おやすみナイチンゲール 17話




 日が高い内に講義が終われば、一成は一人で帰ってくる。あまりにもしょっちゅう世話になるのは気が引けるし、明るい内なら問題なく過ごせていることは事実だった。
 病院だって一人で通えているし、以前と変わらない生活をしたい、という一成の意志を理解している夏組は、一応うなずいた次第である。
 ただ、暗くなってから帰宅する際は、絶対に迎えを待つということは約束していた。大学構内は常に電気がついているし、キャンパス内でもメインの場所は外灯が設置されている。
 なので、一成が恐慌を来たすほどの暗闇はあまりないのだけれど、夏組をはじめとしたカンパニーメンバーはいたく心配しているので、必ず誰かが迎えに来てくれるのだ。夏組以外のメンバーもよく来てくれるので、一成の時間割は見事に全員で共有されている。

 カンパニーメンバーの協力のおかげで、大学にも無事に通えていることはありがたかった。大学内でも、公園で倒れた際に介抱してくれた友人は、何となく事情を聞いたらしい。
 心配をハッキリと顔に浮かべて、あれやこれやと気を遣ってくれるし、大学構内の暗い所やら木の多い場所やらを、カンパニーのみんなに伝えてくれているらしかった。おかげで、大学内では比較的いつもの通り過ごすことができている。
 加えて、昼間であれば暗闇を恐れることもない。自由に動き回ってその日の講義を終えた一成は、一人で寮に帰ってきた。

 夜になるとできなくなることが増えるので、昼間の内にやるべきことは済ませなくてはならない。ある程度の作業を終えた一成は、202号室から出て談話室へ向かった。コンビニに用事があることを思い出したからだ。
 まだ時刻は14時を過ぎたばかりだ。太陽も出ているし、一人で外出しても問題はないだろう。ただ、誰かに声を掛ける必要があった。
 いつもなら監督に外出する旨を伝えるけれど、今日は所用で出かけている。ただ、平日昼間の寮には、たいてい冬組の誰かが残っている。
 そうでなくても、シトロンや左京などが談話室にいる可能性もあるし、というわけで扉を開いた一成は目をまたたかせた。談話室のソファには真澄が一人で腰掛けていたからだ。音楽を聞いてぼんやりしているらしい。寝てるのかも、と思いつつ一成はとりあえず口を開いた。

「あれ、まっすー。学校はどしたの?」
「行った」

 一成の言葉に返答はあったもののそっけない。真澄はまだ高校生で、大学生のように自由に時間を組めるわけではない。この時間帯はさすがにまだ学校では、と思ったのだけれど。花咲学園の時間割を知っているわけではないので、もしかしたら早く終わる日なのかもしれない。
 一成はそっか~とうなずいて、きょろきょろと周囲を見渡す。談話室には、真澄以外の人影がない。

「まっすー、アズーとか知らない? アリリンとかロンロンとか」
「出かけた」

 淡々とした口調ながら、一成と会話をする気はあるらしい。一成はそれをありがたく思いつつ、返ってきた答えに目をまたたかせた。果たして、東が外出なのか、それとも誉やシトロンも一緒に出かけているのか。わからなかったけれど、ひとまずここにいないことは確からしい。

「そかそか。んじゃ、まっすーちょっと伝言お願したいな~。オレちょっとコンビニ行ってくんね」

 誰もいなかったらメモでも残しておこう、とは思っていた。ただ、人がいるなら伝言を頼んだほうがはやい、という判断だ。真澄は何だかんだで頼まれたことはちゃんとしてくれるだろう。
 一成の行動を誰かに伝えてくれればいいので、とりあえずそれだけ言って談話室を出ていこうとする。まだ充分に日が出ているとは言え、明るい内に外での仕事は終えたかった。

「コンビニ行くの」
「そそ。まっすーも何か買ってくる?」

 背中に声を掛けられて、一成は立ち止まって振り返った。もしかしたら、真澄もコンビニに用事があるのかもしれない、と思ったのだ。伝言を頼んだ手前、必要なものがあれば一緒に買ってこようという意味で聞き返す。真澄はいつもの平坦な表情のまま立ち上がると、静かな声で言った。

「俺も行く」
「何か要るならオレ買ってくるけど!?」

 反射でそう言ったのは、一成の心からの言葉だ。それとも、オレにお使い頼むの嫌なのかな、と思ったけれどそれにしたって俺も行く、と言われるのは予想外だった。真澄は淡々とした口調で言葉を続ける。

「別に。一成のことなるべく一人にするなって、監督に言われてる」
「なる~……」

 心の底から納得した。なるほど、カントクちゃんマジで偉大。
 もしかしたら、比較的いつもよりも一成と会話が成り立ったのも、監督の言葉があるのかもしれない、と一成は察する。彼女の言葉は真澄にとって絶対だし、一成関連のことでも何かを伝えている可能性はある。もっとも、真澄自身はわかりにくいだけで愛情深い性質なので、それが発揮されてるのかも、とも思ってはいた。

「駅前のほうのコンビニなんだけどおけまる?」
「別にどこでもいい。一成を一人にすると監督が悲しむ」
「りょっす」

 場所は問題ではない、という旨を察した一成は「了解」の意のジェスチャーで答える。近くにあったメモ帳を引き寄せて、真澄と一緒にコンビニへ行く旨を記してわかりやすい場所にペーパーウェイトともに置いた。
 とりあえず、支配人が寮にいることは亀吉経由で聞いている。亀吉は、寮内で一成の姿を見つけると遠くから声をかけてくれるのだ。自分の羽音が葉擦れに似ていることを気にしてあまり近寄らないようにしているようで、気遣いのできる鳥である。
 支配人に出かける旨を伝えてから外出すればいいだろう、と一成は結論を下した。

「それじゃ、まっすー一緒に行こっか!」

 明るい笑顔でうながすと、表情は変わらないながら真澄が一歩踏み出した。