夏と神様 13話




 二人は毎日、ささやかなやり取りをしている。実際に顔を合わせることはできなくても、LIMEで言葉を交わし合えば、まるで実際に話をしているような気持ちになる。

――今日の空! 青空めちゃんこきれいだった!

 一成からそんな言葉とともに、写真が送られてくる。昼も過ぎた時間帯で、天馬はちょうど昼食を取るところだった。数秒考えたあと、天馬はカメラを起動させる。ロケ弁当の蓋を開けた状態で写真を撮ると、メッセージとともに送信した。

――今から昼だ。これは今日のロケ弁
――めっちゃおいしそ~! しかもかなり豪華じゃね!?
――わりといいところのやつだな
――オレも食べてみたいかも!

 何でもない言葉がぽんぽんと並んでいくのが心地いい。あまりゆっくりできないから、途中でやり取りは中断することになったけれど、それでもよかった。何の実にもならない会話でも、ほんのわずかな時間でも、心が弾んで体に力満ちていくのだ。
 お互いそれはわかっていたから、時間を見つけてはメッセージを交わし合う。


 収録終えた天馬は誰もいない自宅に帰る。軽く夕食を食べて風呂に入り、日課のストレッチと筋トレを行う。台本を確認するついでにLIMEを起動させた。一成からのメッセージに既読をつけたものの、返事はしていなかったからだ。

――その本だったら読んだことある。映画の原作にもなってたからな

 途中までになっていた雑談で、一成が最近読んだ本について話をしていた。天馬にも覚えがあったのでそう返すと、すぐにメッセージが届いた。どうやら、この時間は一成もスマートフォンを操作していたらしい。まあ、一成はスマートフォンを持っている時間が長いので、こういうことはよくある。

――オレ、映画の方は見てないんだよね~。今度見てみよっかな!
――そうしろ。美術方面でも確か評判よかったぞ
――マ!? 映画とか舞台の美術っていいよねん

 わくわくした調子の一成は、この前天馬が出演していた舞台やその他の映画について、美術的にどんなところに興味を惹かれたか、と言葉を並べる。天馬にはない観点だったので新鮮だった。

――てか、テンテン今何してんの?

 メッセージに一段落がついた辺りで、一成が尋ねた。こんな風に付き合ってくれている時点で、仕事が終わっていることは察している。ただ、何をしているかまではわからない。

――台本読んでるところだ。もうすぐ撮影が始まるからな。一成は?
――オレは今度描く絵の下描きしてるところ! 学内の展示会のやつだねん!
――そういえば、もうすぐ展示会があるとか言ってたな。グループでやるってやつか?
――そそ! 他学年とも一緒だから面白いんだよねん。一年生とか初々しいし
――大して変わらないだろ。子役じゃあるまいし
――まあねん。てか、テンテンやっぱ子役見ると初々しい~ってなるの?
――初々しいというか、昔の自分を思い出したりはする
――なる~。テンテンの子役時代、かわいかったよねん
――待て、お前何か見たか?
――昔から有名人だと違うよね~。映像作品、大体何でも見られるもん
――おい、何を見た

 まるで目の前にいるみたいに、軽やかに言葉が飛び交う。
 文章だけではニュアンスが伝わらないとか誤解を生むだとか、そんな心配があることはお互いわかっている。ただ、二人で交わす言葉は間違いなく相手に届くと思えた。
 ちょっと強い言葉も、からかうみたいなメッセージも。奥底にある親愛は、確かに受け取ってくれると思えたから、二人は気兼ねなく軽口を交わし合うことができた。
 今回も、一成が何を見たのかと問い詰める口調ではあったけれど、本気で嫌がっているわけではない。恥ずかしいことは恥ずかしいものの、絶対に見られたくないだとか、そんなことはなかった。わかっているから、一成も素直に作品名を告げた。

――ああ、あれか。今と比べると演技も拙いが、当時の精一杯だったことは確かだ
――え、めっちゃよかったよ。家族同士をつなげようとしてる健気な感じ、ぐっと来たもん
――あれは脚本と演出の効果だ。誰が演じても、健気な子供ってだけである程度感情は動かせる
――そゆとこ、マジでテンテンだよねん
――どういう意味だよ
――尊敬してるってこと!

 明るい言葉で一成は告げる。冗談の一種にも思えるけれど、これが一成の本心であることはわかっていた。一成はきっと、やわらかなまなざしでこの言葉を送ってくれたのだろうと信じられれた。

――現状に満足しないでずっと努力続けられるとこ、本当にすごいなって思うよん
――テンテンがテンテンでいるのは、全然簡単じゃない、すごいことなんだよねん

 メッセージが二つ、続けて送信される。天馬はそれをじっと見つめた。
 努力することは天馬にとって当たり前で、特別視することではないと思っている。目指すべき場所はもっと上にあるのだ。今の自分に満足していては、とうてい辿り着けない。だから、常に上を向いて努力するのは天馬にとって息をするように自然なことだった。
 それでも、その努力を尊敬している、と告げられることが嬉しくないわけがなかった。誰に見られていなくてもきっと自分は努力を続けていく。わかっていても、知っていてくれる人がいるのだと思えるのは、これから先の道を歩いていく力になる。

――ありがとな。そう言ってもらえると、嬉しい

 心からの想いを込めて、そう返した。一成ならきっとちゃんと見ていてくれる。天馬の努力を、傾けた力を確かに知っていてくれる。そう思うのと同時に、天馬は続きの言葉を送った。

――ただ、努力してるのは一成も同じだろ。オレはお前の努力だってすごいと思ってる

 一成が絵に向ける情熱を、天馬は間近で見てきた。実際に描いている場面を目にしたということもあるし、天馬に手ほどきをする過程で、どれだけの努力を重ねてきたのかを目の当たりにしたのだ。
 線を一本引くことさえ、妥協しない。真剣なまなざしで絵筆を握り、己の持つ全てを傾けて絵を描く。目指すべき高みへ辿り着くべく、一成は努力を続ける。

――ありがと、テンテン

 簡単な言葉からでも、一成はきちんと天馬の真意を受け取った。やさしく丁寧に返されたメッセージで充分にそれは伝わる。天馬の芝居。一成の絵。お互い分野は違っても、それぞれがどれほど真剣に向き合って努力を重ねてきたのかを、二人はしかと理解している。
 それから天馬と一成は、おすすめの映画や絵画について、あれこれと言葉を交わした。自分の好きな作品を語れば饒舌になるし、相手が熱心に聞いてくれるとあれば、さらに力が入ってしまうのも道理だろう。やたらと盛り上がって、時間はあっという間に過ぎていった。

――待って、テンテン。これまた夜更かしコースじゃね!?
――もうこんな時間か

 気づけばとっくに日付を越していた。以前も盛り上がりすぎて、深夜までLIMEを続けてしまったことがあった。幸い次の日に響くほどではなかったけれど、健康にはよくない。
 一成は天馬の仕事に影響が出るかもと心配していたし、天馬は一成が根を詰めすぎて倒れたことがあると聞いていたので、ちゃんと寝てほしいと思っていた。
 そういうわけで、あまり夜更かしはしないようにしよう、とお互い言い合っていたのだけれど。
 ささやかなやり取りさえも、どうにも心が弾むのだ。楽しくて、心地がよくて、いつまでだって話していたい。どんなに些細な瞬間も、二人なら大事な時間に変わっていくのだと実感していた。
 だからこそ、ついついいつまでもメッセージのやり取りを続けてしまう。

――そろそろ寝た方がいいな
――そだね。次に会えるのもうちょっと先か~
――その時はかき氷も食べに行けるだろ

 今度の絵画教室を終えたあとは、かき氷を食べにいく約束だった。予約も取れているし、楽しみな予定として二人とも心待ちにしている。一成は「そだねん!」とうなずく。

――めっちゃ楽しみだし、テンテン何食べたいか考えておいてねん!
――やたらメニュー豊富だったよな
――迷っちゃうよね~

 一成からの返事は楽しげで、またやりとりが始まってしまいそうだ。寝た方がいいとはわかっていたけれど、この夜を終えてしまうことが惜しい。二人は、もう少し、あと少しだけ、と願いながら言葉を交わし合う。