スウィートホーム・シンフォニー 14話
次のシーンの撮影が始まる前に、休憩時間が取られることになった。天馬はちょうどいいタイミングだ、と染井監督のもとへ向かうことにする。
軽やかに送り出したのは一成だ。自分のシーンが終わったあと、水瀬と天馬が雑談していることに気づいて寄ってきたのだ。
一成は水瀬ともずいぶん親しくなっていて、以前何度か共演したことがあるのではないか、と錯覚してしまいそうだった。気づけば今度三人で食事へ行くことが決定しており、さすがは一成だな……としみじみしたものである。
その一成は、当然天馬が全てのキーワードを集めたことを知っている。
「六つ全部集めたぞ」と言えば、「早くね!?」と騒いで、「テンテン実はRTAやってた系?」とか何とか言っていた。短時間でのゲームクリアを指す言葉である、ということは至や万里から聞いて知っていたので、天馬は苦笑して「そんなわけないだろ」とは返した。
ただ、予想外の短時間クリアだったことは事実なのだろう。一成へ逆にサプライズを仕掛けられたようで、何だか嬉しかった。
弾んだ気持ちを胸にしたまま、天馬は染井監督のもとへ向かう。いささか緊張はしているものの、高揚した気分のおかげで足取りは軽い。
椅子に座り、メモ帳に鉛筆を走らせる染井監督へ声を掛けた。時間がないようならあとにするつもりだったけれど、染井監督は「大丈夫ですよ」と言ってメモ帳を閉じた。
隣の椅子をすすめられるので、天馬は恐縮しながら腰かける。一連の流れを、メイキングカメラマンはただ黙々とカメラに収めている。
「誕生日のキーワードは、全部集められたようですね」
にこにことした笑顔で告げる染井監督は、おおまかに事態を把握していた。何でも、制作部や衣装部など各種スタッフたちから天馬の動向は知らされていたらしい。嬉しそうな笑顔で先を続ける。
「スタッフ一人一人のことをちゃんと見ていてくれる、と嬉しそうでしたよ。『まさか、皇さんが覚えていてくれるなんて思わなかった』と」
キーワードを探す過程で何度も言われた言葉に、天馬は苦笑を浮かべるしかない。誰かが欠けても映画撮影は立ち行かないのだ。大事なスタッフの話したことを覚えているなんて、当然のことでしかないのに。
染井監督は楽しそうに「大スターの皇天馬は、末端のスタッフのことなんて眼中にないと思われていたんでしょうね」と言っている。今は誰もそんなことを思っていない、ということがわかっているからこその言葉だった。
天馬は肩をすくめて「オレはそんなに偉そうな態度取ってるつもりはないんですけど」と答えるしかない。
「オーラがありますからね、天馬くんは。そんな天馬くんに、誕生日プレゼントを渡せるのは光栄ですが――キーワードを聞いても?」
そもそもの目的を染井監督はきちんと覚えていた。なので、キーワードについて水を向ける。天馬は「はい」と言って、そっと口を開く。
集めたキーワードは「ヨ」「サ」「マ」「イ」「ツ」「グ」。これだけでは何のことかわからないけれど、染井監督をわざわざプレゼンターに選んだ一成の意図を考えれば、おのずと答えは導き出された。
「マツヨイグサですね」
染井監督の初期作品に、マツヨイグサの花をテーマにした短編映画がある。夕方に開花するという花の特徴から、夜を舞台にした幻夢のような世界が描かれており、一部にコアなファンがついている作品だ。
天馬も当然見たことはあるのだけれど、あえてそれを一成が選んだ理由については「もしかして」という予想があった。
「正解です。ということで、誕生日プレゼントを進呈したいところなのですが、今は持っていないんです。あとで持ってきますが、本当にあんな昔の映画でいいんでしょうか。一応、未公開映像収録の特典はありますが……」
いぶかしんだ言葉に、天馬は力強く「ものすごく嬉しいです」と答えた。真実心からの言葉だった。
天馬は件の映画をもちろん見たことがあるし、映像作品だって手元にある。ただ、それはあくまで通常盤であり、未公開映像が収録されている限定盤ではない。
時間の関係から泣く泣く削られたシーンは、染井監督の手腕が如実に発揮されていると言われており、いつか見てみたいのだと一成に言ったことは覚えていた。
染井監督がプレゼンターである時点で、プレゼントは何か監督の作品に関わるものである可能性は高いと思っていた。その中で最近一成に話した話題を考えれば、行きつくのは件の映画である。集めたキーワードも、並び変えれば「マツヨイグサ」となればこれはもはや決定打だった。
「なるほど。三好さんがしきりに力説していましたが、プレゼントとしてちゃんと成立するようで安心しました」
ほっとした様子で染井監督は言う。
そもそもの発端は、染井監督が限定盤の映像作品を複数枚所持している、ということを一成が知ったことだったらしい。欲しい人がいるなら譲るつもりだ、という言葉に「もしよかったら、テンテンの誕生日プレゼントにしたいんです」と言ったらしい。
当時のことを思い出して、染井監督は楽しそうに笑った。最初は些細な雑談だった。それが気づけば、スタッフたち全員を巻き込んでの一大イベントになっている、というのが面白いらしい。
「三好さんは楽しい人ですねぇ。天馬くんの誕生日のサプライズをしたい、と企画書を持参した時も思いましたが」
雑談から始まった話ではあるけれど、最終的にきっちり企画書を作ってきてプレゼンまでしたらしい。天馬は「本当に一成らしいな」と感心するしかない。
関係各所にきちんと説明を果たした上で許可を取り、憂いなく全てが進むよう取り計らうのが一成という人間だった。
「天馬くんの喜ぶ顔が見たい、と張り切っていましたしサプライズが好きなんでしょうね」
「ああ、それはまあ。昔からあれこれ仕掛けてきたし、今もあんまり変わらないですね。去年とか、ラクダの等身大オブジェもらいました」
誕生プレゼントとサプライズ、というキーワードから頭に浮かんだものが、するりと言葉になっていた。染井監督はぱちりと目を瞬かせて「ラクダの等身大オブジェ……?」と首をかしげている。確かに、日常で出てくる単語ではない。
天馬は「写真見ますか」と言ってスマートフォンを取り出した。夏組メンバーと一緒に映った写真なら何枚かあるので、大きさはよくわかる。
写真を見た染井監督は、感心したような顔で「ラクダの等身大オブジェですね」とうなずいている。唇には明らかな笑みを浮かべながら。
「遊びに来てもらえれば、いくらでも現物見られますよ。うちの玄関が定位置なので」
真顔で言うと、染井監督が楽しそうに笑い声を立てた。「それは楽しみですね」と言う声は弾んでいて、浮き立つような雰囲気をしていた。
「三好さんは、人を笑顔にするのが得意な人なんでしょうね。現場でもよく誰かと笑っているところを見かけますし――やさしい人だなと思います」
唇にやわらかな笑みを刻んで、染井監督が言う。
一成のノリの良さだとかテンションの高さだとかを、当然監督は理解している。だからそれを指して、明るい人だと判断することもできるけれど、染井監督は一成を「やさしい人」だと言った。
「三好さんの演技は細やかで、相手の心を掬い取ることに長けていますね。笑顔にするのが得意なのは、きっとそこから来ているんでしょう。求められているものや望みを察知する能力が高いからこそ、相手を喜ばせることも笑顔にすることもできる」
一成の演技をずっと見ていた染井監督は、明るさの奥底に宿した細やかな感受性や、笑顔に潜んで差し出される一成の心を、しかと理解していた。演技を通して一成という人間のことを知っていったのだろう。染井監督の目は、一成の本質を見つけたのだ。
「三好さんは持っている力を、人を笑顔にするために使う。とてもやさしい人ですね」
おだやかに告げられた言葉に、天馬は「はい」とうなずいた。
一成のやさしさなら、天馬だってよく知っている。出会った頃の、バラバラになりそうだった自分たちをつないだのは間違いなく一成の存在だったし、今日の出来事だって全ては天馬の笑顔を望んでのことだ。
直接言葉として聞かされたわけでもない。それでも、天馬が楽しんでくれること、たくさんの人から祝福を受けること。たくさん笑って、嬉しそうにしてくれることを望んでいることくらい、天馬だってわかっている。それは一成の限りないやさしさで、深い愛情から来るものだ。
だから天馬はただ静かに、染井監督の言葉にうなずいた。たった一人の特別だとは言えなくても、夏組の大事な仲間の一人として。三好一成を大事に思う気持ちは、隠さなくてもいいのだと知っていたから。