スウィートホーム・シンフォニー 11話
配信用の動画編集に一区切りをつけて、一成は椅子から立ち上がった。ずっとパソコン作業をしていたので、体が強張っていたということもある。だけれど、もう一つ別の理由があった。
もっぱら配信作業用となっている洋室を出て、一成はリビングへ向かった。
扉を開けると、光にあふれて緑をしたたらせる庭が目に入る。大きな窓はまるで額縁のようで、ヤマモモの木を中心にした一枚の絵画が飾られているようにも見える。
きれいだな、と一成は思う。
あざやかな緑は光をすくいとったようにまばゆく、立ち並ぶ幹はつやつやと美しく輝いている。芝生を撫でるような風も、光を含んで吹き抜けていく。手入れの行き届いた庭だということも、おおいに関係しているだろう。だけれどきっと、それだけではないのだと一成は理解している。
最初にここへ案内された時から。天馬と一緒に光の下で、安らいだ時間を何度も過ごしてから。一成の胸には庭の様子が強く焼きついているし、この家で営む日々の記憶のそこかしこに、あざやかな緑が寄り添っている。
きっといつかこの日々を思い出す時、この庭をまぶたの裏に描くのだ、と一成は思っていた。あざやかな緑を、光あふれる景色を、どっしりとした幹を、あたたかな土の匂いを、天馬と共に見た風景を。きっと何度だって思い出す。
庭の中心に立つヤマモモへ視線を向けた一成は、そっと目を細める。
太い幹に旺盛な葉。少ないながらもつけた実は、次第に赤く色づき始めている。その様子は、静かな森の奥でただひっそりと四季を過ごしてきた樹木のようでもあり、確かに蓄えた年月を感じさせる姿だ。
(きっとずっと、このまんまでいてくれるんだろうな)
一成は、胸中でぽつりと言葉を落とした。
期間限定の暮らしでしかないことはわかっている。あと一ヵ月もすれば、この家を出ていく。だけれど、ここでの生活を終えても、ヤマモモの木は変わらずたたずんでいるのだ、と一成は思った。
この家で過ごした日々を、木の下で共に語り合った何もかもを携えて、ヤマモモの木は長い年月を生きてくれるだろう。それは何だか、とても心強かった。
(――って、ぼーっとしてる場合じゃないし!)
我に返った顔で、一成はぱたぱたとキッチンへ向かった。壁で区切られてはいるものの、基本的に扉を開けて一部屋のように使っているキッチンだ。
一成は冷蔵庫や戸棚から、炭酸水やライムジュース、シロップなどを取り出す。グラスを用意して、必要なものを教えられた分量通りに入れた。
マドラーを使ってよくかき混ぜながら、ちゃんと混ざったらあとは氷と炭酸水だよねん、と思っているとリビングに人の気配がした。
誰か、なんて考えるまでもなかった。一成はキッチンから顔を出して、明るく声を掛ける。
「テンテン、おはよん! とっくにお昼過ぎたけど!」
扉の近くに立っていた天馬はぱちり、と瞬きをしたあと唇に笑みを浮かべる。普段の力強いものではなく、ふわふわとやわらかい。一成を見つけたという喜びと、起きたばかりの無防備さがあわさって、なんだかやけにあどけなかった。
その様子に一成は胸中でつぶやいた。寝起きのテンテン、めちゃかわ。
「キッチンにいたんだな。どこにいるのかと思った」
言いながら天馬はゆっくりとした足取りでリビングを横切り、キッチンの一成のもとへやってくる。作業台の上に並んだジュースやシロップ、グラスにハテナを浮かべつつ自然な動作で一成へ手を伸ばす。後ろからぎゅう、と抱きしめると一成はくすぐったそうに笑った。
「どしたの、テンテン。甘えたじゃん」
「さすがに疲れた。深夜の撮影には慣れてるが、明け方までかかるとな」
「だよね~」
夜までの映画撮影を終えたあと、天馬はコマーシャル撮影へ向かった。どうしても深夜のシーンがほしいということで、夜遅くの開始だったのだ。
結局、現場でのアクシデントが重なって撮影が終わった頃には夜が明けていた。せめてもの幸運は、今日の撮影の入りが夕方だったことだろう。
「起こして悪かったな」
「全然。テンテン帰ってきたんだって思えるから嬉しい」
一つのベッドで寝ているため、眠りの深さによっては目覚めてしまうことがある。昨晩――というよりすでに今朝という時間帯に帰宅してベッドに潜り込むと、一成がうっすら目を開けたのだ。
ぼやけた声で「おかえり」と言うので、天馬は「ただいま」と告げてからそっと頬を撫でた。まだ寝てろ、と言えば一成はすぐにまどろみへ戻っていったけれど。天馬の帰宅自体は、きちんと覚えていたらしい。
「お前が起きたのも全然気づかなかったな」
「そんだけ疲れてるってことっしょ」
「そうだな。お前はよくオレを補充するって言ってるが、今すごく気持ちがわかる」
重々しく言った天馬は、一成を抱きしめる腕に力を込める。首筋に鼻を埋めるようにして、全身で一成の存在を感じようとしているらしい。
一成は軽やかに笑って、「めっちゃ補充してね」と明るく言った。天馬は答えるように一成を抱きしめて、大きく深呼吸をした。
「――ん、お前何かつけてるか」
不思議そうな声で言うと、わずかに体を離す。グラスをかき混ぜていた一成は、弾んだ声で「よくわかんね」と答えた。
「昨日、Journey行ったらアズーがいたんだよねん。それで、おススメの香水だよってちょっとだけ分けてもらったやつ!」
シトラスフルーツとビターグリーンがバランス良く調香されたフレグランスで、「カズにぴったりだよ」と東は笑っていた。それを今つけているのは、今度の配信では五感をテーマにしていたからだ。グッドタイミングだ、というわけで早速使用することにしたという経緯だった。
配信で香りは届けられないけれど、せっかくなのできちんと使いたくて、教えらえた通りにフレグランスをつけているのだ。
「五感からイメージして絵を描くって動画撮ってたんだよねん。絵の方はちょっとセーブしてるから、配信ではいっぱい描きたいじゃん?」
マドラーをかき混ぜる手を止めて言えば、一成を抱きしめたままの天馬は「なるほどな」と言って、再び顔を寄せた。首筋から漂う香りをもう一度確かめたらしい。
「この香水からどんな絵を描いたのか、あとで配信見るの楽しみにしておく」
「おけまる! てか、テンテンオレの配信意外と見てるよね」
からかうような口調で言えば「一成が出てるからな」と答えて、抱きしめる腕に力を込める。ぴたりと体が密着して、一成はくすぐったさとふわふわした高揚感に包まれていた。
「まあ、それを置いておいても面白いと思ってるが――というか、一成はさっきから何してるんだ?」
一成を抱きしめていた天馬は、「そういえば」といった表情で問いかける。肩口からのぞきこむようにして、作業台の上に並んだものを見つめつつ。一成はその言葉に、ぱっと笑った。
「ちょい待っててねん!」
そう言うと天馬を背負いつつ、冷凍庫から氷と炭酸水を取り出す。グラスへ氷を入れてから、なみなみとソーダをそそぐ。マドラーで軽くかき混ぜると、高々グラスを掲げて言った。
「じゃーん! ノンアルコールカクテル、サマーデライト完成!」
グラスは夕暮れを思わせるような、赤ともオレンジとも言えるような色で満たされている。一成は嬉々とした調子で「この赤はグレナデンシロップだねん。ザクロのシロップだよ」と天馬に告げる。
「ガイガイに、ノンアルでさっぱりした感じの、おすすめの飲み物何かない?って聞いたら、これ教えてくれたんだよねん。『サマーデライト』――夏の喜びとか、オレらにぴったりじゃん?って」
弾んだ声で一成は言う。夏の喜び。きらきらと光散る季節に、喜びの全てを抱きしめて何度だって駆け抜けていった。そんな夏組には、このカクテルがよく似合うとガイは静かに言っていたのだ、と一成は告げる。
「お疲れのテンテンに飲んでほしいなって思って、張り切っちゃった!」
明るい響きで言うけれど、浮かぶ笑みはやわらかい。後ろから一成を抱きしめる天馬に、その表情は見えない。それでも、どんな気持ちで告げられた言葉なのか、天馬にわからないはずがなかった。
疲れて帰宅した天馬のために何かをしたいと、一成は思ったのだ。だから、ガイに教わった特別な飲み物を用意した。恐らく、天馬が起きる頃合いを見計らっていそいそと準備をしていたのだろう、ということくらいすぐに察した。
「――ありがとな」
心からの言葉をこぼせば、一成は「全然!」と明るく笑った。それからいったんグラスを置くと、天馬の腕をゆるやかに撫でた。
「ね、テンテン。オレもテンテンのことハグしたい」
後ろから抱きしめられるのももちろん嬉しい。だけど、真正面から天馬のことを抱きしめたい、と言われて返す答えなんて、一つしかなかった。
ゆっくり腕をほどく。一成の重みが、体温が、腕の中から消えていくけれど、それも一瞬だ。
振り向いた一成は、思い切り天馬にぎゅう、と抱き着いた。体中全部で気持ちを伝えるみたいに。天満への限りない愛情を全身に乗せて。
「お疲れさま、テンテン。オレと特製ジュースで、いっぱい元気になってねん」
軽やかな、光にあふれる声が天馬の耳に届く。じんわりと響く声が、腕の中の体温が、しなやかな体が、真っ直ぐと向かう気持ちが心地いい。大事なのだと、大切なのだと伝わる心がくすぐったくて、どうしようもなく嬉しい。天馬は白い歯をこぼして、心からうなずいた。
◆
外で食事にしよ!という一成に手を引かれて、庭に出る。空はよく晴れていて、気温は順調に上昇していた。ただ、木陰になっていることと風が吹き抜けるおかげで、体感温度は比較的抑えられているようだった。
「もうそろそろで本格的な夏!って感じになりそ~」
ヤマモモの木の下に座った一成が、空を見上げてつぶやく。葉の向こうには太陽が燦然と輝いており、夏の気配は日に日に増しているのだ。
「オレらの季節って感じで楽しみだよねん!」
「ああ、何となくワクワクするよな」
一成の隣に腰を下ろした天馬が言えば、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。心底嬉しそうに「だよねん!」と言うので、天馬の気持ちも浮上する。漂う空気の変化を感じて、一成もいっそう笑みを輝かせた。
「どうせなら、もっと夏っぽいサンドイッチとかにすればよかったかも!?」
「夏らしいサンドイッチってなんだよ」
面白そうに尋ねれば、一成はぴかぴかした笑顔で「ちょっと辛めのとか、冷やして食べるサンドイッチとか!」と答える。監督や千景に教わったというスパイスの名前を口にする様子は、歌うように楽しげだ。
「まあ、オレは定番のサンドイッチも好きだ。一成が作ったって意味でも」
言いながら手を伸ばしたのは、二人の間に置かれたミニテーブルだ。皿の上には、黄色い側面もあざやかなたまごサンドイッチ。一成がせっせと作ってくれたもので、もう一つは厚切りハムとキャベツのサンドイッチでボリュームがある。
お昼の時間はとっくに過ぎているので、一成は昼食を済ませている。天馬が起きてくるの待つという選択肢もあったけれど。不規則な生活になりがちだからこそ、規則正しく食事をするようにしているので、先に食べることにした。
天馬はほっとしたように「そうしてくれ」と言ったので、自分の判断は正しかったな、と一成は思っていた。
「張り切って作ったから、いっぱい食べてねん!」
「ああ、ありがたい」
そう言った天馬は「いただきます」と言って、たまごサンドにかぶりついた。
ふわふわのパンに、マヨネーズと塩コショウで味つけされたたまごの具材。ほどよい塩気とたまごのまろやかさに、天馬は無言でサンドイッチを食べ進める。
隣でそれを見ている一成は、嬉しそうにミニテーブルに乗ったグラスを手に取った。オレンジ色に近い飲み物は、先ほど天馬に作ったサマーデライト。天馬の分も当然用意しており、夕焼けみたいなオレンジ色はしゅわしゅわとした炭酸を立ち昇らせている。
天馬は普段、食事の時はあまり甘いものを飲まない。だから、お茶か水を用意しようと思ったのだけれど。天馬は「もう一杯作ってくれないか」とサマーデライトを所望した。
一成の気持ちを余すところなく受け取ってくれたからこその言葉だ、と察して、はちきれんばかりの笑みで「うん!」とうなずいたのだ。
一成も同じようにサマーデライトを用意して、一緒に庭へ出てきた。食事は終わっていても、天馬と共にささやかな時間を楽しみたかったのだ。
かろん、と揺れる氷の音を聞きつつ、サマーデライトに口をつける。ライムジュースの酸っぱさが爽やかで、シロップの甘さも甘すぎなくてちょうどいい。炭酸水の刺激もあいまって、夏にぴったりの飲み物だ、と思う。
一成は二口ほど飲んでから、ミニテーブルへグラスを戻した。それから、芝生に置いていたスケッチブックと鉛筆を手にする。空白のページを開くと鉛筆を走らせる。
迷う必要はなかった。描きたいものは決まっていた。木陰の下で木漏れ日を受けている、誰よりも大事な人。きらきらとまばゆい太陽みたいな、これから先を共に生きていくたった一人。光のあふれる庭を、心の全てが向かう人を、今ここにある輝きを、余すところなく鉛筆に乗せるのだ。
一成はただ無言で、スケッチブックに絵筆を走らせた。天馬は特に反応することなく、ときどき「美味い」と言いつつ、サンドイッチ口に運ぶ。
時折吹く風が、庭の木々を揺らす。一成はスケッチブックに鉛筆を走らせて、天馬は無言で食事を進めていった。厚切りハムとキャベツのサンドイッチも、あっという間に胃袋へと消えていく。皿の上をすっかりきれいにすると、天馬は丁寧に手を合わせて言う。
「ごちそうさま。美味かった」
その言葉に、一成ははっとしたように顔を上げる。空になった皿に視線をやってから、天馬の顔を真っ直ぐ見つめる。ぱっと笑って「完食だねん!」と嬉しそうだ。
「ああ、ありがとな。しっかり食べられてよかった」
「全然! サンドイッチ作るの久しぶりで楽しかったし!」
嘘偽りない言葉を告げると、苦笑を浮かべて「お前らしいな」と天馬は答える。何だって面白くしてしまうのが一成という人間なのだと、天馬はよく知っている。
「さっきから何描いてるんだ」
氷の溶け始めたグラスを手に取り、ゆっくり傾けたあと天馬は尋ねる。真剣にスケッチブックと向き合っていたけれど、庭の風景でも描いていたのだろうか、と思いつつ。一成は顔を輝かせて答えた。
「木の下で食事中のテンテン!」
きっぱり言った一成は、スケッチブックを天馬へ向けた。そこには、木漏れ日の下でサンドイッチを食べる天馬が丁寧に描かれている。
きらきらとした光が降りそそぐ様子も、美味しそうにサンドイッチを食べ進める姿も、今この場所の雰囲気をそのまま切り取っていた。鉛筆一本だけで描かれとは思えない、繊細な筆致だった。天馬は感嘆の息と共に言葉をこぼす。
「相変わらず上手いな」
「マ!? 褒められちった!」
「題材のチョイスはもう少し考えろとは思うが――お前の絵が好きだからな」
落ち着いた表情で、さらりと天馬は告げるけれど。それがどれほど心からのものであるか、一成はよくわかっているので。嬉しそうに、照れくさそうに、はにかんで「うん」と答えた。
もっとも、すぐに雰囲気を切り替えると、はちきれそうな明るさで言葉を重ねる。
「でも、食事中のテンテンもナイスっしょ!?」
「よく描けてはいる。ただ、もっと絵になる場面とかあるだろ」
「テンテンは何しても絵になるしな~」
しみじみ言いつつ、一成はぱらぱらとスケッチブックをめくった。テレビを見ている横顔だとか、着替え中の背中など、様々な天馬の姿がスケッチブックには描かれているのだ。天馬はその事実に面白そうな笑みを浮かべる。
「お前の絵のモデルになるのは嬉しい」
「オレもテンテンいっぱい描けるの嬉しいよん!」
どんな天馬の姿だって、絵として残しておきたいと一成は思っている。だから必然的に天馬の絵が増えていくのだ。もっとも、それ以外もあれこれと描いてはいる。
天馬がちらりと視線を向けるので「これはリビングから見た庭」「ヤマモモをモチーフにして、いろいろデザイン考えてみたよん」「庭から見た空はこんな感じ」など、スケッチブックをめくってはあれこれと説明する。
天馬は興味深そうに聞いてくれるので、一成は弾んだ声で言葉を続けていたのだけれど。
「てか、テンテン他にやることあったりとかしない? 撮影のお迎えまでまだ時間あるし!」
忙しい仕事の合間とも言える、貴重な時間だ。やるべきことがあるかもしれない、と思って尋ねる。すると天馬はゆっくりと首を振った。それから、唇にやさしい笑みを浮かべて続ける。
「やらなくちゃいけないことは特にない。だから、ここでゆっくりしないか」
ぐるり、と庭を見渡して天馬は言う。燦然と輝く太陽の光を受けて、庭は明るく満たされる。漂う空気は熱を蓄えはじめて、これから向かう夏を予感させる。天馬は光の全てを受け止めるようなまばゆさで、一成へ告げる。
「オレは台本を読んでるから、お前は好きに絵を描いててくれ」
傍らに置いてある台本を手に取って、天馬は言う。返事なんて決まっていた。イエス以外の答えは最初から存在しないのだ。勢いよくうなずけば、天馬は嬉しそうに目を細める。
ヤマモモの木陰の下で、二人は時間を過ごす。
辺りには余すところなく光が降りそそぎ、何もかもが輝きを放っているようだった。庭を彩る緑も、つややかな幹も、熱を帯びる風も、台本をめくる天馬の指先も、スケッチブックの上を踊る鉛筆も。全てが光に染め上げられる。
ささやかな風が吹いて、庭の木々を揺らした。梢の音がさわさわと心地いい。あたためられた土の匂い。瑞々しい緑に身を浸しながら、ただおだやかな時間が流れていく。
「今日はカフェのシーンだね」
「店内セット、スタジオに作ってたな」
思い出した、といった調子でそっと口を開けば、天馬からも同じトーンで声が返る。あのセットすごいよね、だとか。本物みたいに思えるよな、だとか。ささやかな、他愛のない話をしている。
美術スタッフの器用さには感心するだとか、そういえば料理も得意だよねだとか、衣装スタッフの仕事ぶりや撮影現場のあれこれについて、何でもない話はゆるやかに広がっていく。
「一緒に現場行けるのも嬉しいな」
撮影現場で仲良くなったスタッフにおすすめされた、漫画や映画の話をしていると、一成がしみじみとした調子で言った。
今日の入りは二人とも同じ時間なので、井川が迎えに来る手はずになっている。同じように家を出て、同じ場所まで一緒に行ける、という事実を一成はあらためて噛みしめたのだ。
撮影現場でのあれこれを、共通の話題として話せること。同じ場所へ、二人そろって行けること。それが嬉しくて胸が弾む。どこかで「またね」と分かれることもなく、ずっと一緒にいられる。
「ああ、オレもだ」
一成の言葉に、天馬はきゅっと目を細めてうなずいた。きらきらと、光散るような輝きを宿して。陽光を一心に浴びるみたいに。
真っ直ぐ天馬を見つめる一成は、なんてまぶしいんだろう、と思う。光のあふれるこの場所で、何よりも強い輝きを放つひと。胸の奥まで光が差し込んで、何もかもが明るく照らされていく。
導かれるように、一成の胸には確かな気持ちが宿る。衝動にも似た決意は確かな言葉になる。光の全てを。胸に降り積もるものたちを、ここにある愛おしさの何もかもを。みんなみんな描いていきたい。