スウィートホーム・シンフォニー 19話







 ダイニングテーブルに向かい合わせで着席して、「いただきます」と手を合わせる。
 一枚板で作られたテーブルは、森からそのまま切り出してきたような風情がある。一緒に一成の自宅から持ってきた皿もよく映えて、おしゃれなカフェのような雰囲気が漂う。

「めっちゃふわふわだし、甘さもちょうどいいね」

 切り分けたパンケーキを頬張った一成は、満面の笑みで言う。天馬もうなずいて、同じようにパンケーキを口へ運んだ。
 ふんわりとした食感にくわえ、バナナとヨーグルトの甘さがほどよく合わさって、口いっぱいに広がる。食事というにはいささか足りないけれど、夜食べる分にはちょうどいいだろうと思えた。

「イチゴジャムもベストマッチって感じ! バナナもおいしそうだねん」
「食べるか?」

 至って自然な調子で言った天馬は、フォークに刺したバナナとパンケーキを差し出す。一成は照れることもなく口を開けるので、天馬はそっと差し入れてやる。一成は嬉しそうにもぐもぐと口を動かして、飲み込むと明るく笑った。

「バナナとパンケーキ、やっぱめっちゃ合うね! 外れなしって感じ!」
「まあ、定番だからな。イチゴジャムとヨーグルトも合うだろ」

 一成の皿を示して言えば、一切れを差し出してくれるので。当然のように天馬はフォークのパンケーキを食べて、「やっぱり美味いな」と感想を告げる。

「だよねん。てか、メープルシロップも用意したんだし、掛ければよかったかも!」
「それにか? パンケーキにメープルシロップは合いそうだけど、イチゴジャムとはどうなんだ……?」
「イチゴジャムにメープルシロップ入れるレシピとかも聞いたことあるし、美味しいと思うな~」

 他愛ない話をしながら、一成はぱくぱくとパンケーキを平らげていく。そのスピードに一成の空腹具合を察して、ちゃんと食べられてよかったな、と思う。食事を抜くという選択肢はあったけれど、それを選ばなくてよかった、と。

「甘くないパンケーキもいいよねん。食事系も今度作ってみたいかも」
「ああ、卵とかベーコン使うのもあるんだったな」

 パンケーキは甘いだけでなく、おかず系のものも存在している、ということは天馬も知っていた。今日は真澄のレシピをもとにヘルシー路線ではあったけれど、本格的な食事としてのパンケーキを作ってみるのもいいかもしれない、と思っているのだろう。

「テンテン、パンケーキ焼くのも上手くなったし。ハンバーグも作ってプレート風にしちゃうとかどう!?」

 ヨーグルトとイチゴジャムがたっぷり乗った、ひとかけのパンケーキ。嬉しそうに頬張ってから、一成はそんなことを言う。天馬の好物がハンバーグだからこその言葉だということはわかっていた。
 天馬は自分のパンケーキを口に放り、ゆっくり味わってから笑みを浮かべて答える。

「そうだな。今度はオレがハンバーグ作ってみるか」
「マ!? テンテンの手作りとかめっちゃテンアゲなんだけど!」

 さらりと告げた言葉に、一成はわくわくした調子で答える。天馬はそんな反応に、楽しそうに言う。

「この前は一成が作ってくれただろ。それなら、今度はオレが作ってやる」
「嬉し~! でも、テンテンも一緒に作ってくれたしさ。オレだけ頑張ったってわけでもなくね?」

 一成の言葉から天馬の脳裏に浮かんだのは、数日前の光景だ。スーパーでのロケ前に宣言した通り、その日一成は「オレが夕食作るからねん!」と言って腕をふるってくれた。メニューは当然、天馬の好物のハンバーグ。
 一成は天馬に休んでいるよう言ったけれど、一人でも手持ちぶさただし一成の隣にいたかったので、付け合わせとしてジャガイモの皮をむいたり茹でたり、野菜をメインにあれこれ作業していた。
 だから確かに、一成だけが料理をしたわけではないし、一成の指摘は正しい。お返しとしての行動としては意味が違うのかもしれないけれど。結局のところ、自分の答えなんて天馬はよくわかっていた。

「まあ、オレがお前に何かしてやりたいだけだな」

 心からの言葉を告げれば、一成は照れたように笑った。やわらかな調子で「それはオレもなんだけど」と続けて、「それじゃ一緒に料理しようよ」と言う。

「キッチン広いからさ。二人でも全然オッケーっしょ」
「ああ。パンケーキも問題なかったし、カレー作る時もそうだったな」

 一成の言葉に答えた天馬は、そっと目を細めて記憶の中の光景を取り出す。
 役作りとして、遼一郎と蒼生のカレーを考えた。実際に作ってみよう、ということになり二人はそろってキッチンに立ったのだ。いろいろなカレーを少量ずつ、監督おススメのレシピを試したりして、協力しながらカレーを作った。
 一成が切った材料を天馬が炒める。スパイスの量はこれくらいかな?なんて言いながら、試行錯誤して煮込んでいく。ときどき味見をして「もう少しか」「アレンジしていい?」と言葉を交わして、一つの料理を作っていったのだ。
 キッチンは充分な広さがあるので、二人で並んで作業することは難しくなかった。

「だからまあ、ハンバーグとパンケーキのプレート作るのも、二人でできるだろ」
「それな~。むしろ、分担してできるからいいかもねん。今度はテンテンがハンバーグで、オレがパンケーキ的な」

 きらきらと目を輝かせて言うので、天馬は鷹揚にうなずいた。
 ヨーグルトとバナナのパンケーキは、すっきりとした甘みだ。一成が食べているイチゴジャムのトッピングは、もう少し甘いのだろう。食事として食べるパンケーキはどんな味だろう、と天馬も一成も想像している。

「スーパーロケも面白かったよねん。挙動不審なテンテンの演技は懐かしかったし、その後は慣れてる感めっちゃ出てたし!」

 残り少なくなったパンケーキを口に運びつつ、一成は先日のロケを思い出して言う。
 最初のシーンはたどたどしさ、その後のシーンでは落ち着いた雰囲気と、天馬は演技を切り替えていた。
 同じように品物を手に取る場面も、最初はぎこちなさを前面に出して、次の場面では日常の一つなのだとはっきりとわかるなじんだ演技を披露していた。時間の経過を感じさせる、象徴的なシーンになっただろう。

「実際の買い物が役に立った場面だな。スーパーの陳列棚、最初は全然わからないから戸惑うんだよ。今は慣れたが」
「テンテンのスーパーで買い物トークも盛り上がったしね~」

 最後のパンケーキをゆっくり味わう一成は、ふふ、と笑みを浮かべて言った。何の話をしているかは天馬にもわかった。ついさっきまで受けていた、二人そろってのインタビューだ。
 一緒に暮らしていることは周知の事実なので、その辺りについていろいろと質問があり、家事の話で天馬がスーパーで買い物をしている、という話題に流れていった。

「テンテンの話めっちゃできるの嬉しいし、二人の仕事たくさんあるのもマジでありがたいよね」

 ごちそうさま、と手を合わせた一成はしみじみと言う。天馬も最後のパンケーキを口に入れて、一成の言葉にうなずいた。
 単独での仕事も当然あるけれど、「浅き春のカノン」に関係する仕事は日を追うごとに増えている。必然的に、主演二人そろってのスケジュールになることが多かった。インタビューだったり対談だったり、番組出演だったり、内容や媒体は様々だけれど、一緒に過ごす時間は格段に増えた。

「こんなに一緒にいられるなんて、めったにないからな。楽屋に一成がいるのも新鮮だし、仕事まで同じっていうのは不思議だけど嬉しい」

 パンケーキを食べ終え、両手を合わせた天馬ははにかみながら言葉をこぼす。一成と同じ仕事をしたことがないわけではないけれど、ここまで随時一緒にいることはなかった。主演二人という意味でも、同じ家に住むという意味でも。

「――うん。オレもめっちゃ嬉しい」

 天馬の言葉に、一成も目を細めて答える。いつもの明るさではないけれど、いつだって変わることのない、一成の内側からあふれる光を掲げるみたいに。やわらかく、そっと、染み渡るような声で続ける。

「テンテンと一緒にいられることも、仕事でテンテンの話ができることも、おんなじ家に帰れることも、すごく嬉しい」

 忙しさの合間を縫って、どうにか顔を合わせるのが常だった。多忙を極めれば会えないことも多かったし、万一逢瀬を果たせたとしても、それぞれ別の家に帰らなくてはならなかった。だけれど、今は違う。
 同じ映画に出演しているから、向かう撮影現場は二人とも同じだ。セットでの取材も多く、休憩時間だって二人で他愛ない話ができる。おススメの動画があればリンクを共有するのではなく、一つの画面を二人でのぞきこめばいい。
 何よりも、今の二人は帰る場所が同じだった。「またね」と別れなくていい。帰宅したあと、名残り惜しくてLIMEのやり取りをする必要もない。体温を分かち合える距離で、二人の時間を過ごせるのだ。

「テンテンとさ、いろんな思い出作れるのもめっちゃ幸せ」

 こうやってパンケーキを食べるのも。一緒にキッチンに立つのも。リビングでくつろぐことも。映画を二人で見ることも。庭でのんびり過ごすことも。
 一つ一つを数える一成の視線は、リビングのあちこちに向かう。息づく思い出を確かめて、過ごした時間を丁寧に拾い集めるようなまなざしだった。
 そうだな、と天馬はうなずく。同じようにリビングへ視線を向けた。
 高い天井に、ゆるやかに回るシーリングファン。ローボードの上には大きなテレビ。にぎやかに彩りを添えるフォトフレーム。天馬の家から持ってきた、なじんだソファ。窓の向こうには、ガーデンライトで照らされた庭の風景が広がる。
 額縁に収めたような景色だ。昼間の光にあふれた庭とは違って、あちこちのガーデンライトはやわらかく木々を照らし、どこか幻想的な雰囲気を漂わせている。
 周囲から切り取られた庭は、この家が二人だけの場所なのだということを強く意識させる。思い出を、二人だけの記憶をいくつだって重ねてきた。
 たとえば、視線の先にある庭。
 中心にたたずむヤマモモは、この前少ないながらも熟した実をつけた。冷やして食べれば、独特の食感とともに爽やかな甘酸っぱさが広がって、二人で「美味い」「こんな味なんだ」と笑いあった。そういう記憶を、いくつも持っている。

「少なすぎて加工とかできなかったけど、ジャムにしてみたかったな~」

 天馬の視線の先にヤマモモがあることを見て取り、一成は言う。実際に収穫して食べてみた時のことを思い出しているのだと察したのだろう。

「実がつく時は、結構な量を収穫できるらしいしな」

 染井監督から聞いた話を口にすれば、一成は楽しそうに「どんなジャムになるんだろうね」と笑っている。あまりなじみのない果実なので、二人ともピンと来ないのだ。
 それでも、二人一緒にいれば何だってわくわくした思い出になるのだと、確信していた。明かりに染まる庭を見つめて、まだ知らない出来事に思いを馳せて。二人が一緒なら。同じものを見て歩いていけるなら。それだけで未来は明るいと知っている。