終演までは、どうかワルツを。 13話
******************
カーテンコールを迎える、万雷の拍手。劇場を照らす明かりが、キラキラとしたまなざしで舞台を見上げる客席を照らしている。
「ありがとうございました!」
感極まったように涙ぐむ椋はすっかり背も伸びて、出会ったころのような面影はない。それでも、彼の持つやわらかな雰囲気は健在で、放たれた言葉の真摯さは観客の耳にもしかと届いただろう。
「ありがとうございました」
「ありがと~!」
澄ました顔で幸が言い、続く三角は大きく両手を観客に振っている。九門が半分泣きつつ「ありがとう、ございました!」と深々頭を下げた。
一成は自然とこぼれる笑みをそのままに「ありがとー! むっくん主演公演、最高だったよねん!」と声を張り上げる。
観客から「最高だった!」「楽しかったー!」と返ってくるので「だよね!ありがとう!」と手を振った。
「――ありがとうございました!」
堂々とした風格で天馬が感謝を口にすれば、それが最後の挨拶だった。
けれど、全員の言葉が終わっても、客席から送られる拍手は鳴り止むことがない。永遠に続いてほしいような、このまま時が止まってしまえばいいと思ってしまうような、そんな時間。
しかし、舞台袖から監督が合図を送っている。彼らは役者だ。幕が上がったなら、きちんと下ろさなければならない。
舞台の上で一直線に横に並ぶ夏組は、自然と手を取り合った。中心にいる椋が大きく息を吸う。
「――夏組公演千秋楽をご観劇いただき、誠にありがとうございました!」
深く、深く、椋が頭を下げる。五人もそれに続き、六人の上には惜しみない拍手が降り積もっていく。
「夏組千秋楽の大成功を祝って、乾杯!」
今日の主役である椋が、談話室の中央でそう言ってグラスを掲げる。談話室のあちこちで唱和の声が上がり、めいめいが好きに食事を開始した。
千秋楽のあとは、談話室でパーティーが行われるのが常だ。それは今も変わらないけれど、出席者の数はだいぶ少なくなっていた。
「――天馬は無理をしてないか。公演もよく立てたなと思ったが……」
お菓子をつまんでいる十座は、椋と九門へ労いの言葉を掛けたあと、わかりにくい気遣いを乗せて天馬へ言葉を向ける。
元々多忙な天馬だが、大学を卒業してからはいっそう忙しさに拍車がかかっているのだ。今回、まさか夏組公演に出演できるとは恐らく誰も思っていなかった。
天馬は自慢げな表情を浮かべて答える。
「これくらい当然だろ。せっかく全員がそろう公演なんだから」
「頑張ったのはポンコツじゃないでしょ」
幸がつっけんどんに、褒められるべきはマネージャーであって天馬ではない、と言い切る。天馬が「お前なぁ」と青筋を立てるけれど、それはひどく懐かしくてほほえましい光景にしかならなかった。
十座もわかりにくい笑みを浮かべてその光景を眺めていたけれど、左京に呼ばれて場所を離れる。入れ違いにやってきたのは九門・一成・三角だった。
「でも、ベストタイミングだよね! 椋の大学卒業記念で、椋主演で公演しようって言ってたらカズさん帰ってきてくれたし!」
「こっちのギャラリーでも個展やりたいと思ってたところだったんだよね!」
「みんなそろってうれしいねぇ」
九門の言葉に、一成が明るい笑顔で答える。三角がしみじみとした調子で言うので、「オレもだよすみ~!」と一成が言えば、九門も「オレもうれしい!」と快活に笑った。
椋はインテリア系の雑貨メーカーへの就職が決まっている。兼業役者の諸先輩がたのアドバイスを素直に受け入れ、新しい生活をスタートさせる準備を進めている最中だ。
そんな中持ち上がったのが、椋が大学を卒業する記念として夏組公演を行ってはどうか、という声だった。
近頃では、MANKAIカンパニーの団員たちは多方面に活躍の場を広げていたため、年四回の各組公演は難しくなっており、夏組公演も一年近く行われていない。
それなら丁度いいだろう、と季節外れながらも夏組公演が行われることになった。
それが決まった頃に一成が帰国するという報せが入り、それならと夏組全員に招集がかかった。
それまでは天馬の出演が困難で、それ以外でも一成は海外いたし幸の留学などもあって、夏組全員がそろうことはできていない。だからこの機会に、全員公演を果たそうとしたのだ。
「――みんな、本当にありがとう。全員で一緒の舞台に立てて、ボク……すごく嬉しくって!」
ほうぼうへの挨拶を終えた椋が、夏組のところへ戻ってくる。泣き出しそうではなく、すでに泣いていた。
「別に退団するわけじゃないんだから、泣かなくたっていいでしょ。なんで九門も泣いてるわけ」
「だって、全員集まるのすごく久しぶりじゃん! みんなで円陣できたのも、オレ、オレ……」
九門が声をつまらせる。夏組の定番となった、開演前の円陣。近い場所で互いの体温を感じて、これから全員で最高の舞台を作るのだと心を一つにした。
誰一人置いていかない。全員で最高まで駆け上がる。言葉ではなく伝わる誓いは、夏組にとって特別なものだ。
全員がそろわなくたって、他のメンバーとだって円陣はしていた。それはやっぱり力になったけれど、夏組の円陣はどうしたって特別だった。言わなくても、全員それを理解していた。
「じゃあ、もう一回円陣しちゃう?」
「なんでだよ」
閃いた、といった顔で一成が言えば、天馬からの突っ込みが入る。
いたって自然の当たり前みたいな調子に、一成はほっと息を吐く。よかった。ちゃんと友達の態度だ。不自然なところなんか全然ない。オレたちはちゃんと友達のままだ。
思えば、天馬は最初からそうだった。
帰国してから公演の練習に入り、天馬と久しぶりに顔を合わせるという段になって、一成はひどく緊張していた。
天馬の顔を見たら自分の決心がにぶるのではないか、とか。天馬が再び話し合いを望むのではないか、とか。
色々考えていたけれど、いざ顔を合わせてみれば、天馬は拍子抜けするほどあっさりと一成を「友達」として扱った。
夏組としての特別には入れても、恋人としての場所に一成はいない。自分で選んだことだから、寂しがる権利もないと一成は理解していた。
こっそりとからめた指先も、吐息を交換しあう唇も、耳に響く鼓動の音も、二人で分け合った体温も。全てはもう遠い過去のものだ。
それを確認したくて、一成はさらに言葉を続ける。
「いーじゃん、いーじゃん! ほら、みんな円陣組んで~!」
明るく告げれば、何だかんだと言いながら全員が近づいてくる。談話室の真ん中で、顔を寄せ合う夏組。
一成は隣にいる天馬と九門の背に手を回した。同じように手のひらが背中に触れる。そこにはどんな熱もなかったから。特別な意味なんて一つもなかったから。一成は安堵しながら、声を張り上げる。
「夏組、ファイトー!」
「おー!」
その声に、談話室にいた他のメンバーが夏組へ視線を向ける。
面白がるような声がいつもより大きく、高く聞こえるのは久しぶりにそろった夏組相手だからだろうか。それとも、千秋楽を終えたあとの、熱に浮かされるようなあの熱狂のせいだろうか。