おやすみナイチンゲール 15話




 談話室のソファを簡易的なベッドとして使うことになった。当面の問題は中庭の暗さだろう、というわけで対策を打つことになり、手配ができるまでの措置として一成は談話室で寝るように、というお達しがあったのだ。
 それは、MANKAIカンパニー全員の総意でもあったし、受診している心療内科の医師の判断でもあった。
 ひどいパニックを起こしたことから、一成は心療内科へと通院するよう周囲から薦められた。心配に思う気持ちもわかったので、結局一成は天馬がカウンセリングのために通っていたという心療内科を受診したのだ。
 事件がきっかけになったことは明白だったので、詳細な事情を知っている医師のほうがいいだろう、という判断だ。天馬の件があるので、事件について説明する必要もなく、一成の事情を汲んでくれる。天馬が通っていた場所だということも安心感があった。
 ただ、一成のパニックの原因は自身が殺された過去に起因している。有り得るはずのない過去の記憶だ。もしも自分には二つの記憶があるのだ、と告げようものなら別の意味で治療が必要だと判断されるだろう、ということくらいは予想がついた。だから、一成は結局肝心なことを伝えていないので、治療の様子は芳しくない。
 それでも医師は親身に話を聞いてくれるし、必要ならば薬も処方してくれるらしい。一成の心に負担をかけないことを第一に考えて行動すべき、というわけで談話室を寝室代わりに使用することにも大いに賛成を示していた。
 談話室からであれば、トイレだろうと洗面所だろうと電気を点けたまま行き来できる。通り道には大きなガラス窓があるため中庭の様子が見えるけれど、目隠しを設置したので一成を脅かすものは何もない。
 もっとも、一成は当初あまり乗り気ではなかった。談話室を寝室代わりにするということは、その分カンパニーのメンバーは談話室を使える時間が短くなる。自分のせいでメンバーの生活スケジュールを変えることが嫌だったのだ。
 しかし、202号室で夜中にトイレにでも行きたくなった場合どうするのか、ということに気づいて首を縦に振った。一成の現在の状況では、真夜中に外に出たが最後パニックになるだろう。夏組はそれを見越して、真夜中だろうと起こしてくれと言うけれど、ちゃんと眠ってほしかった。
 ただ、談話室で一人にするのはやっぱり心配だ、というわけで結局夏組の誰かが付き添うことにはなったのだけれど。まあ、一人でトイレ行けるしね、と一成は思うことにした。少なくとも、夜中に夏組を起こすことはしなくて済むのだから、談話室で眠るのも悪い話ではない。中庭をどうにかするまでの期間限定ということもある。
 そういうわけで、近頃の談話室は人がいなくなるのが早い。各自、必要なことは早々に済ませて寝室としての場所を提供しよう、という心積もりなのだろう。
 一成はそれが申し訳なくて仕方ない。だけれど、一成がそう思うことなんて夏組はもちろん、カンパニー全員理解している。だからみんな「気にするな」と言ってくれるし、その気持ちは充分伝わっているので、素直に談話室を寝室代わりにしてる。




 今日も今日とて、部屋に引き上げていく面々を見送ってから眠りにつく。明かりを消すことはできないから、常に談話室には明かりが灯ったままだ。
 だからだろうか。浅いまどろみをたゆたっていた一成は、うっすらと目を開けた。明るい光に照らされるのは見慣れたソファの背もたれで、談話室で眠っていたことはすぐに理解した。
 寝返りを打とうと思うけれど、ソファはそう大きいわけではない。一成は少し考えてから、ゆっくりと体を起こした。体の向きを変えるためにはこうしたほうがいいし、今目を閉じてもまた眠れるような気もしなかった。

 パニックを起こして以降、一成の眠りは浅い。暗闇が怖い一成のため、部屋の電気は常に点けられたままということも関係あるのかもしれない。ただ、一番は一成の心理的な問題だろう、というのが医師の見解だ。
 眠るという行為は殺される記憶に連なる夜と結びつく。さらに、自身が殺される夢を繰り返し見たという事実が上乗せされ、一成は睡眠そのものへ無意識に緊張を感じている。結果として、深く眠ることを体と心が阻んでいるのだろう、と医師は言っていた。
 ただ、まったく眠れないわけではないし、目を覚ますこともなく朝を迎えられる日もあった。そんな時は、以前の自分が戻ってきたのではないか、と一成はわずかに期待する。
 だけれど、その期待はいつも容易く裏切られるのだ。昼間なら比較的いつも通りに過ごすことができる。ただ、夜になれば途端にだめになるのだと、一成は何度も思い知らされる。以前のように過ごすこともできず、忍び寄ってくるあの夜の記憶に苛まれる。結果として、カンパニーのメンバーに世話になるしかない。
 寝なくちゃ、と一成は思う。だけれど、うまく眠ることができない。睡眠不足になんかなったら、またみんなを心配させてしまう。当たり前みたいに一成のためを思って動いてくれる、カンパニーのみんなを。一成を一人にはできないと言って、一緒に談話室で眠ってくれる心やさしい人たちを。
 一成は向かいのソファで布団にくるまった九門を見つめた。ジャンケンの勝者が一成と寝る権利を勝ち取るということで、本日の勝者は九門だったのだ。いつもは生き生きとした輝きを宿す瞳も、今は閉じられて穏やかな眠りについている。
 ベッドのほうが格段によく眠れることは間違いない。だけれど、誰もそんなことは言わない。それどころか、一成と眠ることが嬉しいと心から言ってくれるのだ。
 今日だって九門は「ジャンケン勝ったよ!」ときらきらした笑みで報告してくれた。ここで一緒に眠るのは勝者の権利だ、という顔をしていてくれることに一成はほっと息を吐き出す。負担になっていることは間違いないのに、まるで楽しい遊びのような顔でいてくれるから。
 一成は一つ息を吐き出すと、そっと起き出してキッチンに向かった。グラスに水を注ぎ、一息にあおる。以前のように気分が悪くなることはなかった。幸い今日はあの夜の夢を見なかったからだろうか。
 時間は確認していないけれど、恐らく真夜中くらいだろう、と一成は見当をつける。眠れなくてもひとまず横にならなくては、とソファに戻った時だ。

「カズさん、眠れない?」

 突然声を掛けられて、一成はびくりと肩を震わせる。いつの間に起きていたのか、九門がじっと一成を見つめていた。

「くもぴ、起こしちゃった? めんご~」

 なるべく明るい調子で答えると、九門は軽い動作で体を起こす。九門を夜更かしさせるのは本意ではないので、一成は慌てた調子で「どしたの」と問いかける。喉でも渇いたのか、トイレに行きたいだとか、そういう用事だろうか、と願いながら。

「ううん。カズさん眠れないなら、夜更かしとかしちゃおっかなと思って! 明日休みだし!」

 快活な表情で告げる九門は屈託がなかった。朝の空気さえ漂わせて、「たまには遅くまで起きてるのも楽しいよね」と言うけれど、一成はそわそわした気持ちになる。
 九門は以前の習慣から、比較的朝に強い。早朝から体を動かすことが多かったせいか、朝は早く起きてくることが多いのだ。そんな九門を夜更かしに付き合わせるのは何だか申し訳ない。

「くもぴのこと夜更かしさせると、ヒョードルに怒られそうな気がするな~?」
「確かに、兄ちゃんは早く寝ろって言いそう。あと、天馬さんにも怒られそうだよね」

 冗談めいた口調で注意を向けると、九門はあっけらかんと答えた。怒られそう、と言いつつもほとんど決意を固めているような気配を一成は感じる。
 恐らく九門は、一成の眠りが浅いことには気づいている。もしかしたら、ずっと一成のことを気にしていてくれたから、起き出したことも察したのかもしれない。
 オレが眠れないせいで、と一成は思う。オレがちゃんと眠れないから、くもぴは一緒に起きていようかと言ってくれる。やさしいからそんな風に言ってくれるけど、付き合わせちゃいけない。

「うん、怒られるのやじゃん? だからほら、寝よくもぴ!」

 言いながら、一成はソファに掛けられた布団に潜り込む。眠れるかどうかは置いておいて、ひとまず横になっていればいずれ眠気は来るかもしれない。九門は「ちょっとくらいなら大丈夫だと思うけど」と言いつつも従ってくれた。

「でもさ、カズさん。眠れないなら、無理に寝なくてもいいんだよ」

 布団に潜り込んだ九門は、静かな声でそう言った。体を横向きにして、じっと一成を見つめて告げる言葉はやわらかい。九門はいつも大きな声で、楽しそうに色んなことを話してくれる。だけれど、今一成に向けられるものは密やかさをにじませている。
 九門がこんな風に話すことを、一成は意外だと思わない。
 九門は確かに青空の似合う少年でいつだって快活なイメージがある。だけれど九門という人間は、細やかな感受性を持っていて他人の心に敏感だ。だから、こんな風に心をそっと掬い取るみたいな声をしていることは、一成にとって意外でも何でもなかった。

「寝よう寝ようって思うと、余計に寝らんなくなっちゃうじゃん? だから、そういう時は寝なくていいや! って思っちゃうと、意外と眠れちゃうんだよ」

 やさしく告げる言葉は、もしかしたら九門の実体験なのかもしれない。恐らく九門は眠れない夜を知っている。どこにも行けないような暗闇に閉じ込められて、どうしたらいいかわからなくなった時、自分自身にかけた言葉なのかもしれない。
 だから九門は、「夜更かししちゃおう」と声を掛けたのだ、と一成は察する。
 一成の眠りが浅いことにも、それゆえ焦燥を募らせていることにも気づいたからこそ、無理に眠る必要はないのだと伝えてくれた。眠れないなら起きていたっていいのだと言ってくれるのだ。

「――うん。どうしても眠れなかったらさ、くもぴと一緒に夜更かしして、ヒョードルとテンテンに怒られよっか」

 九門の言葉が嬉しくて、受け取ったのだと伝えたくて、一成はそっと言葉を返した。九門に無理をさせるのは本意ではない。だから、眠いのならば素直に眠ってほしいとは思っているのだけれど。
 もしも二人とも眠れない夜があるのなら、一緒に朝を待ってもいいのかもしれない、と思った。
 九門は「兄ちゃんと天馬さん、ダブルで怒られるとかすげえ怖そう」と言うし、一成は一成で「そこ二人が怒ると、何かフルーチェさん混ざってきそうじゃない?」とコメントする。九門は「わかるかも! 何かめっちゃ普通に一緒に怒られそう!」と笑っている。

 夜はゆるやかに更けている。積極的に夜更かしをするつもりはなかったけれど、九門も実際そこまで眠気があるわけではないようで、何でもない話はぽつぽつと続いていた。
 キャッチボールよりも、もっとゆったりとしたスピードで会話が行き来していた時だ。
 談話室の扉が静かに開いて、二人は視線を交わし合う。上体を起こして視線を向ければ、至がキッチンへ歩いていくところだった。

「二人ともまだ起きてたんだ」
「いたるんが言う台詞じゃなくない?」

 冷蔵庫からコーラを取り出した至のコメントに、思わず一成が突っ込む。至は平坦な響きで「確かに」と笑った。恐らくゲームの最中なのだろう、ということは察した。だからそのまま、部屋に戻ると思ったのだけれど。

「でも、一成はともかく九門まで起きてるのはレアイベントじゃないの」

 500mlのコーラのペットボトルを持った至は、談話室の扉ではなく一成たちのいるソファのほうへ歩いてきた。ダイニングの椅子に座ると、ペットボトルを空けて口をつけた。三分の一ほど減ったそれを机の上に置くと、ポケットからスマートフォンを取り出して操作を始める。

「九門って早寝早起きのイメージあるんだけど」
「たかし~。実際、くもぴ、基本的には規則正しい生活してるしね」
「そうかな~? 朝練とか普通だったからかも!」

 首をひねりながら九門が答えれば、至は視線をスマートフォンに落としたまま「朝練とかマジで無理ゲー」とつぶやく。朝は一秒でも長く寝ていたい人種なので、心からの切実な響きがあった。
 どうやら至は談話室に長居するつもりらしい、と察した一成と九門は改めてソファに座り直した。どうせ眠れていなかったのだし、こうなったら起きてしまえ、という判断だ。九門は至の言葉に、明るく口を開く。

「でも、至さんとかめっちゃ夜更かししてるのに朝起きられるのすごいと思う! オレ、夜遅いと次の日なかなか起きらんないもん」

 だから、夜更かしをする場合は休日の前に限られるのだ。一成も感心して「確かに、いたるん徹夜でゲームしても普通に会社行くもんね」と言葉を添える。
 恐らく、左京がいたら「そこは感心するところじゃない」と突っ込んだろうし、千景がいれば「寝起きは最悪だけどね」と言ってくれただろうけれど、あいにく二人はいなかった。

「至さん、今日も徹夜なの?」
「ランイベ中のスタートダッシュは落ち着いてきたとこ。でもまあ、今日で行けるところまで行きたいから、徹夜予定かな。この時間ははあんまりボーダー動かないから、ゆるく走ってられるけど」

 九門の言葉に答える間も、至の視線はスマートフォンから外れない。よどみなく画面を操作し続けていて、何らかのイベントをこなしているのだろう。ただ、一分一秒を惜しむようなタイプのイベントではないのか、それとも余裕があるのか、二人と会話をしていても問題はないらしい。
 それに、至曰く、周回イベントの敵はマンネリなので、九門や一成との会話はいい気分転換にもなるらしい。

「って言っても、あんまり夜更かし付き合わせると俺が怒られそうだけどね。たぶん十座と天馬に」

 しみじみとしたコメントに、一成と九門は思わず噴き出した。名前を挙げられた二人は、自分たちも同じ理由で口にした人物だったからだ。至が不思議そうな顔をするのでさっきまでの話を説明すると至が面白そうに笑った。

「あの二人、結構過保護だからね。中庭はもちろん、外にまで外灯増やしたいとか真顔で言ってたくらいだし」

 寮内に限らず、暗い道全てに明かりをつけたいと言っているところを至は聞いていた。一成が暗い所がだめだというのはもちろん、九門や椋が安全に帰って来られるように、という理由も含んでいるらしい。基本的に真面目な二人なので、冗談なのか本気なのか判別がつかなかった。

「天馬の財力なら実際どうにかなりそうなんだよね。まあ、許可とか取れないだろうけど、暗闇全部駆逐してやろうかみたいな気概でワロタ」

 言葉とは裏腹に、至の表情はあまり変わってないけれど、目の奥には笑いがにじんでいる。至が本当に面白がっていることは、これまでの付き合いで充分理解していた。
 だけれど、一成はどんな反応をすればいいのかと考えてしまった。天馬がどうしてそんなことを言ったのか。まさか本気で実行するつもりはないだろうけれど、それでも心から言ってくれたのだろうと思う。自惚れでも何でもなく、一成のために。
 嬉しいと思えばいいのかもしれないし、実際そんな気持ちがなかったわけではない。ただ同時に、考えなくても良かったことを考えさせてしまうことが申し訳ない。
 天馬はそんなことを思う必要がないと言ってくれるだろう。一成のせいじゃないし、オレがしたくてしていることだと言ってくれる。わかっていても、どうしたって思ってしまう。一成が夜を怖いと思わなければ一欠けらだって考える必要もなかったのに。一成にとって夜が怖いものでなければ。

「まあ、夜が怖いっていうのは人間の本能らしいよ」

 一成の些細な変化に、至は気づいたのだろうか。驚異的な外面の良さは、相手の望んだものを察する能力にも起因している。だから、一成の顔によぎった複雑な心境も察知したのかもしれない。

「何も見えないなんて、危険が迫ってもわからないし。明かりをつけたいって思うのは、当然なんじゃないの」

 それは天馬や十座の発言への肯定だった。だけれど同時に、一成への肯定の言葉でもあることくらいわかった。至は一瞬手を止めて、ちらりと一成を見た。落ちついた瞳は、真っ直ぐと一成へ向けられる。

「夜を怖がるのは、別におかしいことじゃないよ」

 それだけ言うと、至は再び視線をスマートフォンに落とした。よどみなく操作を続ける横顔を、一成は見つめている。
 一成の現状は、MANKAIカンパニー全員が把握している。何かが起きた時に対処できる人は多いほうがいい、という判断で説明をしたのだ。だから、一成は暗闇や木々の音が怖いのだと全員が知っている。
 夜の公園に連なるものは、自分自身が殺される恐怖を呼び起こして恐慌を来たす。日の高いうちは問題ないし、該当の状況を避ければ普通に生活することはできる。しかし、暗がりや葉擦れの音に直面すると、途端にだめになってしまう。
 それを知っているから、至は言ったのだ。
 夜が怖い。暗闇が怖い。なぜならそれは、殺されたあの夜を思い出させるからだ。じわじわと侵されて何もかもが塗りつぶされる。恐ろしいものに捕まってしまう、あの夜の暗さ。
 そういう全てをひっくるめて、夜が怖いと思うのは当然のことだと至は言い切る。一成の恐怖は何一つ特別なものではなく、みんなが持っているものなのだと。怖いと思うことを気に病む必要はないのだと。

「まあ、見えなかったら動けないし暗所はマジでモニター設定命だし」

 つらつらと紡がれるのは、どうやらゲームの話らしい。ゲーム内でも夜ステージというのは、なかなか難易度が高いようで苦手意識を持つプレイヤーも多々いる、なんて話が続くのはいたるんらしいなぁ、と一成は笑った。
 それを認めた至は小さく笑みを浮かべたし、九門も何だか嬉しそうに「夜ステージって敵全然見えないもんね」と言葉を続けた。

「そういう時は、モニター設定いじったほうがいいよ。本当は液晶ごと変えたほうがいいけど、九門はPCゲームじゃないでしょ」
「うん。スマホゲーム」

 九門の言葉に至はあれこれアドバイスをしてやっていて、九門は熱心にそれを聞いている。イベントは落ち着いたのだろうか、と一成が思っていると再びスマートフォンに視線を戻した至は温度のない声で言った。

「ま、俺は夜好きだけどね」

 夜は確かに恐ろしいもので、本能で人は暗がりを怖がる。それを否定するつもりはないけれど、至にとっての確かな事実は別にあった。

「むしろ毎日、朝なんか来るなって思ってるし。夜のほうが活動的だし。寝なくていいなら毎日寝ないでいたいくらいなんだけど」

 至の声はあくまでも平坦だけれど、真実心から思っていることは理解できた。至ほど夜型の人間はカンパニーでもそうそういないし、確かに至にとっては夜こそが本番と言っても過言ではないだろう。至は淡々とした調子で言葉を続ける。

「というか、一成なんて夜更かし慣れてるでしょ。俺も大概だけど、一成だってわりと徹夜してたタイプだし」
「さすがにいたるんほどじゃないと思うけどな~」

 最近では規則正しい生活を送っているとは言っても、どちらかと言えば一成は夜型の人間だ。調子が乗れば朝まで筆を握り続けることもあるし、単純にオールで遊び回っていることだってある。至ほどしょっちゅう徹夜はしていないけれど、夜遅くまで起きていること自体は珍しくなかった。

「まあ、夜更かしと徹夜のプロって言ったらうちの劇作家だし――今日も起きてるみたいだよ」

 さらりと言った至は、スマートフォンを操作していた手を止めた。「え」と一成が声を発すると、至はゆっくりと視線を動かした。赤い瞳が一成を見つめる。

「綴も不器用だよね。一成のこと心配なら、素直にそう言えばいいのに」

 告げた至は再びスマートフォンに視線を落とした。ただ、その先はゲーム画面ではないようだった。続いた「劇作家先生も、ちょっと談話室来るってさ」という言葉は、淡々としているのに何だか楽しそうな響きをしていた。