最果てで手をつなぐ






「――オレ、ちょっと外出てくるね」

 椋や九門、幸の様子を確認したあと、一成は三角にそっと告げた。
 粛々と全てが執り行われ、カンパニーメンバーは火葬場まで同行した。棺はすでに炉へ納められ、時間が来るまで控室で待機している。話をする人はほとんどおらず、部屋はしんとした静けさに包まれていた。
 さっきまでの光景が思い浮かんでいるのだろう、と一成は察していた。
 重厚な炉の前。カンパニーのみんながそろっているのに、たった一人だけがいない。力強い光を掲げて先頭に立っていた、誰よりまぶしい人は棺の中に横たわっている。
 扉が閉まる瞬間、夏組は全員で手をつないでいた。すがりつくみたいに、お互いの手を取り合った。だって、そうしなければ立っていられない。
 重い扉が閉まってしまえば、天馬との全てが断ち切られる。ここで終わりだ。炎に包まれて旅立っていく。あんなに大事な人が骨になってしまう。あまりに強い別れの瞬間は、とても一人きりでは耐えられなかった。
 椋や九門は目に見えて動揺していたし、幸はずっと拳を握りしめていた。三角と一成は三人に寄り添うことで、自分たちの心をどうにか立て直した。二人だけなら、心が悲鳴を上げて折れてしまったかもしれない。三人がいたから、自分たちは正気を保っていられるのだとわかっていた。
 手をつないで、お互いを支え合って、夏組は天馬を送った。大事だった。大切だった。ともに過ごした時間の全てが、宝物のように輝いている。骨となり灰となる大好きな人を、夏組は静かに見送った。

 それから控室へと場所を移して、時間を待っている。最初こそ緊張した空気が流れていたものの、それぞれは少しずつ落ち着きを取り戻していた。夏組の三人も、わずかとはいえこわばりは解けているようだった。
 それを確認した一成は、三角に外へ出る旨を伝えてから、ゆっくり立ち上がった。
 静かな言葉に、三角はぴくりと反応する。一成を真っ直ぐ見つめると、少しだけ唇を開いたものの、結局言葉になることはなかった。こくりとうなずいたのは、一成の気持ちを察したからだろう。
 三角は感情の機微にとても聡いし、いつだって一成の心を細やかに受け取ってくれた。そんな三角だから、一成の気持ちを慮って何も言わずにただうなずいてくれたのだと察した。
 ごめんね、と小さく笑ってから一成は控室を後にする。MANKAIカンパニーの内、一成の退出に気づいたメンバーはいたものの、誰も何も言うことはない。一成はその事実をありがたく受け取る。スマートフォンだけをポケットに入れて、外に向かった。

 火葬場を併設した斎場は、広い敷地の中にある。建物の周囲は木々が立ち並んでおり、まるで公園の中に建てられたようだ。
 館内図に従って外に出ると、一成は一つ息を吐く。外の空気を吸うことで、張り詰めていたものが少しだけゆるんだような気がした。
 太陽の光はやわらかい。大きく深呼吸をして、一成はよく晴れた青空の下を歩く。誰ともすれ違うことはなく辺りはやけにひっそりとしていて、とても都内とは思えなかった。
 一成は、うっそうとした木立の中に分け入った。行く当てがあるわけではない。ただ足を動かしていると、わずかに開けた空間に出る。ベンチが一つぽつりと置かれていて、吸い寄せられるように近づく。
 青々とした葉を茂らせた広葉樹や、瑞々しい若葉の低木が周囲にはたたずんでいる。一成は辺りをぐるりと見渡してから、ゆっくり腰掛けた。大きく息を吐き出して、少しだけ目を閉じた。
 遠くで車の通る音が聞こえる。小鳥の羽音とさえずり。耳に届くのはそれくらいで、人の声や足音はしない。人があまりいないのか、いたとして外に出てくることはないのだろう。一成はゆっくり目を開けて、深く息を吐いた。
 一人きりだ、という事実を認識すると、どこかほっとしたような気持ちになる。
 決して誰かと一緒にいることが嫌なわけではなかったし、カンパニーのみんなや夏組がいてくれてよかった、と一成は思っている。だってきっと、一人だけじゃとても立っていられなかった。ギリギリのところで自分を支えることができたのは、みんなが一緒にいてくれたからだ。一人じゃなくてよかった、と何度だって思った。
 それでも今だけは。今この時だけは、一人でいることが必要なのだと一成は理解していた。
 他の誰かと一緒ではだめだった。友達で家族で仲間であることは間違いない。だけれど、他のカンパニーメンバーとはどうしたって分け合えない関係が一つあるのだと知っている。

(――テンテン)

 一成しか呼ばない名前を、そっと心でこぼした。目を細めて笑う顔があざやかによみがえる。
 夏組やカンパニーのみんなの前では見せない表情。普段力強い笑顔を浮かべる天馬が、やわらかく笑ってくれることが嬉しかった。やさしく目を細めて、一成を見つめてくれるまなざしが大好きだった。
 たった一人。他の誰とも違うひと。これから先、自分の心はこの人とともにあるのだと、言葉より強く理解していた。どちらか一方だけではなく、二人が同じ気持ちでいるのだと当たり前の事実として受け取っていた。
 一成と天馬は、互いの想いを交わし合った恋人同士だった。
 付き合っているのだと公言はしていないけれど、カンパニーメンバーの内気づいている人はいるだろう。夏組は恐らく全員察しているはずだ。そういうことに疎い九門も、何となく雰囲気が違うことはわかるようで、二人きりになれるよう協力してくれた。
 はっきり言われなくても、特に夏組の四人が応援してくれていることはわかっていた。大好きな夏組の二人が、同じ思いを抱いて互いを特別にしたことを、心から喜んで祝福してくれたのだ。恐らくそれはMANKAIカンパニーのメンバーも同じだと、一成は理解している。
 いずれ時が来たら、二人の交際をきちんと報告するつもりだった。そうしたら、みんな心からおめでとうと言ってくれる。天馬と一成が抱えた心を、互いに向け合う気持ちを、ただ真っ直ぐと祝ってくれる。そういう人たちだと、一つの疑いもなく信じている。
 だけれど、そんな未来は訪れない。だって、天馬はどこにもいないのだ。二人そろってみんなに祝福されるなんて未来は、やって来なかった。
 一成はぼんやりしながら、付き合い始めた時のことを思い出していた。
 どちらからともなく惹かれ合って、他の誰とも違う人になっていった。お互いの気持ちはわかっていた。天馬が先に言葉へしただけで、そうでなければ一成が想いを告げていただろう。

 ――あらためて恋人っていうと何しよっかって思うよね。
 ――お前距離感近いしな……。

 二人だけの202号室で、隣同士に座ってそんなことを言っていたのを覚えている。
 恋人同士という関係になったとはいえ、そもそも友人同士だったのだ。くわえて、一成はスキンシップを好む性質だから、友人の時からよく天馬にくっついていた。
 夏組としていろんなところに出掛けていたから、二人で遊びに行ったこともゼロではない。それに、寮生活ということで、ずっと同じ屋根の下で過ごしているのだ。日常生活の些細な瞬間だって、何度も目にしている。
 あらためて恋人らしいこと、と言われても大概すでに済ませている、というのが現状とも言えた。

 ――それじゃ、まずは手とかつないじゃう?

 へらりと笑みを浮かべて、一成は言った。すると天馬は不思議そうな空気を流して「手ならときどきつないでるだろ」なんて言う。
 確かに夏組のカーテンコールでは、大体みんなで手をつなぐ。それ以外にも、天馬が迷子(とは認めないけれど)にならないように、と冗談めかして手をつなぐこともあった。
 だから、天馬にとって手をつなぐことはそこまで大したことではない、と思っているのだろう。察した一成は、思わず笑みをこぼす。
 最初の頃では考えられないくらい、夏組や自分たちを近くに置いていてくれてるんだな、という喜びと、仲間としての方面しか思いつかないのかわいいな、という愛おしさがないまぜになったのだ。

 ――えっとね、恋人っぽい感じでって意味なんだけど。

 手のひら同士を合わせるだけではなく、互い違いに指を絡め合うようなつなぎ方だ。さすがに、夏組として友人としてそういう風に手をつないだことはない。
 天馬は一成の言わんとすることをすぐに察した。恋愛ドラマにしょっちゅう出演しているので、「恋人らしい手のつなぎ方」と言われて何を指しているのかはわかったのだろう。その瞬間、天馬の顔が赤く染まった。
 いつもの手のつなぎ方とは違う。「恋人」という点をことさら強調するような行為だから照れているのだ、ということは一成もわかっている。
 テンテンってばかわいい~なんて、茶化した言葉を掛けようと思った。恋人同士の演技なんてさんざんやってきているのに、いざ実際その場面になると赤くなってしまうなんて、テンテンはうぶだねん、なんて笑えばいいと思ったのに。
 天馬が真っ赤になるのにつられるように、一成の顔にも熱が集まる。だってこんなにまで、天馬は一成との行為を特別に思っていてくれているのだ、と実感してしまったのだ。
 フィクションの世界なら、いくらだって恋人同士として振る舞ったことはあるのだから、慣れた顔をしてもいいのに。何度も経験したことだから別に大したことじゃない、なんて態度になってもおかしくないのに。天馬の反応はあまりに初々しくて、一成の心臓はどうしようもなく高鳴った。
 テンテンは、本当にオレの恋人なんだ。フィクションでも演技でもなく、本当に。
 赤い顔を見つめる一成は、あらためて思っていた。天馬の気持ちを疑っているわけではないから、伊達や酔狂で交際しているとは思っていなかったけれど。ただ、どこか都合のいい夢を見ているような気持ちも少しだけあったのだ。だけれど全ては間違いようもなく現実だった。
 特別な相手だと思っているからこそ、何度も繰り返した行為すら真っ赤になってしまう。創作ではなく現実だから、ドギマギして落ち着かなくて照れてしまう。その事実が愛おしくて、くすぐったくて、心臓は嘘みたいに速い鼓動を刻んでいる。
 二人は無言で、お互いの顔を見つめている。手をつなごうと言い出した一成も、何だか緊張してしまって身動きが取れなかった。いつもなら気軽に天馬へボディタッチしているし、簡単に手を伸ばせるのに。今は、ほんの数センチの距離がとても遠いように思えた。
 心臓がドキドキと鳴っていて、指先まで心臓になってしまった気がした。 
 手をつなぐ。友達として何の気なしにしていたことが、恋人という関係になった途端違った意味を持ち始める。緊張してしまって、落ち着かなくて、そわそわしてしまうけれど、決して嫌な気持ちではない。ふわふわして高揚して、くすぐったくてどこまでも飛んでいけそうだった。
 心臓の音がうるさくて、テンテンに聞こえちゃうんじゃないかな、なんてことを思いながら、一成はぼうっと紫色の瞳を見ていた。
 きらきらしていて、力強い輝きが宿っている。どうしたらこの光を描けるだろう。陶酔にも似た気持ちで思っていると、天馬が動いた。
 じりじりと距離を詰めて、そっと一成の指先に触れたかと思うと力強く手を握った。真正面から思い切りよく握られるものだから、一成はぱちりと目を瞬かせる。それから、気が抜けたような笑みを浮かべた。

 ――テンテンの手、おっきいね。

 目を細めて、ふわふわとした笑みでささやくように言った。手のひらをあわせて、互い違いに指をからめる。天馬は少しだけ力をゆるめた。すっぽりと包み込まれるようで、伝わる温もりとあわせて何だかひどく安心した。

 ――一成は指が細くてきれいだ。

 ぼそり、と照れくさそうに天馬がつぶやく。思いがけない言葉に、一成の心臓が爆発するような音を立てた。ただでさえ心臓がドキドキとうるさいのに、さらにこんなことを言われたらどうしたらいいのか、とうろたえてしまう。ドキドキしすぎて心臓止まっちゃいそう、なんて真面目に思うくらいだ。

 ――この手で、たくさん絵を描いてるんだな。

 天馬は握った右手を見つめて、しみじみとした調子で言った。絵筆を取って、多くの作品を作り上げてきた。だからこその言葉だと一成は理解している。一成の絵を好きだと言ってくれた天馬だからこそ。

 ――うん。スケッチしたりパソコン操作したり、あとお芝居でも活躍できる手だよん。

 冗談めかした響きで言えば、天馬は楽しそうに笑った。「そうだな」とうなずいて、「手の表現一つで、ずいぶん芝居に深みが出る」と続けるので一成は軽やかな笑い声を立てた。何でも芝居に結びつくテンテンらしいなぁ、という気持ちで。

 ――それから、テンテンとこうやって手をつなげるよ。これから先も、もっといっぱい。

 そう言って、握った手にやわらかく力を込めた。
 友達とは違う意味を持って、二人で触れ合う瞬間がこれから先増えていくだろう。その内の一つとして、こうして何度も手をつないでいく。
 絵を描く手で、芝居をする手で、デザインを作る手で、仲間とつなぐ手で、大事な人に触れる手だ。他の誰でもない、天馬だけの特別になる瞬間がこれから先、たくさん増えていく。

 ――ああ。今日だけじゃない。これからも、何度だってこうやって手をつないでやる。

 力強い言葉に、一成は笑みを浮かべる。天馬の仕事のことがあるから、外で恋人らしい振る舞いができないことはわかっている。それでも、天馬は力強く言ってくれた。一度口にした言葉を決して違える人ではないから、恋人としての時間をこれからたくさん作ってくれるのだろう。

 ――手はつないだし、次は初デートしちゃう?

 ぱっと、いたずらっぽい表情を浮かべると、そのままの響きで言った。天馬は一瞬黙ってから、力強い笑みで「行きたい所考えておけ」と答える。ためらうことのない言葉は、デートの約束を心待ちにしていることの何よりの答えだ。
 友達として夏組として、二人で出掛けたことは何度かある。だけれど、そのどれとも違うのだ。
 恋人になって、あらためて「デート」と名付けて二人の時間を過ごす。きっと、今こうして手をつなぐみたいに、今までと同じことを、今までと違った気持ちで体験する。そういう風に、二人で初めてを重ねていくのだ。

 友達としての付き合いから始まった自分たちだ。だからこそ、ゆっくりと恋人になっていった日々を一成は覚えている。
 手をつなぐのにも戸惑って、初めてのデートは何だかぎこちない。今までさんざん二人だけの時間を過ごしてきたのに、どれとも勝手は違っていた。
 恋人としての初めてを二人で分かち合って、友達とは違う顔をお互いに知っていった。
 見つめるまなざしのやわらかさ。甘さを宿した声で呼ばれること。丁寧に触れる指先。交じり合う熱と温み。知らないものを知るたび、何もかもがあざやかに彩られる。二人だけの関係を、少しずつ育てていく日々だった。
 ベンチに座った一成は、大きく息を吐き出した。知らない間に呼吸を止めていたのか、息が詰まるような気がした。胸が苦しくて、一成は自分の心臓の辺りをさする。どくどくと、脈打つ鼓動を手のひら越しに感じて、一成はぐっと唇を噛みしめた。
 この心臓の音を、天馬が聞いていたことがある。
 一成はいつも余裕そうだ、なんて言うから「そんなことないよん」と答えた。本音を隠すのは得意だから、ドキドキしていることを悟らせないように、余裕たっぷりの顔ができるだけで、いつだって心臓は忙しいのだ。「確かめてみる?」と尋ねれば、天馬はこくりとうなずいた。
 なので一成は両手を広げて、天馬に心臓の音を聞いてほしい、と告げた。天馬は驚いたような表情を浮かべたし、照れくさそうにしていたけれど。最終的には、緊張した面持ちで一成の胸に耳を当てたのだ。

 ――どう?
 ――思ってた以上に速い。
 ――だから言ったじゃん! テンテンといると、オレめっちゃドキドキしちゃうんだって。
 ――なら隠すなよ。表に出せ。
 ――ええ~。だって、マジで毎日ときめいてるんだよ。テンテン呆れない?

 心配しながら言えば、天馬は一瞬黙った。それから、心底楽しそうに大きな笑い声をあげたのだ。光で満たされるような、きらきらとした輝きが辺りに散る。まぶしい気持ちでそれを見ている一成に、天馬は言う。
 体を起こして、力強い瞳で真っ直ぐ一成を見つめて。絶対の事実を語る口調で、これ以外の答えなんてないのだと確信して。

 ――好きな相手が毎日オレにときめいてたら、嬉しいに決まってるだろ。

 そう言うと、再び一成の鼓動へ耳を寄せる。目を閉じて、心地いい音楽を聞いているような表情を浮かべるので。ああ、またドキドキしちゃうな、と思いながら一成は天馬をそっと抱きしめた。
 それ以来、一成は余裕のない顔を見せることが多くなった。もともと、天馬を前にしたら余裕なんて大してないのだ。大好きで、大切で、一緒にいるだけでドキドキしてしまうから、いつもの自分らしくいられない。
 天馬はそうやって、ドギマギした姿を見せることを、ことのほか喜んだ。
 自分にしか見せない表情があること、それを自分が引き出せること。一成の意外な一面を独り占めできること。それが嬉しいのだと、心からの愛おしさを込めて言うものだから、一成は何度顔を染めることになったかわからない。もっとも、嫌なわけがなくて、照れくさくて恥ずかしくても全ては心が満たされていく時間だった。
 だから一成は、何度も天馬に好きだと言った。もともと、好意を表に出すことをためらわない性格だから、冗談めかして「テンテン、めっちゃラブ!」だとか「マジで大好きだよん!」なんて言っていたけれど。
 それにくわえて、もっと静かに落ち着いて、ただ淡々とした調子で、思わずこぼれたみたいに。いろんな表情で、何度も天馬に好きだと言った。
 そのどれも、天馬は心から受け取ってくれた。照れくさそうに、驚くくらい真剣に、子供みたいなあどけなさで、同じくらいの愛おしさを降らせて。
 一成の言葉を、声を、気持ちの全てを抱きしめてくれた天馬を思い出すと、一成の胸はぎゅっと締めつけられる。一つ一つを思い出すたび、天馬のことが好きだと思い知る。一成は胸元を押さえる。
 どくどくと、鼓動を刻む心臓。天馬が耳を寄せて、聞いてくれていた。一成の気持ちを表すみたいな、天馬に向かう心を形にしたみたいな、命の音だ。
 テンテン、と声にならない声で呼んだ。たくさん天馬に好きだと言った。天馬が大好きなのだと、持っているものの全てで伝えられたと一成は思う。
 言葉で、声で、まなざしで、触れる吐息で、重ねた手のひらで、分け合った熱で。一成の全部で、何度も天馬に好きだと伝え続けた。きっとそれは、この鼓動も同じ意味を持っていた。

(テンテンが好きだよ)

 ぎゅっと胸を押さえた一成は、心の中でそっとつぶやく。天馬を好きだと思う気持ちが、きっとこの心臓には詰まっている。ここに確かに、心はあるのだ。天馬が耳を傾けて受け取ってくれた。命を刻む音の一つ一つに、天馬への想いが宿っている。
 それなら、一緒に連れていってほしいな、と一成は思う。たとえ届ける相手がいなくなっても、この心は消えやしないのだ。たとえ天馬がこの世界のどこにもいなくたって、一成の気持ちは天馬のものだ。だから、天馬と一緒にどこへだって行きたかった。

(テンテンは寂しがり屋だから、オレの心も一緒に連れていってあげてね)

 天馬の面影を描いて、心の中でそっとつぶやいた。
 本人は認めていなかったけれど、天馬は案外寂しがり屋だ。夏組全員で行動することを好むし、一人だけ別行動になると微妙な顔をしている。はっきりとは言わないものの、誰かと一緒にいることが好きなのだと知っていた。
 そんな天馬が、誰より先に駆けていってしまう。夏組もカンパニーの誰もいない場所へ行ってしまう。たった一人で旅立ってしまうのなら、せめて一緒に連れていってほしい。天馬を好きだと思う気持ちを、一成の心を。

(テンテンによくうるさいって言われてたし、にぎやかでいいっしょ?)

 うっすら笑みを浮かべて思い出すのは、テンション高く騒ぐ一成に向かって「うるさい」と言っていた天馬だ。叱るような声と表情だったし、実際うるさいと思ってはいるのだろうけれど、本気で腹を立てているわけではない。顔をしかめているのに、奥底には面白がるような雰囲気が漂っていた。
 大きく口を開けて、底抜けに明るく笑う。楽しくて仕方ないと、軽やかな笑い声を響かせる。そんな一成に天馬は呆れた顔をしながらも、最終的には一緒に笑ってしまうことが多かった。
「一成が楽しそうだと、オレもつられる」なんて言っていたから、一成は心底誇らしく思ったのだ。自分が天馬の笑顔のきっかけになれるなら。天馬が笑う理由の一つになれたなら。それは、一成にとってこの上もない喜びであり、胸を張れることだった。

(――きっと、いつもにぎやかでいてくれるよ)

 自分の心はきっと天馬と一緒に行くのだ。たった一人で旅立ってしまう天馬の供として、これから先も寄り添っていく。一人になんかしないのだ。大事な人を笑顔にするのだ。自身の心の行く先は、きっとずっと変わらないのだから。