第三章:思い出と約束
夏と神様 12話
恒例の絵画教室も、大詰めを迎えている。向日葵の絵は無事に着色も進み、ほとんど完成間近だ。一成のフォローがだいぶ入っているので、天馬一人で描き上げたわけではないものの、やはり完成が近づくのは嬉しい。
ただ、同時にそれは二人の時間に終わりが近づいていることも意味していた。
初めて顔を合わせてから、一ヵ月ほどが経過している。日本画制作の手ほどきはみっちり受けたし、その間に日本画専攻学生としての日常についてずいぶん話を聞いた。
天馬の頭には、文字の中にしか存在しなかった役が生き生きと動き始めている。脚本には描かれることない一面を感じさせる演技ができるだろう。
ドラマの撮影ももうすぐ始まる。クランクインしてしまえば忙しくなるし、こんな風に定期的に顔を合わせることは難しくなるだろう。わかっていたから、今この瞬間を、ことのほか丁寧に過ごすのだと二人とも理解していた。
「いい感じだねん! テンテン、結構才能あるんじゃね!?」
「一成にだいぶ助けられた成果だろ」
「オレはアドバイスしただけだし、実際描いたのはテンテンじゃん?」
「それはそうだが」
「てか、楽しかったらそれでオッケーっしょ!」
「まあ、確かに描いてるのは楽しかったな」
天馬の言葉に、一成は満足そうに笑った。一成は自分が絵を描くことはもちろん、他の人が絵を描いている姿を見るのも好きだった。天馬は試行錯誤しながら絵に向き合っている、という事実も胸を弾ませたのだ。
「というか、お前夏休み中だろ。ずっと付き合ってもらって悪かったな」
そういえば、という顔で天馬が言う。
試験期間を経て、大学はすでに夏休みに入っている。学校に通っていない天馬はいまいちピンと来ていなかったけれど、そういえば学生の姿がずいぶん減ったなと思って聞いてみれば「夏休みだからね~」と答えられたのだ。
「全然! もともと夏休み中でも大学来る用事あったし。それに、オレも楽しいからねん。テンテンの夏休みチャレンジ!」
天馬の憂いを吹き飛ばすような明るい笑顔で、一成は答えた。天馬を気遣っての言葉というより、まったくもって純粋な本心である。きらきらとした笑顔で、一成はこれまでの出来事を数え上げる。
「コンビニはしごして限定アイス制覇するとか、カラオケで夏ソングしばりとか面白かったよねん! あと、スイカ割りもできたし!」
「本当に大学でやるとは思わなかったぞ……」
「めっちゃ人集まってきて面白かった~! 最終的にテンテンが謎のエチュードやってくれるし!」
「あれは一成が悪ノリするからだろ。というか、全員『ああ、三好がまた何かやってるな』みたいな反応だったんだが、普段前お前何してるんだ」
「まあ、ほら、芸術家ってインスピレーションが大事じゃん?」
てへ、と舌を出して一成が答えるので、天馬は肩をすくめた。とはいえ本当に呆れているわけではなく、唇には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
一成の思いつきに巻き込まれているのは事実だ。しかし、それはどれも天馬の心を浮き立たせたし、天馬にとってきらきらとした夏の思い出に分類されている。
何より、一成のインスピレーションの源が何であるか、天馬はよくわかっていた。
「テンテンがやりたいって思ったことは、全部やってみたいし!」
ぴかぴか光る笑顔の一成は、力強く言い切った。当たり前の事実を語るように、自分にとってこうすることは当然なのだと宣言するように。その事実が、天馬には嬉しい。
一成が「思いついた!」といって動き出す時、きっかけはたいてい天馬の言葉なのだ。
ささやかな雑談で、天馬にとっての夏休みはおおむね仕事の記憶ばかりだ、と言った。長い時間が取れるので大体撮影が入っているのだ。
とはいえ、合間合間に夏らしいこともできたし、燦飛との仕事も入っていたので無味乾燥の思い出というばかりではない。夏の思い出として分類できるような、楽しい記憶だってきちんとある。
それでも、学生らしい夏休みはあまり覚えていないというのも事実だった。ロケ先である山や海で、夏らしいことはしたと思う。ただ、友達と何てことない話をしながらわいわい過ごす、なんてしたことがない。学校に友人がいなかったし、いたところで何でもない時間を過ごせるほどの暇もなかったのだ。
その話を聞いた一成は、「そんじゃ今やろ!」と言った。きらきらとまばゆい、天馬の全てを明るく照らす笑顔で。「今までできなかったら、今やればいいじゃんね」とうきうきしながら、何がやりたいか教えてよ、なんて言ってくれたのだ。
結果として、コンビニをはしごしてアイスを食べ歩くことになったし、カラオケにだって初めて行った。「夏ソングしばりで!」なんて言われても、流行りの歌はほとんど知らない。途中からやけくそで童謡に切り替えたら、一成は爆笑していた。
忙しい天馬の時間を上手に使って、一成は夏の思い出を作っていく。
大学を訪れた際、時間をやりくりしてのことだから、大体二人きりだ。わざわざ人呼ばなくていいっしょ、なんて一成は言うけれど、それはきっと天馬との時間を特別に思ってのことだと理解していた。
もっとも、スイカ割りに関しては場所が場所である。大学の中庭ともなれば、他の学生たちも集まって、ちょっとしたイベントに展開するのは道理だろう。みんなが見守る中、天馬はスイカ割りに挑戦することになったのだ。
初めての体験だったのであまり上手に割れなかったものの、一成の機転もあって、最終的にはエチュードに発展した。集まった人たちが楽しそうに笑ってくれたことが、天馬には印象深かった。
用意したスイカは特大サイズだったので、二人で食べきれるわけもない。結局、集まった全員で分けて食べた。形も大きさも不揃いで生ぬるくなったスイカだけれど、何だかやけに美味しく感じられた。こんな時間を過ごせたのは、一成が率先してくれたからだとわかっている。
だから、天馬は心からの感謝を込めて「ありがとな」と言った。
スイカ割りだけではない。諸々の出来事は、一成がいなければ体験できなかった。一成のおかげで新しい思い出ができたのだ、という意味での感謝も含んでいた。
すると一成は、「オレも楽しかったよん!」と笑っていた。まさか大学でスイカ割りをやるなんて思っていなかったので、天馬のおかげで楽しいことができた、と満足そうだった。
それから、少しだけ声を潜めて一成は言ったのだ。いたずらっぽい表情で、目を細めて、そっとささやきかけるみたいに。「むしろ、オレとやるまで待っててくれた的な感じで嬉しいかも」なんて。
学生らしい思い出はほとんどない。そのまま高校を卒業してしまったから、天馬にとって学生時代の夏は永遠に取り戻せないもののはずだ。それはきっと寂しいことで、マイナスの出来事に分類されてもおかしくない。
しかし、一成は言うのだ。まるで、自分と出会うまで待っていてくれたみたいだと。学生時代にできなかったから、今こうして一緒に初めてを体験できるのだと。それが嬉しいと、心から言ってくれる。
そんな風に思えるのが一成だと、天馬は理解していた。
悲しい思い出も寂しい記憶も、一成にかかれば全ては表情を変えていく。モノトーンの景色がカラフルに色づいていく。苦しみや痛みを否定するわけではない。なかったことにするのではなく、その中にある輝きを拾い上げるのだ。
こんな風にきれいなものがあるよ、と。一成は小さな美しさを、ささやかな喜びを見つけるのが殊の外上手いのだと、重ねた時間から理解していた。
「いろいろできて楽しかったし――あ、そだ、テンテンにプレゼントあるんだよねん!」
今までのことを思い返して楽しそうに目を細めていた一成が、ぱっと表情を切り替える。鞄をごそごそあさったあと取り出したのは、一冊のテキストだ。何だこれ?と天馬が思っていると、満面の笑みで言った。
「友達と夏休みの宿題をやってみたかったテンテンには、こちらを進呈!」
言いながら差し出されたテキスト。表紙には入道雲と海のポップなイラストが描かれていて、大きな文字で「夏休みの友」と記されていた。
そこまで分厚くはないものの、薄っぺらではないのでそれなりのボリュームはあるのだろう。受け取った天馬は、まじまじ表紙を見つめる。
書店でも売っている、よくあるドリルに見えた。夏休みの課題として配られていてもおかしくはない名前と見た目だ。恐らくわざわざ探し出して買ってきたんだろうな、と天馬は思った。
夏休みにやりたいこと、という話をしている時天馬は言ったのだ。一回くらい、友達と集まって夏休みの宿題とかやってみたかったな、と。
天馬の夏休みは大概において仕事が入っている。とはいえ、宿題が免除されるわけではないので、きちんと提出はしていたのだけれど。いかんせん、仕事と並行でこなさなくてはならないので、事務所のフォローとしてスケジュール管理などはしてもらっていた。その上で、楽屋や移動中にちょこちょこと宿題を進めていたのだ。
燦飛はこういったものを早々に終わらせるタイプのようで、天馬がうんうん唸っている間はサポートに徹していた。「お前はやらなくていいのか」と聞けば、「とっくに終わってるからね」と答えられるのが常だった。
だから遠慮なく頼ってほしい、と言われて実際助かってはいたのだけれど、一緒に頭を悩ませるということはなかった。
だから、友達と夏休みの宿題をやってみる、なんてことをしてみたかったとこぼしたのだ。ほんのささいな言葉で、忘れてしまってもおかしくない。それなのに、一成はちゃんと覚えていて、こんな風に用意してくれたんだな、としみじみ思っていると、一成はうきうきした調子で言った。
「イラストもタイトルデザインも、あと中身も全部オレが作ったよん!」
いえーい、とピースサインを掲げてそんなことを言うので、天馬は盛大に「は!?」と叫んだ。
作った?待て、これは買ってきたんじゃないのか。
思いながら慌てて中身を確認すると、ところどころに「カズナリミヨシ解説!」だとかいった文字が見え隠れするし、一成デザインのLIMEスタンプと同じキャラクターが描かれている。奥付にはご丁寧に「作成・編集・発行:三好一成」と書かれていた。
もちろん手書きのわけはなくて、全てしっかり印刷されている。ワンポイントのイラストから、章タイトルやドリルらしい数式、問題文のデザインなど、一般的な印刷物と比べて見劣りしない出来栄えだ。
これをわざわざ作ったのか、と天馬は思う。こんなことできるわけがない、とは思わなかった。
一成の絵の上手さは当然知っているし、話の端々からデザインセンスがあることも察していた。元来器用な性質で、何かを作ること自体を好む。好奇心旺盛で知らないことにも率先して取り組むし、行動力もある。
それに、楽しいことが好きな人間だ。面白そうだと思えば、これくらい作ってもおかしくないと思った。思ったのだけれど。
「イチから作るやつがいるかよ」
ふは、と小さく息を漏らしてそう言ったあと、天馬は声を上げて笑った。
夏休みの課題を一緒にやってみたかった、と言ったとしてドリルを調達してくるまでは、まあ予想の範囲内だ。高校卒業後大学に進学していない天馬には、夏休みの宿題が存在しないのだから、調達する必要がある。
ただ、そこで「それじゃあ作ろう」という発想になるのは、どう考えても一般的ではない。買ってくるなら理解できる。なんで作るんだよ。予想外すぎる事態に天馬は楽しそうに笑っている。
「えー、だってせっかくならテンテン専用にしたいじゃん?」
一通り天馬の笑いの波が収まったところで、一成は答えた。笑いすぎて涙目になった天馬は「オレ専用?」と言ってドリルのページをめくった。
「そそ。ちゃんと高校卒業くらいの難易度にしたんだよん!」
「……三角関数とか微分積分とかあるんだが」
「やったっしょ?」
「やった気はするが覚えてない……」
思わず顔をしかめた天馬は、さらにページをめくった。表紙のイラストの感じから小学生くらいの内容を想定していたのだけれど、よく見ればそんなことはなかった。
古典文法や和歌の修辞法が求められたかと思えば、英語の長文読解が延々続くし、観光地での英会話を想定した自由筆記欄が設けられている。他にもmol濃度やら人口動態から見る都市設計の記述やら、内容は多岐に渡っていた。
「高校の指導要領チェックしながら作りました~! 久しぶりに数式解いたし、懐かしかったな~」
のんびり言う一成は、もちろん問題を作るだけではなく自分でも回答している。適宜自作のイラストを添えつつ、全教科を網羅しているのだから見事と言わざるを得ない。
一成が案外頭の回転が速いことは知っていたし、中学時代はがり勉だったことも聞いている。そういえば、こいつもともと芙蓉大の付属中学通ってたんだよな……と思い出した天馬は妙な納得感を覚えていた。
「そういうわけだから、わからなかったら聞いてねん! オレ、ばっちり教えられるし!」
「まあ、作者だからな……」
言いつつさらにページをめくっていく。現れる問題文は一成の言う通り高校レベルのもののようだけれど、忘れているものも多そうだ。一応去年卒業したばかりなので、そこまで遠い記憶ではないはずだけれど、果たして無事に解けるのだろうかと心配になってくる。
「――ん?」
一抹の不安を抱えつつ、一通り全てに目を通そうとしていた天馬は途中で手を止めた。教科ごとに単元が分けられて、それぞれに問題文が羅列されている。後ろの方になったところで、様子が変わったことに気づいたのだ。
「夏の思い出」と名づけられた単元。その下に記された問題文に、天馬の目は吸い寄せられる。数式や文法を問うのと同じ書式で、それまでの問題文と変わらないデザインで記された言葉。
――「皇天馬お気に入りのコンビニアイスは以下の内どれか。一つを選べ」
――「三好一成の特に好きな岩絵具を答えよ」
――「夏ソングしばりカラオケ大会、持ち歌がなくなった際の皇天馬の行動として、正しいものを選べ」
――「スイカ割りをした際の気持ちを三十字以内で述べよ」
弾かれたように顔を上げた天馬は、一成へ目を向けた。すると一成は、やわらかな笑みを広げると嬉しそうに言った。
「テンテン専用って言ったっしょ?」
目を細めて、こぼれだしそうな笑みで一成は言う。
天馬のために夏休みの宿題を作ろうと思った。問題文は天馬に合わせて高校卒業くらい。つまずきそうな箇所には解説を入れて、自作のイラストも添えた。表紙の絵は夏らしいものをポップなタッチで描いたし、フォントだってこだわった。
大学にはこういう冊子を作るのに詳しい人間がいくらでもいたから、情報収集して紙の種類や加工にも気をつけた。全体的なデザインも手掛けて、知り合いのツテを辿って手頃な値段で印刷してもらう段取りもつけた。
その中で、一成は単なる課題じゃつまらないよね、と思ったのだ。
天馬に渡す、天馬のための課題なのだ。問題文をひたすら解いていくだけじゃなくて、もっと楽しくなれるものがいい。思わず笑顔になっちゃうような、そんな内容にしたい。
思った一成は、問題文の続きとして今日までの思い出を記した。
問題みたいな形にして、ともに過ごした時間を問いかける。テンテンが思い出してくれたらいいな。こんなこともあったなって、テンテンが思ってくれたらいいな。それで、たくさん笑ってくれたらいいな。
一つ一つの祈りを込めて、一成は夏休みの宿題を制作したのだ。
やわらかな声で届けられた言葉に、天馬の胸がぎゅうっと詰まる。
ジョークグッズみたいな物で、冗談の類と言っていい。だけれど、一成はただ願っていた。笑ってほしい。楽しいって思ってほしい。心から思ったからこそ、このテキストは存在しているのだと天馬は理解していた。
こいつはなんて真っ直ぐ、オレを大事にしてくれるんだろう、と天馬は思った。
楽しいことが好きだとか、やってみたいと思ったからとか、制作に至るまでの理由はいろいろとあるのだろう。だけれど、その一番根源にあるのは、天馬のための気持ちなのだ。
決して簡単にできることではない。時間も労力も必要なのに、そんなことを感じさせる素振りもなく、一成はこれだけのことをやってのける。天馬のために、いくらでも力を尽くすのだ。
「ね、テンテン。他にやり残したことない?」
明るい声で一成が問いかける。
二人の時間は、もうすぐ終わる。もちろん、ドラマの役作りが必要なくなったからといってすぐに関係が途絶えるわけではない。連絡先は知っているのだから、つながりは保たれる。
それでも、今までのような頻度で顔を合わせることは難しい。この夏が終わってしまえば、少しずつ距離は遠くなるのかもしれない。
わかっていたからこそ、この夏にやりたいことは全てやろう、と一成は言うのだ。
「あ、かき氷食べにいくのは決定だかんね!」
思い出した、という素振りで言うのは、ずっと一成が気にしている和風喫茶店のことだ。別の日にしようということになったものの、調べてみると思いの外混んでいる。
天馬と並ぶのは現実的ではないので諦めた方がいいのかな、なんて言っていたのだけれど。夜間であれば、夕食とセットという条件で予約が可能だった。スケジュールをどうにか調整して時間を作ったので、無事にかき氷を食べに行くことはできそうだ。
だから、それ以外にやりたいことはないか、と一成は問いかける。きらきらとした笑顔に、天馬は考える。やりたいこと。一成と一緒ならきっと何だって楽しいだろう。だから、やりたいことはいくらでも挙げられるのだけれど、その中でも選ぶとしたら。
「――祭りに行きたいな」
ぽつり、と天馬はこぼした。夏にやり残したこと。あれこれと思い浮かぶものの中で、自然と頭に浮かんだ光景。
参道の両脇につるされる提灯。色とりどりの屋台に、祭囃子が聞こえている。ソースの匂いや甘いお菓子の香りが周囲から漂う。浴衣姿の人たちが行き交って、夜の神社は束の間のにぎわいに満たされる。
そんな夏祭りの風景が頭に浮かんで、天馬の唇からこぼれていった。
「撮影なら何回か行ったことはあるんだけどな。ただ、プライベートで行ったことはない」
「マ!?」
夏の定番ということで、撮影という意味ならしょっちゅう体験している。映画やドラマでも、青春ものに出演することが多いので、夏の風物詩として浴衣で夏祭りに出掛けることはよくあった。
ただ、プライベートでそんな機会はなかった。夏は忙しいということもあるし、人込みの中に繰り出せば騒ぎになるかもしれない、と思えばためらってしまうのだ。
「今の時期絶対いろんなところでお祭りやってるし! スケジュール的にどの辺なら空いてる系?」
スマートフォンを取り出した一成は、流れるような動作で夏祭りの開催スケジュールを調べている。天馬と一緒に行けそうなお祭りはないか、と思っているのだ。
天馬は自身のスケジュールを一成に伝えつつ、騒ぎにならないようになるべく小さい夏祭りがいい、など希望を伝える。一成はあれこれ条件を設定して、よさそうな夏祭りをピックアップしていた。
「あ、天鵞絨町で夏祭りやるじゃん。商店街の方じゃなくて端っこの方だから、そんなに大きくなくてちょうどいいかも。八月の終わりくらいになっちゃうけど」
検索結果を表示した画面を天馬に掲げてみせる。天鵞絨町の中心部からは外れた神社での開催だ。他所から人を呼び込むことを想定していない、地元の祭りといった風情だ。
「高台にある神社だから、そこまで広くないっぽいし。あんまり大規模じゃないと思うし、こことかどう?」
「いいと思う。スケジュールも……調整すればどうにかなるだろ」
概要を確認した天馬もうなずく。条件としては希望に合致しているし、天鵞絨町なら二人とも距離的にちょうどいい。
「おけまる! じゃ、この夏祭り行こ! 待ち合わせは十八時半くらいでいい? 神社だと人いっぱいいそうだから、こっちの公園で待ち合わせするのがいいかもねん」
「時間はそれでいいが、公園なんてあるのか」
「そそ。神社の近くにちっちゃいのがあるよん。テンテン、迷いそうだからLIEMで位置情報送っておくねん!」
さらりと言った一成は、手早く天馬へメッセージを送信する。タップすればナビを開始するよう設定されていて、至れり尽くせりである。
天馬としては「子供扱いするな」と言いたいところだったけれど、なぜか地図通りに辿り着けない実績は自覚していたので、あまり強く出られなかった。
「テンテンと夏祭り行けんの、めっちゃ楽しみ!」
にこにこ、嬉しそうに言った一成はスマートフォンをぎゅっと握りしめる。一ヵ月ほど先にはなってしまうものの、確かな約束があるという事実は天馬の胸も弾ませた。
「まあな。行ったことないし楽しみだ」
「だよねん。あ、その前にちゃんと宿題は終わらせないと!」
はっとした顔で一成は言って、テキストへ目を向ける。天馬は難しい表情を浮かべて「これ意外と時間かかりそうなんだが」と感想を漏らす。小学生向けならまだしも、内容が本格的すぎるのだ。一成はその言葉に、面白そうに笑った。
「だからオレがいるんじゃん? 一緒にやりたいって言ってたんだからさ、わかんないとこはオレに聞いてよ」
楽しそうに言う一成は、「ばっちし先生やっちゃうよん!」と張り切っている。作った本人なのだから、先生としては最適だろう。それに、もしも二人が同じ学校に通っていたとしても、一成の方が勉強は出来そうだ、と天馬は思っているので。
天馬は一成の言葉を面白そうに受け止めて、「よろしく頼む」と答えた。