おやすみナイチンゲール 29話




 公園はひっそりとして、暗闇に沈んでいる。夏組の6人は、等間隔に照らされる外灯の明かりを頼りに、遊歩道を進んでいく。目的地は一つ、公園の北側にある駐車場だった。
 周りを覆う木々は一つの影のように、夏組を飲み込もうとしているようだ。誰もが硬い顔をしているのは、夜の公園が持つ不気味さからではない。
 自分たちが今から向かう場所が持つ意味を、しかと理解しているからだ。天鵞絨駅から二駅ほど離れた先にある公園の駐車場。彼らの目的地は、一成の遺体が見つかった場所だ。

 一成が行きたいと言ったのは、過去において自分が殺された公園だった。
 天馬は予想していたので覚悟はできていたけれど、突然その話を聞かされた夏組は明らかに動揺した。
 事実として一成は、駐車場のコンテナを目にして昏倒している。それをきっかけに記憶を取り戻して、夜に囚われてしまった。そんな場所に行きたいなどと言われて、狼狽えないはずがなかったのだ。
 ただ、一成の決意を聞いた夏組は最終的にうなずいた。これは一成にとって必要なことだと思ったし、夏組の自分たちが一緒に行けるのだ。それなら何があっても一成の力になれる。

「――やっぱ、夜の公園って不気味だよねん」
「大きな木が多いから、余計にそう思うのかも」

 不安を吹き飛ばすように、明るい声で一成が言えば椋が答える。それから、心細げに辺りを見渡して「カズくん、大丈夫?」と尋ねた。
 強風ではないにしろ、無風ではないのでさわさわと木が揺れているのだ。以前の一成ならば、足がすくんで動けなかったはずだ。一成は周囲を見渡してから答える。

「ちょっとドキッてするけど、みんなもいるしだいじょぶっぽい!」

 空元気ではなく、心からの笑顔を浮かべて一成は言う。ほっとしたように椋は息を吐き出すし、九門は「でも、だめそうになったら言ってね!」と続ける。

「別に公園は逃げないし。無理はしないでよね」

 落ち着いた口調で幸が言うのは、もしも体調に変化があれば即刻引き返す、という旨の言葉だ。
 夏組は当然、夜の公園を訪れることをカンパニーに報告している。当初は車で送り届けるという案もあったものの、一成がやんわりと「車以外がいいかも」と言ったので、電車を乗り継いでやって来た。
 はっきりとは言わないけれど、車でここまで連れて来られた経緯があるので、あまり乗り気ではないようだ、と夏組は察したのだ。ただ、万が一具合が悪くなった場合はカンパニーから迎えの車を寄越す手筈にはなっている。
 一成が倒れた公園に行く、ということで監督は心配そうな顔をしていたし、左京も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 一成が再び倒れることを危惧していることはわかっていたけれど、「自分たちも一緒だから」と言ってどうにかうなずいてくれたのだ。夏組と一緒にいれば、一成がだいぶ落ち着いていられる、ということはこれまでの日々で実証済みだったからだろう。

 夜の公園を夏組は進む。一成は努めていつも通りといった調子で、明るい雰囲気をまとっていた。天馬はその様子を見つめて、内心でほっと息を吐いている。
 この公園に来るのは、一成が生きている現在では初めてだ。一成が死んだ過去で、たった一回だけ訪れた場所だ。
 あの時、天馬は三角と二人でこの道を進んでいた。他の夏組は誰もおらず、行方のわからない一成を探してここまで走ってきた。

「――てんま」

 小さな声が響いて、天馬は声の主へ視線を向けた。三角は何かをこらえるような表情を浮かべて天馬をじっと見ている。その意味を理解しているのは、恐らく天馬だけだだろう。

「かず、いるね」

 ぽとりと落ちた言葉は、天馬の耳にしか届かないくらい小さい。三角はすい、と視線を一成へ向けた。
 半歩ほど先を九門と共に歩いてる。見慣れた金髪、細い背中が前を行く。あの時探していた人は、今間違いなく目の前にいてくれる。

「そうだな」

 三角にだけしか聞こえない声で、天馬も答えた。
 三角と二人だけで歩いた道には今夏組が全員そろっていて、何よりも一成がいる。どこにいるのかと探し回った。無事にいてくれという願いは叶わなかった。
 絶望で暗く塗りつぶされたような道が塗り替えられていくのを、天馬も三角も感じている。夏組がいて、一成がいて、一緒にこの道を歩いてくれる。道の果てにあった残酷な現実が、少しずつ遠ざかっていくような気がした。

 木々の生い茂る広場を抜けて、運動場やテニスコートを通り過ぎる。ささやかな外灯に照らされながら、道なりに進んでいくと目的地に到着した。
 車の一台も停まっていない駐車場だ。申し訳程度の外灯で照らされて、がらんとしている。周囲は木々で囲まれ、奥のほうには倉庫代わりのコンテナが置かれている。
 その光景に、天馬は思わず足を止めた。三角も隣で強張った表情を浮かべて、他の夏組もつられたように立ち止まる。
 知っている、と天馬は思う。この場所で、一成を探そうと足を踏み出して、密に止められた。絶対にコンテナの裏に行かせまいとする意志は、一成の遺体を目にさせないためのやさしさだった。あの時、天馬も三角も何も見てはいない。だけれど、純然たる事実を知っている。
 あのコンテナの裏で、一成は血だらけで死んでいたのだ。

「カズくん?」

 椋のあせったような声に、天馬ははっと我に返る。視線を向ければ、一成が意を決したように一歩を踏み出して、コンテナへ向かっていく。
 自分が殺された公園に行きたい、と聞いた時点でこうなることは予想していた。恐らく一成は、自分が死んだその場所を己の目で望んでいるのだろうと思ったのだ。だから、真っ直ぐとコンテナへ向かうことは、決して予想外でも何でもなかった。
 ただ、一成一人だけで向かわせるにはいかないと、夏組も慌ててあとを追った。
 しかし、そのままコンテナの裏に向かうかと思われた一成の足は、途中でぴたりと止まった。3メートルほど手前で、一成は立ち尽くしている。
 どうしてなのかなんて、聞かなくてもわかった。隣に並んだ天馬や夏組は気遣うように一成へ視線を向ける。
 一成は、いつもの顔をしていなかった。さっきまでの明るい雰囲気は掻き消えて、青白い顔をしている。ぎゅっと握った拳が、小さく震えていた。泣き出しそうな目をして、ただコンテナを見つめていた。
 一成はここで昏倒したのだ。自分自身が殺された記憶を取り戻して、あの夜の恐怖に囚われた。恐らく今の一成も、まざまざと殺された瞬間を思い出している。
 いくら大丈夫だと、ずいぶんと良くなったと言っても、この場所は間違いなく自分自身が死んだ場所だ。動けない体に何度もナイフを突き立てられ、殺された。
 全ての光景がよみがえって、その恐怖は一成の足を地面に縫いつけている。動くこともできず、硬直したまま立ち尽くすしかできないのだ。

「カズさん……」

 心配そうに名前を呼んだ九門が、「だめそうなら帰ろう」と言葉を継ぐ。
 一成の言う一区切りとは、恐らく殺されたこの場所を訪れても昏倒しないことなのだろう、と夏組は察している。まさしくここは、一成が殺された現場なのだ。その場所でも昏倒することなくいられたら、他のどんな場所も大丈夫だと思えるに違いない。
 だけれど、それは体や心に無理を強いてまで成し遂げることではないはずだ。
 動くこともままならないほどの恐怖に一成は襲われている。この場で再び倒れてもおかしくはなかった。急激な負担に耐えられないと判断したなら、すみやかに撤退するべきだった。

「――でも、オレ、行かなきゃ」

 九門の言葉に、一成は青白い顔でそっと笑って言った。細い呼吸で、どうにか吐息を紡いだようなかすれた声だった。

「ちゃんと、オレが見なくちゃ」

 ゆらゆらと揺れるまなざしで、それでも前を見つめた一成は言う。
 今にも倒れてしまいそうな、青白い顔をしているのに。泣き出しそうな、傷ついた瞳をしているのに。
 真っ直ぐと告げる一成は、どうしようもなく凛としていた。今の自分がなすべきことはこれなのだと、それを達成するためにはここを動くまいと、一成が思い定めていることを夏組は察した。
 その横顔を見つめる天馬の胸には、言いようもない感情が吹き荒れていた。
 凛とした決意が美しいと天馬は思う。
 傷ついて、ぼろぼろになって、たくさん泣いて、苦しんで、それでも一成は前へ進もうとする。その場でうずくまって何もかもをやりすごすのではなく、立ち上がって戦おうとする。
 恐怖も苦痛も知りながら、未来へ向かうのだと覚悟を決めて立っている。震える足で、一歩を踏み出そうとする。その決意は、傷ついても立ち上がる強さはこの上もなく美しい。
 だけれど同時に渦巻くのは、炎のような憤怒だった。
 だって一成は何一つ悪くないのだ。こんな風に、覚悟する必要なんかなかった。夜の公園で、コンテナの前で立ちすくまなければいけない理由なんか、一つだってない。
 一成は今、前へ進む意志と動かない体で戦っている。きちんと自分の目で全てを見るのだと決めているのに、恐怖は簡単に去らないから体が言うことを聞かないのだ。一歩を踏み出したいと願っているのに、その足は動かない。
 天馬は自分の拳を強く握った。一成、と胸中で名前を呼ぶ。
 一成、お前は何一つ悪くない。こんな目に遭う理由なんかないのに、勝手に傷つけられて痛みを抱えている。細い肩に無理矢理苦しみと悲しみを背負わされた。
 いつだって明るく笑っていられるはずだったのにできなくなった。一成はそれすら受け入れて再び立ち上がろうとする。オレたちはその手助けをする。だけど。

(オレは、この理不尽を許してやらない)

 苛烈な感情が言葉になった。胸の内で、ただ激しく燃え盛る心が形になって、天馬の胸に渦巻いている。
 一成は現実を受け入れて、戦うのだと覚悟した。いくらだってオレたちは力になると決めている。それでも、勝手に傷つけられて、こんなに苦しんで、怯えなくちゃいけない現実を、オレは絶対に許してやらない。
 一成が全てを飲み込んで昇華して、真実心の底から笑えるようになったとしても。理不尽に一成を傷つけた全てを、オレだけは許さないと決めた。
 天馬の決意を知ったら、一成は「忘れちゃっていいんだよ」なんて言って笑うだろう。激しい怒りを抱き続けることで、天馬がずっと苦しい思いをするのでは、と危惧するかもしれない。
 だけれどそれは違うと、天馬はわかっている。ほとんど本能的に、実感として理解している。
 許さないことと、怒りや恨みを持ち続けることは、意味が違うのだと。
 天馬は、一成が襲われた理不尽な現実を許さない。だけれど、未来永劫憎しみ続けるつもりはなかった。
 自分の感情は、一成や夏組、MANKAIカンパニーや大事な人たちだけに向けていく。恨みのために己の心を割いてやる気は毛頭ない。ただ、事実として許さないのだと決めた、それだけだ。
 いずれ、胸に渦巻く炎は静まっていくだろう。何事もなかったように、日常は進んでいくだろう。それでいい。その奥底で、ただの事実が横たわるだけだ。
 いずれ忘れていくとしても、なかったことのように振る舞うとしても。誰より大切な人が、理不尽に傷つけられた現実が決して消えないのなら、天馬はそれを許さないのだ。

「一成」

 天馬は強い声で名前を呼ぶと、隣に立つ一成の右手を握った。
 前へ進む意志と、動かない体で一成は戦っている。一歩を踏み出したいと願っているのに、殺された記憶がその足を地面に縫いつけている。その事実に、天馬は挑みかかるような意志で思う。
 一成が殺されて、オレたちの前からいなくなった。奇跡が起きてその未来は回避されて、今一成はオレたちと一緒に生きてくれる。
 だけれど、それでもまだ、過去の記憶が、殺された夜が、足元に忍び寄る。
 一成が殺された夜、訪れるはずだった過去、理不尽な現実。それは今もまだ、一成に、オレたちに伸し掛かってくるけど、だけど、そんなものに屈してたまるか。

「行くぞ」

 決然とした調子で言葉を放った天馬は、一成の手を強く握って足を踏み出した。力強い一歩とともに、一成の足が動く。地面からはがれて、コンテナへと一歩近づく。
 天馬は振り返ると、一成を真っ直ぐ見つめた。
 緑色の瞳がゆらゆらと揺れている。泣き出しそうな目は、自分が殺される恐怖と戦っているからだ。
 人のことをよく見ていて、他人の傷すら自分のもののように抱えようとする。やさしくて、誰より強い大事な人。
 その瞳が永遠に閉じられたことを知っている。二度と名前を呼んでくれない。触れる体は冷たくて、温もりは永久に去ってしまった。
 だけれど今、ここに、目の前にいてくれる。温かな体で、美しい緑色の瞳で、確かな呼吸をして生きていてくれる。
 望んだ未来が、叶った願いが、一成が生きていてくれるなら、持てる限りの全てでそれを守ると誓ったのだ。

「お前が立ち止まるなら、オレが代わりに一歩になる」

 天馬は告げる。真っ直ぐと自分を見つめる一成に向けて、自身の心を全て取り出す真摯さで、敬虔な祈りのような響きで、心からの言葉を告げる。

「木の音が怖いなら、そんなのわからないくらいお前の名前を呼んでやる。暗闇が怖いなら、オレが明かりになってやる」

 戦う覚悟をして、怯えながらも前へ進むと決めたのだ。それでも、恐怖は簡単に去らないだろう。間違いようもなくこの場所で殺されたのだ。鮮明によみがえる全てが一成の心を蝕んで、底のない恐怖に連れ去ろうとする。
 だからそれなら、天馬は言うのだ。
 最期の瞬間に聞いた音なら、自分の声に変えてやる。何度だって一成の名前を呼ぶ声にする。暗闇が怖いなら、明かりを掲げて立っている。一成がそうしてくれたみたいに、辺りを照らす光を灯す。
 戦うと決めた大事な人の力になるのだ。立ちすくんでも、恐怖に震えても、それでも前へ進むことを諦めない。他人の心に寄り添って美しいものを拾い上げた。
 何度だって天馬の力になってくれた、やさしくて誰より強い人に向けて、天馬は誓いの言葉を紡ぐ。

「お前がオレを新しい世界へ連れ出してくれたみたいに。お前の手なら、オレが引いてやる」

 天馬は一成の強さを信じている。それでも、立ちすくんで足が止まってしまうなら、それなら今度はオレの番だと天馬は思う。
 一成が天馬を友達だと言ってくれたあの日から、何度だって一成は天馬を新しい世界へと手を引いてくれた。だから今度は、オレがお前の手を引いてやる。
 まばゆいほどの気持ちで思う天馬は、掴んだ手に力を込めた。自分のほうへ引き寄せれば、一成がもう一歩近づく。揺れる目をして、それでも天馬の隣に立つ。逃げ出すことなく、ちゃんと自分の足で立っている。
 その事実に、天馬は唇に笑みを刻んだ。ああ、そうだ、お前の強さをオレは――オレたちは信じてる。

「カズくん」

 天馬の行動に呼応するように動いたのは椋だった。一成の空いた左手をぎゅっと握ると、続いたのは三角だった。椋の手に自分の手を重ねて、一成を真っ直ぐ見つめる。やさしくて穏やかな目をしていた。
 幸はきゅっと唇を結んで、一成の背中にそっと手を添えた。後ろから支えるように、奮い立たせるように。
 九門は抱きつくような強さで右腕をぎゅっと握っている。決して離すまいと、握った指先から力の全てを伝えるような強さで。

「かず、怖いなら、みんな一緒だよ」

 にっこり笑った三角が言えば、椋や幸がうなずく。九門も「そうだよ、カズさん」と言って笑った。
 だって夏組はいつだってそうしてきた。誰かが折れそうなら、他の5人が背中を支えて手を握って駆け出すのだ。だから今だって、一成が立ちすくんでしまうならその手を握って全員で行くのだ。

「――うん」

 小さな声で、一成は答えた。天馬の言葉に、三角の言葉に、声ではなく伝わる夏組全員の気持ちに、一成は心から答える。
 未だ恐怖は去らなくても、自分の目で見届けると決めたのだ。夏組はいつだって、そのための力になってくれる。
 かぼそくて小さな声だ。それでも、夏組はそれがこの上もない一成の答えだとわかっている。夏組がいてくれること、その意味を受け取ってくれた。
 それじゃあ、と言ったのは九門だ。コンテナをちらりと見つめてから、大きく深呼吸をして、「せーの!」と号令を掛ける。夜にも負けずに響く声は、青空の気配を漂わせていた。

 導かれるようにして、足は動く。一歩、二歩と進んで、夏組全員もつれるようにしてコンテナの裏に回り込んだ。

 弱々しい外灯が、かろうじて周囲を照らしていた。コンテナの裏には土の地面が広がり、他には何もない。
 雑草の類も生えておらず、黒々とした地面がただ横たわっている。木々との境目に向かって、次第に短い草が生えていくけれどコンテナの裏には何もなかった。血だまりも、倒れる体も、何もなかった。
 一成は立ち尽くしたまま、目の前に広がる光景を見つめていた。誰も何も言わない。風に揺れる木の音が、どこかを走る車の音が、ささやかに聞こえていた。
 夏組は、握りしめた手に、触れる体に力を込めて、ただ一成の様子をうかがっている。すると、小さな声が響いた。ささやかな音に紛れてしまいそうな、つぶやきみたいな声で一成が言った。

「――何もないね」

 言った一成は、泣くような笑うような表情を浮かべていた。弱々しい外灯に照らされて、黒々と広がる地面を見つめて、息を吐き出す。
 何もない。当然だ。一成は今ここに生きていて、殺された過去は存在しない。広がった血だまりも、体中を刺されて事切れた一成も、ここに存在しているはずがなかった。
 そんなことは、一成も夏組もわかっていた。頭ではきちんと、過去に起きたはずの出来事は存在しない現実なのだと理解している。
 それでも、どうしたってあったはずの過去だった。一成が殺された過去は、どうしたって拭い去れない現実だった。だからこそ、ここまでやって来ることには大きな決意が必要だった。
 一成は、ただその場でじっと立ち尽くしていた。
 その瞳に何が映っているのかは、誰にもわからない。恐慌を来たしているわけではないけれど、今目の前の現実を見つめているのとも違っている。
 どこか呆然とした様子で、一成はたたずんでいる。夏組はそんな一成を、黙って見守っている。
 一体どれくらいの時間が経ったのか。
 風に揺れる木々がなければ、時間が止まったのだと信じてしまいそうなほど、誰一人動かず声すら発しなかった。
 しかし、唐突に声が落ちた。細い吐息で紡がれたような、だけれどどこかに凛とした意志を秘めたような、一成の声だった。ゆっくりと、一言ずつ噛み締めるように、一成は言う。

「オレはここで死んだ」

 真っ直ぐとコンテナの裏を見つめて、一成は言葉を重ねる。
 この場所まで連れて来られた。もみ合ってる内にお腹を刺された。逃げようとしたら、背中を刺された。倒れたまま、動けなかった。何度も刺されて血がたくさん出た。

「ここで殺されたんだ」

 ナイフが突き立てられる衝撃を、叫び出しそうな痛みを、鉛のように動かない体を、自分の命が奪われていく恐怖を、一成は覚えている。
 あれは過去の出来事で、間違いなく自分が体験した事実だった。
 死にたくなかった。もっとみんなと一緒にいたかった。夏組のみんなと、もっとたくさん舞台に立ちたかった。声が聞きたかった。名前を呼んでほしかった。後悔と恐怖と痛みと絶望を、一成は知っている。
 一成はゆっくりと息を吐いた。それからまぶたを閉じると、静かに深呼吸を繰り返す。
 よみがえる記憶はあざやかで、血の匂いすら漂ってくる気がした。負った傷から血が流れ出て、今の自分は血だまりの中で動けないだけなのではないかと思った。
 夏組が一緒にいてくれるなんて、死ぬ間際に見る幸せな夢なのかもしれないと錯覚してしまいそうなほど、殺される瞬間は焼きついて離れない。

「だけど――オレはちゃんと生きてる」

 目を開けた一成は、きっぱりと言った。
 何もない地面が広がるコンテナの裏を見つめて。天馬が握ってくれる右手を、椋と三角の手が重なる左手を、幸が支えてくれる背中を、九門が強く掴んでくれる右腕を、それぞれから伝わる温もりを感じながら。

「今、ここでオレは生きてる。夏組のみんなと一緒に、確かにここで、息をしてる。心臓が動いてる。生きてる」

 あえぐような声で、一成は言った。
 顔を歪めて、引きずる記憶に苛まれながら、叫び出したくなる恐怖に震えながら。その向こうにある確かな光と、自分をつなぎとめる温もりを握りしめながら。
 一成は言う。
 悲鳴のように嗚咽のように、誓いのように祈りのように。
 一成の知る全ての美しいものへ懸ける、愛おしさで形作られた声で。

「今、今のオレは生きてるんだ」