Fall for you





 さすがに一日オフにするのは難しかったので、遠出はできない。というわけで、天馬は近場の公園に出店するキッチンカーのクレープを食べに行かないか、と一成を誘った。やると決めたらすぐ行動する。天馬はそういう人間だった。
 太一や十座から評判は聞いていたし、クレープなら一成も好きそうだという判断で行き先を選んだ。一成は「テンテンから誘ってくれるなんて珍しい~!」と笑ってから、「行くに決まってるじゃん!」と言ってうなずいた。断られるとは思っていなかったけれど、明るい笑顔で一緒に出かけてくれる一成の姿に、天馬は心からほっとする。
 場所は聞いていたし、全く知らない土地でもない。にも関わらず、辿り着くまでにはそれなりの時間がかかった。しかし、一成は気にすることなく「冒険してるって感じで楽しいよねん」と笑っていた。









「さっすがテンテン、大人気! どこ行ってもファンがいるの、マジですげーね」

 明るく笑いながら言う一成は、クレープを手にしながら公園のベンチに腰かける。同じようにクレープを持った天馬は、その隣に座った。一成は、軽やかな口調で言葉を発した。

「握手会始まるのもすごいけど、めっちゃテンテン対応慣れてるし。いつもと違って新鮮だけど」
「お前たち相手にファンサービスしても意味ないからな」

 空色のキッチンカーには、行列とは言わないもののそれなりの客はいた。そこへ突如として皇天馬が現れたのだ。騒ぎにもなる。
 予想はしていたので天馬は落ち着いていたし、一成も同様だ。天馬はすぐに、芸能人皇天馬としての顔で握手やいくらかの会話など、完璧なファンサービスで対応した。おかげで騒ぎは収まったし、プライベートでクレープを食べに来たのだと告げれば「邪魔したら悪い」という空気ができる。
 結果、二人ベンチに座ってゆっくりすることが可能となったのだ。遠巻きに見ているファンはいるものの、ずいぶん遠いのでほとんど背景と変わらない。

「ここのクレープ、結構評判いいからお客さん多いのも納得だよねん。トッピングとかいろいろできるし!」
「お前は勝手にトッピング追加するの速すぎだろ……」
「にゃはは、いーじゃん、いーじゃん! 絶対美味しいって!」

 明るく告げる一成は、天馬のクレープにさらりとトッピングを追加して注文していた。おかげで、スタンダードなイチゴとクリームのクレープはチーズケーキが加わってずいぶん豪華になっていた。

「お前のは何か、色がすごい」
「綺麗っしょ~? 抹茶の緑だよん」

 一成が手にしたクレープは、あざやかな緑色をしていて思わず目を見張ってしまう。中身は、クリームにあずきと白玉、それから黒蜜という和風クレープだ。トッピングは抹茶ケーキらしい。一成は嬉々として写真を撮っていたし、即刻インステにアップしているのだろう。
 ベンチに腰かけながら、作りたてのクレープをかじりつつ二人は何でもない話をしていた。夏組の話、天馬の高校生活、一成の大学のこと、最近寮で流行っているあれこれ。公園のベンチで話しているのか、談話室のソファで話しているのかもわからない、雑談らしい雑談だ。
 くだらない話も充分楽しい。ただ、天馬は雑談をするために一成を誘ったわけではなかった。最初の目的のことを天馬は当然覚えていたので、話の隙を見計らって天馬は口を開いた。

「――その、一成。お前、最近困ってることないか」
「どしたの、テンテン」

 天馬の言葉に、一成はにこやかにそう答える。いつもと同じ、明るい笑み。光に満たされたような、見る者全てを明るく照らしていくような。悩みなんて一つもないと、困っていることなんて何もないと、告げるような笑顔。これは拒絶されたのだろうか、と天馬は思う。しかし。

「なんちゃって。テンテンはさ、するどいから、オレが何か悩んでるって気づいて誘ってくれたんだよね。ありがと」

 口元に笑みが浮かんではいたけれど、それは今までのもと違う。明るく光を放つのではなく、内側からそっとこぼれおちるような、そういう微笑だ。
 一成は最初から気づいていたのだ。天馬が一成を誘ったのは、話がしたいからであると。それを知った上で誘いに乗ったということは、恐らく最初から隠すつもりはなかった。聞かれたなら答えるつもりがあった。そうでなければ、一成は上手な理由をつけて天馬と一緒に来ることを選ばなかっただろう。
 その事実に、天馬の胸に言いようもない感情が膨れ上がる。少なくとも、一成にとって心の内を見せてもいいと思われている。一成は決して、自分を頼りないと思っているわけではなかった、と答え合わせができたような気がした。

「てか、テンテン。たぶん、この前の話も聞こえてたっしょ。談話室でセッツァーと話してたとき」

 落ち着いた口調が示す日のことがいつかなんて、天馬もすぐにわかる。同時に、あの時から一成は気づいてたんだな、と思って、素直にうなずいた。ここで誤魔化しても仕方ないだろう。

「……悪い。聞く気はなかったんだ。ただ、たまたま談話室に行った時に、その、声が聞こえた」
「ううん。オレこそ、もうちょっと気をつければよかったんだけど――セッツァー面倒見いいじゃん? オレの相談にも乗ってくれたけど、相手のことも知ってるから、色々気にしてくれてたんだよねん」

 小さく笑った一成は、わずかに視線を下げる。何かを思い出すような素振りをしたあと、天馬へ顔を向けた。眉を下げて、困ったように笑うと「うん。オレね、ちょーっと悩んでるかも」と言った。それは天馬の質問への答えだ。一成は少しばかり沈黙を流したあと、続きの言葉を口にした。

「大学の友達に告白されたんだけど、どうしたらいいかな~って」

 一成はぽつぽつと、現在の状況を説明する。それは普段の一成の口調とはまるで違って、ひどく落ち着いた姿だった。
 相手は日本画専攻ではなく、万里と同じく演劇科に所属している。万里経由で知り合い、学内イベントで仲良くなった。元来コミュニケーション能力の高い一成なので、親密になるまでそう時間はかからない。
 さらに、件の人物が舞台で使いたいと考えていた小作品を一成が手掛けたことで、よりいっそう距離が近くなった。

「セッツァーと同じで一個下なんだけどねん。大人しく見えて意外と芯が強くて、言うことはちゃんと言える子で、話してて面白かったし仲良くできて楽しかった」

 一成は少しずつ、大学の友達相手にも本音を言えるようにと努力はしている。だから、その友達相手にもできるだけ自分の意見を言うようにはしていたらしい。そんな一成の話を相手はきちんと聞いてくれたようで、「いい子だなぁ」と素直に一成は思っていた。

「――なんだけど、その、イベントが終わった時にね。好きだから付き合ってほしいって言われて、びっくりしちゃって。とりま、考えさせてって返事はしたんだけど」

 一体どんな答えを返したらいいのか、一成はさっぱりわからなかった。なので、共通の知り合いである万里に相談したところ、万里は万里ですでに相手からも相談を受けていたらしい。

「セッツァー、完全に板挟みって感じでマジでめんご~って感じなんだけどねん。あとでいっぱいお礼しなくちゃ」

 一瞬イタズラっぽい笑みを浮かべるものの、すぐにそれは消えてしまう。難しい顔で考え込む様子に、いつもどれだけ自然に笑顔を貼りつけていたのかを悟ってしまい、天馬は複雑な気分になる。
 一成が心配をかけまいとしての態度だということはわかっているけれど、そんな風に笑わなくてもいいのに。少なくとも、オレの前では。

「――オレに相談すればよかっただろ。その、友達なんだから」

 思わずそうこぼすと、一成が目をまたたかせた。天馬は気恥ずかしくなって、「夏組リーダーだしな」と付け加えた。一成はと言えば、数秒驚きを浮かべてから、へらりと笑った。

「気持ちはめっちゃ嬉しいけどさ、テンテン忙しいじゃん? さすがにこんなことで相談するのは迷惑っていうか。もっとマジでやばいことだったら言ってたよ」
「そういうのはオレが決めることであって、お前が決めることじゃない。現に、こうして今話を聞いてるだろ」

 きっぱり告げると、一成は少しだけ考えたあと「それはそうかも」とうなずいた。

「おかげで美味しいクレープも食べられるしねん」

 そう言って、思い出したように手元のクレープを口に運んだ。三分の一ほどなくなっているそれは、緑の生地からクリームの白がのぞいていて綺麗だった。天馬も同じように、自分のクレープに口をつける。苺の酸味がちょうどよかった。

「――ね、テンテン。友達と恋人の違いってなんだろね?」

 しばらく無心でクレープを咀嚼していたと思ったら、一成が不意にそう言う。ぼんやりとした調子で、遠くを見つめながら。

「オレが答えを出せないのはさ、嫌いじゃないっていうかむしろ好きだからなんだよねん。これが全然好きじゃない相手なら、申し訳ないけどごめんなさいって言えるじゃん。でもオレ、あの子のこと普通に好きなんだよねん」

 その言葉に、天馬はドキリとする。「好き」だと一成は言う。それなら答えなんて出ているのではないかと思ったからだ。しかし、すぐに思い直す。それは友達としての好きであって、恋人としての好きではないのかもしれない、と思っているから、一成は答えを出せないでいる。

「相手はオレに恋人としての好きを持ってるけど、オレが持ってるのは友達としての好きで。だけど、それってどういう違いがあるんだろ、友達としての好きは本当に恋人の好きとは違うのかな?って考えたらわけわかんなくなっちゃって」

 だからずっと返事を保留にしたままの状態にしているらしい。天馬は、手の中にあるイチゴとクリーム、それからチーズケーキの断面図を眺めながら頭の中を探る。
 どう答えればいいのだろうか。相談してほしいと思って、いざ相談されたのに何も答えが返せないなんて、そんなことはしたくない。それに、ここできちんと答えを返さなくては一成のことだ、何かとんでもない結論を出してしまう気がした。

「――友達と恋人の違いって言ったら、独占欲とかじゃないか。相手に恋人ができたら嫌だとか、恋人は自分じゃないと嫌だとか、そういうの。ドラマとか映画でよくあるだろこういう話」

 頭の中を探って出てきた言葉は、これまで天馬が演じてきたドラマや映画のシナリオだ。途中で恋心に気づく時、高確率で大体そんな展開になっていた。
 一成は天馬の言葉に「なる~」とうなずく。まあ恐らく、一成もこれくらいは考えていただろうな、と天馬は思う。なので、もう少し何かないかと考えながら口を開く。

「――手をつなぎたいって思うかどうかとか」

 ぽろりとこぼれたのは、天馬の本心だ。友達相手だって、触れ合うことで安心はするかもしれないし、実際夏組のメンバーとの円陣だとかハグは、天馬にとって特別なものだ。
 だけれどたとえば、その手を取って決して離すまいとするような。狂おしいほどの気持ちで手をつなぎたいと思うことは、何か特別なことのように思えた。
 だからそれは、友達相手にではなく、恋人に対して思う気持ちなのではないか、という意味でそう言った。すると、一成が感極まったような調子で言う。

「テンテンかわいい~!」
「茶化すな」

 馬鹿にされているというより、本気でかわいがられている気配を感じてそう言う。一成は時々天馬のことをやたら年下扱いしてくるので、今もその一環だろうと思った。一成は「ごめピコ」と笑ってから言葉を続けた。

「まあでも、確かに触りたくなるかどうかって大事だよねん」

 一成自身はスキンシップ過多の人間なので、誰彼相手でもべたべたしている。そんな一成でも、やはり触れたいかどうかは大事なんだな、と天馬が思っていると「ってことは」と言葉を重ねた。

「ちゅーできるかどうかとかかなぁ?」
「ば、おま」

 一成の言葉に、天馬の顔が真っ赤に染まる。いや、確かにその流れは理解できる。できるけれど、まだ日の高い公園という場所で言われると、やけに後ろめたい。一成は天馬の反応に心底楽しそうに笑っているけれど、天馬としてはそんな場合ではない。

「お前な、時と場所を考えろよ」

 やや声を潜めて天馬は言う。そういう話はこういうオープンな場所ではしないでほしい。たとえ誰も聞いている人がいなくても、気分的に。一成は軽口だとわかる響きで不満を口にした。

「えー、でも、ちゅーできるかどうかって大事じゃない?」
「一般的にはそうかもしれないけどな。でも、できるかどうかならできるだろ、オレたち役者なんだから」

 きっぱりと天馬は言う。だって実際、その通りだ。さすがに、日常生活に演技を持ち込むわけではないし、脚本もないのに好きでもない相手とキスをすることはない。
 だけれど、「できるかできないか」という判断基準で言うならば。たとえカメラが回っていないとしても、観客がいないとしても、「役者として」きっとイエスと答えてしまう。今ここが作りものの世界ではないとしても、役者であることが骨の髄まで叩き込まれているからこそ。
 心からの本音で言うと、一成は目をまたたかせていた。珍しく、ただ純粋に驚いた、といった表情。何かそんなとんでもないことを言ってしまっただろうか、と思う天馬は慌てて言葉を継いだ。
 確かに、友達と恋人の判断基準の話をしていたのに、これでは基準を否定するだけだ。そうではなく、違いをどこに見出すかと言うのならば。

「したいかしたくないかだろ」

 可能か不可能ではなく、確認すべきは欲求の有無だ、と天馬は思う。自分の心がそれを望むのか否か、その見極めこそが大事だろう。できるとかできないとかではなく、触れたいと思っているかどうかこそ、友達と恋人の違いなんじゃないか、と天馬は思っていた。
 一成は、天馬の言葉に数秒黙り込む。それから、大きな息を吐き出すと、しみじみとした口調で言った。

「マジでテンテン、アドバイスちゃんとしてくれんだね……」
「どういう意味だよ」

 絶対に大して期待していなかったな、と思わざるを得ない台詞についそう言う。一成は「めんご~」と笑ってから続けた。

「聞いてくれるだけでもめっちゃ嬉しかったよん。でも、ちゃんとアドバイスまでしてくれるからさ。テンテン頼りになるな~って。ありがとねん!」

 明るい笑顔で「頼りになる」と言われて、天馬の気持ちは簡単に浮上する。我ながら簡単だと天馬は思うけれど、一成にそう言われるのは悪くなかった。

「そうだよねん。ちゅーしたいかどうか、かぁ。でも、それくらいはっきりしてないとわかんないかもねん。男の子だし、単なる友達と余計区別つかないかも」

 心から納得した、といった口調で言う一成はあまりにも自然だった。だから天馬も普通に聞き流しかけたけれど、言葉の意味を理解して叫んだ。

「おっ!? 男なのか相手!?」
「あれ、それは言ってなかったけ? そだよん。一個下の男の子~」

 何か不思議なことでもあるか、という口ぶりだった。天馬としては完全に予想外の言葉だったので衝撃を受けたのだけれど、すぐに納得はした。
 異性が恋愛対象の人間だけが全てではない、ということは天馬も理解していたし、何よりも一成自身が全く気にしていない。恐らく、一成にとって相手の性別など大した意味はないのだ。
「友達から告白された」という事実への悩みはあれど、「同性に告白された」点に関しては特に思うことがないから、悩みですらない。
 その事実に、そうだこいつはそういうやつだった、と天馬は思う。同性だから恋愛対象にはならないとか、そういう概念が根本的にないのだ。なぜなら、三好一成という人間は何に対してもフラットな物の見方ができる。
 男性だとか女性だとか、はたまたその人が属するカテゴリーというものをまるで意識せず、本人の人間性だけを視野に入れて接することができる。男だからこうあるべきとか、普通ならこうするべきとか。そういうものを全て取っ払って、ただ目の前にいる人間の本質と付き合うことができるのだ。
 それは、天馬自身が何よりも感じている。天馬は小さな頃から芸能人として活動していたため、当然のように特別扱いされていた。良くも悪くも、「芸能人皇天馬だから」と。
 しかし、一成は天馬のことを芸能人であると認識はしていたけれど、だからといってその属性で天馬への態度を変えることはなかった。何一つ特別扱いはせず、あくまでも夏組の一員として、ただの皇天馬として接してくれた。
 だからこそ、一成が自分を友達だと言ってくれたのだということも、天馬はよくわかっている。
 そんな一成なのだ。相手が同性ということには事実以外の何も感じていないだろうな、と思った。
 だからもしかしたら、いつかこんな風に――同性と恋人同士になって、まるで友達みたいにベンチに座って、一緒にクレープを食べる日も来るのかもしれない。それは、今の自分たちとほとんど変わらない光景なのに、違う名前がつくのだ。
 そう思った天馬は、何だか落ち着かない気持ちになる。よく知ったはずの友達といる風景が、まるで知らないものに変わってしまったように思えるからだろうか。すわりが悪いような、妙な居心地の悪さがあった。

「方向性見えてきたなって思ったら、ちょっと安心したかも。何かよけいにお腹空いてきちった。ねね、テンテン、オレのクレープちょっとあげるから、テンテンのちょっとちょーだい!」

 考え込みかけていた天馬に向かって、一成が明るい顔でそんなことを言う。天馬が「え?」と顔を上げると、目前に一成のクレープが差し出されていた。あざやかな緑の生地に、ホイップクリームとあずき、抹茶ケーキのスポンジがのぞいている。

「テンテン和風系結構好きっしょ? あんまり冒険しないかもだけど、いい機会だし!」

 言いながらぐい、と目前に迫ってくるし、たぶんこれは一成の好意なんだろうな、と思って一口かじる。あずきとクリームの組み合わせに、抹茶の苦みがちょうどいい。だから「美味い」とつぶやけば一成が嬉しそうに笑った。

「じゃ、テンテンのも一口ちょーだい」
「ああ、食べかけで」

 悪いけどな、と言いかけて気づく。待て、オレ今食べたの一成の食べかけじゃないか。しかも、一成が食べようとしてるのは、オレが途中まで食べたやつ。待て、いいのか?と制止をかけようとするものの、もはやそんな猶予はなかった。
 一成が、天馬の手にしたクレープにかぶりつく。イチゴとホイップクリーム、チーズケーキを口いっぱいに頬張っている。ただ、生地の端からクリームがはみだしていたようで、もぐもぐと口を動かす一成の唇の端に白いクリームがついていた。

「やっぱ、チーズケーキ入れると美味しいねん!」

 晴れやかに笑った一成は、舌先でぺろりとクリームを舐め取った。その様子を見つめる天馬は自分の動揺に気づいていたけれど。恐らく、友達同士でこういうことをしたことがないからだろうな、と思っていた。