スウィートホーム・シンフォニー 22話
それから一成はすぐに動いた。次の撮影が始まる前に、病院にいる画家と連絡を取り、作品についての情報共有を行う。まったく同じ絵を描くわけではなく、画家が込めたものを受け継ぎたいと思ったからだ。
画家が気を悪くする可能性も考えたけれど、そんなことはなかった。むしろ、快く一成の言葉を受け入れて必要なことは全て教えてくれた。心から感謝して、一成は描く絵を頭に組み立てる。
ただ、絵を描くと決まっても、撮影が止まるわけではない。天馬と二人のシーンを撮るため声が掛かれば、かちりと雰囲気が切り替わる。スタジオのセットに踏み入る一成は、ただ役者の顔をしていて、天馬はその横顔をじっと見つめていた。
撮影が終わり、帰途についたのは日付が変わった頃だった。
井川の車で家に送られる道すがら、一成は取り出したタブレットに猛然とラフスケッチを描き始める。見る間に形作られていくクロッカスの絵。
何を言っても耳に入らないだろうことは、天馬もわかっていた。驚異的な集中力を発揮している時の一成は、周囲の全てをシャットアウトする。
自宅に帰り着いた際も、それは変わらない。歩行などの動作に問題はないし、機械的に飲み物などを口にすることはできるけれど、思考は絵の世界に飛んでいる。
ここにいるのは日本画家三好一成であり、今彼は創作するためだけに呼吸をする生き物だ。
そんな風に、無防備に創作世界へ飛び込む様子を天馬はただ見守ると決めていた。一成の本質的な部分を守ってやりたいとも、好きなようにさせてやりたいとも思うからで、同時にそんな顔を見せてくれることが嬉しかった。
翌日以降の現場でも、一成は役者の顔と画家の顔を行き来していた。カメラの前に立てば、紛れもない役者三好一成として、丹念な芝居を行う。ただ、休憩時間には描くべき絵のことを考えており、その時の一成は画家の顔をしている。
完成形を頭に描き、全ての道筋を決定する。逆算しながら辿るべきルートを明確にし、何をすべきかを頭に刻み込むのだ。
幸い、水張りを行ったパネルはあった。趣味の範疇とは言え、自分なりにクロッカスの絵を描いていた実績もある。おかげで下書きは早々に完成した。下準備と着色までの流れを、一成は頭の中で何度もシミュレーションする。
目の前に絵はなくても、思考の上ではずっと絵を描いている。この動作の繰り返しこそが、一成の仕事の早さの所以でもあるのだろう。
だからこそ天馬は、一成に「サポートする」とだけ告げた。
連絡事項の伝達や、食事や水分補給。撮影現場を訪れたいという夏組には、少し後にしてほしいと伝え、その他の雑事、移動の際の介助まで、演技以外の全ては天馬が引き受ける。
一成には、創作世界のことだけに意識を向けさせてやる必要があるとわかっていたからだ。
一成は「ありがとねん」と言って全てを受け取る。申し訳ないと恐縮することもないのは、為すべきことを自覚しているからだ。
絵を描く。役者三好一成の顔をしている時以外は、全ての力で絵を描く。自分に求められていることはこれなのだとはっきりわかっていたし、周囲からの協力もある。
染井監督をはじめとした制作陣は、スケジュールを調整して一日空きを作った。主演という立場であるため、撮影を一切なくすことはできない。だけれど、どうにか一日を確保してくれた。
井川も調整に動いて、他の仕事を別の日にズラし制作だけに充てられる一日の確保に努めた。「マジベリサン!」と一成は言うし、天馬も「悪いな」と言えば、「天馬くんの公演日と練習日を確保した時に比べれば、なんてことはありませんよ」と笑っていた。
自宅でのサポートは天馬の役目だ。食事を忘れる一成にスープなどの軽食を用意したり、徹夜することがないように注意したり、シャワーに放り込んだりと、生活全般を請け負う。
それでも睡眠時間は足りていないし、常に集中している状態では疲れもたまる。移動時間くらいは休め、と言って肩にもたれかからせてやると一成は素直に従った。現場では思考を働かせているから、ささやかな時間だけは休んだほうがいいとわかっているのかもしれない。
天馬の肩に体を預けた一成は、目を閉じて小さくほほえむ。「ありがとねん、テンテン」と告げる言葉はやわらかい。今この瞬間だけではなく、日々のサポートを指して「めっちゃ助かってるよ」と言ってから続けるのだ。
おだやかで、静かに、強い意志とはるか彼方を見据える決意で。「絶対いい絵描くからね」と、力を貸してくれる周りの全てへ誓うように。
そうやって、一成は絵を描いた。カメラの前では役者として一瞬たりとも気を抜かず、休憩時間にはアトリエでの作業をシミュレーションする。
どの順番で絵の具を作って、どこから色を乗せていくか。完成形を頭に描いて、必要なルートを辿っていく。帰宅すればすぐにアトリエへこもり、絵の世界へと没入する。呼応するように現れるのは、蒼生が目にする一枚の絵だ。
一日、二日と過ぎて三日目は一日制作に充てられる日だった。明日には美術館での撮影がある。今日中に絵を完成させなくてはならない。撮影に出かける天馬を見送ったあと、一成はアトリエ代わりの部屋でひたすら筆を握っていた。
◆
予想はしていたのだ。休憩時間にメッセージを送っても返事はないし、電話をかけてもつながらない時点で。一日の撮影を終えて帰宅した天馬は、「やっぱりな」と思いながらアトリエへ入った。
様々な色の乗った絵皿や、乳鉢ににかわ、筆洗いや刷毛、何種類もの筆などに囲まれた一成は真剣な顔をしている。天馬が訪れたことに気づいていないのはわかっていたので、近くまで行って声を掛ける。
「一成。お前、休憩取ったか」
いささか強い響きになったのは、そうでもしなければ気づかないとわかっていたからだ。一成は数秒してから、動かしていた手を止める。それから、ぱちぱちとまばたきをするので、集中力の海から戻ってきたことを察した。
「え、あれ、テンテン。何か忘れ物?」
顔を上げてそんなことを言うので、天馬はわずかに顔をしかめる。とりあえず、近くにあるミネラルウォーターのペットボトルは中身が減ってはいるので、水分補給はしていたようだけれど。
「撮影終わったから帰ってきたんだよ。オレが家出てから何時間経ってると思ってる」
「マ!? もしかして夜!?」
「とっくにな」
アトリエ代わりの部屋に窓はあるけれど、日差しの変化で集中力を途切れさせたくないと言って、一成は窓もカーテンも閉めたままだった。常に電気を点けているので、時間の変化はほとんどわからない。
「まあ、お前のことだから集中してるんだろうなとは思った。メッセージ送っても電話しても、全然反応ないからな」
「うわ、ごめん……」
近くに置いてあったスマートフォンに手を伸ばして、通知を見た一成が申し訳なさそうに言う。確かにメッセージも着信もあったけれど、一切気づかなかった。
「集中すると全然気づかないのはいつものことだし、お前が絵描くのに没頭してるのはわかってる。そうじゃなかったら、心配して誰か行かせるところだけど、今日はまあそうだろうなとは思ってた」
だから連絡が取れなかったことはいい、と天馬は言う。しかし、目つきを鋭くしてから言葉を続けた。
「――で、最後に休憩取ったのはいつだ」
「えーっと、お昼ご飯どうしようかな~って思ったのは覚えてるよん……」
あはは、と笑いながら答えるものの、ばつの悪さは随所ににじんでいた。なにせ、出掛ける前に散々「ちゃんと休憩は取れ」「食事もしろ」と言われ続けていたからだ。そして、それをほぼ守っていない自覚もある。
天馬が自分のことを思って言ってくれていることはわかっている。学生時代ならいざ知らず、一成は今や立派な大人である。無理をするのは自分のためにならないし、体調管理も仕事の内だ。
だから、集中しているからと言って休憩も取らずに絵を描き続けるのは、よろしくない事態だった。
「つまり、昼から何も食べてないし、ずっと描いてたわけか」
「……そんな感じかな~」
嘘を吐いても仕方ないとわかっているので、一成は素直に答えた。ずっと集中していたから気づかなかったけれど、いざ途切れてしまうと何だか体が重いし、全身がこわばっているようだ。無理が体に出ていることは一目瞭然だ。
天馬は一成の言葉に、大きく息を吐いた。それから、きっぱりと言う。
「食べられるもの持ってきやるから、ちょっと待ってろ」
「――あれ、テンテン怒ってない?」
説教タイムが始まるのでは、と身構えていた一成が拍子抜けしたように尋ねた。天馬はわずかに眉を上げると「怒られたいなら説教してやる」と言うので、勢いよく左右に首を振る。何も進んで怒られる趣味はない。
「毎日こんなことしてたらオレも怒るし、監督や左京さん、夏組呼ぶけどな」
「オールスターすぎね……?」
「それくらいしないと効果ないだろ」
当然の事実を語る口調で言ったあと、天馬は「でも」と言葉を続けた。
「現状はオレだってよくわかってる。無理をさせたいわけじゃないから、できればこんなことがない方がいいとも思う」
真っ直ぐ一成を見つめた天馬は、強い目をしていた。パープルの瞳に揺らめく炎がきれいだ、と一成がぼんやり思っていると、天馬は凛とした声で言う。
体を酷使して、無理をするのは一成のためにはならない。これから先の未来まで一成が望んだように生きるためには、過度の負担をかけることは望ましくない。
「だけど、どうしても無理をしなくちゃいけない場面はある。それが今なんだろ」
一成は年を重ねるごとに、身を削るように根を詰めることをしなくなった。体調を含めたコントロールをして、相応の成果を出すようになったのだ。だけれど、限界を超えなければならない瞬間が訪れることはある。だから天馬は言うのだ。
「お前が今、持ってるものを全部使って挑みたいって言うなら、支えてやるのがオレの仕事だ」
天馬は一成に無理をしてほしくないし、重荷を負わせたくなんかない。だけれど、それが必要な時があることを知っていたし、同時に信じていた。
限界だってハードルだって、一成には乗り越えるだけの力がある。一成ならできると信じているから、支えてやると決めたのだ。
「まあ、でも休憩くらいはしろ。食事はした方がいいしな」
そう言うと、天馬は一成の頭を軽く撫でてから部屋を出て行った。一成はただ無言でその背を見送る。真っ直ぐとした愛情と信頼が伝わって、照れるような泣きたいような表情を浮かべるしかなかった。
ほどなくして、天馬はおにぎりとスープ、あたたかい麦茶を持って戻ってきた。作り置きのスープは野菜のたっぷり入ったコンソメスープ。少し不格好なおにぎりは天馬の手作りだろう。大きなおにぎりに、一成は笑みを浮かべた。
「テンテン、おにぎり握るのも上手くなったよねん」
最初に作ったおにぎりは、三角形とはほど遠い形をしていて三角に嘆かれたものだ。その時に比べれば、ちゃんとおにぎりの形をしているのだから成長したと言えるだろう。床に座った一成の隣に腰を下ろした天馬は、肩をすくめて答える。
「三角に言わせればまだまだだろうけどな」
「すみーのおにぎりは、芸術点高すぎっしょ」
正確無比な三角形を思い出して一成は言う。定規ではかったような、ぴしりとした三角形をしているのだ。あの次元まで到達するのは、簡単なことではない。
あたたかいスープを口に運び、天馬の作ったおにぎりを食べる。野菜の味がしみ込んだコンソメスープは、やさしく喉元を滑り落ち、体中をじんわりとあたためる。ふっくらとしたおにぎりは、お米の旨味に鮭の塩味がちょうどいい。
取り立てて空腹を感じてはいなかったけれど、いざ食事を始めてしまえば手は止まらない。結構お腹空いてたのかも、と一成は他人事のように思いながら用意されたものを平らげた。
「しっかり食べられるのはいいことだけどな。ちゃんと時間取って食べろ」
きれいになった皿を前にして、天馬はつぶやく。食べっぷりから見て、一成が空腹を覚えていたことは察したからだ。一成は明るい笑顔で「めんご~」と笑う。
「そこまで時間経ってるとは思ってなかったんだよねん。さっきもさ、お見送りしたテンテンがいるからびっくりしちゃった」
一成の感覚は昼の時点で止まっていたので、姿を現した天馬は忘れ物でもして戻って来たのだろうか、と本気で思った。まさかすでに夜になっていて、撮影を終えているとはまったく思わなかったのだ。
「その集中力は毎回感心する。今回は、それにずいぶん助けられてる」
そうでなければ、きっと四日で絵を完成させるなんて、最初から無理な話だっただろうと天馬は思っている。素直に言えば、一成は嬉しそうに笑った。天馬を含めた周りの人たちが一成の能力を信じてくれること、それに応えられることが嬉しかった。
「うん。だからもうちょい頑張るけど、ご飯食べたらちょっと眠くなってきてやばいかも」
冗談めかした響きで言うものの、集中力が途切れたのも事実だ。張り詰めていたものがゆるんで、どっと疲れが出てきたような気がする。ずっと同じ姿勢でこわばっていた体はストレッチしたものの、疲れが取れたわけではない。
「眠いなら、寝たらいいだろ」
「うん……でも、完成はまだなんだよねん。蒼生に見せたい絵までは、もう少しなんだ」
一日絵を描き続けられたおかげで、完成にはだいぶ近づいた。
春を感じさせるクロッカスは、光のような黄色い花弁を持ってキャンバスの中に描かれている。精緻な筆致で描かれるそれは、目の前にクロッカスが咲いているような錯覚さえ覚える。
だけれど、それはまだ完成ではないと一成は言う。頭に思い描く絵に辿り着くには、まだ足りない。だからここで終わりにはできない、と眠ってしまうことに首を振る。
天馬に絵のことはよくわからないけれど、一成の気持ちを蔑ろにするつもりはなかった。だから、「そうか」と答えてから続けた。
「なら、少しだけ休め。眠ってもいい。時間になったら起こしてやる」
今日はまだ絵を描くのだと一成は言う。だけれど、今この時間まで休まずに活動していたのだ。少しくらい休みを取るのは問題ないし、むしろそうした方がいいのではないかと思った。
一成は逡巡した空気で「うん……」とつぶやく。天馬の提案を道理だとは思っているのだろうけれど、描きかけの絵のことが気になるのかもしれない。
「――いいから、こうしてろ」
天馬は隣に座る一成の腕を引いた。自分に寄りかからせると、まぶたにそっと手をあてる。
責任感のある人間だし、それは一成の美徳だと思うけれど。休むことをためらってしまうなら、少しくらい強引に出た方がいい、ということを天馬は経験として知っていた。
「目も疲れてるだろ。ひとまず、目だけでも閉じてろ。眠れないならそれでいいし、もし眠っても起こしてやる」
「うん……ありがと、テンテン」
天馬の気持ちを受け取った一成は、こぼれた吐息とともに言葉を紡いだ。手のひらをどければ、まぶたを閉じた様子が目に入る。天馬はほっと息を吐く。
「テンテン、もし寝ちゃったら三十分で起こしてね」
「……もっと寝てもいいんだぞ」
「うん。わかってるけど、ちゃんと完成させたいんだ」
一成の視線が動いたわけではない。それでも、意識が絵に向いていることはわかった。6号サイズのキャンバスに描かれる、クロッカスの絵。目にした蒼生が思わず足を止めた。物語終盤でも重要な意味を持つ作品だ。
一成が食事をしている最中に、天馬は件の絵を間近で見ていた。
もともと、一成とどんな絵なのかとあれこれ話し合っていたので、ぼんやりと想像していた姿はあった。しかし、実際に描かれたのは、思っていたものを上回るような絵だった。
キャンバスに切り取られたのは、あざやかな花弁を持つクロッカスの花だ。日本画が持つ風合いを抑えて、油彩画の質感に寄せて描かれている。
一成が得意とする精緻で写実的な筆致を活かしつつ、春先を思わせるような温かみがそこかしこから感じられた。光に透ける花弁の先、生命力を感じさせる葉。蒼生が目を留めるのもうなずける絵だと思った。だから天馬は、感想をこぼした。
「もう完成してるようにも見えるけどな」
一成本人がノーと言うのだから、これはただの素人意見だ。だけれど、素直に思ったことでもある。細部まで丹念に描かれた絵だ。目の前に花があるのだと、匂い立つようにも感じられる。このままでも充分鑑賞に堪えるだろう、と天馬は思った。
「――まだもうちょっとだよ。もっと光がほしい。明るくて、心の奥まで差し込むような。そういう光」
天馬に体を預けたまま、一成は答えた。目は閉じたままで、まぶたの裏にはまだ見ぬ完成した姿が描かれているのかもしれない。
一成はずっと、クロッカスの絵が蒼生にとってどんな意味を持つのか考えていた。だからこそ、目指すべき絵がどんな姿をしているか、蒼生が見る絵が持つ意味は何か、自分なりの答えを持って絵筆を握っていた。
「この絵はさ、春そのものなんだよ。これから訪れる春を、蒼生はずっと待ってる。冬の凛々しさも、秋のやわらかさも、夏のまばゆさも知ってるけど。それでも春が待ち遠しいんだ。春のあの、全てに光を含んだみたいな景色をずっと待ってる」
蒼生の心情を、一成は何度も問いかけた。何を考えてこの台詞を口にしたのか。この時の心情がどんな風に所作に出るか。台本の向こうに見える蒼生の姿に、寄り添って対話して心の内側を見つめてきた。だからわかる。蒼生にとってクロッカスの絵が意味するものは。
「きっとさ、希望だったんだよね。あの絵を見た時、蒼生が心を動かされたのは、希望を描いたらこうなると思ったからだ」
道の途中で目にした絵に足を止めて、飾られたギャラリーへ入る。遼一郎と口論になり家を飛び出した蒼生は、絵を見るために美術館へと向かう。行動の理由になったのは、背中を押すきっかけになったのは、蒼生にとってクロッカスの絵が希望だったからだ。
天馬はただ、一成の言葉を聞いている。ゆるやかに流れるやわらかな声は、ただ丁寧に天馬の耳へ沁み込んでいく。
「遼一郎がいれば何だって乗り越えられる。手を取ったことを後悔だってしてない。だけど、大事な人の未来に影を落としてしまうことが怖い。自分が遼一郎の枷になることが怖い。だからね、希望が必要だった」
蒼生が感じる恐怖を一成は知っている。だからこそ、宿した決意も理解した。怖くても、それでも、ともに歩くと決めた。立ちすくんでしまいそうになっても、同じ時間を重ねると決めた。だから、必要なものがある。
「負けてしまいそうになる心を、奮い立たせたかった。間違っているんだって、自分を責めてしまえば楽だけど、それを選ばないって決めたから。行く先には明るい光が待ってるんだって。二人の進む先に見える景色は、こんな風に光のあふれた春なんだって、思いたかった」
一成は一度言葉を切った。そっとまぶたを開く。きらきらとした緑色の瞳が、天馬を見つめた。
どんな宝石にも負けることのない輝き。美しいとはきっとこういうことなのだと、天馬は一成の瞳を見つめる度に思う。一成は天馬のまなざしを受け取ると、笑みを浮かべた唇でゆっくりと告げた。
「二人でいることを、蒼生は希望って呼ぼうとしてるんだ」
それはきっと、蒼生にとっての限りない決意であり、愛の言葉だ。二人でいること。ただその事実を、希望と名づける。これから先の未来への祈りで、二人の重ねる時間への限りない祝福を、蒼生はきっとこの絵に重ねた。
「だからね、まだ完成じゃない。もっと光が必要なんだ。春の全てを感じさせるような。二人が迎えるのは、何もかもが光に染まった景色だから」
静かでいながら強い声は、思い描くものを形にするのだと心に決めている。もとより、天馬は一成の決めたことは尊重するつもりだ。だから「ああ、完成を待ってる」と答えた。