マイディア、マイレディ!



 予想通り、椋は目をきらきらさせて一成の姿を賞賛した。「カズくん、とっても美人だよ!」と感極まった表情で言ってくれるので。一成は静かな微笑で「ダンスに誘っていただけますか?」と首をかしげて尋ねれば、すぐに椋は反応する。
 さっと手を出して「よろしければ、一曲お相手していただけませんか?」とほほえんだ。一成は「喜んで」と言って手を取ると、そのまま笑い声を弾けさせる。
「むっくん、めっちゃ王子様~! かっこいい!」と嬉しそうで、椋も椋で「カズくんこそ、お姫様みたいだよ」とにこにこしている。
 何となく一緒についてきて、二人の様子を見守っていた幸と莇は、しみじみ202号室の仲の良さを実感していた。自分たちでは絶対にありえない光景である。

「カズくん、写真撮ってもいいかな? とっても美人だから……!」
「もち! オレもいっぱい撮ったよん!」
「ありがとう! あ、でも、部屋もいいけど、中庭とかどうかな?」

 せっかくなので、背景にもこだわりたい、と椋は言う。寮の中庭は花も咲いているし、緑の木陰もあって雰囲気がいい。そんな場所で撮影した方が、より一成の魅力を引き出せるに違いない、と椋は力説した。
 一成に断る理由はないというより、むしろ面白そうだと乗り気だった。幸いまだ日は落ちていないので、撮影に支障はないだろう。
 そういうわけで、中庭での撮影会が開始される。幸と莇も何だかんだで同行しているのは、日光の下ではどんな風に見えるか、写真ではどう映るのかを確認したかったからだ。
 初めは単なるスナップといった趣で撮影していたものの、次第に熱が入り始める。
 各自スマートフォンを掲げながら、「ベンチに座って、うつむき加減で」だとか「花を摘むみたいな感じが撮りたいな」だとか「木陰の下だとどうなるか確認したい」など、あれこれ指示を飛ばす。
 一成は素直にうなずいて対応するし、そのどれもが「深窓の令嬢」を前提としたものだ。
 普段のような、明るくぴかぴかした笑顔で、ハイテンションの雰囲気は一切出さない。落ち着いた表情で、指先一つにも神経を行き届かせる。浮かべる笑みはあくまでも静かに、はかなげな雰囲気をたたえている。
 普段の一成は、いつでも明るくにぎやかだ。そのイメージに引きずられがちなので、美人といった印象を持つことは少ない。ただ、物静かにベンチに腰掛ければ、とたんに楚々とした雰囲気に包まれる。
 くわえて、女性役に挑戦した経験を活かして、所作にも気を配っている。服装やメイクもあいまって、誰もが美人とうなずく仕上がりだった。

「カズくん、マジでめっちゃ美人ッスね!? 最初誰だかわからなかったッス……!」

 しみじみとした口調で言うのは太一だ。椋たちが中庭で撮影会を始めてしばらくして、通りがかった際に「お客さんッスか?」と声を掛けたのをきっかけに、撮影会に合流していた。ちなみにその時は「これ、一成」と答えられて、口をあんぐり開けてしばらく固まっていた。
 一成は太一の言葉に、それまでの表情をぬぐって、ぱっと明るい笑みを浮かべた。軽やかに答える。

「ベリサン~! ゆっきーとアザミン、マジで天才だよねん」
「ふむ。その出で立ちから語られる、一成くんらしい言葉というのもなかなか新鮮だね」
「ギャップ萌えネ! カズの徳井沢さんダヨ!」

 一成の言葉に反応したのは、誉とシトロンだ。二人とも概ね太一と同じ経緯で撮影会に合流している。
 もっとも、一成の女装姿である、と聞かされた時の反応は少し違った。誉は「さしずめ芸術の女神の姿といったところだね」と笑って、シトロンは心底楽しそうにきらきらと目を輝かせていた。
 一成は二人の言葉を笑顔で受け取ったあと、シトロンへ尋ねる。

「ロンロン、徳井沢さんって誰!?って感じなんだけど、もしかして得意技的な?」
「それダヨ~」

 和気あいあいと話をしながら、各自思い思いに写真を撮る。一番張り切っているのは椋で、スマートフォンをあらゆる角度で構えている。もっともこれは、一成の分も含んでいるゆえ気合いが入っているのだ。
 モデルへ専念するように、ということで一成は自撮りの類は一切していない。雰囲気的にスマートフォンが似合わない、と最初の内に回収済みなのでそもそも自分で写真を撮ることは不可能なのだけれど。

「一成さんの写真、臣さんに送ってもいいか?」

 そういえば、という顔で莇が尋ねる。臣にカメラのアドバイスをもらいたいというより、純粋に「こんな写真を撮っている」と伝えたいらしい。
 カメラを仕事にしている臣は、人が撮った写真を見るのも好きだし、どんなものにカメラを向けたのか、ということを教えると心底嬉しそうにしてくれるのだ。

「それなら、ボクも十ちゃんや九ちゃんに送りたいな……!」
「どうせ見たいって騒ぐし、夏組全員に送っておけばいいんじゃないの」
「カンパニーのグループトークに送っちゃえばいいんじゃないッスかね」

 莇の言葉に、椋、幸、太一が続く。
 人によっては、女装姿が大勢の目に触れるなんて、と忌避することも考えられるけれど。劇団員という特性上、女性役を演じると思えば何てことはなかったし、そもそも一成である。
 自分の女装姿を、つゆとも恥ずかしいと思っていないので、いっそカンパニー全員で共有してしまえばいいのでは、というのは妥当な提案だった。
 恐らく一成は、明るい笑顔で「そだねん!」なんて言うだろう、とこの場にいる誰もが思っていた。
 しかし、一成は何だか微妙な表情を浮かべて答えた。唇は笑みの形をしているものの、へにゃりと眉を下げて、歯切れの悪い口調で。

「えっとね、おみみとか、ヒョードルとかくもぴに送るのはおけまるだよん! でも、夏組とかカンパニー全体は、ちょっと遠慮してほしいかも? 的な?」

 申し訳なさそうな雰囲気でそんなことを言うので、その場の全員が一成へ視線を向ける。
 臣や十座、九門はいいというのに、夏組やカンパニー全体は遠慮したい、というのは一体どういう意味なのか、という視線であることは、一成もすぐに察した。
 それはそうだろうな、と一成本人もわかっているからだろう。ちゃんと言った方がいい、という気持ちはあるようで、そっと口を開く。うろうろと視線をさまよわせて、口ごもりながら。

「えー……と、その……テンテンには見せないでほしいな~みたいな……?」

 申し訳なさそうに告げられた言葉に、その場の全員は盛大にハテナマークを頭に浮かべる。夏組としての仲の良さなら充分知っているのになぜ、という意味ではない。
 MANKAIカンパニーのメンバーは全員知っているからだ。天馬と一成が恋人同士として付き合っている、ということを。
 特に報告をするつもりはなかったようだけれど、二人の雰囲気があまりに違うので大半の人間はすぐに察した。寮内でいちゃついている(本人たちに自覚はない)場面も何度か目撃された結果、もうこれは全員に言った方がいい、と夏組にせっつかれて最終的に報告に至ったのだ。
 だからカンパニー全員に、二人の関係は周知されている。恋人相手に女装姿を見せるのが恥ずかしい、という意味なのだろうか、と一瞬思うもののすぐに違うとわかった。
 一成ににじむのは照れの類ではなく、もっとごろりと硬いものだ。恐れや不安のような、そういう類だと表情からうかがえる。
 だからこそ、全員ハテナマークを浮かべるしかない。はっきり言われなくても、具体的な言葉にしなくても、お互いのことが大好きだとはっきりわかる二人だ。それぞれに向かう気持ちが、どれほど真っ直ぐ深い愛情なのか、視線一つで、仕草一つで伝わるのだ。
 天馬のことなので、一成がどんな格好をしていたところで気持ちが変わるようなことはないだろう。一成だってそれは理解しているはずだ。疑いなくそう思える二人だからこそ、こんな風に一成が不安を浮かべる理由がまるでわからなかった。

「え、なんでッスか、カズくん!」

 全員の思いを代弁したような一言を、太一が叫ぶ。一体どうして天馬に見せないでほしいというのか。心底不思議そうに言えば、幸も続いた。

「そういえば、天馬がいないからオッケーって言ってたのも、引っかかってはいたんだよね」
「……そんなこと言ってたな。確かに謎」

 幸の言葉に莇もうなずく。一成を飾りつけたい旨を申し出た際、引き受けた一成は言っていたのだ。「今ちょうど時間あるし、テンテンもいないし!」と。
 ハイな気持ちで何となく流したものの、確かに引っかかった発言なのだ。天馬がいない、それがどんな理由になるのか、まるで見当がつかない。

「天馬くんのことだから、一成くんの姿を忌避することはないだろう?」
「テンマ、レディみたいなカズのこと、きっと好きダヨ!」

 あらためて、といった調子で誉は言うし、シトロンも力強く続いた。女装姿だからと言って天馬が敬遠するとは思えないし、そもそも天馬は今の一成の格好を好ましく思うのでは、と言うのだ。

「――確かに。別にそれ意識してたわけじゃないけど、こういうの好みど真ん中な気がする」
「ああ~……天チャン、落ち着いた清楚系とか好きそうッスよね……」

 幸の言葉に太一も同意を返した。天馬は趣味嗜好がひと昔前のようなところがあるし、にぎやかなタイプよりもおしとやかで控えめなタイプが好み、ということは何となく周囲も察していた。
 ついでに、実際選んだのが正反対の人間であるあたり、本気度がうかがえる、とも思われている。まあ、一成も本質的に控えめなタイプではあるので、そこを嗅ぎ分けたという説も提唱されているけれど。
 一成はそれぞれからの言葉に「それはそうなんだけど……」とうなずく。ただ、歯切れも悪いし険しい表情は変わらない。普段は軽やかに動く口が、今はすっかり重くなっている。どうやら話したくないらしい、ということはすぐに察した。
 そうなれば、無理に口を開かせるようなメンバーではない。これ以上は突っ込まない方がいいだろう、という空気が流れる。
 莇も「好みのタイプ」なんて話に何だか気が気ではないようでソワソワしているし、ひとまずここは詳細を突っ込まないでおこう、という方向に話はまとまりかけた。
 しかしそこで、スマートフォンをずっと握りしめていた椋が動く。はっとした顔で、猛然とスマートフォンを操作して何やら確認したあと、慌てた顔で叫ぶ。

「待って、カズくん! もうすぐ天馬くん帰ってくるよ!」
「なんで!? ロケ明日まででしょ!?」

 一体どうして、と一成も叫び返す。予定なら事前に聞いているから、今日は帰ってこないと踏んで女装中なのだ。今日帰ってくるとなっては、話がまるで違う。

「予定が変更になって切り上げることになったから、もうあっち出発してて……そろそろ寮に着くってさっき連絡あったんだ。ごめんねボクがもっと早く言えばよかったんだけどこんなタイミングになっちゃってボクが気の利かないノロマだから……」
「のんびりなのは悪いことじゃないし、てか、オレも気づいてないからおあいこだしむっくんは気にしないでいいよん!」

 しょんぼりとした椋の言葉に、慌てたように一成が言葉を添える。どうやら、スマートフォンでの撮影中に天馬から夏組グループトークに連絡があったらしい。
 予定が変更になったから帰宅する、という旨を告げているのだろう。ただ、一成はスマートフォンに触っていなかったので、メッセージに気づくことはなかった。
 幸は幸で「そういえば、そんな連絡あったかも」と言っている。一応メッセージを認識はしていたようだけれど、特に一成へ伝えるような内容ではないと思って、そのまま流したのだろう。
 確かに、一成が「女装を見せたくない」なんて思っていると知らなければ、あえて伝える必要性はないと判断するのも無理はない。

「時間的に、そろそろ帰ってくるんじゃない。あれ、出発の連絡じゃなくて、もうすぐ着くって話だったし」

 これから帰る、というメッセージではないのだ。到着する少し前の連絡ということは、時間から見てそろそろなのではないか、と幸が言うので。一成はがたりとベンチから立ち上がった。このままではマズイ、と思ったのだ。

「オレ部屋戻っていい!? アザミン、メイクは普通に化粧落としでおけまる!? ゆっきー、これオレだけで脱げるかな!?」

 中庭の様子は玄関からよく見える。即刻見つかる可能性が高いし、ひとまずここから離れなくては、と思った一成はそれぞれに声を掛ける。201号室には帰れないし、202号室で諸々をオフにするつもりだった。
 二人は「ああ、メイク落としで行ける」「ピン外すのは一人じゃ難しいかも」と答えて、自分たちも部屋に戻ろうか、と続ける。写真も充分撮ったし、いい頃合いだと思ったのだろう。一成は「ベリサン!」と答えて、そのまま部屋へ引き上げようとしたのだけれど。
 ちょうどそのタイミングで、玄関の扉が開く。ずっとそちらの様子を気にしていた一成が真っ先に気づいて、ぎくりと体を強張らせる。
 玄関から入ってくるのは、普段の一成であれば大喜びで出迎えに走る相手――夏組リーダーにして、一成の恋人である天馬だった。
 しかし、今の一成はそういうわけにもいかない。かといって、どう行動したらいいかもわからなかったのだ。「どうしよう!?」と固まっていると、天馬はすぐに中庭の様子に気づいた。玄関からよく見えるし、人が集まっていれば何があったのかと思うのも道理だろう。
 いたって自然な調子で足を進めて、天馬は中庭に顔を出す。「何してるんだ?」と言いながら近づいてきて、一点を凝視して固まった。
 視線の先は、ベンチの前にたたずむ人物。言うまでもなく、一成である。
 つややかな金髪に、清廉とした緑の瞳。透き通るような白い肌、確かな生命力を感じさせる薔薇色の頬。ぷるりとした唇は落ち着いた赤に染まり、身を包むブルーグレーのワンピースは楚々とした風情で、品の良さを感じさせる。

「一成……?」

 天馬は目を見開いて、呆然とした面持ちで名前をつぶやく。ただ、そのまま立ち尽くしていて、続く言葉はなかった。しかし、それは呆れているだとか不快に思う類の沈黙ではない。
 じっとそそがれる視線は雄弁で、熱っぽさを宿している。ほんのり耳は赤く染まっているし、魅入られたような表情が浮かんでいるのだ。「かわいい……」と思っていることは、手に取るようにわかった。
 しかし、一成だけは例外である。天馬の様子を気に留める余裕などかけらもなかった。慌てた様子で口を開き、叫ぶように言った。

「テンテン、忘れて、今すぐに!」

 必死の気迫でそう叫ぶと、一成は脱兎のごとく駆け出した。立ち尽くした天馬の隣をすり抜けると、全速力で階段を駆け上がる。残された面々が呆気に取られている間に、風のような速さで202号室へ飛び込んだ。

「っ、一成!」

 真っ先に我に返ったのは天馬だった。即座に背中を追いかけて、202号室へ走っていく。中庭のメンバーは、その様子をただ眺めていたのだけれど。

「……天馬くんに任せたらいいのかな?」

 おずおずとした調子で椋が口を開き、幸に話しかける。一成がどうして天馬に見せたくない、なんて言っているのかはさっぱりわからない。ただ、今の短いやり取りから察するに、喧嘩しているだとかいったわけではないらしい、ということはわかった。
 一成は必死だったけれど、険悪な雰囲気はかけらもなかった。拒絶しているわけでもなかったし、天馬に至っては純粋に見惚れていたくらいなのだから。
 自分たちにはわからない何かがあるんだろう、と椋は結論づけたし、それは中庭のメンバーの総意でもある。幸は椋の言葉に肩をすくめて答えた。

「まあ、放っておけばいいんじゃない。どうせ最後はバカップルなんだから」