「いただきます」のその前に




 今日に至るまでの経緯を思い出した天馬は、唇に笑みを浮かべた。

 一成はそれからやたらと張り切っていて、キッチンにしばらくこもっていたのだ。「テンテンは蓋開けるまで見ちゃだめだかんね!」と言い渡されて、さんかくを報酬にした三角によって近づくことを阻止された。
 断固としてお弁当を見せまいとする姿勢に、「何かとんでもないものを作っているのではないか」と不安になったのも仕方ない、と天馬は思う。
 その上で「期待しててよねん!」と、手渡されたわけである。
 何かサプライズを仕掛けているのではないか、と天馬が警戒したのも道理と言える。天馬のために本気で取り組んでくれることは疑っていなくても、方向性については若干の不安が芽生えたのも事実だ。

 ただ、天馬はその結果をすでに知っている。奇妙奇天烈なものではなく、オーソドックスでありつつ手の込んだ弁当を用意してくれたのだ。疑って悪かったなという気持ちと、一成への感謝の気持ちが胸に広がっていく。
 何か礼をしてやりたいと思いつつ、一緒に渡された水筒から適温のお茶をそそぐ。二口ほど飲んでから、天馬は箸へ手を伸ばす。そろそろ弁当を食べることにしようと思ったのだ。
 しかしその前に。不意に、机に出していたスマートフォンが震えた。
 授業中は作動しないようにしているものの、休み時間はその限りではない。仕事関係のこともあるので、すぐに反応できるようにする必要があるのだ。さっと確認すれば、着信ではなくLIMEのメッセージだった。
 緊急の用事であれば十中八九電話が掛かってくる。LIMEならあとで返事をしてもいいだろう、と思ったのだけれど。
 天馬は画面をタップして、トーク画面を開く。気まぐれというより、送信者の名前とメッセージが目に入ったからだ。

――オレの弁当どうだった?

 一成からのメッセージは、まさしく弁当についての一件だ。タイミング的にもちょうどよかったし、メッセージに付き合うのもやぶさかではない、と天馬はスマートフォンを操作した。

――ちょうど今から食べるところだ
――マ!? お昼タイム邪魔しちゃった系? めんご~

 謝罪の言葉とともに、連続してスタンプが送られてくる。クロネコが手を合わせているもので、最近一成がよく使っているシリーズだ。

――別に少しくらいならいい。ただ、まだ食べてないから、味の感想はあとになるが
――それは全然大丈夫だけど! 美味しく食べてくれたらおけまるだよん
――いや、あとでちゃんと感想は言う

 何も言わなくても、一成が気にしないことはわかっていた。ただ、天馬は寮で暮らすようになってから、「美味い」とたった一言告げるだけで、どれほど相手が喜んでくれるかを身に染みて実感しているのだ。
 だから、一成にもきちんと言ってやろう、と思っていた。

――テンテンさすが~。感想もらえたら、オレめっちゃ喜ぶ!

 ハイテンションな言葉とともに、「嬉しい」「ありがとう」「ハッピー」といった類のスタンプが送られてきて、天馬は苦笑を浮かべる。
 感想を口にする前からこの喜びようである。伝え甲斐があるよな、と思いつつ返事を考えていると、さらにメッセージが届く。

――味付けはおみみ直伝だから、美味しいと思うよん! あと、飾りとかも頑張っちゃった☆
――確かに見た目も華やかだな。飾りも凝ってるし、花の形をしててきれいだと思う
――でしょでしょ! モチーフにした花もちゃんとあるんだよん。あとで答え合わせしよっか!

 弾んだ声まで聞こえてきそうなメッセージだ。クイズを出題するような気持ちで、一成は言っているのだろう。何だって楽しくしてしまう一成らしいな、と天馬は思う。
 最初は戸惑っていたし、よけいなことに巻き込まれたと思ったこともある。しかし今では、率先して楽しみを見つけ出して、笑顔の種を拾い上げるのは、一成の限りない長所だと思っていた。
 そうやって、何度も心が弾む瞬間を連れてきて、夏組にとっての明かりでいてくれたことは間違いない。
 だから、「望むところだ」と答えを返してやる。
 カンパニーで過ごすようになってから花については多少詳しくなったし、何の花なのかを当てて驚かせてやりたい気持ちもある。一成は、天馬が乗り気であることを察したのだろう。「楽しみ!」「わくわく」といったスタンプを送ってくる。
 どれも種類が違っていて、一体いくつ持ってるんだ、と思いつつ天馬は返事を考える。しかし、その前に再び通知が受信を知らせる。スタンプの続きだろうか、と思えば違った。

――そだ。おにぎり食べる時は、ちょっと周りに気をつけてねん

 思い出した、といった風情の言葉。どういうことだ、と首をかしげるのは当然だろう。天馬は素直に疑問を送る。すると、一成からすぐにメッセージが届いた。

――オレの愛めっちゃ込めたから!

 ハイテンションの笑顔が目に浮かぶような言葉だった。もしかして、おにぎりには何か仕掛けているのか、と天馬は察した。どうやらサプライズが一切なし、というわけではなかったらしい。ある意味では予想通りの展開で、一成らしいよな、と思ったのだ。
 しかし、続けて送られたメッセージに天馬はぱちりと目を瞬かせる。短い言葉だ。スタンプのようなにぎやかさも、カラフルな絵文字もない。ただ一言、一成は告げる。

――だから、ちゃんと見つけてね

 その言葉は、今までのメッセージとはどうにも様子が違っている。漂うのはもっと静かで、落ち着いた雰囲気。心をそっと取り出して告げるような。文字だけの言葉なのに、空気が変わった気がした。
 それに、「だから」というのがどういう意味なのか、天馬にはわからない。おにぎりに何かを仕掛けているなら、見つけるも何もないだろう。周囲を気にする必要があるということは、見てすぐにわかるものはずだからだ。
 そう思って、天馬は心に浮かんだ言葉をそのまま送った。

――どういう意味だ?

 一成が天馬のために、真心を込めて弁当を作ってくれたことはわかっている。それを指して「愛を込めた」として、「見つける」という言い回しはしないだろう。隠されているわけでもなく、弁当そのものが一成の想いの結果なのだから。
 だからこそ、他の意味合いがあるのではないか、とメッセージで尋ねたのだけれど、一成からすぐに返事は来なかった。大体即座にレスがある一成にしては珍しい。
 答える気がないのだろうか、と思いつつ天馬はもう一口お茶を飲んだ。ここでメッセージは終わりということも考えられる。それなら仕方ない、と天馬は弁当を食べようと思ったのだけれど。

――ニンジンと、卵焼きと、おにぎり

 一成からそれだけのメッセージが届く。「え?」と思っていると、続いて「それじゃ、お昼時間なくなっちゃうし、またねん!」というメッセージがあり、それからは何の音沙汰もなくなった。
 やり取りを続けていれば天馬が昼を食べ損ねると気づいたからかもしれないし、単純に用事があったからかもしれない。
 天馬はしばし、変化のないスマートフォンを見つめていたのだけれど。一成の言葉を頭の中で何度も繰り返してから、じっと弁当へ視線を向けた。
 ニンジンと、卵焼きと、おにぎり。あれこれおかずが並ぶ弁当だ。天馬の好みそうなものなら、ミートボールだとかエビフライを挙げそうなのに、むしろ正反対のニンジンが入っているとはどういうことだ。
 いぶかしみつつ、天馬は箸を伸ばす。「見つけて」という言葉に返ってきた答えなのだ。何かヒントが隠されているかもしれない、と注意深くニンジンを箸でつまみ、目線の高さに持ち上げる。
 カボチャやレンコンの煮物の中にある、飾り切りされたニンジンの花。
 細かい花びらだけでなく中心には切り込みも入っていて、恐らく梅の花だろうと思った。気合いが入っているのは確かだけれど、これが一成の言うものなのだろうか。
 いまいち決定打に欠けるのではないか、と考えて、ひとまず他のニンジンも確かめることにした。カボチャやレンコンをそっと移動させていく。しかし、途中で天馬は手を止めた。
 煮物の一番下。まるで隠すみたいに、そっと置かれたあざやかなオレンジ色。花の形でもなければ、通常の乱切りでもない。
 ハートのニンジンが一つ、弁当箱の中に現れた。
 思わず天馬は、それをじっと見つめる。ニンジン。ハートの形。一成の言葉。メッセージが頭の中でリフレインして、思わず考え込みそうになる。
 しかし、すぐに我に返る。一成のヒントは、ニンジンだけではないのだ。他にも確かめるべきことがある、と焦げ目一つない卵焼きへ箸を伸ばした。
 断面は見えず、側面がきれいに並んでいる。光の塊のような黄色をそっとつまんだ天馬は、一成の言葉の意味を理解する。
 箸の先には、ピンク色のハートを包んだ卵焼きが一切れ。どうやら、魚肉ソーセージをハート型にして卵で包み、ハート入りの卵焼きを作ったらしい。他のものを確認しても、全てハートが包まれている。
 ここまで来れば、おにぎりに何が現れるかは言うまでもない。渡された巾着からそっと取り出せば、ラップでくるまれたおにぎりの真ん中には、明太子で作られた真っ赤なハートが大きく描かれている。
 じっと見つめる天馬は、どんな顔をすればいいかわからなかった。
 お弁当のそこかしこから現れるハートマーク。一体これをどんな風にとらえればいいんだ、と天馬は思う。いっそ、ご飯いっぱいにハートマークでも描かれていたら、一成の悪ふざけだなんて言うこともできたのに。大々的ではないからこそ、よけいに真意が掴めない。
 これはあくまで、友人としての好意の表れか。愛情深い人間だからこそ、友人相手にもこんな風にハートマークを忍ばせて、「愛を込めた」と言っているのか。
 そうだと言い切ってしまうことができないのは、心をそっと取り出して告げるような言葉を覚えているからだ。
「ちゃんと見つけてね」と一成は言っていた。スタンプのようなにぎやかさも、カラフルな絵文字もない。一成の心からの願いみたいな言葉が、それまでと違った空気が、単なる冗談で片付けることをためらわせる。
 だからこそ、どんな表情を浮かべればいいのか、どんな態度を取ればいいのか、何一つ天馬にはわからない。固まったまま、ただ目の前のお弁当を見つめているしかできない。一体どうしたらいいのか、どんな答えも浮かばなかった。
 それでも、たった一つだけ。何もわからない天馬にとって確かなことは、ハートマークを見つけた瞬間の、どうしようもない胸の高鳴りだけだった。








END
→おまけ





ガイR【出立の音】『理想のお弁当作りました』のバクステをもとにしています