箱庭ピクニック



Scene 03:お手製海鮮ちらし


 天馬はパー、一成はチョキ。じゃんけんの掛け声とともに出された手に、一成がガッツポーズをして、天馬が盛大に顔をしかめる。机を挟んで向き合った一成は、嬉々として叫んだ。

「じゃ、オレこのマダイ!」

 一成が示したのは、二人の間に置かれた皿だ。そこには、透き通るような白さにうっすらとピンクがかった、マダイの切り身が乗っている。

「お前、すでに取ってるだろ……」
「旬でおすすめとか言われたら、もう一枚くらいほしいじゃん」

 明るく言うのは、買い出しに出かけた時のことだ。昼ご飯は何にしようか、と話していた二人の前に飛び込んできたのは、鮮魚店おすすめの「海鮮ちらしセット」だった。
 店主の選んだ刺身が、切り身やぶつ切り、細切れなど多様な形でセットになっており、いくつもの味が楽しめる。形が崩れたものなどを選んでいるので、手ごろな値段ながら種類は豊富だ。赤や白、ピンクやオレンジという華やかさに一成が惹かれて立ち止まると、店主に声を掛けられた。
 一成は持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、すぐに和気あいあいと雑談を交わすことになる。店主自身が話好きということもあるのだろう。お買い得情報についてあれこれ教えてくれたのだ。
 曰く、ちらしセットは、全て同じものが入っているわけではない。その日の仕入れ具合により、パックによって内容が違っている。
 そんな中でおすすめは、今が旬のマダイやシラウオが入っているこのパック。今なら、こっちの殻付きウニもついてくる。活気のある言葉と、きらきら輝くような刺身が後押しになって、本日の昼食は海鮮ちらしに決定した。

「てか、テンテンもがっつりウニ取ってるし」
「連勝したんだからいいだろ」

 唇を尖らせて言う天馬は、ジャンケン勝負で続けて勝って、両方ともウニを選んでいるのだ。一成は楽しくてたまらない、といった笑みを浮かべて「まあねん」と答える。

「何選ぶのかって性格出るから面白いよね~。テンテン、食べたいものから選んでいくんだなって思ったし」
「一成が例外なんだよ。なんで色縛りなんだ」
「カラーリングも大事っしょ!」
「まあ、うまそうではある」

 軽やかな言葉を交わす二人の前には、酢飯の入った丼がある。なかなか大きなサイズで、こんもりと酢飯が盛られている。その上には、各自がチョイスした刺身が乗っていた。
 当初は、素直に半分ずつに分けようということになっていたのだ。しかし、途中で一成が「それじゃ面白くなくね?」と言い出した。
 食事に面白さは要らないだろ、と天馬は心から思ったのだけれど、最終的に一成の提案に乗ったのは、カンパニーや夏組にて鍛えられた結果である。面白いことはもっとハッピーに、何でもないことは楽しく。カンパニーで過ごすうちに自然と身に着いた姿勢だった。

「やっぱジャンケン勝負盛り上がるよねん。普通に選ぶより面白いっしょ?」

 何でもかんでも楽しくしよう、という姿勢にかけては筆頭のような人間が目の前の一成だ。心底楽しそうに言われて、天馬は笑みを浮かべる。何だかんだ言いながら盛り上がったことは事実なのだ。

「均等に入ってるわけじゃないってところがミソだよな。スーパーのパックとかだと、こうもいかない」
「そそ。内容に偏りがあるから、ゲーム性増すよねん!」

 明るく言った一成は、「それじゃ」とお皿へ視線を移す。ジャンケンで勝ったほうが先に具材を選んできた。皿に乗った刺身は次々と各自の丼に分けられていって、残りは甘エビ・シラウオ・マグロだ。

「オレが選んだから、テンテンが選んでねん。それが終わったら、最後のジャンケン勝負だよん!」
「わかってる。最後は勝つからな」
「オレだって負けないし!」

 弾む会話を交わしながら、二人はさて、と皿へ視線を向ける。


***


 いただきます、と声をそろえて箸を手に取った。丼の上には、各自が選んだ海鮮と錦糸卵に絹さやが盛りつけられ、見た目も華やかだ。一成は箸を差し入れると、つやつや光るご飯ごとマダイをすくい取り、大きく口を開ける。
 鮮魚店の店主から聞いた配合で作った酢飯は、酢の味がきちんとしながらもほのかな甘さを持っている。マダイのあっさりとした脂と白米そのもの旨味が、口いっぱいに広がった。

「やっぱこのマダイおいしい~。テンテンのサーモンはどう?」

 満足そうな表情の一成は、きれいな箸使いで海鮮ちらしを頬張る天馬に尋ねる。天馬は、味わいを確かめるように咀嚼して全てを飲み込んでから、一成の言葉に答えた。

「うまいぞ。脂もくどくないし、食感もいい。酢飯とも合うな」

 しみじとした調子の言葉に、一成はにこにこと笑顔を浮かべる。単純においしい、という言葉が嬉しかったこともあるし、天馬の答えに自然と働いた連想があったからだ。

「うん。海鮮ちらしって言ったら、ご飯も大事だよねん!」
「ああ。配合の割合で味も変わるだろうけど、魚の専門家が言うなら外れはないだろうな」
「そういうのも教えてくれて、マジありがたかったよね――っていうのもあるけど、あとテンテン頑張ってくれたじゃん?」

 嬉々とした調子で言うのは、海鮮ちらしを作るにあたってのあれこれを思い出したからだ。
 鮮魚店で新鮮な魚を手に入れたのなら、次に必要なのは酢飯の準備である。白米は朝食ですでに食べきっていたので、新しく炊く必要があった。それに、店主からも炊き立てのご飯にすし酢を合わせて、一気に冷ますことがおいしさの秘訣だ、と言われていたので、帰宅早々ご飯を炊くことにしたのだ。
 手頃な時間に炊きあがったご飯は、つやつやと光りながら湯気を立ち昇らせる。ふわりと漂うのは、ご飯の甘い香りだ。はっきりとしたものではないけれど、そこはかとなく鼻をくすぐって、どうにも食欲を刺激する。
 このまま白米を食卓に並べても充分おいしいのではないか、と二人は思ったけれど今日の目的は海鮮ちらしだ。せっかく教えてもらった配合酢はすでに準備済みだし、酢飯さえ用意できれば完成である。
 というわけで、二人は教えられた通りに行動した。炊き立てのご飯を、大急ぎでボウルに移したのだ。飯台と呼ばれる木製の桶が適していると言われたものの、さすがにそこまでの用意はないので今回はボウルで代用した。
 ボウルに移されたご飯は、充分な熱さを保っている。よく酢を吸うこのタイミングで、すし酢を手早く混ぜていかなければならない。
 特に決めたわけではないけれど、しゃもじを握っているのは天馬だった。一成が酢とうちわを持っているので必然的にそうなったとも言えるし、それなりの量のご飯を手早く混ぜるのは天馬のほうが適していると考えたからかもしれない。充分酢を吸ったご飯は、案外重くなるのだ。
 料理においてあまり役に立っていない、という自覚は天馬にもあった。なので、単純な調理ではなく、こういったことなら力になれる、と張り切ったのだ。一成はそれを察して、「頼りにしてるよん!」ときらきら笑っていた。
 それに気をよくしたこともあって、酢飯は早々に完成した。うちわで粗熱を取り、乾燥防止の濡れ布巾をかけてしばらく放っておけば、ほどよい状態になる。実際、ジャンケン大会を終えるころには、酢飯はちょうどいい温度になっていた。

「別にオレだけが頑張ったわけじゃないだろ。一成だっていろいろ動いてたし」
「まあねん。でもほら、やっぱり酢飯の成功のカギはスピードだし、テンテンの筋肉のおかげじゃん?」

 さすがテンテン、筋肉鍛えててよかったねん!と楽しそうに言うので、天馬は思わず笑ってしまった。別に料理のために筋トレをしているわけではないものの、一成が楽しそうだからまあいいか、という気持ちで。実際役に立っているのは確かなのだし。

「あと、お吸い物の味見だってしてくれたし。感想ちょっと食レポっぽくて面白かったよねん」

 昼食の献立は海鮮ちらしではあったものの、酢飯と鮮魚を用意して終わりというわけではなかった。やっぱり汁物がいいよねん、というわけで三つ葉のお吸い物を作ったのだ。
 その際、逐一天馬に味見をしてもらったのだけれど。ふわりと漂う香りだとか、三つ葉の食感だとか、風味を閉じ込めただしの旨味だとか、案外感想が細かくて一成は大笑いしていた。
 そうして出来上がったお吸い物は、お椀にそそがれて湯気を立ち昇らせている。
 一成がそっと自分のほうに近づければ、だしの匂いと三つ葉の香りがふわりと漂う。お椀をかたむけて、澄みきった透明な液体をこくりと口に含む。だしの持つまろやかさと、いくつも重なる風味が口内を滑り落ちていった。染み渡るような味わいを楽しんだあと、一成は明るく口を開く。

「あと、絹さやの準備だってしてくれたっしょ!」

 海鮮ちらしは、鮮魚の種類が豊富なことからずいぶんとカラフルだ。ただ、似たような色味がそろいがちなので、もう少し別のものがほしかった。というわけで、八百屋に寄って購入したのが絹さやだった。天馬は一成の言葉に、苦笑めいたものを浮かべて言う。

「筋取ってゆでただけだぞ。その辺は、臣さんの手伝いもたまにしてたしな。それを言うなら、錦糸卵作ったのは一成だろ。相変わらずきれいだよな」

 言いながら、天馬はご飯の上に乗った錦糸卵をつまんだ。錦を冠する名前の通り、焦げ目一つない美しい色合いをしていて、海鮮ちらしの見た目の華やかさにも一役買っていた。卵焼きの時も思ったけれど、さすがは一成ということなのだろう。

「にゃはは。テンテンに褒められちった!」

 天馬の言葉に、一成は大きく口を開けて心底嬉しそうに言う。きらきらと目を輝かせる様子に、天馬は笑みを深くしてから言葉を継ぐ。

「見た目だけじゃなくて、ちゃんと味もうまいしな」

 淡々とした調子で告げる天馬は、卵をそっと口に運んだ。砂糖だけではなく、醤油やみりんで味付けされておりこれだけでも充分おいしい、ということは味見と称してつまみ食いした時から知っている。

「まだ途中だって言ってんのに、つまみ食いしてたもんねん」
「うまそうだったからな」

 悪びれもせず答える天馬に、一成はいっそう楽しそうな笑い声を上げる。
 キッチンは充分広くて、二人並んで作業することもできた。一成が錦糸卵を細切りにしている横では、天馬がゆで上がった絹さやを冷水で冷ましていた。すると、包丁を操る手が止まったことに気づいた天馬が、細く切られた錦糸卵を口に放り込んでいたのだ。
 あまりにも堂々とつまみ食いをするものだから、一成は思わず笑ったし天馬もつられるように笑みをこぼしていた。「テンテン、お行儀~」「お前だってしょっちゅうやってるだろ」なんて、じゃれあうみたいに過ごした時間を思い出せば、自然と気持ちがはずんでいく。

「やっぱ、緑があるときれいだよねん! いい感じ~!」

 言いながら箸ですくったのは、つやつやと光る白い酢飯に錦糸卵とイクラ、その上に乗った絹さやだ。白と黄色、オレンジと緑のコントラストはカラフルで目にもあざやかだった。

「ちょっと量は多めになったけどな……」

 若干気落ちしたように言うのは、ゆでる際に量を多くしすぎた自覚があったからだ。一成は特に気にしていない素振りで答える。

「いつも多めに作るから仕方ないっしょ。むしろ、テンテンが気持ち多めに野菜取ってるから、結果オーライじゃね?」

 明るく笑った一成は、海鮮ちらしを口に放り込んだ。酢飯の味とともにイクラのぷちぷちとした食感が伝わる。醤油漬けと錦糸卵がほどよく合わさり、そこに絹さやの豆の味が加わった。ほのかな甘みは、絹さやの新鮮さの証拠でもあるのだろう。
 ただ、天馬の言う通りいささか量が多いのは事実だ。自分がゆでた手前、それなりに消費しようと思っているようで、天馬の丼にはあざやかな緑が心持ち多めに踊っている。もっとも、普段の本人比であって、一般的には大した量ではない。

「それに、量多めになっちゃうのはわかるよん。オレら、基本的に大人数向けで作るじゃん?」

 もぐもぐ、とご飯を飲み込んだ一成は朗らかに言う。二人とも積極的に料理をするわけではないけれど、経験がまったくないわけではない。寮ではときどき手伝いに駆り出されるし、夏組みんなで出かけた際にアウトドアとして野外調理が発生する場面もある。
 ただ、そのどれも大人数が前提になるのだ。感覚的に、量を多めにしてしまう気持ちもわからなくはなかった。

「二人分だけ作るってあんまなくね」
「……そうだな。二人分だけ作るっていうのは、わりと新鮮だった」

 海鮮ちらしを一口、箸で運んだ天馬は噛みしめるように味わってからそう答えた。
 寮にいる時も、常に全員が同じ時間帯に食卓を囲んでいるわけではない。だから、少人数での食事だって経験がないわけではないのだけれど、二人分だけ、という機会はあまり訪れない類のものだった。
 だから、こうして二人分だけの料理をしていることは、何だかやけに新鮮で、とても特別なことのように思えた。
 他の誰もここにはいなくて、今ここで作られる料理は、互いのためだけに。誰かの夜食に冷蔵庫に残しておこうだとか、そんなことを考える必要もない。二人並んで、じゃれあうように作った料理は、ただ互いのためにあるのだ。
 事実としては当然理解していたけれど、あらためて言葉にすると、今の自分たちの状況をことさら意識する。ここには今二人だけで、他の誰もない。カンパニーで過ごす時間も大切だし、夏組のみんなと共に同じ時間を共有することは、かけがえのない体験だとわかっている。
 それでも、今ここで、こうして二人で向かいあって、二人で作った料理を挟んで、二人だけの食卓についているのは、確かな幸福だと言えた。
 それらを噛みしめながら、天馬はゆっくりと口を開いた。しみじみとした調子で、心からの声がこぼれたといった雰囲気で。

「いつもはもっとうるさいから、何かこんな静かなのも不思議だしな」
「うるさいのご希望ならオレ頑張るけど!」
「そういう意味じゃない」

 張り切って告げられた言葉に、天馬はきっぱりと答える。ただ、一成とて本気で言っているわけではないし、天馬の返事が冗談の響きしていることだって、お互いわかっている。
 天馬は持っていた箸を、箸置きに置くと用意してあった湯飲みに手を伸ばす。一成も同じように箸を置くと、両手で包み込むように湯飲みを持った。緑茶の香りが湯気とともに立ち昇り、口に含めばまろやかな甘さが広がった。ゆっくりと、二人は時間を味わうように湯飲みを傾ける。
 何も言わなかったけれど、漂う空気が充分な答えだ。二人で一緒に、同じものを食べて舌鼓を打つ。その特別さを閉じ込めようとするような、ゆるやかな沈黙だ。
 楽しく話をしながらおいしいねと笑い合う時間も、こうして何も言わずに同じ時間に身を浸していることも。どちらも大切で特別だから、丹念に、丁寧に、それを味わいたい。言葉にしなくても、伝わる思いは同じだった。
 だから二人は、ただ無言で、ゆっくりとお茶を傾ける。食事の時間が終わってしまうのが何だか惜しいような気がして。この特別な時間を、もっとつぶさに味わうみたいに、おだやかな沈黙を二人は分かち合っている。