水仙の咲く頃に





 ◆ ◆ ◆


 井川から、天馬の行方を知らないかという電話が入った。撮影が終わったあと自由時間となり、それ以降天馬の姿が見えないと言うのだ。
 電話を取った咲也は、寮にいたメンバーを集めて「天馬くんがどこにいるか知らないかな?」と尋ねた。しかし、誰も知ることはなかったのでその旨を井川に伝える。井川は「そうですか……」と沈痛なつぶやきを落とした。

 天馬の今日の仕事は、天鵞絨町からそう遠くはない公園で行われる映画撮影のロケだ。移動遊園地という物珍しさから話題になって、カンパニーメンバー全員周知の事実である。
 だから、咲也の電話を聞いていた幸は辛辣に「遊園地で迷子になってるんじゃないの」と言ったし、他のメンバーも口には出さずとも似たような反応だった。本人は認めないものの、天馬の方向音痴を知らない人間はいない。
 しかし、井川はその可能性を否定する。
 当然井川も同じ結論に辿り着いていたので、遊園地内をあちこち探しまわった。遊園地と名前がついてはいるものの、そこまで広いわけではないので、全てを探すのは難しくない。職員やスタッフにも協力してもらったのだから、なおさらだ。迷子になっているなら、すぐ見つかるだろうと思ったのに。
 結局天馬は、遊園地のどこにもいなかった。さらに、メッセージを送っても一向に既読にならないし、連絡がつかなかった。この時点で何かがおかしいと察して、MANKAI寮へ電話を入れたのだ。
 知らない間に公園を出て行った可能性もあるし、寮に辿り着いているかもしれない。そうでなくても、カンパニーの誰かに連絡を取っていることも考えられる。
 そう思っての連絡だったけれど、結果は思わしくなかった。当然天馬は帰ってきていなかったし、少なくとも寮にいるメンバーに連絡はない。誰一人、天馬の行方を知る者はいなかった。


「てんま、お返事ないねぇ……」

 井川の話を聞いてメッセージを送った三角は、既読にならないことを確認して心配そうな表情でつぶやく。それは談話室に集まったカンパニーメンバーも同様だ。
 井川の電話を受けて、確認を取るため談話室には寮内にいるメンバーが全員集合している。最初は「また天馬の方向音痴か」といった雰囲気だったけれど、井川の様子は深刻だった。
 実際に電話を掛けてもメッセージを送っても天馬から反応はない、ということを確認したこともあり、次第にカンパニーメンバーもただごとではない、と実感していた。
 天馬は幼少期から子役として活動していることもあり、プロ意識が高い。何かがあったらすぐ対応できるよう、いつでも連絡が取れるよう気をつけているはずだ。電波の届かない場所にいるか、スマートフォンを持っていないという状況でもない限り、何らかのリアクションがあるはずだというのが井川の弁だったし、カンパニーメンバーも実感として納得している。
 しかし今、天馬からの反応は何一つない。天馬の荷物の中にスマートフォンはなかったから、恐らく携帯しているはずなのだ。それなのに、連絡がつかない。これは確かに普段と違う異常事態だ。
 もしかしたら、スマートフォンが壊れただとか落としただとか、そういった可能性もある。しかし、天馬の身に何かが起こって、連絡が取れない状況に陥っている可能性もゼロではないのだ。
 ただ、井川は天馬の行方不明をあまり大々的にしたくない、と言う。普段カンパニーメンバーは意識していないけれど、皇天馬という存在は日本国内で知らない者はない有名役者なのだ。そんな天馬が行方不明なんてことが知られたら、一種のスキャンダルになってもおかしくはない。
 今後の活動に影響が出る恐れもあるので、慎重に動く必要があるのだ。本当に迷子になっている可能性も否定しきれないし、もしそうであれば事件だと騒ぎ立てるのもまずい。まだ決定的な出来事がない現状では、あまり目立った動きはできないのだ。
 ひとまず、「もう少し探してみますので、何かあったら連絡していただけるとありがたいです」と言い残して井川は電話を切った。

 残されたカンパニーメンバーは、無言で顔を見合わせる。それから、すぐに現状を話し合って一つの結論を導き出す。
 カンパニーは現在、もうすぐ行われるタイマンACTに向けて邁進中だ。カンパニーの進退がかかった大事な公演である。出演する冬組や全てを取り仕切る監督に、よけいな気苦労をかけたくない、というのは全員の総意だった。幸いここには監督も冬組もいなかったので、春組・夏組・秋組だけで情報共有することにしよう、というところで落ち着く。
 ただ、このまま放置しておくのも心配だ。単なる方向音痴を発揮しただけかもしれないけれど、事件に巻き込まれている可能性もゼロではない。井川が動いていることはわかっているものの、一応探しに行ってみた方がいいかもしれない、なんて話が出てきた時だった。今まで黙って話を聞いていた一成が、ソファからゆらりと立ち上がる。
 それから、ぽつりと言葉を落とした。すっかり血の気が引いた顔をして、唇を震わせながら。

「オレ、テンテン探しに行ってくる」
「カズくん……?」

 つぶやいた一成は、青ざめた顔をしていた。大きな瞳は不安定にゆらゆらと揺れていて、恐慌めいた表情が張りつく。その様子に、椋が心配そうに声を掛けるけれど、一成の耳にはほとんど届いていなかった。
 一成は井川からの連絡を聞いた時から、ずっと青い顔をしていた。天馬が行方不明、という事実に「テンテンに何かあったらどうしよう」と心配でたまらなかったのだ。事件に巻き込まれたと決まったわけではない。それでも、もしも万が一ということがあったら――と思うと、心臓が激しく脈打った。
 ただ連絡がつかないだけで、何事もなく無事ならばいい。だけれど、もしも事件に巻き込まれていたら。連絡も取れない状況に陥って、怖い思いや痛い思いをしていたら。頭は勝手に悪い想像を膨らませて、一成の焦燥は否応なく募っていった。
 天馬はいつだって、まばゆい光を放っていた。それはどんな時も一成を明るく照らして、何度も力を与えてくれた。名前を呼んで、笑ってくれるだけで一成の世界には光が満ちるのだ。あの光が陰ってしまったら。苦しい目に遭って、あの輝きが曇ってしまっていたら。
 何一つ確証があるわけではないから、こんなものは単なる妄想だと言うことはできる。しかし、いつだって明るい光を掲げていてくれた天馬が、笑っていられない事態に巻き込まれているかもしれない、という可能性がこびりついて離れない。
 少なくとも、電話をしてもつながらなくて、メッセージも既読にならないし、天馬からの反応は一切ない。いつもと違う事態であることは間違いないのだ。
 その事実が一成は不安で怖くてたまらない。何より、天馬に何かあったらと思うと、とてもじっとしていられなかった。
 一成は、天馬にはいつだって幸せでいてほしかった。まばゆい光を放って、ただ明るく笑っていてほしい。どんな辛い目にも苦しい目にも遭ってほしくはない。怖い思いも痛いことも、天馬からは全て遠ざけたい。
 具体的に何ができるかはわからない。それでも今どこかで、天馬が困難にぶつかっているなら。何か大変な目に遭っているとしたら。もしもわずかでもその可能性があるのなら、自分のできるものは全部使って、何だって差し出していいから、天馬のために何かがしたかった。

「ロケ先の移動遊園地行ってみる!」

 突き動かされる衝動のまま、そう言って一成は談話室を飛び出す。


 ◆ ◆ ◆