スウィートホーム・シンフォニー 15話
夜の庭には、夏組がそろっている。ヤマモモをはじめとした木々はガーデンライトで照らされて、庭はうっすらとした明かりに包まれる。
ウッドデッキに腰掛けているのは幸と椋で、二人は庭のあちこちを元気よく見て回る三角と九門を眺めていた。仕事終わりの集合にもかかわらず、疲れは微塵も感じさせない。幸は「さすが体力馬鹿」と呆れたようにつぶやく。もっとも、唇には消しきれない笑みが浮かんでいた。
「でも、こんなすてきなお庭だもん。いろいろ見て回りたくなっちゃうのはわかるな」
やわらかな笑顔で答えたのは椋だ。一つ一つを丁寧に慈しむようなまなざしで、目の前の庭を見つめている。
「まあね。都心にあるとは思えない雰囲気だし」
幸もうなずきを返し、同じように視線を向ける。
庭の中央にはヤマモモの木があり、存在感を示している。
周囲には背の高さの違う木々がぽつぽつと並び、地面に広がる芝生はあざやかな黄緑色で、やわらかな絨毯のようだ。全てを照らすのは、ところどころに設置されたガーデンライト。夜闇の中に庭の光景を浮かび上がらせる。
車の音や周囲の生活音も、まるで聞こえない。濃淡の違う緑に囲まれた庭は、街とは完全に切り離されていた。まるで森の中にいるようでもあり、明かりに染まる庭はお伽噺のワンシーンのようでもあった。
「お待たせ~。デザートだよん!」
無言で庭を見つめていると、明るい声が響く。お盆を持った一成で、「このバウムクーヘン、めちゃかわだね!」と嬉しそうだ。
後ろからは同じくお盆を手にした天馬もやってきて、庭の奥にいる九門と三角にも声を掛ける。それに気づいた二人は、軽やかな足取りで駆け戻ってきた。
「あ、それ椋が持ってきてくれたケーキ?」
「そそ! トッピングがめっちゃかわいいよねん! すみーの分はこれだよん!」
「わあ、さんかくだ~!」
椋が持参したバウムクーヘンは、表面はチョコレートでコーティングされ、花などの飾りが施されている。円状ではなく長方形になっており、対角線で切ってサンカクを二つにした皿が三角の分だった。
めいめい、ウッドデッキやその近くに位置を定めて腰を下ろす。わきあいあいとした様子の夏組に、天馬と一成は皿とフォークを渡した。それから、全員が皿を手にしたことを確認した一成は楽しそうに口を開いた。
「それじゃ、あらためて! テンテン、誕生日おめでと~!」
軽やかな声が響くと同時に、夏組も同じように続いた。幸は淡々と、だけれど明るいまなざしで。椋はきらきらとした笑みを浮かべて。三角は嬉しくてたまらないといった様子で。九門は心底楽しそうに。
それぞれからの「おめでとう」を受け取った天馬は、照れくさそうに口を開く。
「ありがとな。祝ってもらえることも、久しぶりに全員集まれたことも嬉しい」
はにかんだ笑みに、幸は「うわ、妙に素直で気持ち悪い」なんて言うけれど。照れ隠しの一種であることは、全員理解している。なので、特に気にすることもなく椋は口を開く。
「ううん。むしろ、当日に来られたらよかったんだけど……」
「だよね。本当だったら、二十一日に直接おめでとうって言いたかった!」
椋の言葉に、九門も悔しそうに続く。六月二十一日は単なる平日だったので、仕事の都合もあって天馬のもとを訪れることは難しかった。それは他のメンバーも同様で、お祝いのメッセージは送ったものの、直接顔を合わせることはできなかったのだ。
「今日は、いっぱいおめでとうって言えるねぇ」
にこにこ、嬉しそうに三角は言う。それぞれの予定をどうにか調整して実現したのが、今日という日だ。
誕生日は過ぎてしまったものの六月中ではあるし、夏組みんなが顔を合わせて、大事なリーダーの誕生日を祝える、という事実は三角の胸を否応なく弾ませる。もちろん、それは夏組全員に当てはまる。
「テンテンの誕生日お祝い、みんなでできるとかめっちゃハッピー!」
心から、といった調子で一成も続く。ぴかぴかとした笑顔を浮かべて、嬉しくてたまらないといった様子で。
天馬の誕生日を祝えるだけでなく、夏組全員がそろっているのだ。嬉しくてテンションが最高潮になってしまうのは仕方ない、と一成は思う。
大好きな夏組と大好きな天馬の誕生日を祝える。それは、一成にとって最高の幸福を形にしたような時間だった。
「夜だけになっちゃったけど、持ち寄りパーティーも面白いよね」
「うん。みんなが持ってきてくれたの、サンカクいっぱいだった~!」
椋の言葉に三角がこくこく、とうなずく。予定をすり合わせて集まれたとはいえ、特に忙しいのは三角や天馬、それから一成だ。
時間が取れたのは夜だけだったので、ちょっとした夕食会といった様相だった。料理を用意する時間もないだろう、ということは予想できたので、各自が食事を調達することを提案したのは幸だった。「それの方が効率的でしょ」とは言っていたものの、気遣いからの言葉であることはわかっていた。
メインディッシュ担当やら主食担当、デザート担当など、各自に仕事を割り振って迎えたのが今日だった。それぞれが持ち寄ったものの中に、必ずサンカクのものが入っているのは、もはや習慣のようなものと言える。
明日も全員仕事があるし、撮影のあるメンバーもいる。あまり夜遅くまで騒いではいられないけれど、全員そろっての夕食、というだけでも夏組にとっては充分だった。
いつだって、顔を合わせれば昔の続きが始まっていく。久しぶりに顔を合わせたとしたって、隔てた時間は簡単に消えるのだ。昨日も一緒に過ごしていたような自然さで、夏組の時計の針は動き出す。
「でも天馬さん、当日はカズさんいたもんね!」
バウムクーヘンを飲み込んでから、ぱっと笑顔を浮かべて言ったのは九門だった。
自分たちは当日顔を合わせられなかったけど、一成が一緒に住んでいるならいっぱいお祝いしてもらったんだろうな、と明るい笑顔が告げている。それを受け取った一成は、満面の笑みで答える。
「うん! みんなの分まで、カズナリミヨシめっちゃ張り切っちゃいました☆」
ばっちりとウィンクをしてみせる一成は、心底楽しそうだった。
当日も撮影が入っていたけれど、帰る家は同じなのだ。時間は取れたから、当然一成は張り切った。このためにJourneyへ通い、臣とも頻繁に連絡を取り、様々な料理や飲み物を用意した。
飾りつけにも気合を入れて盛大なパーティー感を演出していたので、天馬は本気で感心していたくらいだ。
「やっぱ、一緒に住んでるとできることいっぱいあって楽しいよねん」
しみじみとした口調で言って、一成はバウムクーヘンを口へ運ぶ。バターとチョコレートの風味が広がり、「めっちゃおいしい~」と椋に向かって感想を告げた。
椋は嬉しそうに「ここのバウムクーヘン、バターがたっぷりでおいしいよね」と答えてから、さらに言葉を継いだ。
「お庭もおうちも、すてきな雰囲気だね。広くてびっくりしちゃったけど」
辺りを見渡して言えば、幸もうなずく。扉や窓なども手が込んでおり、一般的なマンションとは一線を画していると評する。販売が主目的ではなかったこともあり、採算は度外視であちこちにこだわりが見られる建物なのだ。
「すげー広いよね。雨の日とか、室内でも全然余裕でトレーニングできそう!」
「鬼ごっこもできるかなぁ」
「いや、するなよ。危ないだろ」
九門に続いた三角の言葉に、天馬が思わず突っ込む。三角の身体能力なら難なくできてしまうことがわかっていたので、思わず真顔で。三角は「わかった~!」と、おっとりした調子で答えた。
そんなやり取りを一切気にせず口を開いたのは、幸だった。
「まあ、でも、一緒に住んでほしいって言われたとかびっくりはした」
フォークでケーキを切り分けつつ、しみじみとこぼす。唇に浮かぶ笑みは、二人が一緒に住むことになった経緯を聞かされた時のことを思い出しているからだろう。
天馬と一成が、役作りの一環でともに暮らしていることはマスコミも知っている。ただ、「浅き春のカノン」の情報の一つとして触れられることもあるけれど、そこまで大きな話題にはならなかった。
仲の悪い二人が役作りとして一緒に住んでいる、というなら話題性もあるだろう。だけれど、もともと二人はMANKAI寮で共同生活を営んでいた経緯がある。
くわえて、夏組としての仲の良さならとっくに知られているから、共同生活自体に目新しさがないのだ。多少なりとも話に上っても、大きく取り上げられることはない。
もっとも、事情を知る者の反応は少し違っている。天馬と一成が、これから先の人生をともに歩むのだという決意を告げた相手――MANKAIカンパニーと双方の家族だけは、今回の件が指し示す事態を理解していた。
一般的には単なる同居でルームシェアだけれど、実態は結婚生活のスタートである。今まで別々に暮らしていた二人が、生活をともにするというのだから。なので、二人から引っ越しの経緯を告げられた時には、盛大な「おめでとう」が贈られた。
ただ、表向きは友人同士の共同生活だし、たとえ話題を振られても友達の顔しか見せていない。二人は見事に、単なる友人として受け答えしているので、さすがだなとカンパニーメンバーは感心していた。
もっとも、実際のところは理解している。誰の目もない場所で、二人きりで暮らしているとなれば、それはもう盛大にいちゃついているんだろうな、と誰もが思っていた。
「てんまも、かずも、仲良しで嬉しいな~。二人の映画も楽しみ!」
ふわふわとした口調で、三角は言う。映画撮影のためという名目でも、互いを大切に思い合う二人が同じ家で暮らしている、というのは喜ばしいことだった。二人の人生が確かに重なって、これからの未来を紡いでいくのだという象徴のようにも思えて。
それに加えて、二人は同じ作品に出演している。天馬と一成をずっと見守ってきた夏組にとって、二人がともに在ることは確かな喜びだ。だから、今のこの現実は降りそそぐような幸いであふれているのだと知っている。
「宣伝もいっぱいしてるよね。特にカズくん、いろんなところでいっぱい名前見かけるようになったし……忙しいんじゃないかなってちょっと心配なんだ」
心細げな顔で椋が言えば、夏組からも同意の声が上がる。
天馬の多忙さは今に始まったことではないので、毎日どこかしらで顔を見るのは日常茶飯事と言っていい。しかし、一成はそうではなかった。
にもかかわらず、最近ではほぼ毎日どこでも一成の顔がメディアには現れる。忙しくあちこちを飛び回っていることは容易に想像できる。
昔に比べて根を詰めすぎることはなくなったし、スケジュール管理が上手いことは知っている。だけれど、さすがにこれほどの忙しさともなればどこかで無理をしているのではないか、と危惧するのも当然だった。
「ありがとねん。でも、その辺はテンテン――ってか皇事務所にもお世話になってるから平気だよん!」
それぞれの心配を受け止めた一成は、朗らかに答えた。楽しそうに口にするのは、事務所に所属してからのあれこれだ。井川とのやり取りを面白そうに話すので、夏組はほっとしたような、懐かしむような雰囲気を漂わせる。
「いがっちにはマジでお世話になっちゃってるよねん。スケジュールめっちゃきっちり管理してくれるし、オレの仕事もわかってるからサポートもばっちりでさ。すげー楽になったもん」
さすがいがっち!と一成は井川をほめたたえる。長年天馬をマネージメントしたことで磨かれた能力に加え、昔から一成のことをよく知っているため、サポートが的確なのだ。
さらに、井川は二人のことを知っている、というのも大きい。
仕事を終えた一成を自宅へ送り届ける際、出迎えた天馬は友人の顔をする必要がなかった。取り繕うこともなく、ただ心のままに愛おしい人を出迎える。一成も、ためらうことなくその胸に飛び込んでいい。
偽る必要もなく、ありのままの自分でいられることは、忙しい毎日の中で確かな僥倖と言えた。
「オレとの取材が増えてるっていうのも事実だからな。一緒にスケジュール管理した方が効率的っていうのも、間違ってない」
「とか言って、一成が一緒の事務所ってことで浮かれてるんじゃないの」
からかうような口調で幸が言えば、天馬は数秒黙る。しかし、すぐにニヤリと笑みを浮かべると「当たり前だろ」と答えた。一切照れる素振りもない様子に、幸は肩をすくめる。
「惚気られた」
「天馬さん、かっけ~!」
「『ジュエル・ドルチェ』の三巻十八ページみたい……!」
「てんまはかずが大好き~!」
「オレもテンテン大好きだよん」
一成も嬉しそうに続いて、天馬は白い歯をこぼして笑う。楽しそうに「単独取材でも、事務所の会議室使うようになっただろ。一成と会える確率が上がった」と言っていて、幸は心から呆れた表情を浮かべる。からかう素振りはなく、本気で呆れていた。
「一緒に住んでて撮影現場も同じなのに、なんで顔が見られるって喜んでるわけ」
ほとんど会える機会がないという状況ならいざ知らず、毎日顔を見ているのになぜその感想になるんだ、と幸は思うけれど。天馬は真顔で「いくらでも顔は見たいだろ」と答えた。純然たる事実を語る口調だった。
「あはは、テンテンってば熱烈だよねん」
軽やかに笑って一成は言うものの、耳の先は赤い。夏組の前で直球を投げられて恥ずかしがっていることは、一目瞭然だった。
それに気づいた天馬が、ようやく何だか恥ずかしいことを言ったらしいと自覚するので、二人を取り巻く空気が変化する。戸惑うような、甘酸っぱいような。初めての恋にたじろぐような雰囲気が流れる。
「そういうのは、オレたちが帰ってからにして」
「あはは、天馬さんもカズさんも、全然変わんないね!」
心からといった響きで幸が言い、九門ははつらつと続く。
学生時代からの付き合いで、紆余曲折を経て人生をともにすると決めた。新婚と言えば新婚だけれど、付き合いの長さと深さならそれなりだ。にもかかわらず、まるで初恋を始めたような空気を一瞬で出せる。それは昔からだったので、二人は変わらないなぁと実感したのだ。
「映画の二人の設定はちょっと変わってるんだよね……? 駆け落ちする二人だし……」
そういえば、という素振りで椋がつぶやく。天馬と一成が演じる映画の内容は、夏組にも事前に知らされている。元ネタがストリートACTということで、原案という立場の夏組は詳細な内容を伝えられているのだ。
「ボクが二人の交際に反対して別れるようにって言い続けて味方でいられなかったから駆け落ちしちゃうんだよねボクのせいで……」
「むくだけじゃないよ~。オレも反対したから、おんなじ。どうしてだめなんだろうねぇ」
ネガティブを炸裂させた椋が一気にまくしたてれば、三角がしょんぼりとした調子で答える。
映画で駆け落ちを選んだのは、弟や父親からの反対が理由だ。ストリートACTで椋は弟、三角は父親を演じたからこその言葉だとはわかっていたけれど。
「いや、映画はもしもの話だからな。お前たちは最終的には受け入れただろ」
「そそ。それに、映画だってちゃんとハッピーエンドだかんね! ちゃんと帰ってさ、認めてくれるようにって頑張るよん!」
椋と三角を気落ちさせたくないので、天馬と一成はきっぱり言った。事実として間違ってはいないし、二人が落ち込む必要はまったくないのだ。
九門と幸もうなずいて同意を返し、タイムパトロールである自分たちと出会わなかった世界の話なのだから、深く考える必要はない、と続ける。
「ストリートACTとは、雰囲気とかも違うんだよね?」
九門が思い出したように尋ねた。伝えられた話にコメディの要素はなく、どちらかと言えば切ない映画である、という印象だったのだ。天馬と一成はこくりとうなずく。
「方向性はずいぶん違うな。ただ、悲劇で終わる話じゃないから安心しろ」
「雰囲気的には別物だけど、根底の部分は共通って感じだかんね。みんなで作ったストリートACTがあったから、この話になったんだなぁって思うよん」
「ああ。お前たちとの演技があったからこその映画だし、時間があれば撮影見に来るか?」
ひらめいた、という顔で天馬が言えば一成も「いーじゃん!」と乗り気の答えを返す。
時間があればぜひ夏組のみなさんに来ていただきたいですね、と染井監督に言われていたことも伝えれば、夏組はそわそわとした空気を流す。
あのストリートACTから分かれた世界がどんな風に描かれるのか、と興味があるのは事実だ。天馬と一成二人がそろった現場も見てみたい。
何よりも、彼らは全員役者だった。染井良暢の名前は当然知っていたし、彼の作る世界に触れられることは、今後の大きな糧になる。そんなチャンスを与えられて、みすみす逃すことなどしたくなかった。
もっとも、全員の都合を合わせることは難しいとわかっていた。だから、各自スケジュールを調整して撮影現場を訪れることにしよう、という結論に落ち着く。バラバラではあるものの、夏組の顔が見られるという事実に、天馬と一成の胸は弾む。
「うわ、めっちゃ楽しみ! 全員一緒じゃないけど、むしろ楽しみがいっぱいあっていいかも!?」
いろいろな日付で夏組が現場を訪れるということは、それだけの数楽しみがあるということだ。一成はわくわくした調子で言うし、天馬も「それはそうだな」とうなずいている。いつも全力で撮影に臨んでいるけれど、夏組が来るとなればいっそう磨きをかけられるような気がした。
二人の言葉に、夏組も嬉しそうな表情を浮かべた。心から自分たちのことを歓迎してくれていることがわかったからだし、自分たちも同じ気持ちであることをしかと受け取っていてくれることも疑っていない。
学生時代に出会ってつながりを結んだ人たちは、今ではこんなに特別になった。大切な、宝物のような人たち。
出会った頃からずいぶん遠くまで来たと知っている。だけれど、変わらず自分たちは同じ時間を過ごして、これから先もともに時間を重ねていく。それは、予想や予感よりももっと確かな気持ちだった。
言葉はなくても、確かな慕わしさが流れる。たくさんの思い出を作ってきたのだ。いつかきっと今日のことも、遠い未来で思い出すのだろう。
「あ、バウムクーヘン食べ終わっちゃったねん。他にも何か食べる?」
全員の皿が空になっていることに気づいた一成が、そう声を掛ける。ただ、あまり重いものは入らないかも、というわけで「アイスとかどう?」と尋ねた。
「おいしいバニラアイスあるんだけど、最近トッピング凝っててさ。チョコレートとかメープルシロップもいいし、黒蜜とかジャムもおいしいよねん」
そのまま食べるのはもちろん、あれこれと試しているのだ、と嬉しそうに一成は言う。ただ、天馬は若干顔をしかめて「調味料全部試してたぞ……」と言っているので、時々ゲテモノも誕生しているらしい。一成は楽しそうに言う。
「今日はさすがにそれはやんないけど! ジャムとかシロップ漬けとか作っておいたらよかったかな~。レモンシロップとか梅ジャムとか、結構バニラアイスと合うんだって!」
せっかく夏組のみんなが来るのだからおもてなしをしたかった、という気持ちで一成は言う。真っ先に反応したのは九門だった。
「レモンは何となく合いそうだけど――梅とバニラって、何か不思議な感じ!」
味の予想がつかない、と九門が言えば幸も「確かに」とうなずく。三角は「梅はおにぎりにぴったりだから、アイスにも美味しいよ~」とにこにこしている。天馬はそんな反応に「どういう理屈だ」と呆れたように言うけれど、唇には消しきれない笑みが浮かぶ。
そんな会話をにこにこ聞いていた椋は、梅という言葉に思い出すものがあったらしい。「そういえば」と口を開く。
「この前、梅の収穫のお手伝いに行ったよ。会社の人の家なんだけど、庭に立派な梅の木があって。実のなる木が家にあるって、すてきだなって思ったんだ」
言った椋の視線は、自然と庭の中心へ向かった。実のなる木。ガーデンライトに照らされて、ヤマモモは夜の中でも緑を茂らせ悠然と立っている。
最初に案内した時に、シンボルツリーとも言えるヤマモモの話はしていた。今年は数えるほどの実しかついていないし、それもまだ熟しきってはいない。けれど、実が多い年と少ない年を繰り返すという特性から、恐らく来年には多くの実をつけるはずだ。
「ヤマモモの実がなる年だったら、シロップ漬けとかジャムとかみんなで作ったのにな~」
椋の視線を辿るように、ヤマモモを見つめた一成が残念そうにつぶやく。
今年はほとんど収穫できないから、加工品を作ることも叶わない。もしも多くの実をつける年であれば、夏組みんなでジャムやジュースを作ることにしたのに、と一成は言う。
「庭で実が採れるとか面白そうだし、それでパーティーできたらめっちゃ楽しそうじゃね!?」
ぱっと表情を明るくして続ければ、夏組もめいめいヤマモモへ視線を向ける。何の話をしているかはすぐにわかったのだ。
天馬は一成の言葉に「まあ、庭で実を採るってのはあんまり経験ないな」とうなずく。立派な木の生える庭という意味では、天馬の実家やMANKAI寮も該当する。ただ、食べられる実はつかなかったし、庭で実を収穫する、というのは新鮮な気持ちになるだろうと思えた。
「うん。庭で採れた実でパーティーって、何だか憧れちゃうなぁ」
「みんなでパーティーできたら楽しいねぇ。サンカクいっぱい用意しなきゃ」
「オレ、ヤマモモの実ってあんまり知らないけど、いっぱいなるのかな!?」
「初めて実をつけるってわけじゃないなら、ある程度予想はできるんじゃない」
一成と天馬の言葉に、夏組も答えを返す。面白そうなイベントの話なら、全力で楽しむのが夏組だ。
期間限定の暮らしだということはわかっているから、来年ここに天馬も一成も夏組もいない。それでも、思い描く未来が笑顔であふれるような、そんな話をできることは素直に心が躍る。
「そうだな。しっかりした木だし、ずっとこの庭にあったんだろ。それなりに実は採れるのかもしれないな」
幸の言葉に、天馬が答える。具体的な樹齢を聞いたわけではないけれど、決して若い木ではない。
恐らくこのマンションが建てられるにあたり、どこからか移植されたのだろう。庭が作られた時から、ヤマモモはずっと中心にあった。シンボルツリーのような存在であるなら、そう考えるのが自然だ。
「うん。ずっとこの庭にあってさ、これからもここにあるんだよね」
天馬の言葉へ答えるように、一成もつぶやきをこぼす。
ヤマモモの木は、きっとずっとこの庭に立っている。夏を迎えて秋が来て、冬を過ごして春になり、巡る季節を何度も繰り返していくだろう。葉を茂らせて、時々実をつけて、いくつもの年月を重ねるのだ。
刻んだ歳月のどこかに、今日の日々がある。夏組と過ごした時間を、天馬と一成が紡いだ毎日を見守って、ヤマモモはずっと同じ場所に立っているのだ。それはごく自然なことでもあって、同じくらいに特別なことなのだと一成は思う。
夏組も何だかまぶしそうに、ヤマモモの木を見つめている。重ねた日々を、これからの未来を、あったかもしれない風景を思い描くように。
たくさんの実がなる木。わきあいあいと収穫して、みんなでジャムやシロップを作る。そんな姿を想像して、「どんな風に採るんだろ」「手で採れるのかな」なんて言い交わし、「ヤマモモって食べたことないかも」「おにぎりに合うかな~」と続く。にぎやかな声を聞きながら、一成はそっとつぶやいた。
「――来年、ヤマモモの実が採れたらいいな」
誰ともなしに落とされた言葉はささやかだ。わいわいと騒ぐ夏組に、その声は届かない。だけれど、隣にいる天馬の耳だけはきちんと拾いあげる。
小さなつぶやきのようでいて、祈りみたいな。しんとした静けさは、何だかやけに耳に残った。