夏と神様 02話




 強い光に、天馬ははっと我に返る。カメラマンの「もう一枚お願いします」という言葉に、天馬は表情を作ってカメラを見据えた。強い光がまたたいた。

「ありがとうございます。いい写真が撮れました。――それでは、質問に戻っても?」

 相対したインタビュアーがおだやかに尋ね、天馬は「もちろんです」と朗らかに答える。ぼうっとしてしまっていた自分を内心叱咤するけれど、そんな姿はもちろん見せない。
 今は事務所で取材を受けているところだ。今度公開する映画を中心に、最近の天馬の活躍を総括するようなインタビューだ。雑誌の巻頭を飾る記事で、Webでの宣伝も大々的に行うと聞いている。気合いを入れなくてはいけない。

「皇さんは子役時代から舞台での活躍も目覚ましいですが、この前の舞台でも堂々と主役を演じられていましたね。当時と今を比べてみて、ご自身で変化を感じられた部分などはありますか?」

 落ち着いた表情で尋ねられた言葉。天馬は「そうですね……」とつぶやきながら、答えを探した。
 もっとも、インタビュアーの意図することはわかっていた。
 もともと、天馬は幼い頃から子役として有名だ。両親が名前の知られた役者であり、芸能界のサラブレッドとして様々なシーンで活躍してきた。映画やドラマはもちろん、舞台だって例外ではない。
 だから、この前の舞台にかこつけて過去との変化を尋ねるのは、いたって自然な流れとは言えるのだけれど。この場合は少し意味が違うのだと、天馬は理解している。純粋に変化を知りたいというより、エピソードの呼び水としての質問だ。

「毎回、舞台に立つたび新鮮な気持ちになるので、変化というのはあまり感じないかもしれませんね。オレにとって、舞台に立てるというのは決して簡単なことではありませんでしたから。なにせ、学芸会で大失敗した経験があるもので」

 肩をすくめて、冗談めいた響きで告げる。これは誰もが知っていることだから、今さら隠し立てするような話ではない。小学生の学芸会で初めて舞台に立った。その時、台詞が言えなくて固まってしまう、なんてひどい失敗を犯したのだ。

「それを乗り越えて立っている、という気持ちが強いので、舞台に立てることを毎回感謝しています」

 嘘偽りのない本音だ。あの失敗から舞台が怖くて仕方なかった。映像作品なら問題ない。だけれど、舞台に立とうとすると体が動かなくなり、頭が真っ白になる。こんな状態では、とても舞台で芝居なんてできない。あのままなら、きっと自分は映像作品にしか出演することはできなかった。
 だけれど、結果は違う。今の天馬は、ドラマや映画はもちろん多くの舞台に出演している。どうしてなのか、理由だって周知の事実と言っていい。だからこれは、定番のエピソードを語るだけの時間だけれど、要するにそれが求められているのだ。
 理解しているし、天馬とて何度繰り返したって構わなかった。過去の自分を救った、幼い頃の彼とのエピソードなんて。

燦飛あきとには本当に助けられました。失敗しても、ひどい出来でも、何度も一緒に舞台へ立ってくれたんですから。みなさんご存じのエピソードですが」
「ええ、八高やたか燦飛あきとさんとのお話はよく聞かせていただいてますし――本当にお二人は仲が良いですよね」
「まあ、燦飛も昔から子役やってましたし、同じ事務所ですしね。付き合いも長いので」

 天馬の言葉にインタビュアーは相槌を返し、二人のエピソードを丁寧に掘り下げていく。メインとなる舞台へのトラウマを克服する話はもちろん、幼い頃からのエピソードなど、天馬は記憶を紐解きながら語っていく。

 八高やたか 燦飛あきと
 天馬より一つ年上の青年で、現在二十歳。すらりとした体躯に少し長い黒髪。金色の瞳が印象的な、皇事務所所属の役者である。芸歴としては天馬の方が上ではあるものの、燦飛も子役として幼い頃から活躍していた。ミステリアスな雰囲気が特徴で、子役時代からそれは変わらない。
 圧倒的な演技力と独特の雰囲気で着実にファンを獲得し、今では天馬と同じく名前を知らない者はない存在だ。同じ事務所に所属していることから、マスメディアでも天馬と対をなすように取り上げられることが多い。
 事務所の方も二人一組で売り込むこともあり、昔から同じ現場へ入る機会は多々あった。燦飛自身天馬に好意的だったし、天馬も私生活で友人と呼べる存在はいなかった。共に過ごす時間が増えるにつれ、親しくなるのも自然な流れだった。
 さらに、天馬の舞台へのトラウマに燦飛は根気よく付き合った。嫌な顔一つせず、小さな舞台に天馬とともに何度も立ったのだ。失敗しても、台詞が言えなくても、硬直してしまっても。天馬をフォローし、芝居を引っ張り、最後まで舞台を完遂させた。
 その繰り返しの結果を、天馬はよく知っている。舞台へのトラウマを克服し、無事に板の上へ立つことができるようになった。映像作品とは違う舞台の魅力を知り、いろいろな作品へ出演するようになった。
 現在の天馬は劇団に所属しているわけではないものの、数多の劇団からオファーを受ける売れっ子役者という地位を確立している。もちろん、それは舞台だけではなく、映画やドラマでも同様だ。

「なるほど。八高さんの協力もあり、先日の舞台では印象的な主人公を演じられたんですね。今までにないアプローチで、皇天馬という役者の可能性を感じさせる作品でした」

 天馬の話を熱心に聞いたあと、インタビュアーは心からといった調子で言う。天馬はにこりと笑って「ありがとうございます」と答えた。

 子役は伸び悩む、と言われるけれど、天馬も燦飛も着実に俳優への道を歩んでいる。
 特に天馬は影響力のある両親のおかげで、周囲から良くも悪くも一線を引かれがちだった。一歩間違えれば、演技に対して意見を言う人間もおらず、狭い視野で自身の演技に固執するという可能性だってあった。
 そういう意味でも、芸能一家だからと線を引くことのない燦飛の存在には助けられたと言える。
 演技に関して切磋琢磨できる環境のおかげで、天馬も燦飛も様々な役柄を演じて、多方面で評価される役者へと成長しているのだ。
 芝居が面白くて、楽しくて仕方がない。大学へは進学せず、高校卒業後すぐ役者という道へ進んだことは間違いじゃなかったな、と天馬は毎日思っている。
 それからインタビュアーは、今度の映画について天馬へ質問を重ねる。事前に下調べを行った上で、自分なりの言葉で尋ねられる問いは答え甲斐がある。
 天馬はいかにして作品や自分を魅力的に見せられるか、と思案しながら丁寧に言葉を選んでいく。





 インタビューが終わって、天馬はプライベートのスマートフォンを取り出した。連絡が来ているかもしれない、と思ったからだ。案の定、ことあるごとに連絡を入れてくる人物――燦飛からのメッセージを受信していた。

――インタビューは終わったかな? 今度、監督とプロデューサーと食事でもって話になったんだけど、天馬も一緒にどうかなと思って
――白澤監督と話がしてみたいって、天馬言ってただろう?

 つらつらとメッセージを読んでいた天馬は、思わず椅子から立ち上がる。白澤監督。父親に映画撮影の現場へ連れて行ってもらった時から、憧れの人物だ。
 現在、燦飛は白澤監督の映画撮影中である。
 燦飛へオーディションの話が来た、と聞いた時は心底悔しかったし、自分も挑戦したいと思った。ただ、詳しい話を聞けば陰のある青年役は確かに燦飛にぴったりだったし、天馬にはまだ表現しきれない役であることも確かだった。そもそもオーディションの話が来なかったことには納得するしかなかった。
 おかげで、いつか絶対に出てやる、という決意を固めるいい機会にもなった。

――オレも行っていいなら行きたい

 はやる気持ちで、天馬は返事を送った。白澤監督の映画への出演は、当然実力で勝ち取る。ただ、それとは別に白澤監督と話をする機会があれば、当然叶えたかった。純粋に白澤監督の映画に対する話を聞いてみたいと、ずっと思っていたのだから。
 いずれ映画に出演するまでは、そんな機会はないと思っていたのに。予想外のチャンスに、天馬の胸はドキドキと高鳴った。スマートフォンをぎゅっと握りしめていると、燦飛からのメッセージが表示される。お洒落なデザインをしたカラスのアイコンが、燦飛の言葉を伝える。

――天馬ならそう言うと思ってたよ。それなら、日程はこっちで調整しておくね
――スケジュールなら井川に聞いた方が確実だろ
――天馬のスケジュールなら俺も把握してるから問題ない
――なんでだよ

 思わず突っ込んだ。まあ、もともと燦飛はそういう人間なので、天馬も慣れてはいるのだけれど。一応おかしいだろ、と思う気持ちはあるのだ。燦飛からは軽やかにメッセージが返ってくる。

――企業秘密
――天馬の面倒を見るのは俺の趣味だから
――他に趣味を見つけろ

 連続で届くメッセージに、天馬もテンポよく言葉を返す。いつもの会話みたいなやり取りだ。一歳しか違わないのに、燦飛はやたらと天馬のことを年下扱いしてくるので、何かと面倒を見ようとする。その点に関して、天馬はよく不満を言うのだけれど、燦飛はまったく気にした様子がない。

――天馬の役に立ってるんだから、素直に受け取ってくれればいいんだよ

 恐らく満面の笑みでメッセージを打っているんだろうな、と天馬は思う。世間ではミステリアスと言われる燦飛だけれど、天馬の前では大体機嫌がいい。神秘的な雰囲気は一切ないし、ただの気のいい兄、といった風情なのだ。

――作品外での出会いだって、天馬はチャンスに変えられるだろう?

 面白そうな雰囲気が伝わってくるような言葉だ。天馬はその文章に、メッセージを作る指先を止めた。それは確かにそうなんだよな、と思ったからだ。
 天馬は時々、思いがけない幸運から仕事が舞い込む、なんてことがあった。
 たまたま訪れた店で来日中だった海外の映画スターに出会って、互いの作品を見ていたことから話が盛り上がり、天馬との対談が正式な仕事になった、だとか。
 海外ロケで道に迷った天馬が道を尋ねたのが有名な海外のプロデューサーで、その際のやり取りから天馬に興味を持ってオファーが届いた、だとか。作品以外の出会いから、仕事につながっていく例は確かにたくさんあった。
 その中のいくつかには、燦飛も関わっている。だから、実感を込めて告げたのだろう。天馬なら、どんなきっかけだって必ず成果へ結びつけることができる。自分の行いの理由なんて気にしないで、ただ事実だけを受け取ればいいのだと。
 一理ある、と天馬は思う。だから、とりあえず「まあな」と肯定のメッセージを送っておく。ただ、放っておくと増長しかねないことはわかっていたので「ほどほどにしろ」と釘は刺しておく。
 燦飛は決して天馬の芝居を邪魔するようなことはしないけれど、それ以外の部分では何をやらかすかわからないところがあるのだ。
 燦飛は「わかったよ」と一応返してきたので、そこからいくつか何でもないやり取りを交わしていた。
 とはいえ、二人とも多忙な人間だ。燦飛は休憩時間が終わったようで「またね」という言葉以降、メッセージはない。それとほぼ同時に、扉をノックする音が響く。
 インタビューを受けていた会議室だ。次の使用者が訪れたのか、それとも――と思いつつ返事をすれば、入って来たのは井川だった。

「天馬くん、車の準備ができました」
「わかった」

 スマートフォンをポケットにしまい、天馬は会議室を出る。このまま駐車場に向かい、目的地を目指すのだ。

「予定の変更はないか」
「ありません。ドラマ撮影の役作りのためですから、しっかり時間は確保してあります」
「助かる」

 地下の駐車場へ向かうため、エレベータ待ちながら井川と今後の予定を確認する。井川ははきはきとした口調で、きっぱりと告げる。秋に始まるドラマは八月から撮影が開始される。そのための役作りをしたいと井川に頼んだ。その結果叶えられたこと。

「天鵞絨美術大学の日本画専攻の方から、制作過程などの話を聞かせていただく段取りです」

 今度のドラマで、天馬は美大で日本画を学ぶ学生を演じるのだ。まったくの未知の世界ということもあり、天馬の胸は否応なく高まる。
 どんな出会いが待っているのか。新しい世界への期待を胸に、天馬ははやる気持ちでやって来たエレベータに乗り込んだ。