Specialty Lesson
卒業制作のアイディアのため、スケッチブックと大きなノートを広げている。方向性は決まったけれど、これからさらにブラッシュアップしていかなくてはならない。そのためのアイディアを出していこうとしているけれど、さっきから一向に鉛筆は動かなかった。
一成は一つ息を吐くと、傍らのレモンティーに手を伸ばす。大学構内のカフェテリアでも人気の品で、一成もよく頼んでいた。少しずつ肌寒くなっていく季節には、ホットがよくあう。
両手でカップを持って、レモンティーをゆっくり口に含む。お昼過ぎのカフェテリアは、あまり人がいない。ゆったりとした静けさに身を浸しながら、程よい酸味と甘さが喉を滑り落ちていくのを感じていた。
(――どうしよっかなぁ)
一つ息を吐き出した一成は、カップを机に置いてから、目の前のスケッチブックへ手を伸ばす。もちろん考えていたのは卒業制作のことだったのけれど、ぺらぺらとページをめくっているうちに、別の方向で思案が始まってしまう。こっそり描いた天馬の姿が、スケッチブックのあちこちに踊っているからだ。
思いを自覚して以降、一成はこうして天馬の姿をスケッチブックに残していた。ちらりと見かけた姿だとか、テレビの中の天馬だとかを思い浮かべて絵にするのだ。近頃天馬は多忙のため、ほとんど寮で顔を合わせない。結果として、余計に思い出す機会が増えて自然と手が動いていた。
慌てた様子で玄関を出て行くところ。テレビの中で楽しそうにトークをしている場面。犯人を追い詰める、スクリーン上の真剣な表情。様々な天馬の姿が描かれるページを見つめる一成は、心の中でもう一度言葉を吐き出す。どうしよっかなぁ。
バルコニーの一件で、天馬が一成からの「好き」を友情としてしかとらえていない、ということを身に染みて感じた。「勘違いされるぞ」なんて忠告されたけれど、勘違いでも何でもないのだ。
そこの辺りをきちんと主張したい、と一成は思った。友達としての好きじゃなくて、もっと違う意味で天馬のことが好きなのだと、きちんと言いたかった。
だけれど、天馬は最近多忙でゆっくり時間が取れそうにない。同じ寮で過ごしているから、天馬を捕まえることはできるけれど、片手間に「友達じゃない意味でテンテンのことが好き」と言ったところで、果たして信じてもらえるのだろうか、と一成は思っていた。
(テンテンのこと、信じてないわけじゃないけど……冗談に思われそうなんだよね~)
気軽に「ラブ」「好きだよん!」と言い続けた結果だろうか。もともと、一成自身がそういう言葉を口にすることにあまりためらいがないので、天馬も最近ではすっかり慣れたものである。
当初はそれなりにびっくりしていたはずなのに、今ではわりと素直にうなずいてくれるし、「ありがとな」と返してくる。
一成からの愛情を当然のように受け取ってくれること自体は嬉しいのだけれど、あまりにもなじみすぎてその延長線上だと思われるのでは、と考えていた。また一成が好きだとか言ってるな、なんて。
(もういっそ、壁ドンとかしたほうがいい? てか、ちゅーとかしたほうがいい?)
一成は真顔でそんなことを考える。これまでの自分の行いのせいとは言え、あまりにも意識されていなさすぎるのだ。ここは実力行使に出るべきか、なんて思うけれど一成はすぐさま首を振る。
(いや、さすがに同意なくちゅーはだめでしょ)
確かにそれくらいやれば、天馬とて一成の本気は理解してくれるだろう。ただ、同意のない行為はNGである。一成は天馬のことを大事にしたいのであって、想定外の混乱に叩き落とすことは本意ではないし、自分の衝動を押しつけたいわけでもない。
(どうしたら、テンテンに特別だって伝わるんだろ)
バルコニーの一件以降、ずっと考えていた疑問が一成の頭を埋める。アプローチ方法や恋愛テクニックならいくつも知っているから、それを使えばいいのだとは思った。だけれど、いざ実践しようとした一成は、はたと立ち止まってしまった。
相手に好意を伝えてみるだとか、マメに連絡を取るだとか、好きな人の話をしてみるだとか、ちょっとしたプレゼントを贈るだとか、スキンシップを意識するだとか。
諸々の行為を思い返した一成は気づいてしまったのだ。――これ、オレすでにやってね?
天馬のことを特別意識していなかった時代から、つまりは百パーセント友人としての行動が、イコール恋愛的アプローチになっている、ということに気づいて一成は何とも言えない顔になった。「友人として」の自然な行動が、一般的には別の意味を持つ、という事実に困惑したのだ。
だってそれが特別の証だというなら、そんなことはとっくに実践している。むしろ、天馬だけではなく夏組どころかカンパニーの誰に対しても同様の行動はしているのだ。
マメに連絡は取るし、好意はすぐに伝える。恋バナは面白いからよく振るし、ことあるごとにプレゼントは用意して、スキンシップもしょっちゅうだ。それが「特別な人」への行動であるというなら、一成はとっくに天馬を含めたカンパニーメンバーへ発揮している。
思えば、一成は誰のことも大好きで特別だから、誰か一人を特別扱いするなんてしたことがなかった。みんな大切だからこそ、たった一人この人だけが特別だという時、どういう風に行動したらいいのかわからないのだ。
(特別って、どうすればいいんだろ)
一体何をどうすれば、天馬に対して「特別」が伝わるのか、と一成はずっと考えている。
直接顔を合わせてきちんと伝えるのが一番だろう、とは思うけれど。最近そんな時間が取れないので、意識的に連絡回数を増やしてみたり、わずかな時間でもハグしてみたり、コンビニのお菓子をプレゼントとして天馬の机の上に連日置いてきたりなんかしてはいる。
ただ、その行為自体は今までの一成もしてきたことなので、多少頻度や回数が増えたくらいでは、あまり意識されそうにはなかった。
もっとインパクトあるやつがいいのかな、なんて考えていた時だ。ポケットに入れていたスマートフォンからメッセージ受信音が響く。
取り出して見てみると九門からで、今日発売の天馬が載る雑誌を買った、というものだった。夏組は天馬の雑誌は必ず購入する。下手すると五冊集まりかねないため、最近は買ったメンバーが申告することになっている。
一成は手早く文章を作って、九門へ感謝のメッセージを送る。雑誌読むの楽しみだな、と浮き立つ気持ちのまま、どんな内容なんだろうと考えていた。
一成はスマートフォンで雑誌名を検索して今月号の内容をざっと確認する。タウン情報誌の巻頭ページが天馬のようだ、と思いつつ目次にも目を通す。テーマごとに区切ったお出かけスポットがあれこれと記されており、一成も気になっているスポットの特集も含まれているらしい。
天馬の件を置いておいても読み応えがありそうだ、と思う一成は一つの項目に目を留める。いくつかのテーマのうち、デートに出かけるならここ、という項目だ。
デート、という言葉に自然と連想が働く。どんな時も、天馬のことを考えているのだ。結びついてしまうのは仕方がない。
夏組みんなで出かけることはしょっちゅうだし、たまたま出先で一緒になって同じ時間を過ごすこともある。二人で外出することも、他に比べて機会は少ないもののないわけではないのだ。
だけれど、いつも冗談めかして「デート」と呼びはするものの、明確にデートへ誘ったことがあるわけではない。その事実に思い至った一成のすべきことは、一つだった。