おやすみナイチンゲール 23話




 明かりの点いた202号室には、布団が二つ並んでいる。横になっているのは一成と天馬で、二人以外には誰もいない。
 最初の内、202号室には夏組が全員集合して眠っていた。ただ、本来なら6人が眠れるほどの広さがないので窮屈だったし、最終的には今まで通り2人で眠れるようになったほうがいいだろう、ということで人数を減らしていた。
 基本的には、ルームメイトである椋が共に眠る役目を負うはずだった。ただ、暗がりを恐れる一成のため、202号室で電気が消えることはない。
 椋は「明るくても平気だよ」と言うけれど、明るいままの部屋で睡眠がしっかり取れていないことに一成はすぐに気がついた。
 そうなってしまえば、一成のことだ。椋に無理をさせることを望むはずもない。
 かといって電気を消すこともできないため、最終的に一成と共に眠る役目は交代制という形を取ることになったのだ。
 夏組内で今日の当番が決められて、一成の部屋を訪れることが通例となっており、今日は天馬の番だった。

「テンテン来るの久しぶりの感じだねん」
「本当はもっと頻繁に来られたら良かったんだけどな。最近色々忙しかった。悪い」
「だいじょぶだよん! その分、今日はいっぱいテンテン補充するから!」

 布団同士がくっつていることもあり、二人の距離は近い。天馬のほうへ体を向けて横になっている一成は、ピカピカと頬を光らせて心から嬉しそうだ。天馬は思わず笑みを浮かべる。

「そうだな。補充でも何でもしろ」

 言いながら手を伸ばして一成の頭を撫でてやる。一成はケタケタと笑って「テンテンめっちゃ太っ腹~」と楽しそうだ。その笑顔は心からのものだったので、天馬の胸にはひたひたと喜びが満ちていく。
 こんな風に一成が笑ってくれることが嬉しい。訪れる夜に怯えることもなく、安らいだ心でいてくれるという事実は、天馬にとっての確かな喜びだった。それは恐らく、カンパニー全員の気持ちでもあるはずだ。

「今日は、あんまり風は強くならないみたいだけどな。外の音聞こえたりしないか」
「今のところ平気っぽいかな~」

 言いながら耳を澄ましたらしい一成は、数秒してから「うん、だいじょぶだよん」と答えた。天馬はそれにうなずいて、頭を撫でていた手を移動する。
 布団から投げ出された一成の手に自分の左手を重ねた。一成は目をきゅっと細めると、白い歯をこぼしてその手を握りしめた。

「ならいい。でも、もし音が聞こえそうだったらちゃんと言え。無理するなよ」
「わかってるよん。こういう時のために、いっぱい音楽教えてもらってるもんね」

 一成の視線が、枕元のスマートフォンへ向かった。アラームや時計代わりとして使用しているスマートフォンだけれど、今は少しだけ別の意味を持っている。

「アリリン厳選のクラシック音楽めっちゃいい感じなんだよねん。アザミンとまっすーとガイガイのチョイスも普段オレが聞かないやつだから新鮮だし。あと、すけっちの選曲、マジでエモいのばっか!」

 嬉々として言うのは、スマートフォンに入っているプレイリストの話だ。
 夜の暗さは明かりをつければ対処できる。しかし、風によって揺らされる木々の音はそうもいかない。ただでさえ一成は過敏になっているのだ。音が聞こえてしまえば、途端にあの夜へと連れて行かれてしまう。
 それならどうすればいいか、と考えた時に出された案が、他の音によって葉擦れを掻き消すというものだ。真澄が対処してくれたように、別の音楽を聞いていれば木々の音は遠ざかる。

 その案を聞いた時、真っ先に協力を申し出たのは誉だった。「一成くんに安寧をもたらす音楽を選ぼう」と言って、クラシック音楽をメインに有名どころから馴染みのない曲までリストアップしてくれた。
 さらに誉は、一つ一つに彼なりの解説を加えてくれて、どんな意図を持って曲を選んだのかも一成に伝えた。
 眠りを守ること、心を安らげること、楽しい夢へ誘うこと。一成の恐怖を塗り替えるための先達となることを祈って、誉は音楽を選んでくれた。
 一成は覚えている。205号室で一つ一つの曲を一成に聞かせた誉は、静かに言ったのだ。
「芸術の力なら一成くんもよく知っているだろう?」と。普段のハイテンションは影を潜めて、落ち着いた笑みを浮かべて。とっておきの言葉を口にするように。
 誉があらゆる芸術を愛することは、一成とて知っている。
 その誉からの言葉は一成への信頼でもあった。絵を描くという形で芸術を生み出す一成であれば、その強さを、宿る力を、きっと何より強く知っている。だから、誉の思いも込めた祈りも受け取ってくれると信じたのだ。
 一成は心からうなずいて、誉に感謝の言葉を口にした。所かまわず詩を口にする、愛すべき詩人から贈られた気持ちが嬉しかった。愛する芸術をそっと託されたようで、誇らしくもあった。
 誉は嬉しそうに「今度機会があれば演奏会に出かけようじゃないか」と言ってくれたので、一成は「めっちゃ楽しみ!」と答えたのだ。
 さらに誉に続いたのはカンパニーの音楽好きたちだった。
 真澄は以前一成の具合が悪くなった時に聞かせた音楽を中心に、真澄が好きだというアルバムを教えてくれた。
 ガイは自分の手持ちのレコードからいくつかの曲を選んでくれたし、莇も「俺の趣味でいいのかわかんねえけど」と言いつつも一緒に音楽配信サイトを見て、一成に合いそうな曲を選んだ。
 支配人も「私のおすすめ曲です!」と言って大量のリストを持ってきてくれて、一成のプレイリストはさらに充実した。

 風の強い日は音楽を流しながら眠れば、木々の音は遠くなる。あの夜を思い出すことなく眠れるという事実に、一成はほっとした。
 それに、もしも外の音が怖くなったらこれを聞けばいい、と思えることは一成にとってのお守りだった。昼間であっても、梢がざわめくことはある。そんな時も、プレイリストを再生すれば音は掻き消せるし、カンパニーのみんながいてくれるようで心強かったのだ。

「マジでみんなにはお世話になっちゃってるよねん。音楽もそうだけど、むっくんはアロマオイル手作りしてくれるし、アザミンとか寝る前に部屋来てくれるし、ヒソヒソめっちゃ安眠グッズくれるし」

 部屋に漂うのはほんのりとしたフルーティーな香りだ。ベルガモットのアロマオイルらしく、椋の手作りだった。椋は自分が部屋で眠れない代わりに、とアロマオイルを用意することが増えた。部屋にはいなくても、椋のやさしさを感じられるようで一成は嬉しい。
 それ以外にも、莇は「肌質のチェックだ」と言いながら時々一成の部屋を訪れる。
 純粋にスキンケアを施してくれるというのもあるけれど、恐らく莇なりに一成を気遣っているのだろう。眠る前にフェイスマッサージをしてくれることもある。
 ぶっきらぼうながら、「これやるとよく眠れる」と言ってくれるので、一成はくすぐったい気持ちになりながら、莇の手の平を受け入れている。
 密は密で、ふらりと一成の部屋を訪れては抱き枕やらアイマスクやらを「これあげる」と言って置いていく。まるで、猫が自分のお気に入りのおもちゃを隠しに来るような雰囲気さえある。
 最初の内は一成も「だいじょぶだよん」と言っていたのだけれど、最近では素直に受け入れているし、どういうわけでそのグッズを選んだのかを聞いては面白がっていた。大体は「一成っぽい」あたりが理由なので「オレってヒソヒソにどう見られてんの!?」と笑っている。

「アズーとか寝る前にちょっと話しようかって声かけてくれるし、チカちょんも、お守り代わりにってペンライトくれてさ。本当、みんないっぱい助けてくれるんだ」

 少しだけ声のトーンを落として、一成は言う。
 東は夜眠る前の一成に時々声を掛ける。それは大抵、一成が疲れている時や昼間に事件のことを思い出してしまった時だ。恐らく東は敏感に異変を感じ取って、そのまま眠ることがないようにと、一成の心を解きほぐそうとしてくれている。
 以前丞が言った通り、どうやら千景はペンライトを改造したらしい。通常よりも明るいライトだから、どんなに暗い場所でも暗闇を追い払ってくれるよ、と言って小さなペンライトを渡された。
 千景は「これを持っていれば、どんな時でも一成を助けに行けるからね」と言っていたので「GPSでも仕込んでる系?」と一成は尋ねた。
 すると千景は、いつもの冗談なのか本気なのかわからない笑顔で「どうかな」と肩をすくめたのだけれど。そのあと浮かんだ微笑は何だかとてもやわらかかった。

 カンパニーの誰もが、一成のためにできることをしてくれている。そのおかげで、一成はずいぶんといつも通りの生活を送れるようになっている。
 暗闇を追い払い、木々の音を遠ざけるためのアイテムを一成はたくさん持っているし、何よりもカンパニーみんなの気持ちがいつだって一成を勇気づけるのだ。

「みんなお前が大事なんだよ」

 一成の手を握る天馬は、心から告げる。カンパニーの誰もが親身になって、己の持てるもので一成を助けようとするのは、一成のことを心から大切に思ってくれるからだ。
 どうか安らかでいてくれますようにと、恐怖に震える一成を知っているからこそ、心から祈ってくれている。一成がそれを理解できないはずがなかった。

「――うん」

 天馬の言葉に、一成は目を細めてうなずいた。唇に笑みが浮かんでいるけれど、声はわずかに揺れている。漂う雰囲気も、どこか翳りを帯びていることに気づかない天馬ではなかった。何かを申し訳なく思うようなそんな様子だ。
 もしかして一成は、カンパニーのみんなに迷惑を掛けてしまいっていると思っているのだろうか、と天馬は思った。一成は誰かの負担になることを気にする性質だからこそ。

「みんな、すげー大事にしてくれて嬉しいよ」

 しかし、続いた言葉に天馬は己の考えを打ち消した。
 嬉しいと告げた一成の言葉は、確かにいつもの明るさがなかった。だけれど、奥底に宿る響きは真摯で、決して無理をして口にされたものではない。
 カンパニーそれぞれが一成のためにしてくれる様々なこと。負担になって迷惑をかけているかもしれない、という気持ちが完全に消えたわけではないだろう。それでも、真っ直ぐと向けられる感情を一成が受け取れないはずがなかったのだ。
 誰よりも他人の心に敏感で、人の気持ちを察することに長けた一成だからこそ。申し訳なさに覆い隠して、向けられた気持ちをなかったことにするような人間ではないのだ。
 それなら一体どうして、と天馬は思った。
 何が一成の心を波立たせているのか。カンパニーのみんなから向けられる好意を、一成はきちんと受け取っている。だから、それに対する申し訳なさではないはずなのに。

「一成」

 わからないながらも、そのままにしておきたくもなかった。だから天馬は名前を呼んで、握った手に力を込めた。
 一体何がお前の心に影を落とすのか教えてくれ、という意味を込めて。一成はそれを正しく受け取ったのだろう。天馬の手を握り返すと、小さな声でつぶやいた。

「オレ、ずっとこのままなのかな」

 ゆっくりとではあるけれど、回復してきているという実感はあった。以前ならできなかったことができるようになったし、夜間でも寮内であれば自由に動ける。外出だって前ほど怖くはなくなった。足がすくんでも、音楽を流せば動けるし、ペンライトの存在はお守りになった。
 だけれど、全てが一足飛びに良くなったわけではないのだ。
 その日の調子によっては、音楽を流しても動けないこともあるし、寮内であっても心拍数が上がってしまう場面もある。
 どうにか自分を落ち着かせて対処はできるようになったけれど、そんな時一成は自分の不調が治ったわけではないのだという事実をまざまざと思い知らされる。
 昨日よりはマシになったと思える事実を積み重ねて、少しずつ進んでいるのに。それまでの全てを突き崩すように不調に襲われる日もあって、そんな時一成の心は暗くよどむ。

「みんな、めちゃくちゃオレのこと大事にしてくれるのに。オレ、ちゃんと良くなるかな」

 カンパニーの誰もが一成のことを思っていてくれる。もちろんカンパニーだけではなく、一成の家族も大学の友人たちも同様だ。
 一成の心が恐怖に囚われることなく、安寧であることを心から祈って、できることをしてくれる。わかっているからこそ、一成は申し訳なく思ってしまうのだ。
 少しずつ良くはなってきている。だけれど、このまま回復するのか、以前のように戻れるのかは欠片もわからない。それどころか、みんなの祈りを嘲笑うように何もかもがだめになってしまう日だってあるのだ。
 天馬は一成の言葉に、ぎゅっと眉を寄せた。
 やさしい人間だと知っていた。他人の傷を自分のように感じて、同じように傷つく人間だ。同時にひどく聡明で、自分の状況だって客観的に見ることができる。
 だから、周囲の人間が自分を大切に思ってくれているという事実だって受け止めてくれた。だけれど、そうであるがゆえ、一成は願った通りの自分でいられないことを、申し訳ないと思ってしまう。
 恐怖に囚われることなく笑っていてほしい。夜に怯えることなく、安らかに日々を過ごしてほしい。その願いを叶えられない自分であることを、誰より痛感しているのは一成自身だった。
 もちろん、誰も一成が無理して笑うことなんて望んでいないから、不調の続く一成を心配こそすれ落胆することなどない。わかっていても、それは純然たる事実として一成の胸に影を落とすのだ。
 大丈夫だと、絶対に治ると言ってやることはできる。恐らく一成は、天馬の言葉に込められた気持ちを受け取ってうなずいてくれる。心から嬉しいと思って笑ってくれるかもしれない。
 だけれど、今の一成にしてやれることがあるとすれば、不確かな未来の約束ではないのだと天馬は思った。

「一成、来い」

 だから天馬は、隣で横になる一成に向かって言った。
 二つの布団はくっついて敷かれているから距離は近い。それでも二組の布団であることは変わらないので、手を伸ばさなければ届かないのだ。今の天馬にとってそれは、もどかしい距離でしかなかった。
 自分の布団を持ち上げてこっちに来い、と手招きをする天馬に一成は目をまたたかせた。言っている意味はわかるけれど、まさかそんなことを提案されるとは思っていなかったのだ。一成は戸惑うように口を開く。

「狭くね?」
「別にいいだろ。お前が近い」

 傲然とした調子で放たれた言葉に、一成は吐息のような笑い声を漏らした。
 二人とも身長はそれなりにあるし、決して小柄と言える体格ではない。一つの布団で一緒に寝るのはいささか窮屈であることは、以前の体験から充分承知しているのだけれど、そんなことは関係ないと言い切るのだ。

「まあ、ロフトベッドでも寝られたしねん」

 ロフトベッドで二人眠った時は、それこそ周りを囲われているのでここより窮屈だった。床に敷かれた布団なら、多少周囲に余裕もあるだろう。
 一成は何かを納得したような表情になったあと、ごそごそと体を起こした。もう一度「マジでいいの?」と聞けば、「いいに決まってる」ときっぱり答えが返る。

「そか。じゃあ、お邪魔します」

 枕を天馬の隣に置いて、念のため自分の掛け布団も近くまで引き寄せてから、一成は天馬の布団に潜り込む。
 すぐに天馬の腕が伸びてきて、がっしりと抱き込まれた。天馬の胸に額を押しつけるようにして、一成はそっと息を吐き出した。

「オレはずっとお前の一番近くにいてやる」

 一成の肩を抱いた天馬は、落ち着いた声で言った。揺るぎない力強さを潜ませて、何かを誓うような敬虔ささえ伴った声だった。

「一成が不安に思う時も、落ち込んでる時も、調子が良くない時も、いつだってお前の一番近くにいてやる」

 切々とした響きで落とされる言葉を、一成はただ聞いている。
 どんな表情をしているのかはわからないけれど、きっと何かとても大切なものを見つめるまなざしをしていてくれるのだろう、と一成は疑いなく思う。いつだって天馬はそんな風に自分を見つめてくれて、宝物のように思っていてくれるのだから。

「お前がみんなの願いを叶えてやれないのが苦しいのはわかる。一成らしいって思うし、そういうところも好きだ」

 言った天馬は、空いた手で一成の頭を撫でた。大きな手がやさしく髪の毛をなぞり、ゆるやかに頭を行き来する。一成は天馬の胸に額を押しつけたまま、その手のひらを受け入れている。天馬はそっと、一成の耳に言葉を落とす。

「一成が好きなんだ。もちろん笑ってくれたら嬉しいし、泣かせたくない。だけど、どんなお前だって好きなんだ。笑えなくても、不安でいっぱいになっても、夜が怖いままでも、オレはお前が好きだ」

 一成が安心して笑えるようになることを、天馬は心から祈っている。だから、きっと良くなると信じてはいる。
 だけれど、もしも良くなることがないとしたって。このまま、怖いものが怖いままだったとしたって。一成を大切に思う気持ちも、好きだと思う心も変わらないことだけは確かだった。
 それを伝えるには、言葉だけでは足りないような気がした。
 天馬は頭を撫でる手を止めて、両腕で一成を抱きしめる。合わさる胸で、背中に回した腕で、触れる体の何もかもから自分の心が伝わるように祈りながら。

「――テンテン」

 ぽつり、と一成は天馬の名前を呼んだ。胸に額を押しつけたくぐもった声は、心細げに揺れている。一成は天馬の服をぎゅっと掴んだ。小さく言葉を落とす。

「オレ、まだ夢を見るんだ」

 懺悔するような響きだった。みんなが一生懸命、悪夢を見ないようにと働きかけてくれていることを知っている。恐らく、前よりも夢を見る頻度が減ったのも事実だ。
 それでも悪夢は消え去ることなく一成の前に降り立って、あの夜へと連れ去っていく。

「みんな願ってくれるのに。オレはやっぱり夢を見ちゃうんだ」

 震えるように告げる一成は、天馬の服を握りしめながら言葉を続ける。小さな声で、自分が見る夢の内容を口にする。
 夜の公園。動かない体。体中から血が出ている。痛くてたまらない。息を吸っても呼吸ができない。苦しい。何度も背中にナイフが突き立てられる。木の音が唸り声みたいだった。

「殺される夢なんか、見たくないよ」

 泣き出しそうに言った一成は、天馬の胸に強く顔を押しつけた。
 もしかしたら泣いているのかもしれない。指先が震えている気がして、天馬は一成を抱きしめる腕に力を込める。すると、一成が言った。小さな声で、それでもやけに耳に残る声で。

「もっとぎゅってして」

 震える声で、一成は言う。懇願するような響きで、何かにすがりつく強さで。
 まだ夢を見る。今日も夢を見たらどうしようと思ってしまう。眠ることが時々怖くなる。だけどきっと、テンテンが一緒にいてくれたら大丈夫だって思える。だから。

「テンテン、オレのことちゃんと捕まえてて」

 決して離すまいとする強さでどうか抱きしめてほしい、と一成は望む。悪い夢にさらわれそうになっても、天馬が引き留めてくれるように。決して夢に連れ去られることなく、天馬の腕の中にいられるように。
 そんな風に望まれたら、答えなんて一つしかなかった。
 天馬は「わかった」とうなずいて、一成の細い体を抱きしめる。折れてしまうんじゃないかと心配になるけれど、恐らく今はそれよりも、ただこの力強さが必要なのだ。

「ずっとぎゅってしてて」

 どこか幼い口調で告げられる言葉に、天馬の胸は甘く騒ぐ。一成は些細なことで騒ぎ立てることは多々あれど、心の内側を開示するようなワガママを言うことは少ない。それでも、今天馬に向かって甘えるように懇願するのだ。決して離さないでと。強く抱きしめてほしいと。
 その事実を噛み締める天馬は、一成が望む通りに力の限りに一成の体を抱きしめる。
 どこにもて行ってしまわないように。悪夢にだってこいつを連れて行かせはしないと、確かな決意を胸に宿して。眠りを守る騎士のような気持ちで、天馬はただ、一成を抱きしめている。