終演までは、どうかワルツを。 04話
「こんばんは! カズナリミヨシ緊急配信~☆いきなりの告知だけど、いっぱい見に来てくれてありがと~!」
明るい笑顔でそう言えば、コメントがいくつか流れる。
「こんばんは!」「こんばんは~」「見られてよかった!」「アーカイブ残す?」など、基本的にはファンからのものだ。一成の配信にも慣れているので、気さくにコメントがついていく。
今回の配信は一成のファン以外も見てはいるだろう。ただ、いきなりコメントを残すのではなく、まだ出方をうかがっている状態のはずだ。
「さっき配信決めたから、アーカイブはどうしよっかな~って思ってるところ☆オレ、さっきまで今度の個展用の絵描いてたから、ちょっと顔やばたんかもだし!」
笑って言えば「そんなことないよ~!」「一成くん今日もカッコイイです!」「無理しないで」などのコメントが流れていった。お礼を言いつつ、ちゃっかり個展の宣伝もしてから、本題に向かって話を切り替える。
「そんなお疲れちゃんなオレなんだけど、今絶対、配信しなきゃと思って!」
底抜けの明るい笑顔で言うけれど、一成の心臓は常より速い鼓動を刻んでいる。
気を付ける点が多いので常に神経は使うものの、配信自体は一成にとって楽しいことだから、こんな風に緊張したことは今までなかった。
一成が何を念頭に置いているのか、視聴者は理解している。コメントは流れず空白のままだ。
一成は小さく息を吸い、吐き出した。
目の前に観客はいない。だけれど、この画面の向こうには無数の人たちがいて、一成を見つめている。だからそれなら、ここは舞台だ。役者三好一成がいる場所だ。
「だって、テンテンの熱愛報道の相手、オレじゃん!?」
おかしくてたまらないといった顔で。心底楽しい冗談を聞いたみたいな顔で。愉快さを形にしたらこうだろう、といった笑顔で言い放った瞬間、コメントが爆発的に増えた。
誰もがその質問を口にしたくて待っていたはずだ。ただ、それを言葉にしていいものか迷っていたところ、当の本人がその話題を出したことで、話してもいいのだと許可が出たと認識されたのだろう。
「アカウントのほうにもコメントいっぱいありがとねん♪ でも、全部には返せないから、配信でお話しよっかなーってわけで緊急配信決定しました! あ、ごめんちょっと、スマホいじっていい? 詳しい話はこっちでって、誘導するから!」
言いながらスマートフォンをいじり出しても、一成ファンは慣れたものである。「いいよー」「誤字らないようにね」などというコメントが流れていく。
元々、配信中に「あ、アイディア沸いて来た~!」などと言ってスケッチブックを取り出し、黙々と鉛筆を動かして無音の空間を流す、などといったことがある人間なので、配信中の作業にも寛容なのだ。何なら業務連絡を見守ることもある。
一成は言葉の通りアカウントにコメントを投稿する。ついでにトレンドを追えば、未だ「皇天馬」が上位にいるものの、下のほうに「カズナリミヨシ配信」の文字が見えた。それなりに話題は提供できているようだ。
「ありがとー! これでみんな来てくれるといいんだけど……うん、でも、ビックリしたでしょ!? オレもビックリしたけど! あれ、どっから撮られたんだろ? みんなは隠し撮りとかしちゃ駄目だからね!」
軽い口調でそう言ってから、一応事情を知らない人のために軽くゴシップ誌の内容を説明する。
本来ならあんまり騒がないほうがいいし、話題にすることで閲覧数を稼ぐのは賢明な方法と言えない。黙殺してなかったことにするのが一番で、皇事務所はその手段を取るだろう。
ただ、一成は悠長に構えることで話題が継続してしまうことを避けたかった。だから今回、あえて話題に乗ることにしたのだ。今まさに話題の渦中の人物として。
事務所所属であれば、関係各位との連絡が必要になるので、ここまでタイムリーに反応できなかったかもしれない。フリーで活動している一成であるからこそ、独断で行動できるのは僥倖だったのだろう。結果どう転ぶかはわからないけれど、少なくとも自分の行いは自分で責任が取れる。
一成の言葉に対する「びっくりした!」「初の熱愛報道が皇天馬とか夏組愛強すぎない?」「隠し撮りとか本当にあるんだ……」といったコメントは、恐らく一成ファンのものだろう。
対して、ちらほらと流れる「天馬くんに迷惑かけないでほしい」「恋人同士とか嘘ですよね」というのは、天馬ファンのものかもしれない。
大量のコメントの間に並ぶ「マジできもい」「一生顔見せんな」といった類は、アンチファンのものか愉快犯なのかはわからない。
一成はそれから、ちょこちょこと芸能人ならではのゴシップ記事との応酬ネタを披露する。海外での体験を混ぜて話せばそれなりにウケていた。
その間に、一成はスマートフォンでトレンドをチェックする。
「皇天馬」には及ばないものの、トレンドを駆けあがっているし、天馬関連のキーワードに「配信」「カズナリミヨシ」が並んでいる。
恐らくこの辺りがベストタイミングだ、と一成は察する。
あまり速すぎては、話題になる前に視聴者が去ってしまう。遅すぎては痺れを切らして配信を見るのを止めてしまうだろう。
「それで、テンテンとオレの写真なんだけどねー」
少し声のトーンを落として、一成が言う。調子が変わったことを、視聴者は見逃さない。絵を描く時の様子にも似た雰囲気に、必然画面の向こうに緊張感が流れたのを一成は感じる。
突然の真面目な顔に、「もしかして」といった憶測が流れたのだろう。
ただのゴシップ記事でねつ造に違いないと思っていたのに。まさか、真実だったのだろうか。それを告白しようとしているのか。困惑を感じ取りながら、一成は続きの言葉を口にする。
「本当にみんなごめんなんだけど、全然面白くない答えでカズナリミヨシ的に全然楽しくないんだけど、これたぶん、オレがコケてテンテンにキャッチしてもらった時の写真なんだよね!? ねえ、これ全然面白くなくない? 意外性ゼロじゃん!? もっと面白い答えしたかった! あ、もしかして今ここボケるシーンだった? ごめんやり直していい?」
早口で一気にまくしたてる。心底残念そうに、不本意で仕方ないといった顔で、悔しそうに一息に言い切った。
噂話が広がるのは、結論がわからないからだ。明確な肯定も否定もない状態では、どちらの可能性も残されているから勝手な憶測が流れる。
だからそれなら、ハッキリと否定すればいい。これは嘘だよ、と。抱き合っているわけではなく、ただ転んだ一成を抱きとめてくれただけだ、と。
それでも話が完全に消えるとは限らない。「そんな噂あったよね」と記憶に残り続け、気づけば事実のように扱われることもある。
だけれど、今回は無責任な一般人よりもファンの声が多数だった。それならどうにかなる、と一成は踏んだ。
ありがたいことに、ファンの人たちは好意的な目を持ってくれている。出来る限り好意的であろうと努力さえしてくれるのだ。だから恐らく、ここで一成がハッキリと否定すれば、それを事実として受け取ってくれるだろうと予想していた。
動揺するのも困惑するのも、つまりは嫌いになりたくないからだ。安心してファンでいられる根拠がほしいのだ。そんな時に差し出される明確な否定は、今までと変わらずファンでいていいというメッセージにもなるはずだから。
「えー、待って面白い答え出てこないし! シトルン呼んできて!」
大袈裟に天を仰ぐと、「こんなことで皆木先生を呼ばないように」「ザフラ大使を召喚しないでw」といったコメントが流れる。
MANKAIカンパニーの誇る漫才コンビは、当然一成や天馬のファンにも認識されているので、「綴くんにその写真送ったら、いい感じの突っ込みしてくれそう」だとか「シトロンさんの奇跡的なボケが発生するのでは」だとかが流れて、一成は少し笑った。
「あ、それいいかもー! あとで写真送っておこっかな!」
ウキウキとした調子でうなずけば、コメント欄では大喜利大会が始まりそうな雰囲気だった。それはそれで面白そうだな、と思いつつも一成は一つ咳払いをしてから口を開いた。
「テンテンファンの人たち、見てると思うんだけどごめんねー? 驚かせちゃったっしょ?」
両手を顔の前で合わせて謝罪を送る。
何かと予想のできない行動が多いことで有名な三好一成のファンは、それなりに奇行には慣れている。
だけれど、天馬ファンはわりと純粋でピュアな人が多い、というのが一成の印象だった。なので、その辺りのフォローも忘れない。
「いきなりこんな記事出てびっくりっしちゃったよねん。でも、これ本当に抱き合ってるんじゃなくて、オレのことキャッチしてくれただけだから! テンテンってば、マジで王子様じゃん。何かこういう映画あったよね? テンテンファンの人たち、何だっけー?」
呼びかけてみれば、「檸檬色の空」「メモリーズサイダー」などの作品名が流れていった。天馬ファンから反応があったことにほっと息を吐きつつ、「あ、階段落ちそうになったのと、舞台から飛び降りるところだっけ?」と答える。
天馬ファンは少しの空白を流したあと「そうです」「メモサイの舞台シーン」と返してくれたので、満面の笑みで一成は口を開く。
「そかそか、あのテンテン、マジでカッコイイよね~! 王子様役もめっちゃ似合うの、さすがオレらのリーダーだしテンテンって感じ!」
好意を隠しもしないのは、「夏組の三好一成」ならこう言うからだ。
この記事をきっかけにして今までの態度と変わってしまうことは避けなければならないし、恋人云々を抜きにしたって、一成は天馬ラブだと言ってはばからないのだから、これくらいは当然だった。
「――んー? もしかしてオレがこんなだから熱愛とか言われる感じ?」
一成ファンからだと思われる「安定のカズナリミヨシ」「夏組大好きだから……」「パーソナルスペース狭いから……」といったコメントに、一成は笑いながら言葉を続けた。
「その辺が出ちゃったのかな~。テンテンのこと大好きだから!」
写真を示して言いつつ、スマートフォンでトレンドをチェックする。「カズナリミヨシ」はだいぶ上位にいるけれど、まだ「皇天馬」には追いつけない。
キーワードは一成の配信関係が並んでいるとはいえ、これではまだゴシップ記事には辿り着いてしまう。
次の一手は――と思考を巡らせていると、スマートフォンに通知があった。
視界の端で確認すれば、差出人は至で内容は簡潔に「援護射撃」とだけ。雑談を続けながらも内心でハテナマークを浮かべていると、配信画面にも通知が入る。
一成がメインで使っている配信用プラットフォームには、アカウント同士のフレンド機能がある。相互でフレンドになっていれば、マルチ画面での同時配信が簡単にできる。
時々思い出したようにゲーム配信を行っている至のアカウントとは当然相互フレンドになっているけれど、通知は同時配信の許可を求めるものだ。
今のタイミングでなぜ? と疑問符を浮かべている間にも、同時配信の通知はずっと光っている。この状況で許可を出すのもどうか、とためらっていると至からさらにメッセージが入る。
「許可はよ」とだけの言葉に、一成は数秒考える。何を考えているかはわからない。ただ、至は考えなしにこの状況に参戦することはないだろうと踏み(ついでに言うならば、至は恐らく目的が達成されるまで引かないだろうという確信もあった)、許可のボタンを押す。
「いたるんから、同時配信したいって連絡来たからちょっと許可したよん♪ えっと、いたるんは――」
茅ヶ崎至の説明をしようとしたところで、一成の言葉が詰まる。
許可ボタンを押して、画面の隅に現れたウィンドウ。そこにはよく知った、やたらと綺麗な顔の男が映っているはずだったのだけれど。
「かず~?」
「カズさん!!」
画面に現れたのは、夏組所属の斑鳩三角と兵頭九門だった。
「すみー!? くもぴ!? え、なんで!? これ、いたるんのアカウントだよね!?」
混乱する一成の声に呼応するように、コメントが爆速で流れていく。「みすみ」「くもん!」「え、みすみ?」「九門くんじゃん」「いかるがみすみ?」「三角が配信!?」「くもぴ!!!」……。
二人とも、あまり積極的に配信に登場はしないので、まったくの予想外だったのだ。
「いたるに、オレたちもこれやりたいって、お願いしたんだ~」
「オレたち機材とか全然持ってないから、至さんがセッティングしてくれた!」
笑顔での報告に「なる~」と一成はうなずく。
二人を配信へ出すために至が尽力してくれたことはわかった。アカウントを新しく作らせるより、自分のアカウントで二人をカメラの前に出したほうが速い、と判断したのだろう。三人ともMANKAI寮に住んでいるので、その判断もうなずける。
「オレたちも、てんまの話したいんだ~」
相変わらずのほわほした雰囲気で三角が言う。九門も、ピカピカとした笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「そうそう! この配信、天馬さんの話するんでしょ? オレも話したいこといっぱいある!」
「おれも~!」
スーパーさんかくクンを胸に抱いた三角もそう言って続けば、「さすが夏組」「夏組本当仲良し」「夏組推し歓喜」といったコメントが並ぶ。夏組の仲の良さへの感想が大半だった。
実際それは間違っていないけれど、一成とて理解している。
三角も九門も、単純に天馬の話がしたくてこの配信に参加したわけではない。一成の意図――皇天馬のゴシップ記事をなかったことにしたい、という思惑を読み取って、自分たちも手助けをしようとしたのだ。
大事な夏組の、大事なオレたちのリーダーを守りたいと。それがわかるくらい、彼らとの付き合いは長かった。
「んじゃ、すみーとくもぴの自己紹介から~! 知ってる人も多いと思うけど!」
明るく笑って告げれば、二人が名前や出演作を述べていて、同時にコメントがいくつも入る。視聴者数を見ればずいぶんと人が増えていた。
コメントから推察するに、三角ファンがだいぶやって来ている。
人気漫画の舞台化で一躍人気を博した三角だが、あまり演劇以外の場面では出てこない。今までに出てきたのは映像作品特典と情報番組のワンコーナー、MANKAIカンパニーのブログと配信くらいなので、今回はかなり貴重な場面だと言えた。
九門は全国展開をしているスポーツ用品メーカーで働きながら、芝居を続けている。
最近ではスポ根もののWebドラマに出演しているが、「投球がガチ」「ピッチングが異常に上手い」「一人だけプロ」と特にSNSで評判になっているので、その流れでのぞきに来た人もいるらしかった。
「テンテンの話か~。話すこといっぱいあるけど、どうする? テーマとか決めちゃう?」
「あ、じゃあじゃあ、オレ、『天馬さんの好きなとこ』がいい!」
「てんまの好きなとこ~? いっぱいあるねぇ」
「にゃはは、選ぶの大変じゃん!」
ほとんど雑談のようなノリで、天馬の好きな所を挙げていく。
何でも一生懸命やるところ大好き!
サンカク探しが上手~。
驚かせ甲斐があるとこ!
演技力抜群でカッコイイよね。
てんまはやさしくていい子。
一本芯が通ってるとこかな~。
ただの雑談にも関わらず、視聴者数は着々と伸びていた。
夏組ファンの間でこの配信情報が伝播して、天馬ファンはもちろん三角ファンや九門ファンに波及し、そのまま幸や椋ファンにも届いたらしい。急上昇トレンドに「夏組」「三角」が入っている。
このままなら、トレンドを塗り替えることもできるかもしれない――と思った矢先、一成のスマートフォンに着信が入った。マナーモードにしているけれど、常に画面を注視していたおかげですぐに気づく。着信相手は、一成もよく知る人物――向坂椋。
驚き半分、どこかで納得もしていた。一成・三角・九門がそろっているのだ。他のメンバーがここへ加わってもおかしくはないだろう。
一成は「ちょっとごめん」と言って席を立った。配信画面から外れる。三角と九門だけが残されるけれど、あの二人なら上手く場をつないでてくれるだろうと思った。
配信主が画面から消えるくらいは、一成の配信ならたまにあるので、スルーされたまま一成は電話に出る。
「むっくん?」
『カズくん? 配信の途中なのにごめんね……ボクがもっと早く連絡できればよかったんだけどこんなに遅くなっちゃって今さらかもしれないんだけど――』
『自虐はそこまで。さっさと本題に入るよ』
「あれ、ゆっきー!?」
飛び込んだ声に通話画面をよく見れば、グループトークになっていた。目をしばたたかせていると、ハキハキとした調子で幸が言う。
『配信って音声だけでも参加できるんでしょ?』
『あの、ボクたちも天馬くんの話をしたいなって、思って』
はにかむように椋も続く。それが一体どんな気持ちから発せられた言葉なのか、わからない一成ではない。三角や九門と同じ気持ちで、二人は連絡をくれた。わかっているから、一成は明るく答える。
「おけまるだよん! 待ってて、すぐ準備するから!」
言い置いて、一成はコードを引っ張り出す。テキパキと接続をしながら画面の前に戻ってきて、「今、むっくんとゆっきーから通話あって、参加してくれるよん♪」と告げればコメントが沸き立つ。
もはや、一成の配信ではなく八割夏組の配信である。
「ゆきとむく~?」
「わー、やったねすみーさん!」
手を取り合って喜ぶ三角と九門を微笑ましく眺めながら、一成は設定を終える。
呼びかければ、椋と幸の声が流れ出した。「聞こえてる?」とコメント欄へ言葉を投げれば、「バッチリ!」「よく聞こえます」「大丈夫」との答えが返る。
幸と椋が簡単な自己紹介を終えると、「それじゃ、テンテンの好きなところ挙げてこ~!」と声を掛ける。幸が心底嫌そうな声で「はぁ?」と言うので、「出た」「幸くんのはぁ?」「強い」とコメントが流れていった。夏組にとっては馴染みのやり取りだ。
『好きなところとか特にないんだけど』
「またまたゆっきー、そんなこと言っちゃって! ほんとはたくさんあるって、知ってるよん♪」
茶化すように言うと、一応考えてはくれているらしい。実際、言葉にしないだけで幸が天馬を大切に思っていることなど、誰もがよく知っているのでただ答えを待っている。
『まあ……ポンコツなところも、あそこまで行くと面白いかも』
ほのかな笑みをにじませた調子で幸が言う。素直に「好き」とは言わないだけで、天馬の抜けた部分も大事な一部分だと理解しているのだ。しかし、すぐに剣呑な調子で言葉を続けた。
『でも、方向音痴はいい加減認めたほうがいいんじゃないの。未だに自分は方向音痴じゃないと思ってるし』
『あ、でも、運転はちゃんとできてるよ天馬くん!』
『案内役がいればでしょ』
椋のフォローをバッサリ切り捨てる幸。
実際、天馬が免許を取得した時はMANKAIカンパニー全員が心底心配した。ただ、技術自体に問題はないので運転はスムーズだったし、案内役がいれば辿り着ける程度には方向音痴も改善はされていた。それゆえ、本人は「方向音痴じゃない」と言い張るのだけれど。
『えーと、天馬くんの好きなところはいっぱいあるけど、ボクは天馬くんの仲間想いなところが好きです!』
このままだと幸による天馬への文句が始まりそうだと察した椋が、慌てたように口を開く。
『天馬くんはボクたちと一緒にいることをとても大切にしてくれるんです。そんな天馬くんは、格好良くて素敵だなぁって』
うっとりとした目で椋は言う。あまりその側面を出すことはないけれど、我らがリーダーは夏組をとても大事にしていて、六人でいることをとても大切にしてくれているのだと、誰もが理解している。
『――この配信のこと知ったら拗ねそう』
ボソリ、と幸が言う。答えたのは九門で「あはは、確かに! なんでオレだけいないんだ! って言いそう」と笑っている。
ここまで夏組がそろっているのだ。自分だけいない、という事実に不満を持つだろうな、ということはすぐに予想できた。
『本当なら天馬くんもここにいてくれたらよかったんだけど……お仕事中だよね……忙しいもん……』
「仲間外れじゃないよ~! ごめんねテンテン!」
アーカイブにするかはわからないけれど、あとのことを考えて一成がフォローを入れる。実際天馬は撮影中なのでこの配信に参加することは不可能なのだ。一人だけのけ者にしようとしたわけではない。
「じゃあ、スーパーさんかくクン! てんまの代わり~!」
三角が高らかに宣言し、今まで持っていたスーパーさんかくクンのぬいぐるみを頭上に掲げる。そのまま、さんかくクンに向かって問いかけた。
「てんまは、夏組のどんなところが好きですか~?」
答えのない問いのはずだった。しかし、さんかくクンを持つ手を下ろした三角は、ふっと空気を変える。 背筋を伸ばし、二度三度まばたきをすると不可解そうな空気を流して言う。
「いきなり何言ってんだよ」
あ、これは。
画面を見守っていた一成をはじめ、配信視聴者はすぐに理解する。この雰囲気は、この口調は。
「――まあ、強いていえば……あれだな。――騒がしいところは嫌いじゃない」
視線を下に向けて、ぶっきらぼうに言葉を放つ。けれど、唇には笑みが浮かんでいて、それはまさしく素直じゃないリーダーの発言だった。ここにはいないはずの皇天馬が、画面の中に現れた瞬間だった。
「うわ、すみーめっちゃ似てんね!?」
『さすが三角さん! 天馬くんだ!』
一成と椋の賞賛にニコニコ顔の三角は、「次はくもんだよ~」と言ってさんかくクンを渡す。
途端に、視聴者からは歓喜のコメントがものすごい速さで駆け抜けて行き、配信者側は突如始まった課題に全力で思考を巡らせることになる。
結局それから、天馬の真似を渋る幸を説得し続けたり、謎のエチュードも発生して天馬ならこんな時どうするか選手権に発展したりと、好き放題の配信は続いた。
一成は途中から、トレンドを確認しなかった。
「皇天馬」を演じるには、他のことをしている暇がなかったということもあるけれど、見たことのない視聴者数にほとんど確信をしていたからだ。
トレンドでも配信関係が上位に入っているだろうし、たとえ皇天馬の名前がトレンドに踊っていたとしたって、ヒットするのはこの配信でその感想のほうが圧倒的だ。
熱愛記事が消えたわけではないけれど、少なくとも天馬の名前は夏組の愛すべき仲間たちと共にある。
そうやって夏組は、皇天馬の名前を守ったのだ。
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