ヤドリギの下でキスがしたい!



 クリスマスパーティー当日のMANKAI寮は、慌ただしい空気に包まれている。
 料理班はキッチンで大忙しだし、諸々の買い出しのために朝から団員たちはあちこちへ飛び回っている。部屋の装飾にも余念がないし、一成は自室で本日のBGMの最終チェックをしていた。
 椋は談話室の飾りつけ担当で、部屋にはいない。なので、スピーカーをオンにして音楽を流している。
 カンパニー関係の音楽好きたち協力のもとに編集したBGMは、有名どころからマイナーな曲まで取りそろえたクリスマスソングメドレーだ。
 問題なく音楽が流れていることを確認していると、不意に扉がノックされる。一成は明るい声で「はいはーい」と返事をして、音楽を止めた。椅子ごと振り向くと、部屋に入ってきたのは莇だった。

「アザミン、買い出し終わった系?」

 莇は買い出し班として、朝から商店街へ赴いていた。寮にいるということは、仕事を終えてきたのだろう。
 莇はこくりとうなずいてから、「今ちょっといいか」と続ける。何か仕事があるなら後にしよう、と思っていることを察して、「おけまるだよん!」と答えた。
 仕事中ではあるけれど、中断しても問題はない。莇は少しだけほっとした空気を流すと、椅子に座る一成の前に立つ。

「商店街で今日、クリスマスイベントのフリマやってた」

 ハンドメイド雑貨などがそろったフリーマーケットだ。一緒に買い出しへ行ったシトロンが突撃していくので、必然的に莇も足を踏み入れることになる。
 クリスマスイベントというだけあって、クリスマスツリーやサンタクロースにトナカイ、キャンドルやベル、靴下や杖の形のキャンディーなど、クリスマスをモチーフにしたものが数多くそろっていた。
 マーケットを何となく見ていた莇は、ヘアアクセサリーを取り扱う店で足を止めた。
 クリスマスツリーの髪留めや、雪だるまのヘアゴム、ヒイラギのヘアクリップなど、クリスマスモチーフのアクセサリーが勢ぞろいしていた。一つ一つが個性的なので、どんなアレンジならなじむだろうかと考える。
 その時、一つの商品札に目が吸い寄せられた。

「これ、一成さんに」

 そう言って、莇は透明な袋を差し出す。中に入っているのは、ヘアピンが一つ。真鍮色のピンには、細長く丸みを帯びた葉と白い実の飾りがついている。莇はじっと一成を見つめて、言葉を続けた。

「ヤドリギのヘアピンだって書いてあった」

 一成はその言葉に、莇と袋の中身を見比べる。ヤドリギ。それが示すものを莇は知っていて、これを渡す意味は。

「やる」

 ぶっきらぼうとも言える口調で、手を突き出す。一成が少しだけ考えてから「ありがとう」と言って受け取ると、ほっとしたような空気を流した。
 莇は、去年見たヤドリギのリースを詳細に覚えていたわけではない。
 ただ、クリスマスの植物としてポピュラーだと言っていたし、クリスマスモチーフのアクセサリーが並ぶ中に「ヤドリギ」と書かれて置かれていたのだ。
 記憶の中の植物に似ている気もしたし、これがヤドリギであることは間違いないと思った。だからこそ、一成に買っていこうと思ったのだ。
 どうしてそう思ったのか。そのわけを、莇はすでに理解していた。だから、大きく深呼吸をしてから口を開く。

「――やっぱり、結婚する前から、その……キ、キスとか、そういうことするのはどうかと思う」

 言いにくそうな莇が思い浮かべているのは、目撃してしまったキスシーンだろう。「キス」という言葉一つさえ口にすることをためらうのだ。実際に目にしてしまった衝撃はどれほどのものだったか。
 つくづく悪いことをしてしまったな、と一成は思っているので再度謝罪を口にする。

「だよねん。ごめんね、アザミン」

 もっとちゃんと気をつけなくちゃ、と一成が決意を新たにしていると、莇はぎゅっと眉根を寄せた。顔をしかめるような、苦いものを口に含んだような。そんな表情を浮かべたあと、ゆっくりと言った。

「謝らせたいわけじゃない」

 一成も天馬も、莇を驚かせたことを心底申し訳ないと思っている。だから謝ってくれるし、その気持ちを莇だって受け取っている。
 だけれど、どこかで引っかかっていた。その理由が今ならわかる。莇は強い声で言った。

「めちゃくちゃびびったしやっぱりああいうのはまだ早いって思うけど、二人のことを否定したいわけじゃない」

 莇の持論は変わらないので、キスとは軽々しく行うものではない。なので、まだ学生の二人がキスをするのはどうかと思う。
 思うものの、だからといって二人の関係を間違いだと言いたいわけではなかった。だって、お互いを大事に思い合うことは、一つだって悪いことじゃない。

「一成さんと天馬さんには、幸せになってほしいって思う」

 カンパニーの大事な仲間だ。お互いを好きになって同じ気持ちを返し合って、その手を取ると決めたなら、二人の行く末にあるのはただ幸せな道であればいいと思う。それは、莇の限りない本心だ。

「だから――結婚、とかそういう形じゃなくても、永遠ってやつを誓ってほしいって思う」

 キスをするのは結婚してからだと、莇は散々言ってきた。それは莇にとって当たり前のことだし、結婚する前にそういう行為をするなんて信じられない。その思いは変わらないけれど、莇は気づいたのだ。
 そういう自分の言葉は、天馬と一成にどんな風に聞こえるだろうかと。
 現状、いくら望んでも結婚という形を選べない二人に、キスをするのは結婚してからだなんて言い続けるのは、二人を否定しているように聞こえないだろうか。
 気づいた莇は、同時に理解したのだ。わだかまっていたもの、心に引っかかっていたものの正体。はっきりとした気持ち。
 ――俺は二人を否定したくない。お互いを大切に思うことを間違いだとは言いたくない。結婚という形を取れなくても、二人にはずっと一緒にいてほしい。
 自分の心が告げる答えを、しかと莇は握りしめた。

「だから、そのために必要ならこれを使ってくれ」

 ヤドリギの伝説を果たしたいと一成が願うなら。結婚の誓いの代わりに、永遠を自分たちのものにするために必要なら。このヤドリギがその手助けをできたらいいと莇は思う。

「アザミン……」

 莇を見つめる一成が、ぽとりと言葉を落とす。思わず落ちてしまったようなそれは、普段の一成の様子とは違っている。
 どんな明るさもにぎやかさもなく、ただしんとした静けさをまとっている。それは、莇の真剣な心を確かに受け取ったからだ。
 告げられるもの。差し出されたヤドリギ。これは、莇からの強いメッセージで、限りないエールだった。
 たとえ、結婚という形を選べなくても。不安定な関係を甘んじて受け入れなくてはならなくても。それでも二人に永遠が訪れることを祈った。そのための手助けがしたいと思って行動に移した。

「二人とも、中途半端な気持ちとかじゃないんだろ。お互いのことが本当に好きなら、味方でいたいって思う」

 真っ直ぐと一成を見つめて、莇は告げた。
 何かを言いたいと思った。言わなくてはいけないと思った。その答えはシンプルで、二人の味方でいるのだとちゃんと言いたかったのだ。まるで否定するような言葉を口にしたけれど。二人の未来を――永遠を願っているのだと言いたかった。
 一成は、受け取った袋を両手でぎゅっと握りしめた。莇の心をそっと受け取って大事に抱えるような気持ちで。
 もう一度「ありがとう」と言えば、莇はぶっきらぼうに「別に大したことじゃねーし」と言うけれど、唇には小さな笑みが浮かんでいる。

「うん。でも、マジでめっちゃ嬉しかったから――ねえ、アザミン、ハグしていい!?」

 嬉しい気持ちが体中に満ちていって、何だかじっとしっていられない。衝動に突き動かされるまま立ち上がって言えば、莇は「は?」と聞き返す。

「キスじゃないから大丈夫っしょ!? 親愛の証のやつ!」

 力強い笑顔で言い切れば、莇は気圧された様子で「ならいいのか……?」なんて言うので。一成は両腕を広げて一歩踏み出した。











 談話室では、着々とパーティーの準備が進む。
 莇と連れ立って談話室へやってきた一成は、せっせと飾りつけをしている椋と幸に加わることにした。莇はキッチンへ向かって、料理チームの手伝いをするという。

 何の気なしに視線を向ければ、臣だけではなくガイや綴も忙しく立ち回っていた。ただ、莇が合流したことに気づいた臣は、手を止めると朗らかに話しかける。
 「ちゃんと渡せたか?」と問いかければ、「まあ、一応」と答える莇は、何だか少し誇らしそうな笑みを浮かべている。臣はその言葉に「そうか」と嬉しそうに笑った。
 それを見つめる一成は、「もしかして」と思う。もしかして、莇の行動のきっかけは臣だったのかもしれない。
 臣はいつでもおだやかで、莇の話もよく聞いている。莇はキッチンで臣の手伝いをしながら、その日にあった出来事を話していたりして、ほほえましい関係性を築いていることはカンパニー周知の事実だ。
 だから、莇が自分の心をしかと理解するためのアシストは、臣がしてくれたのかもしれないな、と一成は思った。特に根拠はないけれど、きっと間違いではないのだろうと思えた。

 いろんな人に助けてもらってるよねん、とあらためて一成は再確認する。当たり前みたいに、カンパニーのみんなが天馬と一成のことを受け入れてくれたこともそうだ。
 そういう人たちがいてくれることがどれほどの僥倖なのかなんてこと、よくわかっている。
 だからこそ、今日のクリスマスパーティーも楽しい思い出でいっぱいにしよう、と一成は決意を固める。そのためにできることをするのだ、と箱に入ったままのガーランドを手に取って、飾り付け中の二人へ声を掛けた。

「むっくん、ゆっきー、雪だるまはこっちに飾ればいい感じ?」
「あ、カズくん! うん。ソリの隣がいいかなって思うんだ」
「こっち側はジンジャーブレッドにしたから」
「うん、めちゃかわでいい感じ!」

 ニコニコとうなずけば、椋は嬉しそうに、幸は楽しそうにほほえむ。あたたかい気持ちと弾む胸を抱えて、一成はせっせと談話室を飾りつけていく。
 途中から、用事を終えて帰宅した監督と監督に釣られた真澄も加わって装飾は進んだ。大荷物を買い出しにいっていた丞や咲也たちも帰宅しており、談話室には続々と団員が集まっていた。

「これだけそろうとさすがに狭い」
「確かにちょっと手狭に感じるね」

 幸がこぼした言葉に、監督が苦笑を浮かべて答えた。二十人を超える大所帯なので、それなりに広い談話室もだいぶ人口密度が増すのだ。監督は部屋を見渡して「でも、まだ全員はそろってないかな」とつぶやく。

「十ちゃんと天馬くんは、追加のケーキを買いに行ってます!」
「至と千景もいない」

 監督の言葉へ答えるように、椋と真澄が続いた。
 天馬は仕事を終えたあと、追加のケーキを買いにいく十座へ合流することになったのだ。人手がほしいということと、行き先が二人のよく知るケーキ屋であることからの人選だった。
 千景と至はもともと出勤日だ。準備に参加はできないと申し訳なさそうにしつつ、定時は死守すると並々ならぬ決意を抱えていた。談話室にいないのは、この四人だけであとは全員そろっているようだ。

「至さんと千景さんは、さっき会社を出たところって連絡があったからもう少しかな」
「テンテンとヒョードルは、そろそろ帰ってくると思うよん! ちょっと前にLIME来てたんだよねん」

 監督と一成、それぞれが自分に入っていた連絡内容を伝える。監督ではなく、一成が天馬の動向を把握している件については、全員当然だと思っているのでスルーした。
 もともと、一成は天馬との連絡頻度が高い。さらに今では、触れ合えない分を取り戻すように以前に増してしょっちゅう連絡を取っているので、天馬の動向をきっちり把握していることは何もおかしくない、という認識だった。

 天馬と十座が赴いたケーキ屋は、天鵞絨町にある。連絡のあった時間から考えて、そろそろ帰ってくるんじゃないか、と思う一成は落ち着かない。
 ソワソワと何度も談話室の扉へ視線を向けていると、待ち人がようやく姿を現した。いくつも箱を抱えた天馬と十座だ。

「テンテン!」

 思わず声を上げると、天馬が視線を向ける。ばちり、と一成と目が合うと照れくさそうに笑うので、一成の胸がきゅんと高鳴る。ちょっと照れてるテンテン、めっちゃかわ!
 胸をときめかせている間に、十座と天馬はキッチンであこれと作業を始めた。
 一段落するまでは落ち着いて話ができそうにはないかも、と思っていると天馬がちらりと一成へ目を向ける。自分を気にしてくれることが嬉しくて、一成は天馬に向かって手を振った。
 笑ってくれるかな。もしかしたら振り返してくれるかも。一成はそう思ったのだけれど、天馬の反応は予想外だった。
 やたらと真剣な顔で、じっと一成を見つめたのだ。やけに力強い視線に、一成は首をかしげる。どうしてそんな表情をしているのわからなかった。
 一成の戸惑いに気づいているのかいないのか。天馬は隣にいる十座へ、何か耳打ちする。
 十座は一つ瞬きをすると、強いまなざしでうなずく。それから、天馬の背中をそっと叩いた。背中を押してエールを送るような、そんな調子で。
 行動の意味がわからなくて、一成はハテナを浮かべるしかない。だけれど、その間に天馬は何だか意を決したような表情で足を踏み出す。
 迷うことなく談話室を横切り、一成の前に立った。手を伸ばせば届くような距離。半径一メートルの内側だ。

「えっと、テンテン?」

 久しぶりに天馬が近くにいる、という事実に一成は高揚するけれど。左京の言葉を守ると決めたのに一体どうして、という戸惑いもあった。
 ズルするなんてこと、天馬が選ぶはずもないし一成だってそうだ。カンパニーのみんなに胸を張れないことはしたくないと、二人で言っていた。
 それなのに一体どうして、と思っていると天馬が動いた。真正面で向かい合う一成の両手をぎゅっと握ったのだ。
 どうして、とか、なんで、とか。そんな言葉よりも真っ先に浮かぶのは、紛れもない歓喜だ。
 天馬の熱が伝わって、大きな手のひらや骨ばった指を感じる。その事実がどうしようもなく嬉しくて、胸がいっぱいになってしまう。ほとんど本能的に、天馬の手を握り返してしまうくらい。
 だけれど、理性はきちんと「どうして」と声を上げる。
 うかがうように視線を向けると、顔を真っ赤にして、それでも強いまなざしをたたえた天馬と目が合う。一成の疑問をきちんと受け取ったのだろう。天馬は強い声で言った。

「いいんだ」

 静かで、それでいてやけに耳に残る声。天馬は真っ直ぐ一成を見つめると、真摯な誓いを捧げるような響きで言葉を重ねた。

「左京さんにはちゃんと説明した。近づいても、触ってもいいんだ」

 そう言った天馬は大きく深呼吸をしてから、事の子細を一成に語って聞かせる。




******




 左京の言葉を受け入れたのは、風紀を乱した自覚もあったし莇に悪いことをしたと思ったからだ。勘違いでも何でもなくキスをしていたし、うっかりその先へ進みそうになったのも事実でしかない。
 だから、最初の三日ほどは「仕方ない」と思っていたのけれど。
 時間が経つにつれ、現状をどうにかする方法はないだろうかと考えるようになった。確かに悪いことをしたとは思うし、今後気をつけなければいけないことはよくわかっている。
 だけれど、三日は我慢したのだ。一成は目に見えて落ち込んでいるし、天馬だって近くにいるのに触れられないのがもどかしい。それでも文句も言わず、三日もきちんと守っている。反省の姿勢は見えるはずだ。
 最近の天馬は落ち着いてきた、と言われることも増えてはいる。ただ、元来の子供っぽさがなくなったわけではないし、自分の思う通りに物事を進めたがる性質は健在だ。
 それに、決して気が長い方ではない。事態を打破するべく、早々に動き出すのは当然の結論だった。

「――というわけで、禁止令を解除してください」

 106号室へ乗り込んできた天馬の言葉を聞いて、左京は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
 部屋には莇もおらず、向かい合った二人の間には重苦しい沈黙が落ちる。しかし、眉間にしわを刻んだ左京に臆することなく、天馬は接触禁止令の解除を訴えていた。

「無視して勝手にベタベタしねぇ点は褒めてやるが……まだ三日だぞ」
「悪いことをした自覚はあるし、ズルはしたくない。だからちゃんと守ってるが……もう三日だ。三日も我慢すれば反省には充分だろ」
「それはお前らが決めることじゃねぇ」

 ぴしゃり、と言った左京はにべもない。そのまま取りつく島もなく部屋を放り出されるしかなかった。



 ただ、天馬は頑固で諦めも悪かった。一度決めたらやり通す意志の強さもあるので、それから何度も左京の部屋へ赴いたのだ。
 関係を公言するのが恥ずかしくて黙っていたけれど、今ではもう、二人が恋人同士であることはカンパニー全員周知の事実である。もはや隠す必要は一切ない。
 堂々と、恋人であることを口にしていいのだから、左京に何度も訴えることをためらう必要はなかった。
 回を重ねるごとに、天馬の気持ちは明確になっていった。触れ合えないもどかしさや、くすぶる欲求、寂しげな一成に痛む胸はどれも事実だけれど。本当に伝えたいことは一つきりなのだと、天馬は理解していた。

 だから、クリスマスパーティー当日も106号室へ赴いた。仕事があるので、朝からの来訪ではあったけれど、左京は扉を開いてくれた。莇はすでに買い出しに出ていていなかった。
 出迎えた左京は呆れたように息を吐いて、「お前も飽きねぇな」とつぶやく。ただ、その唇は笑みの形をしていた。

「明日には一週間だ。騒ぎも起こしてねぇから、禁止令なら解除してやる。それでいいだろ」
「一日でも早い方がいいし、せっかくのクリスマスだからな。今日解除してほしい」

 真顔で答えると、左京が目を瞬かせる。それから、片眉を上げると面白そうに答えた。

「皇がそんなにクリスマスを楽しみにしてたとは知らなかったぞ」
「オレというか一成が楽しみにしてる。去年できなかったこととか、いろいろやりたいこともあるんだ」

 天馬も楽しみにはしているけれど、一番大きな理由は一成がクリスマスを心待ちにしていることを知っているからだ。
 これまで散々恋人同士としての顔を見せてきた手前、もはや天馬は隠すつもりがなかった。堂々と恋人として扱うと決めたから、素直に思っていることを告げる。
 左京は天馬の言葉に、いっそ感心したような雰囲気を流した。

「……お前はずいぶん三好には甘いな……。俺の所に来るのも、お前の独断だろう」

 一成と連れ立って左京へ解除を訴えるのではなく、常に天馬は一人でやって来る。
 一成に何も言っていないことは予想がついたし、恐らく天馬は自分一人でどうにかしようとしている。一成を煩わせることなく、知らない間に事態を解決させようとしているのだろう。
 天馬は左京の言葉に、少しだけ沈黙を流す。それから、一つまばたきをすると、ゆっくりと口を開いた。
 どこか緊張したような面持ちを浮かべているのは、左京に伝えたいことを言葉にするなら今だ、と思ったからだ。深呼吸をしてから、天馬は言った。

「――大事にしたいんだ。オレにできることがあるなら、何だってしてやりたいと思う」

 真っ直ぐ見つめて告げると、左京は驚いたような表情を浮かべた。天馬がこんなにも素直に心情を吐露するとは思わなかったのかもしれない。天馬は唇に苦笑を刻んで、言葉を続けた。

「一成はやたらとテンション高いし本当にうるさい。オレのことからかう時は心底楽しそうだし、あいつに何回遊ばれたかは数えきれないくらいだ。意外と根性があるのも知ってるから、別にか弱いとも思ってない」

 きらきらと笑う顔を思い出して、天馬は言う。
 ともすれば悪態にも聞こえる言葉だけれど、そうでないことは左京もわかっているだろうと思えた。天馬の声に宿る色のあざやかさがわからない人間ではない。
 天馬は一つ深呼吸して、言葉を続けた。

「オレはあいつを大事にしたい。この先、たぶんいろんな困難があると思う。だけど、これから先の未来まで一緒にいたいって思った、唯一の人間なんだ。できることなら何だってしてやりたいって思うのは当然だ」

 一成に喜んでほしい。笑ってほしい。幸せでいてほしい。喜びを、嬉しいと思う瞬間を、呆れるほどにあげたい。そんな風に思うからこその特別だ。望んだことを叶えてやりたくて、今日も左京のもとを訪れているのだ。

「中途半端な気持ちで手を取ったわけじゃない。確かにオレは未成年だし、一成だってまだ学生だ。子供の遊びで付き合ってるって思われるかもしれないけど、違うんだ」

 自分の言葉に一体どれほどの説得力があるのか、天馬にはわからない。それでも言いたかったし、伝えたいことはこれなのだと自覚していた。
 左京から見ればまだまだ子供の自分たち。どうしたって人生経験が足りないから、二人の関係はあくまで子供の遊びだと思われているんじゃないか、と天馬は危惧していた。事実として、迂闊なことをしてしまったからなおさら。

「――人が来るかもしれないってところで、キスをしたのは周りが見えてなかったと思う。そういうところが子供なんだって言われたら反論できない。寮を混乱させたいわけじゃないし、もっと分別を持つべきだった。だから、これからはちゃんと気をつける」

 切々と天馬は訴える。左京は何一つ言葉を挟むことなく、ただ耳を傾けてくれている。その事実に勇気づけられて、天馬は言う。自分の心を取り出して並べていくように。

「まだ子供のオレたちが何を言ってるんだって思うかもしれない。だけど、遊びの付き合いだからって、適当にキスしたわけじゃない。今だけの関係だからって、お茶を濁そうと思って左京さんの所に来てるわけじゃない」

 最初は、触れ合えない辛さだとかもどかしさから、左京の部屋を訪れた。だけれど、何度か左京と言葉を交わす内に、本当に言いたいことに気づいたのだ。まだまだ子供だと思われていることは充分理解している。それでも。

「真剣に付き合ってるってことは信じてくれ」

 左京とて、天馬と一成が遊びや冗談で恋人になったとは思ってないだろう。だけれど、どうしたって大人とは言えないことも事実だ。
 まだ子供ゆえの視野の狭さで、幼い関係を結んでいるだけだと思われている可能性はある。いずれ成長すれば自然とつながりが断たれてゆくような。一過性の熱に飲み込まれているだけのような。
 そう思われているからこそ、接触禁止令なんてものを出して頭を冷やせと言ったのかもしれない、と天馬は思った。だからそれなら、言いたかった。

「触れたい気持ちも、近づきたい気持ちも、閉じ込めておけないのは真剣に一成が好きだからだ」

 確かに、左京から見ればまだまだ子供の自分たちだ、という自覚はある。それでも、これだけは本当だと言えた。
 一成は夏組の大事な仲間だ。友達としての関係を保ったままこの先だって時間を重ねていく選択肢はあった。だけれど、自分たちはそれを選ばなかった。
 どうしたって特別だという心を自覚して、この人だけが唯一だと思い定めて、互いの手を取ったのだ。

「これから先の未来だって、ずっと一緒にいる。いくらだって誓える。本当に好きなんだ。だから、ちゃんと近づきたい。言葉じゃ足りない分を伝えてやりたい」

 そのためには、今の状況が歯がゆくて仕方がない。
 明日には解除してやると言うけれど、一刻でも早く以前のように触れ合いたかった。クリスマスという日を一成が楽しみにしていることを知っていたからこそ、余計に。
 天馬は強いまなざしで、左京に告げた。

「オレたちが本気なんだって信じてくれたら、近づくことを許してほしい」

 真正面から天馬の言葉を受け取った左京は、しばらくの沈黙あと大きく息を吐き出した。呆れるような、しみじみとした雰囲気。そのままの声で答える。

「お前な……。真剣だって言うなら、余計に自分たちの行動には気をつけろ。迂闊なことをしてんじゃねぇ」
「それは本当にその通りだと思う。今度は気をつける」

 あまりにももっともな言葉に、天馬は重々しくうなずいた。発端が自分たちの自業自得であることは間違いないのだ。左京は肩をすくめると、呆れた響きで言った。ただ、その唇には明らかな笑みを刻んで。

「まあ、いい。皇の気持ちはよくわかった。それに、ずいぶん強烈な告白も聞けたしな」

 からかうような調子は、天馬の言葉が紛れもない一成への愛の言葉だったからだ。本人がいないからこそ、思いの強さはいっそう伝わった。
 天馬は自分が何を言ったのか、あらためて自覚したようで恥ずかしそうに目を伏せた。
 純粋で子供っぽいとは言え、天馬は素直に自分の気持ちを口にするのが得意ではないと知っていた。だけれど、それを超えてまでこうして訴えた。自分の言葉を取り出して、思いの丈を精一杯に伝えた。
 その意味なんて、左京は十二分にわかっている。
 それに、もともと、二人のことを疑っていたわけではないのだ。禁止令を出されている間、こっそりと裏で言いつけを破るようなこともしていなかったのも理解していた。反省の姿勢自体は、充分伝わっている。

「わかった。禁止令は解除してやる」

 重々しく告げると、天馬の顔がぱあっと輝く。左京とて、二人に意地悪をしたいわけではなかったから、天馬の反応に喜ばしい気持ちになるけれど。

「少し早いクリスマスプレゼントだと思っておけ。ただ、くれぐれも羽目を外しすぎるなよ。周りには気をつけて、思慮分別を持て。年下の手本になるよう行動しろ。何もかもを理性で押さえつけろとは言わねぇ。互いを大事に思うことはいい。ただ、お前たちが暮らしているのは個人の家じゃねぇんだ。寮という共同生活だということを踏まえて行動するのは義務だと思え。どんな時でも人の目があるということを忘れずに――」

 今後の注意事項について、左京はとうとうと言葉を並べ始める。一切口を挟む余地もなければ、終わりの気配もない。
 ただ、心に刻まなくてはならない内容だということはわかっていたので、天馬は黙って、左京の言葉を拝聴していた。




******




 手を握り合ったまま一通りの話を聞いた一成は、どんな言葉を口に出せばいいわからない。左京へ訴える言葉として伝えられた、天馬の気持ち。あらためて、どれほど大切かと言われて一成の胸はいっぱいになる。
 嬉しい。これから先まで一緒にいるのだと思っていてくれることも、一成のためにできることなら何でもしてやりたいという気持ちも。
 天馬の心が嬉しくて、幸せで、どんな言葉を口にすれば今の思いが伝わるのかわからない。

「――テンテン」

 だから一成は、衝動のまま動いた。つないだ手をぐい、と自分のほうへ引き寄せると天馬の体に思い切り抱き着いたのだ。
 全身の全て、触れ合う何もかもで心を丸ごと伝える気持ちで。天馬は戸惑うことなく、一成の背中に腕を回す。

「ちゅーはだめでも、ハグと手つなぐのはオッケーなんだよね!?」

 はっとした表情で叫んだ先は左京である。これも人目を気にしたらだめなやつ?と思ったからだ。談話室の片隅で何やら紬と話をしていた左京は、呆れたように息を吐く。それから、苦笑を浮かべて答えた。

「いちいち許可取るんじゃねぇ。勝手にしろ」
「おけまる!」

 力いっぱい答えた一成は、あらためて天馬を抱きしめる腕に力を込める。怒られなかったということは、オッケーという意味だと判断した。
 もともと一成はスキンシップ過多なので、その延長線上だと思われたのだろう。いつもいっぱい抱き着いててよかった、と思う。
 気分的にはこのままキスをしたいところだったけれど、先日の二の舞を演じるつもりはない。代わりのように、ぎゅうっと天馬に抱きつけば同じくらいの強さで抱きしめ返してくれる。
 照れる素振りもないので、一成は小さく笑みをこぼした。きっと今までの天馬なら、こんな風にみんなの前で抱き着いたら恥ずかしがっていたのに。

「テンテン、めっちゃ余裕じゃん?」
「全員にバレてるからな。恥ずかしがる意味ないだろ」

 一成の言葉を受け取った天馬が、いっそ開き直るような調子でそう言う。一成は嬉しそうに笑った。
 それから、抱きしめた天馬をあらためて全身で感じ取る。たくましい胸やがっしりした背中、回される腕のしなやかな筋肉。
 ああ、テンテンだなぁ、と思う。触れられなかった分を取り戻すように、全身を総動員して何もかもで感じ取れば、体中の全てに天馬が満ちていく。
 それはきっと天馬も同じだった。何も言わず、ただ腕の中の存在を噛み締めるように抱きしめあっている。
 このままきっと、いくらだってお互いの体を感じていられる、と思ったのだけれど。

「ただいま――ってあれ、何かいいシーンだった?」

 唐突に談話室が開くと、入ってきた至が声をこぼす。天馬と一成の抱擁シーンが飛び込んできたので、率直な感想を漏らしたのだ。後ろの千景も面白そうに目を細めている。
 商社組の帰宅に、ほうぼうから「おかえりなさい」の声が上がり、談話室のにぎわいがいっそう増していく。天馬と一成はそっと体を離した。
 これで全員が談話室へ集合したのだ。クリスマスパーティーが始まるまではもう少し。最後の準備をしなくてはならないから、恋人としての時間はおしまいだ。
 だけれど、そっと視線を交わした二人のまなざしには、やわらかな甘さがにじんでいる。