そうかも?」
手は入んないけど、別に手じゃなくてもいいんだもんな。何でもいいから、百円が自販機から出てきたらいいんだし。なら、棒でも全然オッケーだなって思ったんだけど。
「そんなもんある?」
周りに棒とか落ちてたりすんのかなって思ったけど、別に何もなかった。まあ、その辺に棒落ちてるとか見たことないし。
「平気ッス! 俺っちちょうどいいもの持ってるんスよ!」
赤髪の人はそんなことを言いながら、背負ってたリュックをごそごそしている。何だろって思ったら、出てきたのは何か長い棒。プラスチックっぽくて、三十センチくらいはありそう。透明のビニールに入ってて、バーコードのところにシールが貼ってあるから、買ったばっかなのかも。何だこれって思って、よく見たら目盛りみたいなのがついてた。
「定規?」
何でそんなもの持ってるんだろって思った。ペンライトみたいに映画に出てきたとか? それで持ち歩いてるとか? いや、どんな映画だよ。ハテナマークいっぱい浮かべてたら、赤髪の人は言う。
「これは裁縫用の定規。さっき、手芸屋さん寄ったついでに買っててラッキーだったッスね~」
さいほうよう、っていうのがすぐにわかんなかったけど。縫ったりするあれかって気づいた。家庭科でちょっとやったやつ。ストリート系みたいな見た目なのに、そういうのやるんだなって何か不思議だった。
「これなら届くと思うんスよ」
赤髪の人はそう言って、さっきみたいにしゃがみこむ。それから、めちゃくちゃ普通に定規を自販機の下に入れてて、オレは何かそれをぽかんとした気持ちで見てた。
だってそれ、さっき買ったやつじゃん。自販機の下って、絶対きれいじゃないのに、新品使っちゃっていいの? てか、普通に手とか入れてたのもマジかよって感じじゃん。だって、自分の百円じゃないし、別に知り合いとかじゃないのに。なのに、赤髪の人は全部普通のことみたいな顔をしてた。
それって、もしかして、すごいんじゃね。オレだったら、たぶん最初から声とか掛けないし。話聞いたって、買ったばっかりの自分のもの、わざわざ使うとかしないし。スルーしたままの方が絶対面倒くさくないのに。声掛けて、一緒に百円探してくれて、新品の定規とか使ってくれちゃって。
何かすごく不思議な気持ちになったけど、嫌な感じじゃなかった。嬉しいっていうのともちょっと違って、もっとふわふわした感じっていうか。何て言えばいいか全然わかんないけど、気づいたら笑っちゃってるみたいなそういう感じ。
「どーッスかね?」
赤髪の人に言われて、オレは慌てて自販機の下をのぞきこむ。ぴかぴか明るい光の中に百円が見える。オレも何だかぴかぴかした気分になって、これを取り出せたら、ありがとって言ってジュースとかおごっちゃおうかなって思った。