終演までは、どうかワルツを。 31話
時間はあっという間に過ぎた。元々、デッサンやデザインなど、何かを作っていると時間なんてすぐに経ってしまう。
加えて、今日はそこに夏組のメンバーがいたので、時間なんて本当に一瞬で過ぎ去っていた。
「あ、そろそろ天馬さん来るんじゃない?」
だから、時計に視線を向けた九門がそう言うまで、一成の頭から時間のことはすっかり抜けていた。
何のためにここへ来たのか、忘れていたわけではない。天馬のことはずっと意識していた。
ただ、時間に関してはほとんど忘れていたので、もうそんな時間か、と思ったのだ。確かに、時計は16時の10分ほど前を示している。
「天馬くんのことだから、そろそろ来るかな?」
「時間前行動だもんね!」
「迷わなきゃ、でしょ」
「でも、てんま、この前はちゃんと来てたよ~?」
この前、というのは天馬の誕生日パーティーを指している。確かに、天馬は遅刻することなく時間前にはMANKAI寮に辿り着いていた。
「あれって井川さんに送ってもらったのかな?」
はて、と九門が首をかしげる。休日と言えど、そこは皇天馬である。
うっかり街中を歩いたりはできないだろうとの判断で、マネージャーが車を出すということも考えられる。天馬は休みでもマネージャーは仕事中だったりもするので。
「じゃあ、今日も車かな~?」
「井川さんに聞いたら到着時間わかるかな!?」
何だかんだで夏組は全員、井川の連絡先を把握している。天馬に関しての情報共有という意味もあるし、何かあったらすぐに連絡できるようにという判断もあった。
「運転中だったら返事できないでしょ」
「そっか!」
幸のもっともな言葉に九門がうなずく。まあ、別にまだ時間前なのだし、そこまで厳密に到着時刻を知る必要もない。
ただ、もしかしたら天馬からもうすぐ着くとかそういう連絡は来ているかもしれない、と一成はほったらかしにしたままのスマートフォンに手を伸ばそうとした。
しかし、その前に203号室の扉がノックされる。
待ち人が来たのか、と部屋の空気がざわつく。しかし、返事を待たずに開かれた扉の先にいたのは万里だった。
「あれ、セッツァー。今日寮だったんだ?」
「おう、ちょっと必要な資料があったから、昼飯食いがてら来てた。つーか、一成やっぱり見てねーんだな」
ぐるりと部屋を見渡した万里は、そう言うなり手に持っていた自分のスマートフォンを一成に向かって投げてよこした。
慌ててキャッチすると、スマートフォンでは動画が再生されていて、そこには天馬が映し出されていた。
一成の心臓が、一際大きな音を立てる。
普通に毎日を送っていれば天馬はどの媒体でも目にする。だから、天馬を視界に入れたことで鼓動が跳ねたわけではない。
心臓が音を立てたのは、画面に仰々しく踊る「皇天馬に突撃取材!」という文字と、サングラスをかけていてもわかるくらいハッキリと、天馬が困惑の表情を浮かべていたからだ。
「――なにこれ」
「突撃取材って書いてあるけど……」
困惑しているのはこちらも同じだった。一体何が起きているのかがわからない。
一成は三角に万里のスマートフォンを渡すと、猛然と自分のスマートフォンで情報を集め出した。
画面からはリポーターと称する人間の声がひっきりなしに流れている。『皇天馬さん!』『詳しい話をお願いします!』『ネタは掴んでるんですよ!』――。
情報はすぐに集まった。生中継という文字から、リアルタイムで更新されるSNSを縦断すれば急上昇トレンドに入る皇天馬の文字がすぐに目についたからだ。
テンテンってば本当に有名人だよね、と思いながら一成は名前をタップする。
拡散数が多いもの・投稿順が早いもの・支持の多いものにざっと目を通して、元ネタに辿り着く。その間にも、万里のスマートフォンからは声が流れ続けていた。
「『皇天馬結婚秒読みか?連日の宝飾店通い』『本誌記者が目撃!やはり相手は、男性劇団員だった』」
無表情に一成が読み上げた言葉に、夏組が驚いたように振り返る。万里は苦い顔をしたままだったので、恐らく情報源は理解していたのだろう。
一成は大きく息を吐き出すと、無意識で頭をぐしゃりとかき混ぜる。何が起きているのか。どうしてこうなったのか。概ね理解すると同時に、自分自身へのいら立ちが猛然と沸き立ってきていた。
しかし、自分の感情に身を任せてしまうわけにはいかないことを、一成は理解している。夏組へ向き合って口を開く。
「あー、ごめん……この前、みんなで配信したっしょ。テンテンがオレと恋人同士だって、抱き合ってるって写真が出てトレンド入った時。今回も同じところが記事出したっぽい」
恐らくずっと張り付いていたのだ。
どうして天馬なのか、と聞く必要はない。皇天馬だからだ。彼のスキャンダルがつかめたなら、それこそ一大スクープになる。聞いたことのない、小さな出版社にとって大逆転を狙えるほどの。
「この前のテンテンの誕生日パーティーの時の写真と……あとはプライベートでお店行ってるとこ」
前回と同じく、記事は芸能ゴシップ誌のWebチャンネルに掲載されていた。ごちゃごちゃした構成の中で、一際大きな見出しで報じられるのは「皇天馬、同性の恋人と結婚!?」という一連の記事だった。
記事内に掲載されるのはいくつかの写真。
MANKAI寮のバルコニーに、隣同士で並ぶ天馬と一成。一成の肩に頭を乗せる天馬の姿。
寄り添う二人の親密さが画面越しでも伝わってくるような写真であり、前回の記事を踏まえながら、恋人同士の仲睦まじい光景であると記事は続く。
さらなる写真では、帽子とサングラス姿の天馬が、毎度異なる服装をしながら同じ店に出入りしている。何日も天馬が店に通っている、ということを示すものだ。
粗い写真ではあるけれど、カラーで掲載されるその店を一成は知っている。
白塗りの壁に、マリンブルーの庇屋根。アイアンの取っ手がついた、ナチュラルブラウンの扉。天馬と一成にとって思い出深いあの店だった。
記事はこの店がオーダーメイドの指輪を扱っているアクセサリーショップであることを突き止め、連日皇天馬が通っているのは婚約指輪の相談のためであると断じていた。
そして、今回はこの記事を踏まえた上で、アクセサリーショップから出てきた皇天馬への突撃取材を敢行する、という言葉で締めくくられていた。
「ずっと張ってたんだろうな。前回の記事、相当PV数えぐかったんだろ。お前らの配信がなければ、Webでも相当話題になったはずだからな」
顔をしかめた万里が言う。
恐らく、前回の記事はこのゴシップ誌にとって青天の霹靂とも言えるアクセス数を叩き出した。皇天馬の名前を使えば、多くの人間の注目を集めることができることを体験として実感してしまった。
だからずっと待っていた。皇天馬の名前で、再び新たな記事を出す日を。そして、それに乗じて突撃配信を行えば、さらなる効果が見込めると判断したのだ。
動画の威力は強い。単なるWeb記事だけでもあれだけのアクセスがあったのだ。実際に、皇天馬に突撃取材を敢行して、その様子を生配信すればそれこそ信じられないほどの人間がアクセスするに違いない。
実際、その読みは当たっている。皇天馬のオフ、というだけでも注目度が高いのだ。加えて、結婚に同性の恋人という要素まで加われば、話題性としては充分すぎるほどだ。
現に、前回とは比べ物にならない人数がこの話題を取り上げている。
土曜日の夕方という時間帯も良くなかった。平日よりもSNSにアクセスする人間が多いという状況で投下された爆弾は、あらゆる場所に衝撃を与えていた。
「でも、なんで? なんで今日なの!?」
混乱したように九門がつぶやく。よりによって、天馬と一成がきちんと話し合おうとして設定した日にこんなことになるなんて、と悔しささえにじませて言う。
「……てんまがお休みだから?」
難しい顔をした三角がつぶやく。天馬の休日を待っていたのは、何も夏組だけではなかったのだ。忙しい天馬のことだから、何か行動を起こすなら休日に違いない。それを踏まえての今日だったのだろう。
「っていうか、ポンコツももっと注意しなよ。何そう簡単に写真撮られてるわけ」
「ごめん、ゆっきー。これはオレも悪い。完全に気が緩んでた」
苛立つ幸に、硬い表情で一成が言う。
MANKAI寮のバルコニーは家のようなものだった。だから、肩にもたれかかる天馬のことも当たり前のように受け入れてしまっていた。外からの目があることを、すっかり忘れていたのだ。
「そんな……違うよ、カズくん! カズくんのせいじゃないし、天馬くんだって悪くないよ……!」
悲鳴のような声で椋が言う。ぶんぶんと首を振って、二人が悪いところなんて何もないと言い募る。同意の声は万里だった。
「だな。どう考えても悪いのは隠し撮りするほうだろ」
確かに迂闊だったしそれは否定できない。だけれど、それが悪いことだとは夏組だってMANKAIカンパニーのメンバーだって誰一人思ってはいないのだ。
一成はそれぞれの反応に「ありがとう」と返してから、スマートフォンへ目を落とす。
今回の記事では一成についての説明も詳細を増しているし、前回の記事も引き合いに出されていた。
そのため、一成のアカウントへのコメントも膨大なものになっていた。瞬く間にコメントが増えて、天馬と撮った写真も拡散されていく。やはりこれも前回の比ではない。
この分では、現在出演中の深夜ドラマのほうにまで迷惑がかかるかもしれない。
日本画のほうは、画廊まで辿り着くのはもう少し時間がかかるし、あちらはあまりSNSを重視はしていないだろうけれど、デザイン事務所はどうだろう。
何よりも、皇天馬は。顔を見ない日など存在しない、日本中の誰もが知る存在。輝かしい未来が用意されている、誰よりも真摯で努力家な皇天馬は。
震える指で、一成はスマートフォンを操作した。
見ないほうがいいと理性は言う。しかし、同じくらいに見るべきだとも訴えている。皇天馬に向けられる声を、三好一成は見なければならない。
だってこれは、オレがいるから起きた事態だ。
一成の目に、膨大なコメントが飛び込んでくる。並ぶコメントは皇天馬ファンの困惑が一番多い。しかし、前回と違うのはファン以外の人たちのコメントが思いの外多いことだった。
――この記事って本当なのかな。皇天馬ついに結婚?恋人って男なの?三好一成って誰。今、配信やってる。マジで男が恋人なの?オフの皇天馬貴重じゃない?皇天馬も結婚するのか。オフでもカッコイイのずるい。マジでアクセサリの店なのウケる。皇天馬結婚ってマジ?ガチで恋人男なの?――。
ファンの嘆きや困惑というより、流れてきた情報に対する反射的な感想といった色合いが強かった。
一成はごくりと唾を飲み込む。ファンならば。皇天馬のファンであるならば、出来る限り好意的に解釈しようとしてくれる。
しかし、皇天馬は毎日どこにいたって目にするくらい、馴染んだ存在だ。
日常の一部のように皇天馬をとらえている層からすれば、好意的にとらえるような義理はない。皇天馬とは、明日の天気を語るのと同じような気安さで語れる存在だ。
だから、そういうコメントが並ぶのだって予想の範囲内だった。
――この記事出るの二回目ってことはマジなんじゃないの?
――皇天馬の恋人って男なんだって
――全然恋愛ネタなかったのが余計にガチっぽい
――ないわ~wwww普通にきもいんですけど
――男が恋人とかショック……せめて女優にして……
――は!?相手男なの!?馬鹿じゃん!?
それはただの感想で、まさか一成が目にするとは微塵も思っていないはずだ。だけれど、その純粋な感想が一成の心をえぐる。取り繕うことのない、心からの言葉だからこそ。
――配信見てるけど、すげえガチっぽい
――否定しない皇天馬wwww
――ノーコメントとプライベートしか言わないwww
――これ絶対ガチだ
――マジで男だわ恋人
――きっも
――男と結婚とか皇天馬終わってる
流れるコメントの種類が変わった。どうやら、今まで沈黙を保っていた天馬が口を開いたらしい。
ただ、それは何かを告げるためのものではなく、「何も言わない」ことを宣言したに過ぎない。
だけれど、それが余計に憶測を生んでいる。嘘ならば否定すればいい。それをしないのはつまり、この内容が事実だからなのではないか。
嘘を吐いてくれていいのに、と一成は思う。
天馬はその演技力でいくらだって上手に嘘が吐ける。だけれど、天馬はその誠実さでそれを良しとしなかった。一成との関係に、後ろ暗いところなんて一つだってないと信じているから。
天馬を守るための嘘なら、いくらだって吐いてくれていい。
一成はただの友達で、仲が良すぎるからパーソナルスペースが狭いだけだって。いくらだって、一成のことを嘘にしていいのに、天馬はそうしない。
――男同士とか気持ち悪すぎ
――皇天馬見たくないんだけど
――普通に無理でしょ
――男が恋人の皇天馬とか需要ある?
――皇天馬は一生テレビ出ないでほしい
――恋愛もの絶対見れないんだけど
――男と結婚とか無理無理、気持ち悪い
並んでいく言葉に、一成の血の気がすうっと引いていく。指先が冷えて、スマートフォンを上手く持てない。
配信の様子に、流れができてしまったのだと悟る。否定しない皇天馬。すなわち、この報道は真であり、つまりは、同性を恋人に選んだ皇天馬に対しては、どんな汚い言葉を投げつけてもいいのだと。
もしかしたらファンもいるかもしれない。同性の恋人という報道にショックを受けて、冷静ではいられなくて思わず吐き出した言葉もあるかもしれない。
だけれど恐らく、ここにある大半の言葉はそうではない。
芸能界でもトップに近い存在。華やかな経歴と血統を持ち、確かな演技力であらゆる媒体に出演し、様々な賞に燦然と輝く。
そんな皇天馬を引きずり下ろし、揶揄し、侮蔑できる絶好の機会が今だった。この機を逃すまいと、SNS上の悪意が一斉に天馬の名前に群がる様を、一成は目の前で見ている。
手が震えた。息が上手くできない。だってこれは、オレのせいだ。オレがいるからだ。
何度も思った。ずっと考えていた。
オレじゃなければ。同性の三好一成でなければ、こんなことにはならない。だって今、皇天馬の名前と共に流れるのは侮蔑の言葉だ。こんなスキャンダル、今まで一度もなかったのに。
これまで築いてきた名声が、評判が、信頼が、オレを選んだことでみんな崩れてしまう。悪意と蔑みと共に皇天馬の名前が語られる。その損害はどれほどのものか。
この話題のせいで、天馬の名前に別の意味が生まれてしまう。いつだってその名前はキラキラと光り輝いて間違いのない選択のはずだったのに、眉をひそめて語られる名前になってしまう。
オレが、その手を取ってしまったから。
テンテンの未来に相応しいのはオレじゃないって、ずっとわかっていた。だから手を放さなくちゃいけなかった。
女性ならばよかった。テンテンが手に取るには相応しい相手ならよかった。オレじゃなければ。三好一成でなければ。テンテンは、こんな風に悪意に群がられることはなかった。
笑っていてほしかった。こんな風に困らせたくなかった。
テンテンがどれだけ綺麗に笑うか知っている。照れくさそうに、ちょっと甘えた顔でオレに向かって笑ってくれる。その笑顔を知っているのに。テンテンはオレのせいで笑えなくなる。
一成の指からスマートフォンが滑り落ちた。誰かが何かを言ったようだけれど、上手く耳に入らない。
一緒にいたかった。天馬の隣にいるのは自分でありたかった。
間違いようのない自分の心を知ったから、天馬と会おうと決めた。だけれどそんなエゴだけで、隣を選ぶことは許されるのだろうか。こんな風に――オレがテンテンの笑顔を奪ってしまうのに?
「――カズくん!」
はっと我に返ったのは、呼ばれた名前とともに力強く腕をつかまれたからだ。椋が、泣き出しそうな顔で一成の右腕を掴んでいる。
「一成」
ばしん、と背中を叩いたのは幸だった。続いて左腕に熱が触れる。
「カズさん……!」
やっぱり泣き出しそうな顔をした九門が、ぎゅっと腕を掴んでいる。それから、前方に影が落ちた、と思うのと同時に右手にそっと触れたのは三角だった。
「かず」
冷たくなった指先に熱を送るように、三角は右手を握る。笑ってはいなかった。ただ真剣なまなざしで、一成を見つめている。
四つの声と熱に、一成の混乱した頭はわずかばかりの冷静さを取り戻す。落ちたスマートフォンを拾い上げ、「ごめん」とつぶやく。
ただ、一体何をどうすればいいのかはわからなかった。
前回のように今から配信を行う? 一体何を? この前と同じ二番煎じでは、到底この勢いを上回ることはできない。皇天馬の動画ほどの注目は集められない。
「これ結構やばいんじゃねーの」
混乱しながらも頭を働かせる一成の耳に届いたのは、万里の声だった。いつの間にか彼の手に戻っていた自身のスマートフォンで動画をチェックしていたらしい。
「人がだいぶ集まって、天馬のやつ完全に身動き取れなくなってるぞ。このリポーターってやつもマジでしつこいし。このままだと、警察呼ばれそうじゃね?」
眉をひそめた万里の言葉に、一成たちはさっと顔色を変える。
この状況で、さらに警察なんて呼ばれようものならSNSでさらなる話題になることは目に見えている。あの皇天馬が警察騒ぎを起こしただとかの良くない方向で。
「天馬くん、これどこにいるんだろう……寮まで帰ってこられれば……」
自分のスマートフォンを操作した椋が、万里が見ているものと同じ動画にアクセスしたらしい。
小さな画面では、どこかの店の近くにいるということくらいしかわからず、具体的な場所は判別できないようだ。
「天馬さん、動けるかな!?」
「動けたとして、リポーター撒かないとだめじゃないの」
「てんま、できるかな~?」
九門・幸・三角も、椋のスマートフォンをのぞきこんで動画を見ている。
今までしつこく食い下がり続けているところから見ても、リポーターが簡単に諦めるとは思えない。人混みも問題だけれど、一番はこのリポーターだろう。
どうにかして天馬を連れ出してリポーターを撒く方法はないか、と一成が考えていると、動画の声が一際高くなる。
『三好一成さんとは入団当初からのお付き合いなんですか!?』
今までは、「詳しい話を聞かせてください!」「ご結婚されるんですよね!?」「オーダーメイドの婚約指輪を購入したんですよね!?」だとかの質問が主で、一成についても「恋人同士なんですよね!?」「男同士という点にはどうお考えですか!?」といった類だった。
しかし、それでは埒が明かないと感じたのか、リポーターは一成との関係に焦点を定めたらしい。
『素晴らしい舞台デビューだと称賛されていましたが、その頃にはすでに三好さんとは交際をしていたんでしょうか!?』
続いた言葉に、一成は思わず天を仰ぐ。
だって、あの、夏組の始まりだったあの舞台を。大切で、大事なオレたちの舞台を。何も知らない人間に、醜聞のネタとして消費されて天馬がどんな思いをしているのか。
一成はぐっと唇を噛む。どうか、テンテンを傷つけないでほしい。悲しい顔をしていないだろうか。祈るような気持ちで動画へアクセスする。
画面いっぱいに映る天馬と、甲高いリポーターの声。はっとするようなオレンジ色の髪は帽子に隠れ、パープルの瞳はサングラスの向こう側だ。それでも、その姿を目にした一成は理解する。
天馬は、これ以上ないほど強い目をしていた。リポーターのほうへ見向きもせず、「話すことはない」とだけ告げて唇を結んでいる。
これは、と一成は思う。見えなくたってわかる。画面越しだってわかる。
決して声を荒げるわけではないし、苛立ちを表に出してはいない。それでも、まとう雰囲気や瞳の奥に揺らめく炎が確かな怒りを伝えている。
「テンテン……」
思わず一成の唇から名前がこぼれた。しかし、それは不思議な色をしていた。
罪悪感があった。自分のせいでこんなことになってしまった、と後悔していた。天馬に傷ついてほしくないと祈っていた。だけれど、一成の唇からこぼれた名前はそのどれとも違う表情をしていた。
怒りに燃える天馬を見つめながら、一成はただ静かに思っていた。
テンテンは戦っている。悲しい顔をするのではなく、傷ついた表情を浮かべるのではなく。
たった独りで、たくさんの目を前にしながら、恐れることなく立ち向かっている。皇天馬は、怒りを胸に揺るぎない闘志で戦っている。
どうすればいいのかわからなかった。今、自分がこの事態で何ができるかなんてわからなかった。
だけれど、このままではいけないことも、このままではいたくないこともわかっていた。だから。
「――行かなくちゃ」
ほとんど無意識で、一成は立ち上がっていた。
椋や幸、九門や三角が驚いたように一成を見上げる。その視線に気づいていたけれど、一成は熱に浮かされるような調子で言葉を落とす。
「テンテンのところに行かなくちゃ」
行って何ができるかわからない。だけれど、画面越しの炎を見つけた時、一成は思ったのだ。唐突に、視界が開けたようにはっきりと思ったのだ。
テンテンは、たった一人で戦っている。自分の中に宿る炎を灯火にして、臆することなく立っている。それなら――それならオレもそこで一緒に戦いたい。
一成は怖かった。SNSでの反応は前よりずっと過激になっていて、自分のせいで天馬の名前が貶められることも、自分のせいで天馬が傷つくこともハッキリと認識してしまった。
だから、自分が天馬の足かせになるのだという事実を思い知って怖くてたまらなかった。
だけれど、画面の向こうの天馬を目にした瞬間に思ったことはたった一つ。
オレの恐怖なんか後回しでいい。罪悪感も後悔も、そんなの全部あとでいい。
今はただ、テンテンのところに行きたい。たった一人で戦おうとするテンテンの一番近くに行きたい。
ここで見ているだけなんて嫌だ。テンテンの一番近くで、一緒にそこで戦いたい。
「――かず、行こう!」
一成の言葉へ、一番に反応したのは三角だった。同じように立ち上がると、一成の腕を取る。続いたのは椋と九門で、「うん!」「天馬さんのところに行こう!」と叫ぶ。
「って言っても、ここどこなの」
最後に立ち上がった幸が、配信中の画面を示す。目的地がわからなければ、いくら行こうと言ったところで無理じゃないか、という顔だ。一成は力強く答えた。
「大丈夫だよん。この場所なら、よく知ってるから!」
配信画面は主に天馬を中心に映っているため、周辺情報はそう多くない。どこかの店の前だとしても、特定できる情報が足りないのだ。ただ、元々知っている場所なら別だった。
映った画面の様子と、ついでに言うなら記事の内容とさっきまでのリポーターの質問から鑑みて、十中八九天鵞絨町商店街の裏通りにあるアクセサリーショップだった。
少なくともあの周辺であることは間違いない。手早く説明すると、それなら走っていったほうがはやい、と結論づける。
「ってことでセッツァー! 色々あとのことお願い!」
飛び出して行く前にそう叫ぶと、万里はすぐにおおよそを理解したらしい。
「仕方ねえな……。まあ、交通整理くらいならしといてやるわ」
「ありがとー! カズナリミヨシの恩返し期待しといて!」
一言を最後にバタバタと夏組が飛び出していく。それを見送った万里は、とりあえず寮内で暇な人間を集めることにするか、と203号室を出る。
手に持ったスマートフォンからは、ひたすら付きまとわれる天馬が映っていたけれど。最強の助っ人が駆けつけるのだから、もう心配することはないだろう。