スウィートホーム・シンフォニー 05話
カメラが回る。スタジオに作られたのは、年季の入った1LDKのリビングだ。扉を入るとすぐにキッチンがあり、部屋の中央にはダイニングテーブル。奥の窓の前にはラグが置かれ、小さなラックには古びた文庫本や文房具など、こまごまとしたものが収納されている。
キッチンでは、一成演じる蒼生が戸棚から鍋を取り出している。シンプルな水色のシャツを腕まくりし、シンクに鍋を置いたところで動きを止める。
視線を動かすと、ほどなくして天馬演じる遼一郎が扉を開けて入って来た。ネイビーのニットを着て、手には無地のビニール袋を持っている。きらきらとした輝きを宿した目で、「ただいま」と告げる。
蒼生は体ごと遼一郎へ向き直ると、「おかえり」と答えてからそっと言葉を紡ぐ。
「帰る途中にごめん。いろいろ追加で買ってきてもらえて助かった。ありがとう」
落ち着いた表情に、うっすらと浮かぶのははにかんだほほえみ。それを見つめる遼一郎は、明るい口調で答える。
「頼まれてたものはちゃんと買ってきたぞ。今度は間違えてないはずだ。確認してほしい」
差し出されたビニール袋を受け取った蒼生は、小さな笑みを浮かべたまま中身を取り出していく。牛乳パック。コンソメスープのもと。キャベツ半玉。手際よく取り出して冷蔵庫へしまっていく蒼生は、途中で手を止めた。
「ケーキ?」
いぶかしみながら取り出したのは、チーズケーキタルトの箱だった。これは頼んでいないけど、という表情で蒼生は遼一郎へ視線を向ける。
「蒼生は甘いものが好きだろう。この前、買い物に行った時にこれを見てたのを知ってるんだ」
嬉しそうな笑顔を浮かべた遼一郎は、誇らしげとも言える雰囲気を漂わせている。真正面から蒼生を見つめる目はきらきらとしていて、褒められるのを待っている子供のようでもある。蒼生は数秒その様子を眺めてから「ありがとう」と答えた。
「でも、あんまり無駄遣いはできないって言ったよね。必要な物だけ買ってくるんでいいんだよ」
遼一郎の気持ちは嬉しい。だけど、わざわざケーキを買ってくる必要はないんだ、と蒼生は続ける。すると、遼一郎の目が鋭くなった。きっぱりと告げる。
「無駄遣いじゃない。蒼生が好きなものを買うのが、無駄遣いなんてことあるわけないだろう」
強い声でそう言った遼一郎は、一歩蒼生の方へ足を踏み出した。二人の距離が近くなる。
「蒼生を喜ばせたいんだ。笑ってほしい。嬉しいと思ってほしい。蒼生の笑顔がオレの喜びだ。笑ってくれるなら、世界中のケーキを全部贈りたいくらいだ」
真剣な顔で言った遼一郎は、蒼生へそっと手を伸ばす。手のひらで包み込むように頬に触れる。大切な宝物を抱きしめるような手つき。蒼生はそれを真正面から受け取って、唇に笑みを浮かべた。目元をやわらかく細めて、まなじりを赤く染めて。
「――世界中のケーキは多すぎるかな。遼一郎とオレの分だけあれば、それでいいよ」
ささやくような声は、落ち着いて聞こえるけれど。奥底からはにじみ出すような喜びがあふれている。おおげさだと言うのでもなく、ただ真っ直ぐと遼一郎の言葉を受け止める。向けられた心が嬉しいのだと、はにかむ笑顔が告げている。
遼一郎は、蒼生の瞳を見つめてほほえんだ。力強いものではなかった。頬に触れる手のひらのようにやわらかな、何もかもを包み込む微笑。
「そうだな。ここにはオレと蒼生の二人きりだから」
答える声がやさしくて、同じくらいに泣き出しそうだった。遼一郎の言葉は、純粋な事実としてこの家にいるのが二人だけ、という意味ではなかった。
二人きり。取り巻く全てを捨ててここまでやって来た。家族も友人も、誰にも行き先は知らせていない。この場所には二人のことを知る人間もおらず、互いの手だけを取り合ってひっそりと生きている。
世界から切り離されたような場所で、確かなものは互いの存在だけだった。
「――うん。そうだね」
遼一郎の言葉にうなずく蒼生も、理解している。
立場だとか境遇だとか、全部を捨ててきたのだ。残っているのは目の前の人だけ。世界と彼を天秤にかけて、お互いを選んだ。
蒼生は、頬を包み込む遼一郎の手に触れた。この手を取ると決めたのだと、確認するように。遼一郎は目を細めて、そんな蒼生を見つめている。愛おしさにほんの少しの悲しみと、何もかもから守っていこうとする決意をたたえて。
「――カット!」
お互いの視線が混じり合い、数秒後。
声が響くのと同時に、あちこちから同じように声が返る。途端に周囲がにぎやかになり、撮影スタッフが慌ただしく走り回る。大道具の修正や細々としたメイクや衣装の直し、照明位置の再確認など、やるべきことは山積みだ。
「テンテン、王子様度めっちゃ上げるじゃん」
「お前もだいぶ笑い方やわらかくなったな」
「口にしないだけで蒼生ってば遼一郎にメロメロだからね~」
先ほどの演技について口にしながら、天馬と一成はセットのアパートから踏み出す。染井監督のもとへ向かい、今しがた撮影した分をチェックする必要があるのだ。
「うん。ここはやっぱり、これくらいしっかり言葉と態度に出した方がいいですね。手に手を取って逃げ出した二人ですから」
唇に笑みを浮かべた染井監督は、共にモニターを見つめていた天馬と一成へそう声を掛ける。駆け落ちをした二人の話ではあるものの、明確なラブシーンがあるわけではない。しかし、根底にあるのは互いへの紛れもない愛情だ。
撮影前の打ち合わせでは、態度や言葉からその点を強調してほしいという話はしていた。だからこその、天馬と一成の演技だった。
「ありがとうございます。一成と話し合った甲斐がありました」
「だね~。もうちょっとラブ度増そうって言ってたもんね」
染井監督の言葉に、天馬は静かに、一成は明るく答える。スタジオの片隅での話し合いの様子なら染井監督も見ていたようで、おだやかな笑顔でうなずいて言葉を続ける。
「お互いを大事に思っていることがよく伝わります。何もかもを捨てて、目の前の人だけを選んだ二人です」
蒼生に触れる遼一郎の指先や、控えめながら確かに浮かぶ蒼生のほほえみを指して、嬉しそうににこにこと告げる。言葉以上に、行動や表情からお互いへの限りない愛情が伝わってくる、と満足そうだ。
「次のシーンはもう少し抑えめになりますが――ああ、失礼」
途中までで言葉を切ったのは、照明の確認をしていたカメラスタッフから声が掛かったからだ。「今行きますよ」と返事をして、セットの中へ駆けていく。その背中を二人が何の気なしに視線で追いかけていると、不意に横手から声が掛けられる。
「すみません、三好さん。事務所のシーン、衣装がちょっと変更になりました」
衣装担当スタッフがタブレット画面を表示するので、一成はぱっと笑顔を浮かべて内容の説明を受ける。隣の天馬もそちらへ視線を向けると、緊張したような面持ちで「皇さんの方も、若干の変更があるかもしれないです」と続ける。
天馬は「ああ、ありがとう」と答えてから、ちらりと視線を動かす。セット内では、染井監督が未だにカメラスタッフと打ち合わせをしているから、撮影はまだ始まらないだろう。それを確認すると、笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「一成がジャケットからカーディガンに変更ってことは、気温の変更ってところだな……。オレもそれに合わせるってことでいいのか」
「ええと、皇さんは恐らく色の変更くらいになるはずで――すみません、もう一度確認します」
答えたスタッフは、叱責を咎められたように顔を強張らせる。そのまま、今にも走り出していきそうだったので天馬は鷹揚に待ったをかけた。
「いや、ちゃんと用意されてるならいいんだ。合わせる時にわかるし、逐一報告しなくても大丈夫だ。オレ、そこまで細かくないからな」
軽口めいた響きで告げれば、衣装担当スタッフが体の力を抜く。冗談の響きを受け取ったのか、ほっとしたように息を吐き出した。天馬に対して一種の気後れを感じていたのだろう。
それを察していたからこそ、天馬は軽い雰囲気で声を掛けたし、一成も気づいてはいた。
「そそ。テンテン、意外と大雑把なとこあるかんね!」
だから、ことさら明るい笑顔で自身も続く。天馬は日本国内にとどまらず、世界にも名前を知られる有名人である。本人のオーラもあって、近寄りがたいと思われる場面が多々あることは、一成も知っていたのだ。
「テンテンって結構単純でわかりやすいから。だめな時はだめって言うし、そうじゃなかったら全然話しかけても大丈夫!」
「もう少し何か言いようあるだろ……」
「案外子供っぽいからわりと顔に出る?」
「言い直す必要あったかそれ」
むしろ余計に悪化してないか、と不服そうに唇を尖らせる。その様子を見ていた衣装担当スタッフは、ぽかんとした表情を浮かべていたのだけれど。
「皇さん、三好さんと一緒だと大体こんな感じだよ。自然体っていうか学生っぽくて面白いでしょ」
やり取りを見ていたらしきスタッフから声が掛かる。年配の音響担当スタッフで、天馬も一成も何度か同じ現場に入ったことのある人物だった。面白そうな笑みで続ける。
「普段の皇さんは怖そうに見えるかもしれないけど、結構気さくだしね。最初はこわごわって感じになるのもわかるけど、怖くない怖くない」
冗談めいた口調で言えば、周囲の別のスタッフからも同意の声が上がった。天馬と何度か同じ現場を経験した人たちのもので、「最初は確かに怖い」「近づくのも気合が必要」「話しかけるまで一仕事」やら、やけに実感がこもっているので。天馬は思わずといった調子で言葉を落とす。
「一体オレのことなんだと思ってるんですか……」
「スーパースターだと思ってるからこそだよね。まあでも、実際オーラが強いから、初対面だと『本物だ!』って気持ちになるというか」
音響スタッフが笑いながら言えば、天馬も苦笑めいたものを浮かべる。ただ、それは本当に困っているわけではなく、冗談を冗談として受け取っていることを如実に伝えていた。スタッフもそれを理解しているから、続きの言葉を口にする。
「だから、三好さんと一緒にいる時が余計に面白くて。わりと気さくなのは知ってたけど、ボケとツッコミみたいになるでしょ。最初はびっくりしたよね。面白かったけど」
「やった、褒められちった! テンテン、久しぶりにテンイチ結成する?」
「また懐かしいネタを……。シトロンの耳に入ったら本格的にイベントになりそうだな」
「やりそ~!」
軽い笑い声を立てれば、音響スタッフが面白そうに「あれ、本当にコンビ組んでたの?」と問いかけるので。嬉々として、一成は昔懐かしいMANKAIカンパニーでの出来事を話し始める。面白おかしい語り口に、天馬が逐一ツッコミを入れれば周囲からは笑い声が弾けた。
当初は控えめに笑っていた衣装担当スタッフも、最終的には満面の笑みを浮かべていて、天馬と一成はこっそり目配せし合った。緊張がほぐれたことも、心からの笑顔を引き出せたことも、二人にとっては嬉しいことだったのだ。
ただ、衣装担当スタッフは他にも用事があるらしい。ずっと雑談をしているわけにもいかないので、お辞儀をして去って行った。
一成は「また話しようね~」と笑っているし、天馬も「ネタならいくらでもあるからな」と続ける。すると、「少しいいですか」と声がした。スタッフの確認だろうか、と思えばハンディカメラを構えた人物が一人。何者であるかは全員わかっていた。
「まだもう少しかかりそうなので……。引き続き雑談してもらえると助かります。カンパニーの話は特に人気ありますし」
温和な表情で告げたのは、メイキングを担当するカメラマンだった。
今回の映画はパッケージ化されることがすでに決定している。その際、メイキング映像が特典として収録されることになり、専属のメイキングカメラマンが現場を撮影することは事前に周知済みである。今もそのためのカメラを回していることは、誰もが理解していた。
「――ああ。監督、カメラチームとの議論に入ったところだね」
ちらり、とセットへ視線を向けた音響スタッフがつぶやく。1LDKのスタジオの中央では、染井監督とカメラマン、照明スタッフが議論を交わしている。
荒々しい雰囲気はないものの、熱を交えた議論であることは空気を通して伝わってくる。一度スイッチが入るとすぐに終わらないことは、スタッフもよくわかっていた。だからこそ、メイキングカメラマンも声を掛けてきたのだろう。
「メイキングも注目集まりそうだよね。カンパニーからの付き合いの二人だから、プライベートも仲が良いでしょ。メイキングはそういう場面も見られるわけだし」
音響スタッフの言葉に、メイキングカメラマンも深くうなずく。様々な場面を撮影しているとはいっても、メインは主役の二人になる。MANKAIカンパニー夏組として親交が深い二人のプライベートな場面が見られる、となればメイキング映像だけでも注目度が高い。
「メイキング映像ご覧のみなさま、カズナリミヨシでーす! ただいま、スタジオ撮影中! オレたちの家ばっちり作ってあってテンアゲって感じ!」
求められるものをすぐに察した一成は、カメラに向かって手を振った。それから、目前のスタジオセットを指して、嬉々とした雰囲気で告げる。
「完成品すでに見てるかな? それとも、特典映像から見るタイプ? このスタジオセットすごくない? めっちゃアパートだもん」
「――ああ、そうだな。一つ一つが丁寧に作られてるから、本当のアパートにいるような錯覚を覚えるくらいだ」
一成に倣って、天馬もカメラに向かって言葉を紡ぐ。今ここにあるのはメイキング用のカメラだけれど、思い浮かべるのはその先にいる観客だ。撮影の裏側が少しでも伝わって、楽しい時間を過ごしてほしいと思いながら先を続ける。
「わかる~! キッチンとかね、マジで狭いの。テンテンと二人で立つとお互い腕とか当たっちゃって」
「その辺は演技もあるけど、わりとリアルな感じだ。……これ、NG集も入るって言ってたか? 一成がオレの足踏んだシーン入れておいてほしい」
「そういうこと言ったら、絶対そのシーン入るじゃん。次のカットで挿入されるやつだよ!?」
軽口をぽんぽんと交わし合い、話の流れはカンパニーでの生活に移っていく。談話室のキッチンは広かっただとか、テンテン最初は料理あんましてなかったよね、だとか。
天馬がレンジで卵を爆発させかけた話を一通り終えたところで、メイキングカメラマンは目礼をしてその場を離れた。
「もう少しで始まるみたいだよ」
声を掛けたのは、さっきまで話をしていた音響スタッフだった。彼自身は、一通り音響班との打ち合わせをしていたけれど、それもおおむね終わったらしい。そろそろ染井監督たちの議論も終止符が打たれるだろう、という予想だった。
「あ、そういえば。さっき小道具班が言ってたけど、あのキャベツ要るなら持って帰るかって」
思い出した、といった顔で言ったのは先ほどのシーンで天馬が買ってきたキャベツだった。牛乳パックやコンソメスープ、チーズケーキの箱は中身がないけれど、キャベツは正真正銘の本物である。買い物の品として使用しただけなので、食材としても充分利用できる。
「スタッフ持ち帰りでもいいけど、こういうのはたぶん、皇さんか三好さんが持って帰った方がいいんじゃないかって、小道具班から伝言」
さらりと告げられるけれど、意図は伝わった。
天馬も一成もファンの多い人間である。スタッフの中に横流しをするような人間はいないだろうけれど、一度手に渡った小道具類というものは何かと付加価値がつきやすいのだ。消耗品の類なら事務所や自分たちで処分した方がいい、と判断することが多い。
「そだねん。せっかくだし、もらってく? テンテンの相棒だったキャベツだし」
「ほぼビニール袋に入れっぱなしの相棒だけどな。まあ、二人ならすぐなくなるだろ」
「スープにどっさり入れたげよっか?」
「……別にちゃんと食える」
イタズラっぽく告げられた言葉に、重々しく天馬が答えた。二人のやり取りを聞いていた音響スタッフは目を瞬かせた。しかし、それも数秒で、すぐ納得したようにつぶやく。
「そういえば、一緒に住んでるんだっけ」
たった今目の前で交わされた会話は、同じ家に起居して生活を共に営む二人の会話だった。一瞬疑問に思ったのだろうけれど、すぐに答えは出る。
染井監督の徹底ぶりも、主演二人への「お願い」も、スタッフも当然知っているのだ。だから、役柄同様同じ家に住んでいる、ということを思い出したのだろう。
音響スタッフは染井監督の人となりを指して、「お願い」の内容は当然だと思った、と言ってから続ける。
「二人とも大変……ってわけでもないのかな。もともと、カンパニーでも一緒に住んでたし」
「そうですね~。寮では同室ってわけじゃなかったんですけど、同じ家に住んでるって感じだったから、それの延長って感じかも」
明るい笑顔で一成が答えて、天馬も同意を返した。寮で暮らしていた感覚がよみがえるようで懐かしい、と思っていたのは本当だった。音響スタッフは「なるほど」とうなずく。
「染井監督のことだから、撮影期間中は恋人同士として暮らしてくれ、とか言いかねないなんじゃないかと思ったけど。その辺りは、実際仲がいい二人だからオッケーってことかな」
独り言のような言葉は、二人への返事を求めるものではない。ただ、耳には入っていたから、天馬と一成は胸中でつぶやく。
目配せをし合ったり、意味ありげな雰囲気を漂わせたりすることは一切ない。それでも、同じことを考えていることはわかった。――恋人同士として暮らしてくれ、なんて言われるまでもないのだ、本当は。
実際の二人は、将来を誓い合った仲である。遼一郎と蒼生が天馬と一成をベースにしているのだから当然なのだけれど、それを他言するつもりはない。だから、あくまでも二人は仲の良い友人という顔をしているのだ。
「他人行儀な関係ってわけじゃありませんからね。初対面で互いのこともよくわかってない状態だから、恋人同士を演じるにあたって仲を深めてほしい、というわけじゃないですし」
「むしろ、マジで結構付き合い長いのに一緒に住んでほしいって言われるの、さすが染井監督って感じだったよねん」
事実として、天馬と一成はカンパニーの一員として夏組として、かけがえのないつながりを結んでいる。共に過ごした親密な年月は、誰の目にも明らかなのだ。そういった関係性を持っているのだから、わざわざ一緒に住む必要はないと言うこともできたのだけれど。
「やっぱり、二人で同じ家に住んでる体験をしてほしかったんじゃないかなぁ。駆け落ちして一緒に住んでるって話だからね」
もちろん染井監督は役者としての演技力も信じてはいるけれど、実際の体験がさらに演技に磨きをかける、というのが信条なのだ。事実として同じ家で起居を共にする、という体験を重ねることは、二人の間に育まれたものにいっそう説得力を与えると思っていることは、天馬も一成も感じていた。
「二十数年ぶりの染井監督の作品だからね。監督自身も気合が入ってるし、それはもちろんこっちのスタッフも同様だよ。染井組に加わるのが初めての人間も多いけど、あの辺のカメラ班は昔からの付き合いも何人もいるからね」
おおかたの話し合いが終わったカメラ班を指して、音響スタッフが告げる。
チーフカメラマンは染井監督とも長い付き合いのようで、望んだ画を撮ることに長けているという。光と影も熟知しているからこそ、あれやこれやと染井監督と議論をしていたのだろう。妥協することなく、最高の映像をカメラへ収めるために。
「――さて、そろそろ撮影開始かな」
染井監督がセットから戻ってくる。スタッフも散り散りにはけていき、「撮影準備お願いします!」という声が響き渡る。天馬も一成も雰囲気を切り替えて、セット内へ足を踏み出した。二人を追いかけるスタッフの視線は、意気込みにあふれている。