終演までは、どうかワルツを。 12話




 優雅な音楽が流れている。
 パーティーはすでに終盤を迎えており、おのおの好きに過ごしていた。談話室に場所を移動してガイと東の選んだ酒を飲むものもいれば、臣の作ったスイーツを堪能しているものもいる。
 久しぶりに寮を訪れたということで懐かしの場所を巡って、劇場のほうへ向かったメンバーも何人かいた。
 中庭のラクダはフォトスポットと化していて、代わる代わる人が訪れてはスマートフォンを構えていた。

「ムク、ダンスの相手をしてほしいヨ!」

 快活な声はシトロンのもので、綴と話していた椋に向かって恭しく手を差し出している。
 椋は両手を口にあてて、感極まったような顔をしていた。ずいぶん背も高くなったけれど、中学時代から変わることのない仕草はとても椋らしい。

「シトロン様にダンスに誘われるなんて光栄です……!」

 椋の王子様への憧れはもはや行動指針にもなっているので、ダンスのステップも当然のように踏める。危なげない足取りで、シトロンに誘われていく。
 四分の三拍子の上品な音楽に合わせて、二人は踊る。中庭が舞踏会になったようだ。すっかり日も落ちて暗くなった中、雰囲気のある間接照明に照らされた二人は、まさにおとぎ話のようだった。

「サクヤもダンスの練習をしたほうがいいネ!」

 くるくると踊っていたシトロンは、途中で足を止めて声をかける。食器の片づけをしていた咲也は「オレですか!?」と目を瞬かせている。シトロンは楽しそうにうなずいた。

「ダンスは大人のタノシミ、ネ! それに、サクヤにもいつか必要になるヨ! 結婚式にダンスはヒッチュウカモク、新郎新婦は必ず踊るネ!」
「たしなみと必修科目、か? ……あー、何か欧米とかは結婚式にダンスするのがポピュラーっていうのは聞いたことあるな」

 律儀に突っ込んだ綴がぶつぶつとつぶやく。職業柄何かと雑学に詳しい綴なので、シトロンが言いたいことは理解していたらしい。

「日本だとそこまで盛んじゃないけど、これから人生を共にする二人が、最初に手を取り合うってわけでキャンドルサービスとかケーキ入刀とかそういうのと似た意味っぽいな」
「わあ、何だか素敵ですね!」

 キラキラとしたまなざしで椋が言い、咲也も「知らなかったです!」と続く。それから、「でも、どうしてダンスなんだろう」とつぶやけば、シトロンは楽しそうに答えた。

「簡単ネ。ダンスは相手のことをよく見て、呼吸を合わせて踊るもの。人生を共にする二人は、ダンスを踊るみたいに一緒にこれからを生きるヨ」

 そう言ったシトロンは、くるくると器用に椋を回すと、楽しそうに続けた。心底嬉しそうに、何だかとてもまぶしいものを見つめるまなざしで。

「だからムクもサクヤもいつか大事な人ができたら――こんな風に手を取り合って踊るネ!」

 シトロンは、椋と咲也の手を重ね合わせて中庭の中央へと送り出す。二人は戸惑ったような顔をして、それから照れくさそうにステップを踏み始める。
 すると、それに気づいた誉が「ダンスかね。それならワタシも参加しよう」と進み出てくるし、太一や九門も集まってくる。談話室からも人が出てきて、中庭は再び活気を取り戻し始めた。

 その様子を見ていた一成は、自分も混ざろうと一歩踏み出したのだけれど。ちょうどその時、ポケットに入れていたスマートフォンが着信音を奏でた。見れば、劇場へ向かったメンバーの一人である紬だった。
 一成は少しだけ考えて、中庭ではなく室内へ足を踏み出しながら通話ボタンを押す。騒がしい中庭では声が聞こえにくいと思ったからだ。

「どしたの、つむつむ!」

 廊下伝いに歩きながら朗らかに尋ねれば、紬を始めとした明日が早いメンバーはこのまま帰宅することにした、という連絡だった。
 申し訳なさそうな声に、一成は明るく「大丈夫だよん♪」と答える。実際、謝ることは何一つない。集まってくれただけでも充分だったのだ。
 それに、寮に残っているメンバーもすでに自室に戻って休んでいるものもいる。残れるものは残って、あとは頃合いを見計らって解散する、といういつもの流れになるだろう。

「だから全然、気にしなくって平気だからね!」

 なおも申し訳なさそうな紬に、心からそう告げる。それから、イタズラっぽい声で「またみんなで集まる時は、夜更かししちゃお☆」と続ければ紬は「うん。楽しみにしてるね」と笑った。
 それからいくつかの言葉を交わして通話を終える。スマートフォンを仕舞った一成は中庭に戻ろうかと思ったものの、足は自然と二階へ向かっていた。


 中庭の喧騒をあとにして、バルコニーへ出る。談話スペースの椅子に座って吐き出した息は、思ったよりも熱かった。
 一成は、お酒の席は好きだけれどお酒自体が強いわけではない。飲む機会には恵まれたのでコントロールも覚えたし、基本的に自分の酒量はわきまえている。ただ、今日は特別だった。
 久しぶりに顔を合わせた大事な人たちが、誰より大切な人を祝う日だ。こんな日が特別にならないわけがない。まるであの頃に戻ったみたいに、MANKAI寮に笑い声が満ちていた。
 嬉しくて、楽しくて、どうしようもなく心がさざめいて、いつもより酔いが回るのがはやかった。
 ひどく酔うほどではないけれど、少し休みたかったのが本音だった。ただ、調子が悪そうな顔を見せたくはなかったから、バルコニーで少しだけ休んでまた中庭に戻ろうと思ったのだ。

(――昔に戻ったみたいだった)

 いささかぼんやりした頭で一成は思う。
 それぞれ歳を重ねていたから、みんな立派な大人になっていた。最年少だった莇だってとっくに成人しているし、もう子ども扱いはできない。
 わかっているけれど、それでもみんながそろう風景は、時間をすぐに巻き戻す。

(オレの送別会も、中庭だったっけ)

 一成が渡欧する際、それは盛大な送別会が催された。
 自分の送別会すら自分で取り仕切ろうとするので、夏組を始めとして「大人しくしていろ」と厳命されたことを、一成はよく覚えている。
 あの時の天馬がどこか怒ったような顔をしていたことも、眉を寄せて、揺らめく炎を瞳の奥に宿していたことも覚えている。
 それもそうだろう。だってあの時、一成はほとんど一方的に天馬に別れを告げている。

 一成にとって、渡欧という決断が大きなものだったのは事実だ。日本国内だけではなく、海外でも己の力を試したい。三好一成の名前を売り込み、活躍の場を世界に広げたい。
 そのための挑戦は、生半可な気持ちで成し遂げられるものではない。だから、渡欧すればしばらくは日本に帰れない。恋人らしいことも一切できない。だから、一旦関係を終わりにしよう、と一成は告げた。
 当然天馬は反発した。「オレは恋人らしいことをしたいからお前と付き合ってるわけじゃない」という台詞には、「テンテンかっこいい~」と思わずつぶやいてしまったくらいだ。
 一成とてわかっている。きっと天馬は、距離も時間もものともしないでいてくれる。
 大体、今の時代なら連絡を取ろうと思えばいつだって取れるし、オンラインで顔を見ることもできる。触れ合うことはできなくても、同じ時間を過ごすことは可能だろう。
 わかっていても別れを告げたのは、ここが手を放すタイミングだと思ったからに他ならない。
 天馬は無事に大学四年へと進学しており、順調に行けば翌年には卒業するはずだった。だからその前に終わらせなければいけなかった。
 子ども時代はもう終わる。だから、それと一緒に自分たちの関係も終わりにするのだ。大学卒業後、天馬は芝居の道に進む。広い世界でその隣に立つのは自分ではないのだから。

――お願いだから、友達に戻ってよ、テンテン。

 絞り出すように告げた一成の言葉を、天馬はどう受け取ったのか。長い沈黙のあと、天馬は「わかった」と告げた。揺らめく炎を宿した苛烈な声だった。
 それから一成は、宣言通り日本にはほとんど帰らなかった。夏組としての連絡は当然したけれど、恋人らしいやり取りはもちろんない。ただの友達に戻ったのだから当たり前だ。
 その事実に覚えた寂しさにはぎゅっと蓋をして、一成は海外での活動に専念した。その甲斐もあってか、少しずつ一成を取り上げてくれる場所が増えた。
 一つずつステップを踏んで、着実に階段を駆け上がっていく。そうして二年を過ごし、ようやく一成は日本へ帰ってきたのだ。

(友達に。戻った、はずだったのになぁ)

 一成は談話スペースの机に額をつける。ひんやりとして気持ちがいい。
 あの時まで、ちゃんと上手く行っていたのに。手を放して友達に戻って、一成の目論見通りに全ては進んでいたのに。どうしてそれが崩れてしまったのかなんて、一成は痛いほどに知っている。
 目を閉じた。火照ったままの頭で思い浮かぶのは、たった一夜の風景だ。