おやすみナイチンゲール 19話




 以前に比べて、天馬はしょっちゅうスマートフォンを確認するようになった。理由は一つで、どんな連絡も逃したくないからだ。
 起こることのなかった過去で、天馬は一成からの電話を受け取ることができなかった。もしも天馬がもっとマメにスマートフォンをチェックする人間であれば、きっとちゃんと電話に出られただろう。しかし、天馬はそういうタイプではなかったので、結局一成からの最期の電話がつながることはなかった。
 一成は「出なくてよかった」と言ってくれたけれど、天馬の胸にずっとその事実は引っかかっている。天馬の声が聞きたいと、命が終わる瞬間に願った。それを叶えてやれなかったことは事実なのだ。今度はそんなことがないようにと、スマートフォンのチェックは欠かさない。
 加えて、今の状況だ。一成が夜の公園で昏倒してから、夏組はいつにも増して一成の体調を気にしているし、天馬とて例外ではない。一生大切にすると誓った相手だ。何かあればすぐにでも対応できるようにと、こまめにスマートフォンを確認してしまうのは、もはや習慣と言っていい。

 しょっちゅうスマートフォンをいじっている一成を笑えないな、と思いながら、その日も天馬は休み時間にスマートフォンの画面を確認した。すると、常にないほどの新着メッセージが表示されており、天馬の心臓が一気にスピードを速めた。
 何かがあった、と察するには充分だった。トーク一覧を見れば、MANKAIカンパニー全体と夏組のトークルームにいくつも未読表示がされている。一成に何かあったのではないか、と夏組のトークをタップする。心臓の音を聞きながら画面に目を向ければ、見慣れた一成のアイコンが目に飛び込む。

――すみーとまっすーで、おやつタイムだよん!

 緊張しながら開いた画面には、3切れのカットケーキ写真と自撮りする一成の写真が表示されている。時間を見ればほんの数分前だ。天馬が思わず固まったのは仕方ないだろう。何かあったのではないかと思えば、至って平和な写真が飛び込んできたのだから。
 もっとも、一成に何か起きたわけではない、という事実を確認できたので天馬はほっと息を吐き出した。三角はともかく、真澄が一緒なんて珍しい組み合わせだな、と思いつつ。
 しかし、その前の未読メッセージへ視線を移した天馬はすぐに顔色を変えた。三角の「かずは大丈夫だよ~。ちゃんと歩いて帰って来られたし、今も全然具合悪くないよ!」というメッセージを読んだからだ。
 恐らく三角は、夏組メンバーを安心させるために一成の状態を教えてくれたのだろうし、一成の写真とメッセージも同じ意味を持っている。こうしてケーキを食べられるし、その写真を撮れるくらい、通常通りの体調であると伝えたいのだ。
 夏組からの一成を心配するメッセージから見ても、何かが起きたのかは明白だった。恐らく、一成は無事で今は寮にいるのだろうとは思う。それでも、一成の身に何かがあったというなら、天馬はとても落ち着いていられなかった。
 経緯についてはMANKAIカンパニー全体のトークルームに記されているだろう、と天馬は思った。深呼吸をしてから、トークルームを確認した。
 ざっと画面をさかのぼると、真澄からのメッセージがどうやら発端らしい。真澄は短い文章で、一成の具合が悪くなったことと、できれば夏組に迎えに来てほしい、というメッセージを残していた。
 数人が反応を返していたものの、すぐに動けるわけではないようだった。ただ、比較的早く三角からの「迎えに行けるよ!」というメッセージが現れたので、天馬はほっとする。過去に起こった出来事だとしても、一成のことを早く迎えに行ってほしかったのだ。時間的に天馬は授業中だったからメッセージは見ていないし、万一確認していたとしても、学校を早退すれば一成が気に病むことはわかっていた。
 それから少しして、三角は無事に迎えを完了させて寮に戻ったことを告げるメッセージを送っていた。他のカンパニーメンバーはほっとしたように、三角や真澄の労をねぎらい、一成の体調を気に掛けていた。
 一成はすっかりいつも通りのようで、心配することはない、と答えたのは監督だった。今日は出かける用事があると言っていたけれど、この時間には帰宅していたのだろう。手短に、一成の具合が悪くなった経緯を記していた。

 おおよそのいきさつを知った天馬は、一成、と内心で名前を呼んだ。
 昼間ならば自由に動き回れるのが嬉しい、と笑っていた顔を思い出す。今日は早く講義が終わる日だから、日が高い内に帰宅したはずだ。夜になるとできないことが増えるので、日が出ている間に一成は必要なことを済ませる。その内の一環として外出したのだろう。
 問題なく行動できるはずだった。何一つ心配することなく、今までと同じように振る舞えるはずだったのに。
 突如として現れた影に飲み込まれて、一成は立ち尽くしてしまった。ささやかに揺れる葉の音にあの夜を思い出して具合が悪くなった。ただの昼間のはずだった。問題なく、自由に動き回れるはずの場所で一成は具合が悪くなった。
 真澄が一緒に行ってくれたことと、一成を助けて迎えを呼んでくれたことは、唯一の僥倖だったと言えるだろう。天馬は真澄に心からの感謝を送りつつ、一成の心情を思って唇を噛む。
 安心できるはずの場所で、体調不良に陥ることは、どれだけ一成の心にショックを与えただろうか。ここなら平気だと思っていた場所でさえも突然危険地帯になるのだ。恐らく一成は、そんな顔を見せずに笑っている。ちょっと具合悪くなったけど、助けてもらったから大丈夫だよ、なんて言っている。
 わかっているから、今すぐにでも帰りたいと思った。何ができるのかはわからない。それでも、一番近い場所にいてやることが、自分の為すべきことなのだという確信だけはあったのだ。
 しかし、天馬は高校生という身分である。時間割に拘束される身の上だし、そもそも天馬は芸能活動で授業には出られないことが多い。出席できる授業は全てに出でおかなくてはあとでマズイことになる可能性がある。大体受験生なのだから、早退を選べる状況でもなかった。
 当然、天馬の事情を一成は理解しているので、授業を放り出して早退しようものなら「オレのせいでテンテン休ませちゃった」と落ち込むことはあり得た。というか、確実にそうなる。
 簡単に予想はできたので、少なくとも天馬はきちんと学業を終える必要があるのだ。どうして今日に限って7限まであるんだ、と呪いつつ天馬は休み時間終了を告げるチャイムの音を聞いていた。

 じりじりとした気持ちで全ての授業を終えた天馬は、放課になった途端教室を飛び出した。
 太一からは「放課後職員室に用事があるから、天チャン先帰っててほしいッス!」という連絡が来ていた。恐らく、一成の体調不良を知った天馬が一刻も早く寮に帰りたがることがわかっていたからだ。普段なら、多少遅れるくらいなら、と太一を待つこともあるけれど、今日はそれどころではなかった。
 感謝の言葉を送ってから、井川が待つ車へと乗りこんだ。最近では、早く寮に帰りたい天馬の意向で基本的に井川が送り迎えに来ているのは幸運だったのだろう。




 これから帰る、と一成にメッセージは送っていた。すぐに既読はついたので、スマートフォンを見ているんだな、ということはわかってほっとした。しかし、実際にその顔を見るまでは安心できない。
 いつもの場所で車を降りた天馬は、井川に礼を言ってからMANKAI寮の玄関に駆け込んだ。

「あ、テンテンおかえり~」

 満面の笑みで両手を広げる一成に出迎えられて、天馬は思わず面食らう。一成の無事を確認したくて急いで帰ってきたけれど、まさか当人が玄関にいるとは思っていなかったのだ。
 一成は明るい笑顔で「おかえりのハグだよん!」と言って手招きをする。天馬はほとんど無意識で足を動かし、吸い寄せられるように近づいた。

「おつかれーしょん! テンテン、おかえり~!」

 そう言った天馬は、ぎゅっと天馬の体を抱きしめた。細い腕が背中に回されて、胸が合わさり、一成の髪の毛の先が鼻さきにあたってくすぐったい。呆然としながらそれを感じていた天馬は、はっとした顔で手を動かす。持っていた鞄が邪魔でぞんざいに床へ放ると、一成が小さく笑った。

「ただいま、一成」

 言いながら、一成の背中に腕を回して力いっぱい抱きしめた。薄い体はすっぽり自分の中に収まってしまうから、それが心配でもあるけれど同じくらいに心地よくも感じてしまう。一成の全てが自分のものになったような錯覚を覚えるのだ。
 一成が腕の中にいてくれることを確認してから、天馬はそっと口を開く。

「――具合が悪くなったって聞いた」
「ん、ちょっとだよん。倒れたりとかはしてないし」

 抱きしめたまま尋ねれば、落ち着いた口調で一成は答える。ただ、天馬はもしかして、という気持ちもあったのでさらに問いを重ねた。

「ギリギリ助けてもらったから倒れなかった、とかじゃないだろうな」
「……テンテン、実は見てた?」
「お前のことだから隠しそうだなと思ったんだよ」

 監督からおおよその経緯を聞いていたのと、三角の言葉、それから一成の性格から推察した結果だ。倒れなかった、と一成は言うけれど、それは結果的に倒れずに済んだだけ、という可能性はある。放っておけば昏倒したかもしれない、なんて事態は「倒れなかった」とは言わない。
 天馬は一成を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
 一成のことだから大丈夫だと言って、大したことじゃないように振る舞うことはわかっていた。それは一成のやさしさで、尊重してやりたいとも思うけれど、オレの前でそんな顔をしなくていいのに、と思う。天馬はぎゅっと一成を抱きしめながら、静かに口を開く。

「真澄が助けてくれたんだろ。あとで真澄には礼しないとな」

 前後の状況から考えて、その判断が妥当だろうと天馬は思った。一成は「うん」とうなずいてから、ぽつぽつとその時の状況を話してくれた。恐らく、天馬には詳しい話をしても問題ないと判断したのだろう。倒れそうになったということをすでに知っているのだから。
 一成は言う。建築中のビルの影に入ってしまったこと。近くの木の音を認識してしまったこと。すぐにあの夜を思い出して、呼吸を忘れた。力が入らなくなって、その場に倒れてしまうと思った。だけれど、真澄が腕を引いてくれた。

「しかも、ヘッドフォン貸してくれたんだよねん。これなら木の音聞こえないから、聞いとけばって言ってくれてマジでまっすーめっちゃ格好良かったよん!」

 楽しそうに一成が言うので、「良かったな」と天馬は答える。一成を助けてくれたことはもちろん、機転を利かせて音を遮断してくれたこともありがたいと思う。本当に心から思う。
 ただ、「格好良かった」という言葉には何だか複雑な気持ちになってしまう。真澄相手だし、一成のことだから他意がないことはわかっているけれど。

「でも、オレ的に一番カッコイイのはテンテンだから安心してねん!」

 天馬の微妙な心境を、どうやら一成は察したらしい。こいつ本当によく気がつくよな、と思った天馬は「ならいい」と言って、照れ隠しも含めて一成の首筋に顔を埋めた。一成は軽やかな笑い声を立てて、天馬の頭をぽんぽん、と撫でる。
 その手のひらがやさしくて、耳元で弾ける声が楽しそうで。天馬は「良かったな」と思う。ここでなら、一成はこんな風に笑ってくれる。その事実は、MANKAI寮が一成にとって安心できる場所の証明だと思えたし、そんな場所が一成にとって一つでも多くあればいいと思う。

「一成」

 天馬はそっと頭を上げると、腕の力をゆるめた。わずかに距離を取ったのは、一成の顔を見たかったからだ。一成は不思議そうな空気を流したものの、真正面から天馬の顔を見つめてくれた。
 緑色の大きな目がきらきらしている。あまり日に焼けない白い肌、綺麗な金髪。真剣な時は引き結ばれる唇、楽しそうに笑う時は大きく開く口。全てが今目の前にあることの幸福を噛みしめながら、天馬はそっと唇を開いた。

「オレはお前の、一番安心できる場所でいたいんだ」

 真っ直ぐと瞳を見つめて告げる。ぱちり、とまばたきをしたのは、どうして天馬が突然こんなことを言うのかわからないからだろう。天馬の胸によみがえるのは、事の経緯を知った時の感情だ。夜を恐れる一成が、日の出る場所でも調子を崩した。その事実は、恐らく一成の心を傷つけた。

「昼間でも、太陽が出ても、怖いならオレが近くにいてやりたい。難しいのはわかってる。だけど、そう思ってるってことだけは覚えておいてくれ」

 実際にいつでも天馬が近くにいられるわけではないことは、今日の出来事だけでも充分感じている。それでも、近くにいてやりたいと思っていることだけは伝えたいと思った。たとえそれが、夜の間ではなくても。太陽が出て、夜の気配がない場所でも。

「夜じゃなくてもいい。お前が怖いって思うならいつでもオレが傍にいてやりたいんだ。今日だってそうだ」

 宿した決意とともに、天馬はそっと笑みを浮かべる。一成は大きな目で天馬を見つめている。

「お前の心が傷ついたなら、オレを呼べ。太陽が出てても夜を思い出したことが怖いなら、ショックならオレが傍にいてやる」

 心からの言葉を口にすると、一成の手が動いた。ゆるく背中に回されていた手が下がっていき、天馬の制服のすそを握りしめたのだ。一成は、あえぐように唇を動かすと、テンテン、と名前をこぼす。そこから続く言葉はなかったけれど、天馬は急かすことなくただ待っていた。

「――昼間なら平気だって、思ってた。だけど、だめだった。思い出しちゃったんだ」

 長い時間が経ったあと、呆然としたような調子で一成は言った。太陽が出ている間なら自由に動ける。以前と変わらず行動できる。そのはずだったのに、前提は容易く崩された。

「オレはやっぱり、元のオレじゃないんだ。昔のオレじゃない。前のオレなら、こんなの全然平気だった。昼間だけは、元通りでいられるって思ったのに違った」

 一成の言葉を聞く天馬は、右手でするりと頬を撫でた。やわらかく包み込む。触れる場所から、自分の体温が、ここにいるのだという事実が伝わるようにと願いながら、天馬は言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ。お前はお前のままだよ」

 一成の意志なんて欠片も無視して、現実は勝手に一成を作り変えた。理不尽に大きな傷を残して、以前の一成は失われた。昔なら難なくできたことが、今の一成にはできない。望んでもいないのに、勝手に変えられてしまった。その現実が天馬には到底許せないけれど、それでも伝えたいことは一つだ。

「お前は今も、オレの知ってる一成のままだ」

 たとえ勝手に作り変えられたとしたって、以前の一成と違っているとしたって。それでも、目の前にいるのが三好一成という存在であることは変わらない。
 いつでも明るく笑顔でいてくれる。他人の傷を自分の傷のように思う。誰かの痛みに寄り添って、その傷を治そうとする。まばゆい光で天馬を包み込んで、新しい世界を教えてくれた。ずっと隣にいてほしい。幸せにしてやりたいと思っている。世界でたった一人の、特別な人であることは変わらない。

「元のお前も今のお前も、お前はずっとオレの好きな一成だ」

 きっぱりと、宣誓するような力強さで告げると一成が笑った。顔をくしゃりと歪めて、今にも泣き出しそうな。それでいて、震える心を取り出して差し出そうとするような。天馬の胸を愛おしさの全てでうがつような、そういう笑顔だ。
 天馬はぎゅっと眉を寄せて、一成の背に回した手に力を込める。自分のほうへ引き寄せた。距離がなくなり、腕の中に一成がすっぽりと収まる。両腕で強く抱きしめると、くすぐったそうに笑う一成の吐息が耳元に触れた。

「――テンテン、ありがとねん」

 一成は制服のすそをつかんでいた手を離し、天馬の背中に手を回した。しがみつくような強さで抱きしめると、小さな声をこぼす。ささやかな、独り言にも似た響きが天馬の耳にやさしく落ちる。

「今日は一緒に寝るの、テンテンがいいな」

 内緒話みたいにこぼされた言葉の意味は、天馬も理解している。未だに談話室を寝室代わりにしているので、夏組からはジャンケンの勝者がやって来る。基本的には誰が来ても一成としては嬉しいので、特にその決め方に異論があるわけではなかったのだけれど。

「今日はちょっと嫌な夢見そうだから、テンテンがいてくれたら安心するかな~って」

 照れるような響きで、天馬が一緒にいてほしい理由を告げる。ワガママを口にすることを恥ずかしがるような様子がいじらしい。それくらいいくらだって叶えてやるのに、と思った天馬はそっと一成の頭を撫でようとした。しかし。

「あ、でも、テンテンがいいって、オレから言ったらルール違反じゃね!?」

 回していた腕を解いて体を離すと、はっとした表情で叫ぶように言った。慌てた調子で「オレがルール破ったらだめじゃん?」と騒ぎ始めた。
 談話室で眠る役目は、ジャンケンの勝者というルールなのだ。全員承知の上で決めたなら、それを自分の勝手で変えるのは良くない、と思っているのだろう。さっきまでのはかなげな雰囲気は一瞬で消えた。いつもの一成らしい言動に、天馬は思わず笑みを浮かべてしまう。
 離れたとは言え、ゆるく囲った腕の中に一成がいる事実は変わらない。何かを考え込むような表情の一成を真っ直ぐ見つめて、天馬は口を開く。

「一成が安心できるっていうなら、あいつらも文句は言わないだろ」

 そもそも、談話室で誰かが一緒に眠るのは一成に何かあったら心配だからだ。安心材料を追加すること自体は、夏組の誰も異論はないはずだ。その辺りはルールの運用にも柔軟性があるだろう、と天馬は思う。夏組の最優先事項はあくまでも一成が安心していられることなのだから。

「ただ、素直に送り出してくれるかっていうと怪しい気はする……」

 遠い目をして天馬はつぶやく。別に本気で反対されるとは思っていないし、最終的には天馬に権利を譲ってはくれるだろうと思う。ただ、「ずるい」だとか何だとかは言われる気がした。
 口々に抗議の声を上げる夏組の様子が鮮明に頭に浮かぶけれど、それは恐らく一成も同様だったのだろう。一成は数秒黙ってから、面白そうな顔で口を開く。

「全員とジャンケン対決4連戦とか?」
「有り得そうだから止めろ」

 一成の主張はわかった、だけれどジャンケン勝負が無効になったわけではない、くらいは言われそうだった。そうなると、天馬以外の夏組全員とのジャンケン勝負くらいは普通に開催されそうだ。
 一成は何だか楽しそうに「勝利条件、連続4人に勝つこととかっぽいよねん」と言っている。途中で負けたら、もう一回最初からやり直しのジャンケン勝負が開催される様子が、天馬の頭にはありありと浮かんだ。
 何だって楽しいゲームに変えることが得意なのは、間違いなく目の前の人間だ。恐らく、夏組ジャンケン大会の開催はもはや決定事項なのだろう。一成はあれこれとルール設定を考えていたらしいけれど、きらきらと輝きを宿して口を開いた。

「最終的にテンテンに勝ってもらわないと困るから、オレめっちゃ応援するねん!」

 弾けるような声で、一成が力強く宣言する。確かに、天馬の勝利が一成と眠るための条件なら、天馬には意地でも勝ってもらわなくてはならない。本気で応援してくれるだろうし、それほどまでに一緒に眠ってほしいと望んでいるんだな、という事実を噛み締める天馬は、思わず笑みを浮かべる。
 くすぐったい気持ちで「ああ、そうだな」と答えるけれど、言葉だけでは足りない気がした。天馬は離れてしまった体を自分のほうへ引き寄せて、もう一度強く一成を抱きしめた。