終演までは、どうかワルツを。 02話
今日の打ち合わせは、長い付き合いのデザイン事務所だった。
大学卒業後、一成が本格的に仕事を始めた時からの縁であり、お互いずいぶん気心が知れた関係となっている。新入社員よりも一成のほうが会社に詳しい、などと笑われることもしばしあるくらいだ。
一成はいつも通り受付を済ませて、勝手知ったる応接室へと通された。
出されたミネラルウオーターを飲みながら、時間を確認する。元々余裕を持った時間設定をしていたおかげで、出発は遅れたものの予定時刻にはきちんと間に合っている。
これならもう少しテンテンと話せたかな、と一成は思う。
確か今日は撮影が夕刻からだったので、マネージャーの迎えが遅いのだと聞いていた。天馬のマネージャーは、井川だけでは足りず他にも二人ほどいるので、誰が迎えに来るのかまでは把握していないけれど。天馬より先に家を出ることは少ないので、今日は中々貴重だった。
(……玄関でちゅーされるのも貴重だけど)
基本的に、スキンシップは一成から仕掛けることが多い。その結果として色々盛り上がって事に及ぶことは多々あるし、天馬もスイッチが入れば積極的になる。
ただ、それは基本的に部屋の中の話であって、玄関先ではあまりそういう雰囲気にならないのだ。
きっかけはどれだったのか、と玄関先での会話を思い返そうとした時、応接室の扉が開いた。一成の担当者の女性だった。デザイン事務所との縁ができた時からの担当者であり、彼女が結婚した時は祝いの絵を描いたし、子どもが生まれた時にはポストカードを送っている。
気安い挨拶を交わしたあとは近況報告が始まり、話は雑談に流れていく。予定の打ち合わせ時刻まではまだ時間があるし、来るはずのもう一人がまだ来ていないのだ。
「にしても、三好さんは精力的に活躍してますよね~。この前個展やったと思ったら、今はドラマ出演中で、その間にデザインコンペにも応募してますし」
「ウルトラマルチクリエイターですから☆」
イエイ、とピースサインを掲げれば面白そうに笑う。この返しが有効なのも、ひとえに付き合いの長さゆえだろう。
さすがに一成も、仕事関係では基本的に社会人然とした言動をしている。MANKAIカンパニーのメンバー曰く「ギャップがすごい」と言われる姿である。
「あ、個展の花もめっちゃ嬉しかった!」
一成は活動初期から精力的に日本画を制作しては度々個展を開いており、その度に花を贈ってくれるのがこのデザイン事務所だった。
最近では契約している画廊へ絵をおさめているし、海外にも一成の絵を飾るギャラリーがあるけれど、最初の内はもちろんそんな存在もなかったのである。そんな時に送られる祝い花は、一成にとって確かな励ましでもあったのだ。
長い間変わらず応援し続けてもらっている、という意味も含んで「ありがとうございます」と深々頭を下げれば、女性は唇に笑みを浮かべて、ゆるやかに首を振った。
「いえいえ。いつも三好さんにはお世話になってますから。それに、三好さん経由のデザイン依頼結構来てるんですよ。海外とかからも問い合わせありますし」
大学を卒業してから数年後、一成は欧州に渡った。
フランスを拠点として二年暮らし、その間に三好一成という名前を売り込んだのだ。日本画もデザインも芝居も全部込みでひたすら邁進した結果得たコネクションは、世話になったデザイン事務所にも波及しているらしい。
女性は大袈裟に両手を合わせて、「三好一成サマサマです」と言うので一成は「さっすがオレじゃない?」とからから笑った。
「本当ですよ。日本でも、顔が売れてるとやっぱり影響力違うんですよね~。三好さんはどっちかっていうと配信系が強いですけど、ドラマもちょこちょこ出てるじゃないですか。主人公に振られるチャラいお兄ちゃん役多いですけど」
「それな! 誰かオレを幸せにしようって思う人いないのかな!?」
「三好さんは見た目が軽いんですよね……あ、でも今の深夜ドラマは全然違うじゃないですか。根暗系」
「言い方~! 物静かで知的って言ってほしい」
「そうとも言えますけど。やっぱり舞台のほうが、色んな役やってますよね」
そう言う彼女は、一成が所属しているということで公演を見たことがきっかけで、熱心にMANKAI劇場へ通うようになった経緯がある。
「MANKAIカンパニーもすっかり有名になって嬉しいんですけど、公演形態もだいぶ変わったのは残念です。夏組全員公演、うちの子と見てみたかったので」
一児の母親である彼女は特にコメディが好きなので、夏組公演がお気に入りだった。
夏組所属の一成へ気を遣っての言葉だろうかと思えば、「違います」と首を振られたことを一成は覚えている。
彼女曰く、純粋に大笑いできるものが好き、ということだったので一成は心底誇らしく思ったものだ。大好きな夏組みんなで情熱を燃やした舞台が、誰かの笑顔になれたなら。それを大好きと言ってもらえたなら。これほど誇らしくて嬉しいことはない。
一成は彼女の言葉に、眉をさげて気落ちした表情で唇を開く。
「それはほんと、申し訳ないなって思ってるんだけど」
「三好さんが謝らなくても。スケジュール押さえるだけでも鬼だろうなっていうのはさすがにわかりますし」
彼女が最初に観劇した頃には、年四回・春夏秋冬による各組公演が行われていた。しかし、団員たちが多方面に渡って活躍するようになったことで、劇場以外での仕事が増えていく。
結果として全員がそろうことは難しくなり、他の組からの客演という形で人数をそろえながら、年に二回の公演を行うのが定例になっている。
「夏組のみなさんも忙しいですからね。三好さんは言わずもがな、役者だけでなくデザイナーと日本画家ですし。瑠璃川さんも、確かこの前ファッションショーやってませんでした?」
「そうそう。さすがゆっきー、テンアゲすぎて帰ったらデザイン画いっぱい降ってきたもん。でも、落ち着いたからまたそろそろ舞台始まると思う」
幸はファッションの専門学校へ通い、イギリス留学を経てとあるデザイン事務所に所属している。
ファッションデザイナーとしても着実に実績を積んでいるものの、舞台に立つことを止めたわけではなかった。彼なりにスケジュールを調整し、夏組の舞台に立っているのだ。
「向坂さんと九門くんは、一般の会社で働いてるんでしたよね。兼業役者って大変そうだなとつくづく思います。そんな中でも向坂さんはコンスタントに舞台立ってくれて嬉しいですし、九門くんはWebドラマ出ててありがたいです」
「ほんとにくもぴ好きだよね~」
「笑顔が最高なので……」
真顔で言う彼女は夏組でも特に九門のファンだった。最初に見た舞台で、あまりのまぶしい笑顔にノックアウトされたのだと語っている。なので、彼だけ「九門くん」呼びである。
「斑鳩さんは、漫画原作の舞台出てましたよね? 確かめちゃくちゃ人気のあるキャラで……何か一時期SNSで斑鳩さんを見ない日がなかったんですが」
「うん。すっごい人気キャラだったから、SNSだけじゃなくてテレビとかからもいっぱい取材来てた。さすがすみーだよね!」
演技以外の場面ではいつも通り「サンカク!」状態だったものの、面白いキャラクターである、と認識されたようで案外受け入れられていたのは幸いだった。むしろ、演技とのギャップが良いとファンが増えていたくらいである。
「皇天馬は――まあ」
苦笑めいたものを浮かべて、彼女は言う。
MANKAIカンパニーの皇さん、ではなく、「皇天馬」と思わず口にしてしまうのは、もはや世間一般にとってはそれがブランド名のようなものだからだ。
大物芸能人夫婦の子どもであり、子役として着実に芸歴を重ねてきた。テレビで顔を見ない日などない、日本中の誰もが知る存在。彼は健やかに成長を遂げ、あどけない少年は精悍な青年となった。純真無垢な少年から、大人の色香をまとう青年へ。その変化は、元々有名だった天馬の名前を一層押し上げた。
さらに、天馬は舞台で培った演技力を武器にドラマに映画にと精力的に出演した。
イケメンとしての演技ばかりが注目されがちだった以前と比べ、とぼけた演技で笑わせたと思えば内に秘めた狂気を見事に演じ切るなど、圧倒的な演技力は各界の評判をさらった。
加えて、天馬は少しずつ海外へと活躍の場を広げていった。出演作が国外の映画祭に出品されるなど、その名前はもはや国内だけにとどまらず、海外にもファンを獲得し始めているのだ。
世間は少しずつ理解していった。これは、今までの皇天馬ではない。今ここにいるのは、子役の延長線上に存在する、お坊ちゃま然とした人間ではない。圧倒的な、役者・皇天馬である。
整った容姿に、均整の取れた肉体。実力派役者を両親に持つ血統。どんな役も演じ切る、確かな演技力。
まるで演技の申し子のようだった。そのために生まれたような存在として、皇天馬はこれからの日本の演劇界を牽引していくだろうことは、もはや確定的な未来と言えた。
「ドラマにCM、映画にWeb広告、見ない日はないってくらいですからね。海外ファッション誌とかも出てませんでしたっけ。MANKAI劇場の舞台に立つなんてことになったらチケット争奪戦で血の雨を見そうですし、そもそもスケジュールが十年先まで埋まってそうですもん」
それは単なる感想だけれど、世間一般の天馬への見解だろう。一成は「うん、そだね」と笑った。実際、天馬のスケジュールはびっしりと埋まっている。一日くらいのオフなら、事前の調整によりもぎ取ることはできるだろうけれど、本公演となると中々難しいのが現状だった。
「むしろ、MANKAI劇場に立ってたっていうことのほうが嘘みたいですし……。というか、三好さん皇天馬と友人っていうの、冷静に考えるとすごいですよね。皇天馬のSNSより三好さんのSNSのほうが写真多いとか言われてませんでした?」
「あはは、あったねそんな話―!」
そして実際その通りである。天馬はあまりSNSの類を更新しないうえ、一成が怒涛の更新魔であるがゆえだ。むしろ、三好一成をフォローしておけば夏組の写真は大体見られるし、何ならMANKAIカンパニーでもわりとその通りだった。
「だから炎上とかしないんですかね。まあ、元々スキャンダル少ないですし……何かこの前、ちらっとゴシップ記事見たような気はするんですけど、それくらいですっけ」
独り言のような言葉に、一成はドキリとする。一瞬笑顔がこわばりそうになるけれど、彼女は気づかない。ただ、詳細を覚えていないようでそこから先の話にはならなかったので、一成はこっそりと息を吐いた。
「テンテンの写真ならオレがいっぱいアップするし、オレの役目みたいな?」
「まあ、実際三好さん写真撮るのも上手いですからね……」
テンション高く言えば、話はそちらに流れていく。SNSにおけるデザイン性へと話題を向けながら、一成はひと月ほど前のことを思い出している。