終演までは、どうかワルツを。 30話
その日は、夏空の広がる気持ちのいい一日だった。
突き抜けるような青空に、高く積み上がる入道雲。気温は順調に上昇し、夏らしい一日になるだろうと誰もが予感するような日だった。
「みんな、マジでごめん! でもありがとー!」
MANKAI寮の玄関で、一成が両手を合わせて叫ぶ。そのまま土下座しそうな勢いだった。慌てたように、真っ先に口を開いたのは椋だった。
「カズくん、ボクなら全然大丈夫だよ! むしろ、こんな大事な日に呼んでもらっちゃっていいのかなって……」
「そうそう! オレも休みだから全然平気なんだけど! でも、カズさんと天馬さんの話し合いの日、オレらがいていいの?」
椋の言葉を受けて九門が言う。今日は、天馬と一成がMANKAI寮で話し合いを行う日だと聞いていた。
だから内心でエールを送ろうと思っていたら、その張本人である一成に言われたのだ。できるなら、その日はMANKAI寮にいてくれないかな、と。
話し合いに同席してもらうわけではなかった。ただ、MANKAI寮のどこかにいてほしい、と一成は言ったのだ。
「オレもちゃんと話すつもりだし、逃げる気はないんだけど……ないんだけど! でもやっぱり、うっかり逃げたらマズイかなと思って! みんながいたら逃げないで済むっていうか、もし逃げようとしても絶対つかまえてくれるし……」
「わかってるじゃん」
ぼそぼそと言う一成の言葉に、幸が笑みを浮かべて言う。こうして夏組を呼んだのは、つまるところ一成なりの対策だ。
逃げるつもりはないとはいえ、及び腰になってしまう自分を理解しているからこそ、自分を鼓舞するための存在が必要だった。それが、一成にとっての夏組なのだ。
ハッキリと告げられたわけではない。それでも、一成がどんな気持ちで自分たちを呼んだのかは理解していた。頼ることが苦手な一成が、夏組を頼ったというなら応えるに決まっているのだ。
「ま、一成を捕まえるのは椋とか九門とか三角だろうけど」
「大丈夫だよ、かず~! ちゃんとてんまのところ連れていってあげるからね~!」
サンカク印を作って気合いを入れる三角は、恐らく本気でそうしてくれるだろう。心強い言葉に一成は笑って「ありがとう」と言うけれど。
「てか、すみー、今日ここに来て大丈夫なの……?」
三角は稽古の真っ最中のはずである。いくら凱旋公演で大筋は変わっていないとは言え、稽古は稽古だ。大丈夫なのだろうか、と思っていると三角は少しだけ考えてから、ふわふわと笑った。
「大丈夫だよ~。ちゃんと稽古してるし、行ってもいいよって言われてる~」
無断でこちらに来たわけではないし、休みの許可は取っているという。まあ、そこは三角なので、舞台を台無しにするようなことはしないだろうと誰もが思ってはいたけれど。
「気になることがあるとポンコツになるしね、サンカク星人。遅れがないなら、一日くらいこっちに寄越したほうが効率いいって判断なんじゃないの」
淡々と幸が言う。年齢を重ねるにつれ、三角はだいぶ自分の集中力をコントロールできるようになっている。
とはいえ、気がかりがあるとそれに引きずられる性質はそう簡単に変わらなかった。MANKAIカンパニーや夏組に何かあれば、気もそぞろになる可能性がまったくないとは言えない程度には。
恐らく、舞台関係者もそれは理解しているのではないか、というのが幸の弁だった。
「――大体、オレたち自分の意志でここにいるんだから、一成が気にすることじゃないでしょ」
「そうなんだけど……いやすっごい嬉しいんだけど……でもまさか全員いてくれるとは思わなくてね?」
若干申し訳なさそうな笑顔で一成は言う。
夏組に「MANKAI寮にいてほしい」とは言った。ただ、それは誰か一人でも嬉しい、という気持ちであって、全員から了承が返るとは微塵も思っていなかった。みんな忙しいだろうし、各々予定もあるだろうから。
しかし、蓋を開けてみれば見事に全員が集合しているのだ。
「カズくんのお願いだもん」
「絶対聞くよね!」
「ま、ちゃんと確認しないと心配だし」
「オレたち、二人のこと見届ける役だからね~」
当然のように返ってきた言葉に、一成はもう一度「ありがとう」と言った。今度は申し訳なさそうな顔をしていなかった。ただ純粋に、嬉しくてたまらないといった表情だった。
「で、ポンコツはまだ来てない、と」
幸と椋は使った電車が同じだったようで、駅から一緒にやって来た。一成は先に来ていたらしく、九門と三角と共に二人を玄関先で出迎えたのだ。
しかし、ここにはまだ天馬の姿がない。もしもすでに来ていたら絶対にここにいるはずなので、姿を現さないということはつまりそういうことだった。
「テンテンは元々なんか用事あるって言ってたかんね~。たぶん、そっち終わったら来るんじゃない?」
スマートフォンを確認した一成が言う。確かに、急きょ休みを取るのは難しいだろうから、元々オフだったというのはうなずける。恐らくそちらを済ませてから合流するつもりなのだろう。
「時間まではまだあるから……」
取り成すように椋が言う通り、本来の集合時刻は夕方16時だ。
ただ、その前にMANKAI寮に集合してお昼を食べることになっていたので、天馬以外はこうして早めに集合している。
天馬は当然それを知っているので拗ねていたけれど、用事がある手前何も言うことはできなかった。
それでも、早く行けそうになったらそうする、と宣言もしていたので、先に来ている可能性もゼロではなかったのだ。
「何してるんだか」
「オフってあんまりないから、天馬さんも忙しいんじゃない?」
和気あいあいと話しながら、天馬を除いた夏組は玄関から移動する。今日の昼食についてはすでに連絡済みなので、談話室には一成や幸、椋の分も用意されているのだ。
談話室に入り、臣に挨拶すると朗らかに「昼飯できてるぞ」と言われる。
口々に礼を言って着席すると、ソファで眠っていた密がむくりと起き上がる。起こしてしまっただろうかと視線を向ければぼそりと一言。
「夏組が8割そろってる……」
確かに、と思っていると臣を手伝っていた真澄が「最近夏組の集合率が高い」とつぶやくので。本当にその通りだな、と8割の夏組は笑い合った。
◆
大騒ぎしながら昼食を終えて、五人は203号室へお邪魔する。自室がないためいる場所がないのだ。
「話し合う時は、オレたち外出てるから! 何しよっか、プールとか出す?」
「水鉄砲もあったよ~」
203号室の住人である九門と三角は楽しそうにそう言う。
今回、話し合いの場所は203号室を提供する、と言ったのはこの二人だった。寮内の空き部屋を借りるという手もあったけれど、うっかり誰かが来る可能性もゼロではない。
それなら、一番プライベートが確保される自分たちの部屋がいいだろう、というのが二人の判断だった。
申し訳ないと思いつつも、一成も天馬もその申し出をありがたく受け取った。確かにそれが一番きちんと話し合いができると思ったからだ。
16時以降の予定についてあれこれと議論を交わすメンバーを見つめながらも、一成の意識は時計に向かう。現在の時刻は14時30分。あと1時間30分で天馬が来る。
「カズくん?」
ドキドキと緊張していることに気づいたのか、それとも単に用事があったのか。
椋に名前を呼ばれて、弾かれるように顔を上げた一成が「なになに?」と尋ね返す。テンション高めの、だけれどわずかに上ずった声に、椋はふんわりと笑う。
「大丈夫だよ、カズくん」
久しぶりに天馬と顔を合わせる。
その事実に、緊張していることをすぐに察したのだろう。一成を安心させるいつもの笑顔で、何も心配することはないと告げる。
「そもそもなんで緊張するわけ?」
心底理解できない、という顔で幸が言う。これから何を話すのかわからない、というならまだしも、ほとんど結論の出ている話し合いなのだから、別に緊張することはないと言いたげだった。
「別れ話前提ならわからなくもないけど――絶対そういう話にならないでしょ」
「だよね! てか、オレもうお祝いどうしよっかなって感じなんだけど!」
「サンカクくんいるかな~? お祝いのスーパーさんかくクン」
「もしかして花とか買ってきたほうがよかったかな!? 時間もあるし買いに行こうかな……!?」
はっとした顔で椋が言えば、わいわいと、お祝いのおにぎりが必要じゃないかとか、やっぱりここはケーキ?兄ちゃんに聞かなきゃ!だとか、どんな風にお祝いするかという話に流れていくので。
一成はたまらずストップをかけた。
「待って待って、話し合うだけだからね!? オレ別にプロポーズ受けるとか一言も言ってないよ!?」
純然たる事実だったし、間違っていないはずだった。それなのに。
幸は呆れた顔をしているし、椋はなんだか苦笑している。九門も困ったように笑っていて、三角すら心底不思議そうな顔をしていた。
「まだそんなこと言ってるわけ? 一成が『会う』って決めた時点でイエス以外あると思ってんの?」
強い口調で言い切られて、一成は言葉に詰まる。一成とてその自覚があったから逃げ回っていたわけで、幸の言葉はまったく正しい。追い打ちをかけるように続いたのは椋だった。
「ボクは、二人がお互いの気持ちをちゃんとわかったほうがいいと思うから、話し合いしてほしいなって思ってるけど……カズくんの答えって一つしかないよね」
しみじみとした口調で言う通り、一成の答えなんてイエス以外に存在しないことは、恐らく全員が理解していた。当の一成はもちろん、夏組全員の総意と言える。
一成の天馬への思いをよく知る彼らからすれば、それは火を見るより明らかな事実だ。
「……でも、今日とは限らなくない? 話し合いだけで終わるかもしれないんだから、お祝いは気がはやくない?」
一応そう言ってみると、九門が「え、だって天馬さんだよ?」と言った。快活な表情で、明るい笑顔で、それはもう絶対な事実を述べるように。
「天馬さん、うなずくまで終わりにしてくれないと思う!」
「かずがうんって言うまで、てんまがんばる~」
三角も同意すれば、幸が「まあ、言質は取るよねあのポンコツ」と言うし、椋は「ハイって言うまでお前を離さないって言う天馬くん……!?」と少女漫画熱を暴走させていた。
それを聞く一成は、一体どう反応すればいいのか、と思う。
ある意味では絶対的な信頼を得ている天馬をさすがと言うべきか、自分の気持ちが完全にバレていることを恥ずかしがるべきか。選択肢はいくつも頭に浮かんでいたのだけれど。
「まあ、確かにそーだよねん」
困ったような照れたような、だけれど心からあふれる喜びを形にしたような笑みで、一成は言う。
だってもう、一成は知っている。ここまで散々遠回りをしてきたけれど。みんなを巻き込んでたくさん迷惑を掛けたけれど。辿り着いた結論がたった一つしかないことを、一成はよく知っていた。
思った一成は、何だか吹っ切れたような顔で口を開いた。
「じゃさ、お祝いプラン、オレも一緒に考えていい?」
「なんで!?」
「えー、何か落ち着かないし、面白そうだし!」
九門の真っ当な突っ込みへの返事は、純粋な一成の気持ちだった。お祝い事には自分だって参加したい。嬉しいことや楽しいことは、みんなと共有したい。
「かず、サンカクいっぱいほしい~」
「サンカク星人のお祝いじゃないし」
「いいよ、いいよ、みんなの好きなものいっぱい入れちゃお!」
言いながら、持ってきていたタブレットを起動させる一成の姿に、どうやら本格的にイベントプランを作成するつもりらしいと悟る。
通常ならばそれはどうか、と思う場面だけれど、そこはカズナリミヨシなので、で片がつく。
それに、夏組は一成が楽しみを共有したい人間だということをよくわかっている。久しぶりに天馬と顔を合わせるという緊張感を紛らわせるにも有効な手段ということも理解していた。
だから、手を動かし始めた一成に各自アイディアを投げていく。